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『美しい自然と文化の鎌倉歴史都市』スペシャル!<大仏切通>は800年前の<古道巡礼>をすれば心も体も癒される。

   

<『美しい自然と文化の鎌倉歴史都市』スペシャル!>

 

世界文化遺産指定前に一足早く見にいこうよね

 
『鎌倉のすべての道は中世の歴史に通じる。

大仏さんの裏山に眠る<大仏切通>こそ800年前の
旅人がウオークした古の道。
苔むした中世のこの<古道巡礼>をすれば心も体も
癒される。鎌倉の絶景ポイントを紹介
1012日現在)』
 
           前坂 俊之(鎌倉ブラブラウォ

鎌倉世界文化遺産の目玉ー800年前の面影残る大仏切通を歩く①

鎌倉大仏を見ただけでひっかえす観光客が多いが、こちらこそ鎌倉時代の面影を残す古道である。ここまで足をのばせば800年前の旅人にタイムスリップできるよ。
大正時代に今の大仏トンネルができたので、昔ながらの大仏切通を通る人は少なくなったが、こここそ世界文化遺産の隠れ目玉である。
 
行き方は鎌倉大仏から藤沢に向かう道路をそのまま約800㍍ほど歩く。トンネルをこえて[打越」につぐバス停2つ目の「火の見下』停留所(要注意/鎌倉行のバス停)がある。そこから3㍍ほど鎌倉よりの左側の路地(民家の間の道幅2mもない細道なので、これも要注意)を曲がればよい。
あとは民家の間を進むと、山に通じる。杉の大木がうっそうとはえる広い場所に出る。この正面に説明掲示板があり、崖を切り取った拓いた大仏切通野道が右手の山につながっている。ここはいつも訪れるひとがほとんどいない。すぐ横が住宅街だが、一歩はいると森閑、古色蒼然としていて、高い崖の隙間の苔むした道からいきなり鎌倉武士が
現れるのではないか、との錯覚を覚える。
 
 
 大仏坂の切り通しが開かれた時期は、仁治元年(1240)に巨福呂坂切り通しが着工され、朝比奈切り通しがその翌年に着工されたのと同じころであろう。それは大仏建立の工事とも関連があったと思われる。
 鎌倉の大仏は、吾妻鏡の暦仁元年(1238)三月二十三日の条に「今日、相模国深沢里大仏堂事始也」と初めて出ており、寛元元年(1243)六月十六日の条には、その供養が行われたことが記されている。当時の大仏は木像であったことが、東関紀行で知ることができる。
 
 大仏坂北方常盤の谷の御所ノ内に、七代執権北条政村の屋敷があった。これは極楽寺口前面の北条重時の屋敷と同じく、大仏坂口の押えの役割をもっていた。
吾妻鏡には、康元元年(1256)八月二十三日に将軍宗尊親王が政村邸を訪れたこと、また弘長三年{1263)二月九日に政村邸で一日千首の和歌の会が開かれたことが記されている。
 藤沢から大仏坂に向かう道の傍ら常盤の谷の入り口近く、常盤御所の硯水と伝える良質の水のわく井戸がある。この地は旅人が足を休めるゆう水地の一つで、また政村邸の和歌の会のときなどは、すずりの水に使用されたものであろ
.
 大仏坂道は、硯水の東方のやぐら(中世の納骨くつ)群の前から丘陵にかかり、現在の大仏トンネルの上を通り大仏前に下った。
 
 藤沢には鎌倉時代後期の正中二年(一三二五)に、時宗開祖一遍から四代目の春海により西富の地に清浄光寺(遊行寺)が建立された。北条、足利両氏も同寺建立に積極的援助をしたと伝えられ、関東管領上杉氏の帰依も厚かった。
 また西富や隣りの大鋸は、その門前町として発展した。これらの地から弥勒寺(藤沢市)を経て柏尾川を古館橋付近で渡り、深沢の谷から大仏坂に向かう道の利用が盛んになったものと思われる。(「かながわの古道」阿部正道著、神奈川合同出版、昭和56年刊)

鎌倉世界文化遺産ー800年前の面影残る大仏切通を歩く②(大仏→火の下)

材木座海岸百選ー誰も誰もいない淡い茜色の美海に夕やみ迫る

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