知的巨人たちの百歳学(145)『94歳、生涯現役・長寿の達人・生涯500冊以上を執筆、日本一の読書家、著作家』の徳富蘇峰(94)に学ぶ 「わが好きは朝起き、読書、富士の山、律儀、勉強、愚痴いわぬ人」
知的巨人たちの百歳学(145)
再録『94歳、生涯現役・長寿の達人・生涯500冊以上を執筆、
日本一の読書家、著作家』の徳富蘇峰(94)に学ぶ
「わが好きは朝起き、読書、富士の山、律儀、勉強、愚痴いわぬ人」
前坂 俊之(ジャーナリスト)
<以下は『日本電報―電通40周年記念号 1940(昭和15)年12月刊行』>
『蘇峰先生の日常―78歳・壮者を凌ぐ精励ぶり』
最近十年間における蘇峰先生の一年は、十二月末から三月末までを熱海柴閑荘に、七月初めから九月末までを山中細畔の双宜荘に過し、それ以外は山王草堂にあり、午後一時から五時までを民友社に過すことに決っている。
そして山王草堂においても、柴閑荘においても、双宜荘においても、春秋夏冬を通じて起床は午前五時。直ちに「近世日本国民史」の筆を執ることに寸秒の狂いもない。この執筆は旅行中でも同様である。大正七年六月、五十六才で起稿された「近世日本国民史」は、昭和一五年六月29日にはついに一万回に達した。
冊数からいえば八十二冊と十回。累積の功に驚くと共に、急がす焦らす、百世子孫への大なる遺産を残さんとして心血を注ぐ七十八歳の志こそ、眞に偉大なものといはねばならぬ。
大正七年より昭和十五年まで、二十二年の歳月の問には、先生の身辺にも幾多の悲喜劇が襲いきた。寧ろ哀愁限り無き事が続いた。然も一切を行雲に、流水に付して、只管修史に専念して来た姿は尊いと思う。
「近世日本国民史」が一万五千回で終結するか、二万回で完成するか、私共には判らないが、必らずそれが完成される日まで、毎朝五時に起きてする執筆は、狂いなく続けられて行くであろう。
「近世日本国民史」の執筆が終えて、先生が朝食を食べられるのは、大がい七時から七時半頃までである。味噌汁、ボイルド・エッグ、塩シャケかイワシの小皿、白スボシの如き簡単なもの。昼はたいていうどん類、夕食は夫人心尽くしの御馳走が並ぶが、主に魚介、野菜、鳥類を多くとって、近年は肉類や脂肪の多いものは避けておられる。併し熊本地方でよく食べられる野猪のトロトロ煮などは大好物で、「毛のついたままを食べるのが美味しい」と云はれる。
日本電報通信社の年末の恒例ヂンギス汗鍋などは、先生のお待かねのもので、
「鹿の肉はどうも美味しくないから、社長に頼んで猪にしてもらわなければ……」などと冗談を云はれたりする。
世間では先生を如何にも大食の人の様に伝えているが、壮年時代のことは知らす、私共の知る限りにおいては、寧ろ先生の立派な体躯に比して少食の方だと思はれる。御飯もたいてい軽く二杯である。
ただその食通であることは、恐らく「美味求眞」の著者も先生には及ばぬこと思う程だ。魚類、肉類、野菜類、貝類、その産地から季節から料理法まで、よく知ってをられると思う程である。
西銀座の民友社には、たいてい午後一時には来られる。大朝、大毎、数種の英字新聞、敦種の英字雑誌、あらゆる新聞内報、寄附雑誌、来簡が先生の机の上に山積している。乗客があり、電話で種々問合せがあり、その間に時に「日日だより」を執筆し「国民史」や「日日だより」(毎日新聞連載のコラム)の校正をされる。
原稿の口述、書債の整理、午後五時にお帰りになるまで、全く寸暇も無い四五時間である。
来客は前もってお約束の方、特に止むを得ぬ人々に面会をされるが、お断りしなければならぬお客様もなかなかに多い。約束した有名無名のお客様が先生の室に通る。先生はなかなか礼儀の正しい人であるから、どんな人にも丁寧で、帰る時には必らす立ってドアの外、階段の上まで出て見造られる。少数の人々はわざわざ階段を降りて玄関まで見送って行く。あんまり丁寧で、絨毯の上に据り込んで恐縮した田舎のお客様もあった。
ある時先生が笑いながら次の様な旬を示されたことがあった。
「吾が嫌いゴルフ、ダンスに酒、煙草、揮毫依頼に長居の人」
この中でダンスだけは戦争が始つてから、全く影をひそめたらしいから、論外とする。ゴルフに至っては、どうも好感がもてないらしく『日本の様に寸地尺土も経済的に使用しなければならぬ土地をわざわざ潰してまでゴルフをするのは遺憾である」とよく云はれる。
先日も「新体制で一つゴルフもやめた方がよからうにネ」と笑われたことがあった。。
酒と煙草に至っては、先天的に嫌いであって、酒については若干の得を知ってゐても、自らは酒の味を全然知らないことを感謝しておられる。先生がアルコールを口にした時の面白いーエピソードがある。
明治十五年夏の午前、先生は中江兆民を青山の宅に訪れた。その年は東京はコレラが大流行であったといふ。それで兆民居士が「これはコレラ除けの薬です。一杯如何」と云って、琥珀色の液体をコップに注いで差出した。兆民居士も同伴者も飲んだので、安心してこれを呑み干した。
ところがやがて頭の中を千軍万馬が往来すると覚えるや、その後は前後不覚に陥った。漸く目を覚ました時には兆民居士の鉄のベッドに横たはる自身を見出したのである。日は既に庭に落ちて、夕凪の立つ頃でありこれこそまんまと洋酒を一杯飲まされた。先生の酒の苦しみの一時であった。
兆民居士も申し訳ないと思ったのか、フランス書の中から、特に英文のロイックの「ヒューマン・アンダースタンディング」と、チヤールス・ディケンズの「少年用英国史」を取出して先生に送呈したといふ。これは先生二十歳の時であるが、爾来今日まで、意識的にも、無意識的にも、先生はアルコール分とは無関係である。
併し自分でお客をした時などはよくお銚子を持っては、1人1人に.注いで回られたりする。
「僕は自分では飲めぬが、お酌は上手なんだよ」
と云はれて、村塾先生の晩酌にお酌をさせられた話などを愉快気にされる。民友社の忘年会の時など先生にお酌をされて、皆の恐縮すること。先生の人間味ある一面でもある。
揮毫依頼は全く困るもの一である。返事も待たずに、紙や絹を送ってくる人が多く、返進の手数も、その断りの手紙もなかなか、一仕事である。引受けたものさへ果せずに長持や戸棚に一杯つまっている位であるから、勝手に用紙を
造られるのは全く迷惑至極だ。
長居の人、これも時間を大切に使ってゐる先生には迷惑なものである。中には私共が種々な策を施しても、一向意に介せざるが如く閑話、愚話を延々と続ける人もある。たいていの場合、先生の方からいい加減に切上げられるが、さ
うも出来ない関係の人もあって、お菊の毒な苦行を我慢しておられる時も鮮くない。その時の先生の辛らつなこと。
以上は先生の嫌いづくしの歌であるが、好き尽くしの歌として示されたのは、
「わが好きは朝起き、読書、富士の山、律儀、勉強、愚痴いわぬ人」。
前にも書いた通り、先生は四季を通じて午前五時には仕事にかかるのであるから、早起きは先生の大好きであり、その功徳もまた先生のよく知るところ、「近世日本国民史」のあの大著述が、人の未だ覚めざる暁になされるのを思うと、三文の徳どころではない。また先生の健康の極意の一は実にこの朝起きにある。
読書につては今更ら云ふまでもなく、先生と書籍はどこにもついて回るるもの。既に皆様御承知の通りである。
富士山については、一年の四分の一以上を富士山麓に過すほど執着してゐる。広重や北斎がどれ位富士を輝いたか知らないが、先生が富士山について書いた愛著の文は、幾冊かの本を成すほど多い。
先生の云う律儀とは、誠実に堅実を加へたもので、間違いのない人であると同時、当てになる人といふ意味で、勉強はいわゆる怠惰の反対である。
愚痴云わぬ人の標本は全く先生である。一先生の身連には種々のことがあった。今もなお軽々のことがある。併し先生は決して愚痴を云はない。今日よりは明日に、今年よりは来年に、常に将来に光を望んで進んで行かれる。
先生には内緒であるが、以上の外に先生の好きなものに午睡がある。大森の山王草堂においても山中湖においても、柴閑荘においても先生は必らず午睡を取られる。たいてい二三十分、長くて一時間。これは先生が疲弊をいやし、更に清新な精力を貯蓄する上に最も必要なことであって、二三十分の午睡後の先生は、如何にも神気爽快としておられる。どんな喧騒の中にあっても、眠る時には悠然として障りに落ちられるので、悟入した人を見る様な感を受けることが度々ある。
関連記事
-
-
『オンライン/徳川歴代将軍講座』<日本超高齢社会>の歴史とは⑤…<徳川歴代将軍の年齢、実力調べ』★『徳川家康と秀忠、家光の三代将軍の指南役 の天海大僧正107歳?こそ徳川幕府の盤石な体制を築いた<影の将軍>なのじゃ』
2010/01/27&nbs …
-
-
Z世代のための明治のベンチャー企業家』★『わが国電気事業の先駆者・大沢善助の波乱万丈人生』
ホーム > 人物研究 >   …
-
-
『リーダーシップの日本近現代史』(40)記事再録/『150年かわらぬ日本の弱力内閣制度の矛盾』(日本議会政治の父・尾崎咢堂の警告)』★『日本政治の老害を打破し、青年政治家よ立て』★『 新しい時代には新人が権力を握るものである。明治初年は日本新時代で青壮年が非常に活躍した。 当時、参議や各省長官は三十代で、西郷隆盛や大久保利通でも四十歳前後、六十代の者がなかった。 青年の意気は天を衝くばかり。四十を過ぎた先輩は何事にも遠慮がちであった』
2012/03/16   …
-
-
[ Z世代のためのAIを上回るエジソンの天才脳の作り方➂」★『発明家の生涯には助産婦がいなくてはならない。よきライバルを持て』★『エジソンの人種偏見のない、リベラルな性格で、日本人を愛した』★『私たちは失敗から多くを学ぶ。特にその失敗が私たちの全知全能力を傾けた努力の結果であるならば』
2022/01/23 『オンライン …
-
-
『Z世代への昭和史・国難突破力講座④』★『吉田茂の国難突破力②』★『30時間の憲法草案の日米翻訳戦争』★『2月4日、チャーチルが<鉄のカーテン>演説を行う、2/13日、日本側にGHQ案を提示、3/4日朝 から30時間かけての日米翻訳会議で日本語の憲法案が完成、3/6日の臨時閣議で最終草案要綱は了承,・発表された』
2022/08/16 日本リーダーパワー史(676)記事再録再編集 …
-
-
『日本と世界のソフトパワー/コンテンツ対決』―『「君の名は。」アカデミー賞に近づいた?LA映画批評家協会のアニメ映画賞を受賞』●『5つ星!『君の名は』を英メディアが大絶賛』★『「君の名は。」中国で大人気も、日本はまったくもうからない!?ネットでは』●『中国、トランプに対決姿勢 「iPhoneが売れなくしてやる」と宣言』★『世界で最も稼ぐユーチューバー、2連覇の首位は年収17億円』◎『スナップチャットで年収5千万円 元ウェブデザイナーの27歳女性』●『8割が偽物? 中国・アリババと4万人の盗賊 』
日本と世界のソフトパワー、コンテンツ対決 「君の名は。」アカデミー賞に近づいた …
-
-
『オンライン・鎌倉武士の魂の動画講座』/鎌倉古寺/仁王像巡礼の旅へ』★『鎌倉古寺の一番おすすめは「妙法寺、苔の石段(歴史の道)が「夏草や兵どもが夢の跡」じゃ』
『鎌倉時代の武士をみたいのなら妙法寺に往けー 2 ★5鎌 …
-
-
★『オンライン/独学のすすめ』★福沢諭吉のリーダー教育論は「子供は自然と遊ばせて、勉強などさせるな」★『日本の知の極限値』の南方熊楠のー世界一周し十数ヵ国語をマスターし、マルクスが『資本論』を書いた『大英博物物館』にこもって世界民俗学、エコロジー(環境)学を切り開いた』
ー福沢諭吉の教育論は『英才教育は必要なし』★『勉強、勉強といって、子供が静かにし …
-
-
世界/日本リーダーパワー史(904)『日本企業の男性中心の風土は変わらず、セクハラ被害を訴える女性は全体で43%に上る』
世界/日本リーダーパワー史(904) 日米セクハラ騒動とメディアの戦い &nbs …
-
-
★『明治裏面史』 -『日清、日露戦争に勝利した明治人のリーダーパワー,リスク管理 ,インテリジェンス㊼★『児玉源太郎のインテリジェンス』★『袁世凱と太いパイプを持つ青木宣純大佐に満州馬賊団を起して鉄道破壊のゲリラ部隊の創設を指示』●『青木大佐と袁世凱の深い関係』
★『明治裏面史』 -『日清、日露戦争に勝利した 明治人のリーダーパワー,リス …