前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

『日本敗戦史』㊵徳富蘇峰が語る『なぜ日本は敗れたか』⑥「国民総ざんげ論」の東久邇首相の施政方針演説(9/5)を批判」

      2017/08/15

 『ガラパゴス国家・日本敗戦史』㊵



『来年は太平洋戦争敗戦から70年目―『日本近代

最大の知識人・徳富蘇峰「百敗院泡沫頑蘇居士」

が語る『なぜ日本は敗れたのか』⑥

「国民総ざんげ論」といわれた東久邇首相の

施政方針演説(9/5)を批判

 

 

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%AF%8C%E8%98%87%E5%B3%B0

徳富 蘇峰はいうまでもなく日本近代、最大のジャーナリストである。日清戦争に従軍し、日露戦争では開戦を支持、山県有朋、桂太郎ら明治のトップリーダーの伝記編纂、著者となり、太平洋戦争中は「大日本言論報国会会長」として、日本の新聞、出版のトップに君臨して、戦争の旗振り役に徹した。昭和16128日の海戦では東条英機の依頼で、開戦の詔書を添削した。昭和19年)2月には『必勝国民読本』を刊行した。終戦後の昭和209月、敗戦責任を取り、自らの戒名を「百敗院泡沫頑蘇居士」とする。GHQによって戦争責任を追及されて、A級戦犯に指定されたが、後に不起訴処分となった。徳富の死後半世紀たった2006、蘇峰が終戦直後から綴った日記「終戦日記」が初めて公開された。

以下の「敗戦の原因」については、八月一五日の終戦のわずか二週間後に書いたものである点が注目される。

 

 

(昭和二十年九月五日午後、双宜荘にて)

 

敗戦の原因⑤

 

終戦の1945815日から2週間後の830日にマッカーサーが専用機「バターン号」で神奈川県厚木海軍飛行場に到着した。92日には東京湾上の戦艦ミズーリ艦上で降伏文書の調印式が行われた。東久邇宮稔彦が内閣総理大臣に任命されて9月5日、第八十八臨時議会が開会され、開院式では昭和天皇が勅語を奉読した。

徳富蘇峰はその日記にこの議会での東久邇首相の施政方針演説と昭和天皇の勅語を批判している。その内容を紹介する前に、いわゆる「国民総ざんげ論」といわれた東久邇首相の大東亜戦争の総括と今後の方針についての演説の概要を見ていく。

 

http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/pm/19450905.SWJ.html

 

 


(第88回帝国臨時議会での東久邇宮稔彦内閣総理大臣の

『戦争集結ニ至ル経緯竝ニ施政方針演説 』

http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/pm/19450905.SWJ.html

  

 

 此の度の終戦は一に有難き御仁慈の大御心に出でたるものであります、至尊御自ら祖宗の神霊の前に謝し給い、萬民を困苦より救い、萬世の為に太平を開かせ給うたのであります、臣子として、宏大無辺の大御心の有難さに、是程の感激を覚えたことはないのであります、我々は唯々感涙に咽びますると共に、斯くも深く宸襟を悩まし奉りましたことに対し、深く御詫びを申上ぐる次第であります

 恭しく惟いまするに、世界の平和と東亜の安定を念い、萬邦共栄を冀うは、肇国以来帝国が以て不変の国是とする所、又固より常に大御心の存する所であります、世界の国家民族が、相互いに尊敬と理解を念として、相和し、相携えて其の文化を交流し、経済の交通を敦くし、萬邦共栄、相互いに相親しみ、人類の康福を増進し、益〃文化を高め、以て世界の平和と進運に貢献することこそ、歴代の 天皇が深く念とせられた所であります、

 

洵に畏き極みでありますが、天皇陛下に於かせられましては、大東亜戦争勃発前、我が国が和戦を決すべき重大なる御前会議が開かれました時に、世界の大国たる我が国と米英とが、戦端を開くが如きこととなりましたならば、世界人類の蒙るべき破壊と混乱は測るべからざるものがあり、世界人類の不幸之に過ぐることなきことを痛く御軫念あらせられまして、御自ら 明治天皇の「よもの海みなはらからと思ふ世になと波風のたちさわくらむ」

との御製を高らかに御詠み遊ばされ、如何にしても我が国と米英両国との間に蟠まる誤解を一掃し、戦争の危機を克服して、世界人類の平和を維持せられることを冀はれ、政府に対し、百方手段を盡くして交渉を円満に纏めるようにとのご鞭撻を賜わり、参列の諸員一同、宏大無辺の大御心に、粛然として襟を正したと云うことを漏れ承って居ります、

http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/pm/19450905.SWJ.html

 

此の大御心は、開戦後と雖も終始変らせらるヽことなく、世界平和の確立に対し、常に海の如く広く深き 聖慮を傾けさせられたのであります、此の度新たなる事態の出現に依り、不幸我が国は非常の措置を以て、大東亜戦争の局を結ぶこととなったのでありますが、是れ亦全く世界の平和の上に深く大御心を留めさせ給う御仁慈の思召に出でたるものに外なりませぬ

 

 敗戦の因って来る所は固より一にして止まりませぬ、前線も銃後も、軍も官も民も総て、国民悉く静かに反省する所がなければなりませぬ、我々は今こそ総懺悔し、神の御前に一切の邪心を洗い浄め、過去を以て将来の誡めとなし、心を新たにして、戦いの日にも増したる挙国一家、相援け相携えて各〃其の本分に最善を竭し、来るべき苦難の途を踏み越えて、帝国将来の進運を開くべきであります


征戦四年、忠勇なる陸海の精強は、冱寒を凌ぎ、炎熱を冒し、具さに辛苦を嘗めて勇戦敢闘し、官吏は寝食を忘れて其の職務に盡瘁し、銃後国民は協心戮力、一意戦力増強の職域に挺身し、挙国一体、皇国は其の総力を挙げて戦争目的の完遂に傾けて参りました、

固より其の方法に於て過ちを犯し、適切を欠いたものも少くありませぬ、其の努力に於て悉く適当であったとは言い得ざる憾みもあります、併しながら凡ゆる困苦欠乏に耐えて参りました一億国民の此の敢闘の意力、此の盡忠の精神こそは、仮令戦いに敗れたりとは言え永く記憶せらるべき民族の底力であります

 斯くの如く我が国力は急速に消耗し、本年五、六月の交に於きましては、近代戦を続行すべき物的戦力の基盤は極度に弱められ、軍官民相協力して凡ゆる対策を講じ、国力の恢復に異常なる努力を捧げましたが、近き将来に於て物的国力の徹底的転換を図ることは、漸く至難なるものあるを思わしむるに至りました、殊に沖縄戦の終末以来形勢は全く重大化するに至ったのであります

 一面連合国航空機に依る我が本土の空襲は愈〃甚だしく、大都市は申すまでもなく、中小の諸都市は次々に壊滅し、戦災に因り家屋の焼失せるものは二百二十萬に達し、負傷者は数十萬を以て数え、戦災者は一千萬に垂んとするの惨状を呈しました、

 

而も八月に入りまして連合国軍は新たに原子爆弾を使用するに至り、其の攻撃を受けました広島、長崎両市の惨状は、眼も当てられぬ悲惨なものであります、其の残酷なる非人道的なる災禍の及ぶ所、延いては我が民族の滅亡を来し、世界の人類の文明も為に破壊に陥るを憂えしむるに至りました、加うるにソ連は突如として我が国に宣戦し、国際情勢亦最悪の事態に到達したのであります

 是より先、米英支三国はポツダムに於て帝国の降伏を要求する共同宣言を発し、諸般の情勢上、帝国は一億玉砕の決意を以て死中に活を求むるか、然らざれば終戦かの岐路に立ったのであります、

日本民族の将来と世界人類の平和を思わせられた大御心に依り、大乗的 御聖断が下されたのであります、即ちポツダム宣言は原則として 天皇の国家統治の大権を変更するの要求を包含し居らざることの諒解の下に、涙を呑んで之を受諾するに決し、茲に大東亜戦争の終戦を見るに至ったのであります、帝国と連合各国との間の降伏文書の調印は、本月二日横浜沖の米国軍艦上に於て行われ、同日御詔書を以て連合国に対する一切の戦闘行為を停止し、武器を措くべきことを命ぜられたのであります


、顧みて無限の感慨を禁じ得ませぬと同時に、戦争四年の間、共同目的の為に凡ゆる協力を傾けられた大東亜の諸盟邦に対し、此の機会に於て深甚なる感謝の意を表するのであります、連合国軍は既に我が本土に進駐して居ります、事態は有史以来のことであります、三千年の歴史に於て、最も重大局面と申さねばなりませぬ、

 今日我々は不幸敗戦の苦杯を嘗めて居りますが、我々にして誓約せる所を正しく堂々と実行するの信義と誠実を示し、正しきと信ずる所は必ず之を貫くと共に、正しからざる所は速かに之を改め、理性に悖ることなき行動に終始致しまするならば、我が国家及び国民の真価は必ずや世界の信義と理性に愬え、列国との友好関係を恢復し、茲に萬邦共栄の永遠の平和を世界に現わし得べきことを確信するのであります、今後に於ける我が外交の基本も、正しく之に存するのであります

 組閣の大命を拝するに当りまして、畏くも 天皇陛下に於かせられましては私に対し、「特に憲法を尊重し、詔書を基とし、軍の統制、秩序の維持に努め時局の収拾に努力せよ」との有難き御言葉を賜わりました、私は此の有難き 大御心に副い奉ることを唯一の念願として、之を施政の根本基調として、粉骨砕身の努力を致し、国民の先頭に立ち平和的新日本の建設の礎たらんことを期して居ります、国民諸君も亦畏き 聖慮の存する所を再思三省され、心機一転、溌刺清新の意気を以て、新たなる御代の隆昌に向って勇往邁進して戴きたいのであります

 我々の前途は遠く且つ苦難に満ちて居ります、併しながら 御詔書にも御諭しを拝する如く、我々国民は固く神州不滅を信じ、如何なる事態に於きましても、飽くまでも帝国の前途に希望を失うことなく、何処までも努力を盡さねばならぬのであります


畏くも 詔書には「朕は常に爾臣民と共に在り」と御示しになって居ります、此の有難き 大御心に感奮し、我々は愈愈決意を新たにして、将来の平和的文化的日本の建設に向って邁進せねばならぬと信じます、全国民が一つ心に融和し、挙国一家、力を戮せて、不断の精進努力に徹しますならば、私は帝国の前途は軈て洋々として開け輝くことを固く信じて疑わぬものであります、斯くしてこそ初めて、宸襟を安んじ奉り、戦線銃後に散華殉職せられましたる幾十萬の忠魂に応え、英霊を慰め得るものと固く信じます

http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/pm/19450905.SWJ.html

 

 - 現代史研究 , , , , , , , , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

  関連記事

mq2 (5)
『リモート京都観光動画』/『日本史大事件の現場を歩くー『敵は本能寺にあり』、織田信長死す(1582年6月21日)』★『★京都『本能寺』へぶらり散歩ー寺町界隈には歴史と伝統の『老舗』が並ぶ』

  日本史大事件の現場を歩くー『敵は本能寺にあり』、織田信長死す(15 …

no image
知的巨人の百歳学(155)/記事再録/百歳学入門(46)原安三郎(98歳)「いつでも平常心を持って急迫の事態にも冷静に対応し、判断せよ」長寿10ヵ条とは

  2012/08/11  百歳学入門( …

no image
『リーダーシップの日本近現代興亡史』(219)/「2019年の世界と日本と地球はどうなった」(上)「米中貿易関税協議は一部で妥協したものの、米大統領選まで対立は続く」★『「香港選挙の勝利を確信していた習近平主席は大ショックを受け,誤判断した中国指導部も今後どう対応すればよいか混乱状態に陥っている」(香港大紀元』

2019年の世界と日本と地球①                          …

no image
『リーダーシップの日本近現代史]』(21)記事再録/『山岡鉄舟の国難突破力⑤『金も名誉も命もいらぬ人でなければ天下の偉業は達成できぬ』

    2011/06/22 &nbsp …

no image
日中北朝鮮150年戦争史(10) 日清戦争の発端ー陸奥宗光の『蹇々録』で読む④日清戦争の原因の1つとなった『東学党の乱の実態と朝鮮事情』〔明治26年6月4日 時事新報』(朝鮮内政の悪政、無法、混乱と財政の紊乱は極まれり)ー現在の北朝鮮と全く同じ

   日中北朝鮮150年戦争史(10)    日清戦争の発端 …

no image
日本メルトダウン脱出法(871)『アベノミクス、行き詰まりへの道』●『人民元の国際化で中国は世界のマネロンセンターに』◎『パナマ文書で見えた世界の「地下経済」』◎『中国企業のM&A:外国資産を買いまくる金満家 (英エコノミスト誌)』◎『 「映像スタンプ」という怪物が思考力と想像力を奪う 今こそ見直したい「きちんと書く、話す」能力』

日本メルトダウン脱出法(871) アベノミクス、行き詰まりへの道 http:// …

no image
日本メルトダウン脱出法(731)「 安保法案を中国はどう見ているか?―ネットの声も含めて」●「二度と韓国に来たくない–中国人観光客は何が不満なのか」

  日本メルトダウン脱出法(731) 安保法案を中国はどう見ているか?――ネット …

no image
知的巨人たちの百歳学(112)-『早稲田大学創立者/大隈重信(83歳)の人生訓・健康法ー『わが輩は125歳まで生きるんであ~る。人間は、死ぬるまで活動しなければならないんであ~る』

  『早稲田大学創立者・大隈重信の人生訓・健康法― ➀語学の天才になる …

no image
●「低線量被ばくとがんの発生との因果関係」で国連科学委員会(UNSCEAR) のラーソン議長がの記者会見動画(6/4)

          &nbsp …

no image
近現代史の復習問題/記事再録/日本リーダーパワー史(87)-『憲政の神様/尾崎行雄の遺言/『敗戦で政治家は何をすべきなのか』<1946年(昭和21)8月24日の尾崎愕堂の新憲法、民主主義についてのすばらしいスピーチ>

2010年8月17日 /日本リーダーパワー史(87)  &n …