日本リーダーパワー史(327)よくわかる「尖閣問題の歴史基礎知識」③ ニューヨーク・タイムズ』や外国新聞が140年前に報道した
日本リーダーパワー史(327)
よくわかる「尖閣問題の歴史基礎知識」③
『ニューヨーク・タイムズ』や外国新聞が140年前に報道
した日中、台湾、沖縄(琉球)の領土紛争問題
した日中、台湾、沖縄(琉球)の領土紛争問題
前坂 俊之(ジャーナリスト)
☆バカの1つ覚えの『日本の固有領土』とくりかえすだけでなく、その論拠を示し、ダブルスタンダード外交を排して中国側と国際司法裁判所で論争し、歴史認識ギャップを明らかにせよ。
●『自民との衆院選連携否定=尖閣決着は国際司法裁判所で
-橋下維新代表』http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012092900330
-橋下維新代表』http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012092900330
●『アジア的政策』ニューヨーク・タイムズ1870(明治3年)10月17日
1日か2日前に公表された,中国が日本と攻撃的な条約を結んだという主旨の奇妙な報道は,電信が原因する多くの虚報のうちの1つであるとみなしてまず大丈夫であろう。事実についてほんのわずかでも知っていれば,そのような条約が結ばれることが全くありえないことが分かる。
中国人は他のいかなる国に対しても対等の関係を認めたがらない傾向がある。そのため,これまで日本と中国との国交は単なる公式上.または通商上の名目的挨拶の取り交わし程度に制約されてきた。年に1度,2,3隻の貿易船が長崎の港に向かって中国の寧波港を出航する。そしてごくたまに,日本から中国に向けて使節団が派遣されるが,
それを中国人は都合のよい作り事で,属国の使節団として皇帝に取り継ぐのである。しかしここ10年ほど以前は.相互の孤立は制度として確立していたし,現在でも中国はまだ日本を下劣の,したがって属国でしかるべき国とみなしている。中国が,対等の力を持っと認める必要のない政府と.条約を結ぶという考えは,全く非常識に思える。
その上に,アメリカ,フランス.イギリスその他の諸国に与えられている特権を日本が自国の権利として強く主張するのではないかという不安が存在し.それが,最近中国の外国人管理下の兵器工場や造船所に見られる異常な動きの原因になっている。
成長過程にある日本の勢力.ならびに日本が海外発明品の採用によって得ている利益について建白書や発表された公式文書に,慎重ではあるが明らかな言及がなされている。いかなる場合も,中国が,日本と中国国民とのより親密な接触をもたらすような動きを承諾するようなことは,ありえないだろう。
●『横浜』 ノース・チャイナ・ヘラルド1873(明治6年)4月3日
ジャパン・メール紙によると,台湾人が難破した琉球人に虐待を加えたため,日本と
中国の間に問題が起きている。
「副島外務大臣は水曜日午前,日本海軍の龍醸艦に乗り横浜を出航,中国へ向かっ
た。これには同海軍のマラッカ号が同行した。
副島氏の訪問の目的は,中国政府に対し台湾島民の処罰を要求することである。その理由は,台湾島民が琉球人数人に対し不法かつ野蛮な扱いを加えたことによるものだ。琉球人は,台湾に上陸したか,あるいは不幸にも漂着したところ.台湾現地人によって食べられるという恐ろしい運命に陥ったと言われている。琉球諸島は以前.薩摩に従属していた。
薩摩の人間は台湾人が自分たち、に属する人間に加えた仕打ちに激高している。薩摩全体が沸き立っており.以前薩摩の所領として知られていた地へ部隊を移動させようとする動きも見られる。
薩摩の熱烈な願いであり.現実に要求.していることは.台湾人は,中国政府により直
接処罰されるか,さもなくば自分たちによって処罰されなければならないというものだ。江戸の宮廷は,中国との不愉快な交渉に巻き込まれることには大変気乗力薄ではあるが.薩摩側の圧力が凄めて強く,日本人の目には聖なる義務と映る復讐に対する欲求が極めて強いので,今回とられた借置以下のものでは,薩摩を一時的にせよなだ
め.仲間にしておくことはできないだろう」
。
●『台湾事件抗議の使節来朝に関する日本の報道を諭ず』 「申報」1873年4月5日
嶺南蓮塘生の投稿
申報283号の日本の新聞からの転載記事によれば,日本政府は清朝と交渉しようとしているということである。この報道により世論は沸騰したが,日本側の使節派遣の理由については理解に苦しむところである。
そもそも台湾一帯は中華の地ではあるが,台湾府は海岸一帯を管轄しているにすぎない。生蕃は奥地に住んでおり.その居住地区は台湾に含まれてはいるが,実際には台湾府の管轄外にある。そのうえ.生蕃は野蛮な未開の人種で,化外の民であり,わが朝廷の民ではないので.中国となんのかかわりがあるだろうか。
琉球人が蕃人の一味によって危害を加えられたことは,実に痛恨の極みであり,薩摩人が憤慨のあまり騒動を起こそうとしたのもむりからぬことである。幸いに日本政府が急きょ鎮圧に赴き.騒動を未然に防いだ。これを聞いた内外の人士は,こぞって日本政府が大義名分を関明にしたことに感服している。騒動を鎮圧することは極めて妥当なことであり.別に遠路はるばる交渉に来る必要はないはずである。
したがって昨日の新聞では・日本の使節が上海に到着したことを報道しているが,彼らが天津を訪れるのは和平条約交渉のためであると思われるので必ずしもこの取るに足らない小事件についても交渉するためではないはずである。
しかも,昨年琉球の漁船があらしのために中国に漂着し,山東撫軍の丁中丞の手厚い保護を受け.平種無事に琉球まで送還してもらっている。こうした災難救助の一件から見ても
清朝が遠国の人間に誠意をもって対処していたことが分かろう。
その直後.すなわち去年の秋に,香港から出航したペルーのマリア・ルース号があらしに遭い横浜に寄港した際も.日本の官憲および各国の横浜駐在領事は公平な立場でこの処理にあたった。
生命を助けられた苦力たちは深くその恩義を感じ.中国の人士もこれを称賛しない者はなく.こぞって日本と中国との通商を説いたため,その後隣国間の親睦は深まり,慶賀の至りであった。
ところが突然、日本の使節がわざわざ交渉のため中国を訪れ.台湾蕃人を討伐しようとしているという消息はまことに信じがたいことである。日本は近年技芸・政治が発展の一途をたど っているので,威徳を兼ね備えるべきときなのに、どうして軽々しく取るに足らない生蕃たちと戦うことがあろうか。たとえ百戦百勝しても,なんの利点があるというの
だろうか。
もともと日本には,すぐれた見識を備えた臣下,学跡に富む人士がすこぶる多いので,決して辺境の区々たる生蕃と戦うようなことはないはずである。これは全く事実無根の噂にすぎないと思う。そのうえ,山奥の生蕃との戦いは困難でその討伐はむずかしい。たとえ戦艦を沿岸に停泊させて砲撃したり.弓矢で射かけても,彼らは遠くに避難してしまうだろう。
また・たとえ多数の兵士を上陸させ攻撃しても山奥深く逃げ隠れてまともに戦火を交えようとはしないので,追跡して討伐するのは極めて困難である。もし彼らがその狂暴ぶりを発揮し.あるいは戦艦や兵士の準備が整わないうちに,深山幽谷に仲間を集結し,衆をたのんで一斉に襲撃してくれば、勝利を得ることはさらにむずかしくなる。
かつて.アメリカの商船が停泊中にこの地を遊覧しているとき、蕃人の一味から迫害を受
けたため,直ちに福州駐在領事に報告して総督【福建・漸江省の地方長官】に討伐の出兵を要請したことがあった。だが、蕃人がはなはだ凶暴であり、またわが朝廷の管轄外であることを理由に,総督はアメリカが自ら軍隊を派遣して討伐の任に当たるべきだとした。
アメリカの領事は直ちに各港防備のため駐留していた戦艦を移動させたが,到底討滅不可能な形勢を察知し,これを中止した。このたび日本の使節が来朝したのは,まさか生蕃討伐のためではなかろぅ。またこれは,わが中国にいささかの利益をもたらすためでもないであろう。
●『琉球諸島の帰属問題』―アーネスト・サトウの論文
「ノース・チャイナ・ヘラルド」1873年4月10日
「ノース・チャイナ・ヘラルド」1873年4月10日
とにかく,あの小さな琉球公国に.最近異常な関心が向けられている。今回の日本使
節の意図は,中歯に対して.台湾住民による一部琉球人の虐待の賠償を要求すること
にあるが,これは,嘉慶帝の勅令で「果てしない大海原に浮かぶ小島群」と呼ばれて
いる島々に対する、われわれの興味をよみがえらせるものだ。
琉球公国と中国および日本との関係はかなり複雑で.また中国政府は台湾においては支配力が弱いため.今回の交渉は,一見そう見えるほど簡単なものにはならないだろう。したがってわれわれは.その結果に大変興味を持っている。
中国側が全面的に日本の介入を憤ることもありうる。中国は,琉球に関して外部からの干渉を許すことはできないという証拠として.歴代の琉球君主は、現在まで何百年にもわたって.北京からの使節に叙任されてきたという事実を指摘することが可能だ。
一方、日本は次のことを琉球が日本に属している確証として弁明することが可能だ,それは,琉球諸島が17世紀の初めに、薩摩候によって実簾に征服され,その後新しい大君や歴代の琉球王の即位の際,江戸で臣従の宣誓が行われてきたことだ。
琉珠と日本の関係については.最近E・W.サトウ氏がアジア協会で発表した論文の中で,興味深い鋭明がなされている。同氏は日出ずる国に関する惰報で本国の諸雑誌に多大の貢献を行っている。
琉球人が外の世界と接触を持とうと思い始めたのは,14世紀の終わりから15世紀の初頭のころのようだ。サトウ氏の説では.琉球人と日本人の初めての交流が生まれたのは,琉球人数人が当時権力の座にあった大君の足利義政に小銭1000連を献上した1451年のことだ。
一方ウィリアムズ博士が1866年にアジア協会のノース・チャイナ支部で発表した論文からは次のことが分かる。それは.琉球の貴族制度が.明朝の創始者洪武の5年に最初に中国こ「貢ぎ物を贈った」こと.また叙任の慣習は,次の皇帝永楽の治世1400年に始まったことだ。
以上のところでは.中国のほうが優勢のようだ。琉球の君主は,日本と公式な関係を持つ50年も前に北京から叙任されていたのだ。だが次に.日本の征服による権利が出てくる。約200年後の17世紀の初めに,ジャナ【Jana】という大臣が.中国の宮廷で気に入られたいと思い,王を説き伏せて日本とのいっさいの連絡を断った。
そしてその税明を求めて派遣された薩摩侯の使節を無礼に扱った。薩摩候は直ちに,この非礼を罰する許可を江戸から受け.1609年に遠征を開始した。そして首都を攻略し、王を掃粛として鹿児島に連れてきた。この日から琉球は薩摩に従属することになった。
そして歴代の王は,その即位に際して江戸に使節を送るだけでなく,新しい大君の即位の際にも.再叙任を受けなければならなくなった。また別にこの間ずっと北京でも同じ儀式を務めてきた。先にふれたウィリアムズ博士の論文は,1865年にある琉球使節団が北京を訪れたことが契機となっている。そしてサトウ氏によれば.使節が江戸を訪れたのははるかに遅れて昨年のことだという。
さて,われわれは.もし中国側が日本の要求を回避したいと望むなら,そのために外交的クモの巣を紡ぎ出す豊富な材料を持っていることを十分に述べてきた。
しかしほんとうのところは,疑問の余地なく,日本の宗主権のほうが中国のそれよりも現実的だ。
日本は実際に250年ほど前に琉球諸島を征服し,それ以来.直接的に支配してきた。それに対し,中国との関係はただ美辞麗句のたぐいのものにすぎなかったようだ。このことは.天子とその支配する学問と文明の中心に対する非常な尊敬によって暗に示されている。
琉球使節がやってくると,皇帝は喜んで彼らの臣下の礼を受け彼らの贈物を他の者を使って受け入れていた。しかし,もし彼らが欠席したとしたら.果たしてそれを正すための措置がとられたかどうかは極めて疑わしい。
というのも損をするのは彼らのほうだからだ。中華の国と交流することができなくなるのだから。中国がこのむずかしい問題から逃れるためにかけることのできる唯一のチャンスは,琉球は日本の保護下にあると同様に中国の保護下にあり.日本の干渉を受けずとも,琉球人を台湾の悪人たちから保護できると宣言することだ。
そうすれば,中国は大言壮語に満ちた公信を福建の知事に送りつけることができる。そして知事はそれに劣らぬ美辞麗句で飾られた返信を送ってくるだろう。それで事態が収まるかもしれない。だがもし,日本の干渉が認められれば,日本人は台湾人にどういう措置がとられたかを知りたがる可能性がある。そうなると中国にとって,あの島の野蛮な住民に対して残る唯一の手段は,高くつく遠征以外にはないのだ。
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