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「軍靴」の足音が…「12・8」と「12・9」

   

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平成16 年2 月1 日       新聞通信調査会報             <プレス・ウオッチ>

池田 龍夫(ジャーナリスト)
小泉純一郎首相は2004年元旦、靖国神社への電撃参拝をやってのけた。「元日に
は誰でも初詣ではするでしょう」との〝涼しい顔″に、独断と奇策に凝り固まった「小
泉政治」の危険因子を読み取った。
最高権力者自らが新年早々「政教分離」の憲法順守義務を踏みにじり、戦争責任(戦
犯合祀)にも平然としている姿に、「この国の行方」が心配でたまらない。
〝漂流する日本丸″は、明確な国家像を持たず、過去の歴史にも学ばず、テロ多発
の波に揺さぶられて危険な方向に舵を切ってしまったのだろうか。あっという間、敗戦
まで間の〝激動の昭和“二十年間の悪夢が甦る。
1・・・ 「歴史に学ぶ視点」の欠落
年が明けても、「12・8」と「12・9」の奇妙な符号が脳裏から離れない。昭和十六年
(一九四一年)の「日米開戦の日」、平成十五年(二〇〇三年)の「自衛隊のイラク派
遣基本計画決定」に至る時代の奔流である。
昭和元年がわずか七日間のため、日米開戦までの期間は実質十五年。平成に入っ
てイラク派兵までも十五年間で、国家が急旋回する〝狂気“に改めて息を呑んだ。
六十余年前の「十二月八日」を想起し、現時点での新聞はどう報じたか。しかし在京
六紙の〝無関心“の姿勢に、歴史認識の落差を感じざるを得なかった。
政府高官からも「あの日を振り返って、現状を深く考える」 といった言葉もなく〝真珠
湾は遠くなりにケリ“の感を深めた。
一面コラムで触れた朝日・毎日にしても、文末に2、3行記しただけ。産経抄が一番ス
ペースを割いていたものの、「もし戦争を起こした側に責任があるとすれば、戦争を起
こさせた側にもそれがあるはずである」と述べ、「米国のイラク先制攻撃の責任だけを
責められない」との論理に力点があったようだ。
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筆者が調べた限り、十二月八日社説で「開戦の日に『時代』を見つめる目を」との論
調を明示したのは唯一「沖縄タイムス」だった。悲劇の出発点となった開戦の日を見
つめ、「戦後の日本は、戦争の放棄による平和主義、基本的人権の尊重という市民を
中心とする社会づくりへと大きく指針を変えた。
だが半世紀を経て、国際協調による平和主義、市民社会の形成は徹底されてきたの
だろうか。
戦後の日本が選択したもう一つの日米同盟に基づき、イラクへの自衛隊派遣は決定
されようとしている。
有事関連三法から国民保護法制の整備へと進み、市民の権利の上位に国を再び位
置付ける流れが強まっている」と警告を発しているが、新聞には、この歴史的視点こ
そ肝要である。
一方、ブッシュ米大統領は十二月七日(日本時間八日)を「国民パールハーバー
(真珠湾)英霊記念日」と宣言した。「9・11テロ」 発生後に定めた「愛国の日」と同様、
米ナショナリズムの異常さを感じるものの、悲惨な歴史から学ぼうとせず、現実に身
をまかすだけの理念なき日本の姿が悲しい。
小泉首相の胸に戦争の痛みがあるならば、十二月八日朝、真っ先に戦争犠牲者を悼
んで反省し、「戦禍なき世界」を天下に宣言する気概が欲しいのだ。
「中国や韓国の非難を恐れて靖国参拝をするな」とのみ言っているわけではない。小
泉政権のもと、二〇〇一年暮に発足した「追悼平和記念懇」はその後どうなったか。
一年後に検討結果をまとめたものの、店ざらし状態だ。靖国の宗教色を排除した、無
宗教の国立「追悼・平和記念館施設」設置を提言したにも拘わらず、小泉首相は全く
動こうとしないばかりか、「靖国」に執着している。
一事が万事、世論をはぐらかす小泉政治の無法は許せない。国家の岐路に立たされ
た時代だからこそ、新聞は「開戦の日」に目を向け、確かな視点に立って堂々と論じて
欲しかったのである。
2・・「憲法前文」つまみ食いの欺瞞
「日米開戦の日」の翌九日、小泉政権は「自衛隊のイラク派遣基本計画」を決定、平
3
和憲法下で築き上げた安全保障政策の大転換に踏み切った。
「非戦闘地域で人道・復興支援のための活動であり、武力行使はしない」と記者会見
で述べたが、その際「憲法前文」の一部を引用して合法性を強弁した姿勢を見逃すわ
けにはいかない。
憲法前文の後段には「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国
を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法
則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務で
あると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成するこ
とを誓ふ」と明記されているが、首相はこの部分のみ引用し、憲法の理念に沿ったイ
ラク派遣の“拠りどころ”にしたのだ。
しかし、前段で「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高
な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、わ
れらの安全と生存を保持しようと決意した。
われらは、平和を維持し、専従と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努
めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」 と強調しており、これ
を受けた後段の文章であることは自明の理だ。
首相が意識的にねじ曲げ、「自衛隊派遣は憲法の理念に合致する」 と申し開きした
としたら、それこそ三百代言的言辞である。
しかも第九条には一切触れず、法文上の〝すき間″を狙ったつもりだろうが、「衣の
下の鎧」をのぞかせる悪知恵ではないか。さらに「口先だけでなく日本国民の精神が
試されている」との強権的発言に、戦前の「国民精神作興運動」の戦慄を覚えるのは、
思い過ごしだろうか。
憲敵前文に関し長々と記したのは、日ごろ「憲法」に親しんでいない多くの国民が、
間違った論理に騙されてはならないと思うからだ。
そこで、十二月九日の主要紙論説が「基本法」をめぐる諸問題につきどう報じたかに
注目した。
朝日は「日本の道を誤らせるな」と題し、「この計画に反対である。少なくともイラクの
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現状が大きく改善されるまで、実行を見合わせるべきだ」と主張。
「あくまで復興支援のために」と題する毎日は 「憲法に抵触する事態があってはなら
ないのは当然だ。派遣の時期と方法を慎重に見極める必要がある」と述べ、東京
(中日)は「踏み出すのは危うい」と、極力慎重姿勢を…と呼びかける。
3・・・ 各紙論調・世論は2分された
読売は「国民の精神が試されている」と、小泉首相の言葉と同じ見出しで「日本の国
際協力に新たな展開をもたらす歴史的決断だ。日米同盟はさらに拡大、進化してい
る」との主張。
「国益と威信をかけた選択」とする産経は「小泉首相を評価し、憲法前文を引いての
説明に説得力がある。残された課題は『恒久法』だ」と述べ、日経は「悲劇乗り越えイ
ラク復興支援を進めよ」との姿勢だった。
世論が2分されているように、各紙論調も歴然と分かれており、これらに筆者の意見
を差し挟むには紙幅が足りないため避けるが、憲法の〝つまみ食い″にはこだわり
たい。
そもそも憲法99条には、天皇、国務大臣、国会議員、裁判官らの「憲法尊重擁護義
務」が明確に規定されているからだ。国の最高法規を首相が軽視するご都合主義〝
悪しき現実主義“の影響を危倶するのである。
新聞が「警鐘を鳴らすべき大問題」と各紙論説を探したところ、琉球新報社説(12・
11)「ご都合主義の憲法解釈だ」を読むことができた。
「自衛隊の活動範囲を広げるために政界は憲法の拡大解釈を繰り返してきた。この
泥縄的対応が限界に達しているのは周知の事実である。
しかも、今回は『戦時』下の他国領土での活動という分野にまで踏み出した。これでは、
憲法の平和条項はなきに等しい、といえよう。
…憲法を『大義』に使うのであれば、むしろ憲法の原点に返り自衛隊派遣を断念すべ
きである」とズバリ斬りこんだ論説に、共鳴する。
他紙論説にも文脈の中に記述はあるものの、「憲法」に絞って直ちに論陣を張ったの
が琉球新報だけだったとは寂しい。
ちなみに、「小泉憲法解釈」に対し、琉球新報十二月十日夕刊は一面トップ、沖縄タイ
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ムスは一面二番手(ともに共同通信社電)で危険性を指摘し、朝日は同日社会面トッ
プで問題提起したのが印象に残った。
年が明けて、「陸自派遣命令」へと事態はさらに深刻化してきた。
「やむを得ない」「今さら俊巡するわけにはいかない」との現実論に押されて、軍事優
先の泥沼に日本が大きく踏み出してしまった現状を恐れる。
藤原帰一・東大教授が「平和を作る」努力を熱っぽく訴えているが、一部の新聞にして
も、武力行使を容認する〝悪しき現実論“に屈しない勇気を持って欲しい。
「いつか来た道」を阻止するために‥・。
(池田龍夫=元毎日新聞東京本社整理本部長)

 - 戦争報道

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