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日本リーダーパワー史(557)日本近代史上最大の英雄・西郷隆盛―死後も「西郷伝説」でよみがえる。

      2015/03/29

 

saigou日本リーダーパワー史(557)

 日本近代史上最大の英雄・西郷隆盛―死後も「西郷伝説」でよみがえる。

 坂本龍馬は「西郷は馬鹿である。大馬鹿である。

小さくたたけば小さく鳴り、大きくたたけば大きく鳴る]と。

 

西郷隆盛は文政10年(1827)12月7日生。明治10年(1877)9月24日、城山に自決する。通称吉之助、幼名小吉、南洲と号す。薩摩島津家の士。父は勘定方小頭という小役人。

坂本竜馬の西郷評は「大バカ」である。勝海舟の紹介で西郷に会った坂本龍馬は、その印象を「西郷は馬鹿である。大馬鹿である。小さくたたけば小さく鳴り、大きくたたけば大きく鳴る。その馬鹿の幅がわからない。残念なのは、その鐘(かね)をつく撞木(しゅもく・鐘をつく木の棒のこと)が小さいことである」

人見寧という若い男が、勝海舟の紹介状を持って西郷を訪ねた。紹介状をあけてみると、「この男は足下を刺すはずだが、とにかく会ってやってくれ」と書いてある。西郷は、この男に、「私が吉之助だが、私は天下の大勢などというような難しげなことはわからんばい。まーお聞きなさい。先日、私は大隅のほうへ旅行した。その途中で、腹が減ってたまらぬから十六文で芋を買って食ったが、たかが十六文で腹を養うような吉之助に、天下の形勢などというものがわかるはずがないではないか」と大口を開けて笑った。人見は殺すどころか、毒気を抜かれてあいさつもろくにせずに帰って、「西郷さんは、じつに豪傑だ」と感服した、という。

一方、玄洋社の大親分・頭山満は「西郷は豪傑の中の豪傑で、無策の大策で行く大豪傑ぢやった」という。

土佐の有志で島本仲通というのが司法省にいたころ、万座の中で、西郷を面と向かって罵倒した。「西郷々々と世間では人間以上のようにいうとるが、その意味が分らぬ。同志がみな刑獄につながれ、非業のうちに斃れたのに西郷のみひとり維新の元勲ぢや、というのは非人情じゃ。何が大人物じゃ。わしから見れば、虫けら同然じゃ」とののしった。一座はシ-ン、誰一人口を出す者がない。西郷も沈黙したまま。島本は「それ見たことか、西郷!一言の弁解もなるまい」とさらに、追い打ちをかけた。西郷はついに黙したままだった。

翌日、これを聞いた西郷の崇拝者たちが南洲宅に押しかけて、「アンナ、ふそんな奴は生かしておけぬ」といきりたった。すると西郷はおもむろに口を開いた。「はア、あの人が島本さんでごわすか。エライ人じゃ。西郷は一言もごわせん。ああいう人が司法省におられるので、オイドンも安心でごわす」といったので、一同口あんぐり。これを聞いた島本は「これは大分ケタが違うとる」と初めて、西郷の器量の大きさに恥じ入ったと、いう。

大久保利通がヨーロッパから帰朝したとき、西郷が高島柄之助を連れて土産話を聞きに行った。二人は横になって話をしていたが、外国の話がなかなか出ない。そのうち、大久保が、「おまんさもときどき内閣へ出て、下知でもしてくれればいいのよ」と切り出すと、西郷は起き直って端座し、大きな目玉をむいて睨んだが、なんともいわずに立ち上がって、「高島、もう帰るぞ」と大久保に口も聞かずに立って玄関で履物をはきながら、「あのカステラを持って来ぬか」といった。

高島は座敷に戻ってカステラをさらって来て見せたら、西郷は顔を崩して笑った。大久保は依然として横になっていた。

各参議の従僕は主人の弁当を持って太政官に行く習慣だったが、ある日、「君の旦都の弁当は、さぞたくさんのご馳走だろう。あの巨体だから」といわれた西郷の従僕は、「いやいや、私の旦那の弁当は全くのお粗末なものさ」と風呂敷を広げてみせた。竹の皮にゲンコツぐらいの握り飯を包んであり、そのうえに赤味噌をベ夕べタと塗りつけたものであった。

日本橋の蠣殻町に西郷の邸があった。故郷に帰るとき、邸を売った。そのとき、「自分は商人ではないから」といって買ったときと同じ値段で売った。

洋食のマナーなど、絶対に見習おうとはしなかった。宮中の宴会で、スープ皿をどんぶり鉢のように両手で受けて、チュウチュゥと音を立てて吸った、という。

明治維新最大の立役者は西郷隆盛。今も、人気は一向に衰えない。その西郷が西南の役で敗れて鹿児島・城山で自決したのは明治10年(1877)9月24日のこと。享年51歳。腹心の桐野秋、村田新八らもそろって討死し、約三百人の部下があとを追って腹を切った。日本の歴史上、これほど多数の人間が殉死した例はない。いかに西郷がカリスマ的な魅力があり、慕われていたかの証拠である。西郷は士族たちにとっては神に等しい存在だった。逆賊の汚名をきせられ悲劇的な死によって民衆の崇拝は逆に強くなり、以後、「西郷生存説」「西郷伝説」が生まれてくる。

源義経が奥州藤原で亡くなったのではなく、生き延びて延びて大陸に渡り、ジンギス・カンになったという伝説と同じ民衆の英雄願望であり、メディアの虚報である。

明治22年(1889)には憲法が発布され、大赦によって西郷は朝敵の汚名を晴らして、正三位が贈られた。この名誉回復で西郷は一挙によみがえってきた。「西郷は城山で死なず、シベリアでロシア軍の訓練をしており、日本に近く帰ってくる」「朝鮮に亡命している」「インドに身を隠しており、天皇の招きで帰ってくる」というウワサが一層広まってきた。ロシアのニコライ皇太子はシベリア鉄道の起工式出席のためウラジオストックにくることになり、途中約一カ月にわたって日本に立寄ることになった。

このニュースが西郷生存説と一緒になって「西郷はロシアで生きており、ニコライ皇太子と一緒に軍艦で帰国する」と新聞に生還説が次々に登場、人々にパニックを起こした。

これを真に受けた滋賀県の巡査・津田三蔵が明治24年(1891)5月9日に大津市内で人力車に乗って観光中のニコライ皇太子に斬りかかり重傷を負わせた。いわゆる、大津事件が発生し、明治の日本を震撼させた。

西郷はウナギが大好物だった。それを知って大隈重信が「ウナギをご馳走しますので、ぜひおいで下さい」と誘うと、西郷は大喜びで「連れがあるのでそのつもりで」と返事した。連れの分まで十分用意して待っていると、西郷はただ1人でやってきた。不思議に思った大隈が問い質すと「連れは玄関でまっているのでたくさんご馳走してくだされ」という。改めて玄関に行ってみると、西郷が可愛がっていた犬がお供して待っていた。これは頭山満の話だが、「クマ(大隈)のご馳走には犬くらいが適当と思ったのじゃろう」と大笑い。

西郷は肝っ玉もキンタマも大きかったという。「西郷さんの大キンタマ」とは明治の子供たちの囃子(はやし)ことば。「大きすぎて馬にのることができなかったので、特別にかごに載って指揮をとった」とか、「大金玉を枕にして寝た」とか、『大きなキン玉 だてには持たぬ 婦(かかあ)が 屁をすりゃ フタにする』とざれ歌にまでよまれて、オヒレがついた。それだけ人気が高かったのである。

西郷の死体検案書をみると「衣服、浅黄縞単衣、紺脚絆、創(キズ)所、頭体離断、右大腿より左骨部貫通銃創、右尺骨部旧刀創、陰嚢水腫」(圭室諦成著『西郷隆盛』岩波新書) とある。陰嚢水腫がキンタマが大きくはれ上がる症状で、その原因はフィラリア症。フィラリアの成虫は長さ十cm、太さ0,3ミリほどの糸くずのような虫でリンパ管に住む。こいつが無数に増えてリンパ液の流れを邪魔して、体の出っ張った部分に水腫をつくる、という。

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