最高に面白い人物史②人気記事再録★勝海舟の最強の外交必勝法②「多くの外交の難局に当ったが、一度も失敗はしなかったヨ」『明治維新から150年の近代日本興亡史は『外交連続失敗の歴史』でもある②』
2014/05/21
日本リーダーパワー史(500)
前坂俊之(ジャーナリスト)
「海舟先生氷川清話」(吉本襄 撰著 大文館書店 1933)にみる勝海舟「外交談
『明治維新前の欧米軍人との交渉は・・・』
維新前のある年に、幕府が海軍制度を定めるについて、制服をも定めるといふ議が出た。
おれは兵式さへ知らぬうちから、制服などは、まだ不要だとは思ったけれども、おれの上には上役もありて、さなきだにおれを嫌って居るところだから、おれも強ひて反対せず、ともかくも海軍総裁や軍艦奉行などと共に、その頃、来て居た英国のアドラル・キッぺルに、制服のことを相談に行った。
このキッぺルは、英国海軍の中でも、なかなか出来る男で、顔付きから、はなし工合まで、すこぶるやかましい男だったが、まづわれわれに向つて、日本海のことを種々聞き始めた。
しかし、こちらには、一人も完全に答への出来るものがなくて、上役の人も、すこぶる窮した様子だったから、おれも見かねて問に応じて進んで答をして、漸く日本人の顔を立てやった。
しかし、これがために彼らに軽侮せられて、いよいよ制服のことを談(はな)すと、「内海のことさへ、知らぬ人の多き貴国の海軍に、制服を定めて何にするか」と、一本やられて、制服のことは、一まづ廃止になった。
その時にあれは、キッぺルらの高慢が気にくわなかつたから、一つ敵(かたき)を取ってくれうと思って、突然、彼に向ひ、『貴国の武鑑を見るに、アドミらる(将校)が八十人もあるが、あれは実際か』と尋ねたら、彼は得意になって、「実際だ」と、答へた。
そこで、おれは笑いながら、『その八十人は、いづれも年功で昇進せられた御老人だちで、実地に軍艦を指揮し得られるのではあるまい。実地に軍艦を指揮し得られるのは、何人あるか』と推しかへして尋ねたら、彼もまさか八十人揃って指揮し得るともいひかねて、「いや、その段に至っては、拙者と今一人とあるばかりだ」と答へた。
厳しく威しっけられたり、馬鹿にせられたりなどする中に立って、時々力味を見せるのも、なかなか苦しかったヨ。
この制服のことを初めとして、海軍の事は、何もかも外国人が相手だから、おれもこの頃は、ずいぶん苦心したヨ。
何年だつたか、幕府に伊豆の下田と相模の観音崎と、そのほか二ヶ所ばかりへ、燈明台(灯台)を設けうという議があった。幕府は役人を英、米、仏三国の軍艦へ派遣して、この事に関する相談をさせうとしたけれども、役人共が、饗応の費用をおしんで、三国の軍人をうまく待過せぬから、彼らも不平で、キャップテン(船長)は一人も相談に来ない。
役人も余儀なく帰って来たが、また、他の一人を派遣しても同様であった。そこで、幕府にも協議の上、とうとうおれを出すことになって、夜中に使者を、おれの宿へよこして、この談判を命ぜられた。
おれは直ぐに出て行って、まづ費用を少しもおしまず、第一等の御馳走を出し、その上に、自分でわざわざ彼らの船へ挨拶に行ったものだから、彼らもすこぶる満足して、早速おれの船へ来て答礼をした。
それから、約束通り彼らとおれの船に会して、燈台設置の商議を遂げたが、さて、ここに困ったのは、彼らがその夜、おれの船へ泊るといふのに、三人のところへ、上等の寝室が、二つよりなかった1件だ。
当時英国のキャプテンは、テツピヨルドとかいって、年は若いが、セバストホールの戦に功があったから、この身分になったといふ人だ。
米国のはゴルドヅパラといって、六十あまりの老人で、仏国のもこれと同じ年輩の某だった。
下士官の寝るべき階下の室ばかりだから、おれがもし飽くまで威厳を保って、上等宝に寝るとすれば、三人の中
の一人は、是非とも下士の室に寝させねばならぬ。米国のと仏国のとは老人で、英国のが、若いからといっても、
彼も英国政府から、わざわざ東洋に派遣せられて、とにかくに英国を代表して居る人だから、他の老人たちと優劣をつけるわけにはいかない。
かつは不公平な事で与ると、彼らの感情を害して、この商議が破れるかも知れないものだから、おれも断然決心して、三人の者に向い、
『拙者は腹蔵なく申し上るが、実はこの船の寝室、かくかくの次第なれども、君らのうち一人を下士の室に導くといふことも出来ぬにより、主人たる拙者は、下士官室に寝るゆえ、賓客たる君らは、上室の中に寝られよ』
といつたら、彼らもおれに腹蔵のないのを感心して、その御心配には及ばぬものといつて、おれの厚意を謝した。
これで灯台に関する商議も済んだが、当時の英国公使パークスも、この始末を聞いて、極めて満足に思つたか、その後は、何事もおれを指名して、談判するやうになった。この時分の外交についての苦心は、平生とはずいぶん違ったものサ。
関連記事
-
-
『F国際ビジネスマンのワールド・カメラ・ウオッチ(25)』「プラハ(チェコ)は「ヨーロッパの魔法の都」息をのんだ「マラー・ストラナ地区の近く、マルタ広場にあるロココ様式のトゥルバ宮殿②」
2015/06/20 F国際ビジネスマンのワールド・カメラ・ウオッチ …
-
-
『リモートワーク/世界文化遺産/東大寺に参拝する観光動画(2018/4/1,30分)『(Nara Sightseeing)桜満開の奈良公園でシカと遊ぶ外国人観光客は大興奮』★『スゲー!迫力ー東大寺の見所の1つ、南大門にある運慶ら作の8,5m巨大な金剛力士(仁王)像の大迫力!』★『春らんまんの東大寺大仏殿の美しさ(4/1)-外国人観光客も荘重華麗な美しさにに感動す』
(Nara Sightseeing)桜満開の奈良公園でシカと遊ぶ外国人観光客は大 …
-
-
世界を変えた大谷翔平「三刀流(投打走)物語➅」★『2018年渡米してオープン戦で大スランプに陥った大谷にイチローがアドバイスした言葉とは』★『自分の才能、自分の持っているポテンシャルにもっと自信をもて!』『イチローは現代の「宮本武蔵」なり「鍛錬を怠るな<鍛とは千日、錬とは一万日(30年)の稽古なり>
2021年11月27日、前坂 俊之(ジャーナリスト) …
-
-
『Z世代への日本現代史・決定的瞬間講座』★『1904年1月、ハルピン駅で暗殺された 初代総理大臣・伊藤博文の訃報を聞いた瞬間の山県有朋の談話』★『伊藤公狙撃さる・・龍顔を拝して涙下る公爵・山県有朋談』
2010/12/29 日本リーダーパワー史(113)記事再録 『冒険 …
-
-
『湘南海山ぶらぶら日記『 ★『鎌倉カヤック釣りバカ動画日記『★『忍者カワハギとの決闘編ー爆釣はレッドソックス・上原クローザーの「瞬殺」法の秘伝を公開』(2013/11/03 )
2013/11/03   …
-
-
日本メルトダウン(940)『尖閣に迫る中国、日本はどう対応すべきか米専門家が警告、中国の尖閣奪取計画は確実に次の段階へ(古森義久)』●『西側をスケープゴートにする中国の「賭け」 偏見をあおるプロパガンダに拍車、裏目に出る恐れも (英FT紙)』●『歴史を軽視した革命思想から解き放たれ、初体験は55の夏 (李小牧)』●『石炭ブーム終焉で中国の地方を襲う地盤沈下、膨らむ経済負担』●『南シナ海“中国敗訴”で共産党統治のジレンマが浮き彫りに 』
日本メルトダウン(940) 尖閣に迫る中国、日本はどう対応すべきか米専門家が警 …
-
-
名リーダーの名言・金言・格言・苦言・千言集(13) 『安定した企業は不安定であり、不安定な企業は安定である』(小林宏治)
<名リーダーの名言・金言・格言・苦言 ・千言集(13) 前 …
-
-
速報(34)『日本のメルトダウン』47日目ー『事故とリーダーシップ、日本経済の転落が始まる』
速報(34)『日本のメルトダウン』47日目 ◎『事故とリーダーシッ …
