前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

『Z世代のための鈴木大拙(96歳)研究講座』★『平常心是道』『無事於心、無心於事』(心に無事で、事に無心なり)』★『すべきことに三昧になってその外は考えない。結果は死か、 生か、苦かわからんがすべき仕事をする。 これが人間の心構えの基本でなければならなぬ。』    

   

  

 記事再録/

 

百歳学入門(41(鈴木大拙(96歳)の語録』

平常心是道』『無事於心、無心於事』(心に無事で、事に無心なり)』             <すべきことに三昧になってその外のことを考えるな。結果は死ぬるか、

生きるのか、苦しいのかわからんが、そういうことはどうでもよい、すべき仕事をする。これが何時でも人間の心構え、集団的生活の心構えの基本である。
非常時とか、平時とかの区別をしない>。
  •  
  • 前坂 俊之(ジャーナリスト)
  •  
  • 宗教家・鈴木大拙(1870~1966)は96歳という長寿で、まさしく大器晩成そのものである。
  • 大拙は日本語よりも英語の著作が多い。ビアトリス夫人の協力で英文雑誌「イースタン・ブディスト」を創刊、二十年継続して、五十七歳のときに英語論文集『禅論文集第一』を­刊行、六十九歳でビアトリス夫人が亡くなると、同年に、『無心ということ』を出版。七十三歳で名著『禅の思想』を、翌年、七十四歳で『日本的霊性』を発表した。
  • 国際的に大拙の名声はますます高まり、八十歳再びアメリカに渡り、これより八年間にわたってアメリカ各地の大学で禅を講義して回わり、仏教の世界的な権威となり、世界的な­禅ブームが起こした。              
  • 大拙70歳すぎの、大東亜戦争中(1941―1945)のこと。憲兵隊の下士官が松ケ岡文庫を訪れて「この建物は山の中にあり空襲の危険は少ないし、非常に広い。憲兵隊将校の宿舎にするから明け渡してもらいたい」と命令した。 
  • 大拙が拒絶すると「日本国民でありながら、軍人に協力せんというのか」と怒鳴った。「わしは、日本はこの戦には勝てないと思う。この松ケ岡文庫は、日本が負けた後で.日本人が立ち直るためのよりどころとなるところです。断じて、明け渡すわけにはいかん」
  • 大拙の気迫に押されて引き上げた。次にやってきた憲兵隊上官も同じく圧倒されてすごすごと、引き揚げたという。(志村武『鈴木大拙随聞記』昭和42年 NHK出版)
  •  
  • その大東亜戦争では軍国主義が吹き荒れて国民全員に死が強要された。
  • 『武士道を間違えて匹夫の勇としてしまった軍人たちの蛮勇と無知を著作ではっきりと指摘している。1944年(昭和十九)十二月に出版して名著『日本的霊性』の中で、「非常時」が叫ばれ、「国家のための死」がいたずらに神聖視される風潮を批判して次のように異を唱えている。
  •  
  • 名著『日本的霊性』の中で
  •  

    • 非常時もなく平時もなく何時も坦坦如として、又淡淡如として行くところ適わざるはなしということでなくてはならん。
      それで始めてほんとうの安心が出るわけだ。これが『莫妄想』(まくもうそう)である」
    • 「仕事こそ人生なり」「文筆三昧、研究三昧」の生活で、九十四歳まで現役で精力的に研究に没頭した。
      「死を恐れるのは、やりたい仕事を持たないからだ。やりがいのある、興味ある仕事に没頭し続ければ死など考えているヒマがない。死が追ってくるより先へ先へと仕事を続けれ­ばよいのである……」          
    •     大拙の晩年の秘書は在米日本人二世の岡村美穂子。彼女は助手として大拙が鎌倉に建てた松ケ岡文庫に住み、最晩年の大拙の身の回りの世話をおこなった。大拙が最晩年の日々を過ごした松ケ岡文庫は、北鎌倉の丘の上にあり、百五十段以上の石段を登らねばならない。その石段を日に何度となく昇降し、その飄然とした姿は、まるで雲の上を歩く仙人のようだったという。(『知的巨人たちの晩年』稲永和豊著 講談社 1997年刊)
    •  
    • この岡村美穂子が語る晩年の生活ぶりによると、毎朝六時半頃に起きて、夜は十二時か十二時半頃に就寝。その間、ほとんど執筆活動に専念。健康法は毎朝の冷水摩擦。それ以外­は決まった日課はなかったが、家の中で二階に上がったり降りたり、庭を歩きまわり、それがよい運動になっていた。 食事は、朝はパンとオートミールに紅茶。昼はおかゆと軽いおかず。夜食はなんでも食べ、肉料理や、中華料理も。量は腹八分目が基本。鈴木の人生観は常に前向きであった。
    • 「先生は九十になって前向きですからね。つねに新しいものの創造に心をそそがれていた。問題が起きても決してそれを恐れられない。真正­面から解決しようとする。決心実に早い。ちっとも年寄りぶられない。いつも新しいことに興味を示す。新聞や雑誌でいつも最近のことに関心を持つ。いまの若い人や外人の心理 -どういうことを考えるか、どういうことを知りたがるか。そこからどう説明し、どう理解させようかと、それでつねに頭がいっぱいなのです」と岡村は語る。              
    • 「生きがいに没頭し続ければ死など考えているヒマがない。死が追ってくるより先へ先へと仕事を続ければよい……」大拙の長寿と大器晩成の秘訣は、まさに、これであった。

 - 人物研究, 健康長寿, 戦争報道, 現代史研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
世界史の中の『日露戦争』⑮米国「ニューヨーク・タイムズ」の『日露戦争―日本軍の侵攻』<開戦10日目>

     世界史の中の『日露戦争』⑮ 英 …

no image
日本リーダーパワー史(817)『明治裏面史』 ★ 『「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、 リスク管理 、インテリジェンス㉜『日本史決定的瞬間の児玉源太郎の決断力④』★『児玉参謀次長でさえ、元老会議や閣議から除外されることが多かったので、軍部は国策決定の成否を知り得なかった。』★『児玉参謀次長に日露外交交渉の詳細が知らされなかった日本外交の拙劣ぶり』

日本リーダーパワー史(817)『明治裏面史』 ★ 『「日清、日露戦争に勝利」した …

鎌倉ウインドサーフィンチャンネル(23年4月29日)五月晴れの下、風に吹かれて乱れ飛ぶサーファーたち

鎌倉ウインドサーフィンチャンネル(23年4月29日)五月晴れの下、風に吹かれて乱 …

no image
日本メルダウン脱出法(655)「日本が外国人労働者に見捨てられる日」「「日本は今こそ労働時間改革を」(英FT)

日本メルダウン脱出法(655)    ◎◎「日本が外国人労働者に見捨てられる日 …

no image
速報(398)まとめ『3・11から丸2年になる』日本のメルトダウンの連載21回(4/12)―40回(4/24)までを振り返る』②

速報(398)『日本のメルトダウン』     ● <まとめ> …

『Z世代への昭和史・国難突破力講座㉕』★『日本一の戦略的経営者・出光佐三(95歳)の長寿逆転突破力はスゴイよ➄★ 『徳山製油所の建設で米国最大の銀行「バンク・オブ・アメリカ(BOA)」からの1千万ドルの融資に成功』★『出光の『人間尊重』経営は唯一のジャパンビジネスモデル』★『独創力は『目が見えないから考え抜いて生まれた』★『87歳で失明からよみがえった「奇跡の晩年長寿力!」』

2021/12/27  『オンライン/ベンチャービジネス講座 …

no image
『ガラパゴス国家・日本敗戦史』⑯ 『日本の最も長い日(1945年 8月15日)をめぐる死闘―終戦和平か、徹底抗戦か①』

  『ガラパゴス国家・日本敗戦史』⑯     『日本の最も長い日―日本 …

no image
知的巨人の百歳学(155)記事再録/ 百歳学入門⑱ <日本超高齢社会>百歳元気健康長寿者200人リスト一挙大公開① 2010/01/31 時点での調べですのでお間違いなく。

    2010/01/31 /百歳学入門⑱ &n …

no image
★『明治裏面史』/ 『日清、日露戦争に勝利した明治人のリーダーパワー, リスク管理 ,インテリジェンス(53)『宇都宮太郎の大アジア主義思想④』★『朝鮮軍司令官時代に、三・一独立運動での強硬弾圧を拒否、大衆運動に対する実弾の発砲を禁止した』

 ★『明治裏面史』/ 『日清、日露戦争に勝利した 明治人のリーダーパワー,  リ …

no image
『明治裏面史』 ★ 『日清、日露戦争に勝利した明治人のリーダーパワー, リスク管理 ,インテリジェンス㊷『児玉源太郎、福島安正の防衛戦略』★『日露戦争の本質はロシアの清国、朝鮮、韓国、日本への侵略戦争に対する 日本の自衛戦争であり、全世界の被植民地の民族に希望を与えた』

『明治裏面史』   ★ 『日清、日露戦争に勝利した明治人のリーダーパワー,  リ …