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片野勧の衝撃レポート(48)太平洋戦争とフクシマ㉑『なぜ悲劇は繰り返されるのか 福島県退職女性教職員「あけぼの会」の人々(中)

      2015/01/01

 片野勧の衝撃レポート(48


   太平洋戦争とフクシマ㉑

 


『なぜ悲劇は繰り返されるのか

福島県退職女性教職員「あけぼの会」の人々(中)

 

 

片野勧(ジャーナリスト)

 


戦争体験集『花だいこんの花咲けど』


 ヨシさんは戦死した兄について、「福島県婦人教師あけぼの会」が出した戦争体験集『花だいこんの花咲けど』にこう書いている。


 「兄(吉田孝)は昭和19年(1944)5月、ラバウル、アドミウルティロスネグロス島で戦死した。ラバウルの南にある小さな島らしく地図にも出ていない。後で戦友に聞いたが、ラバウル島より出動命令が出て、その島に向かったらしく、生存者は、一人もいなかった」


 輸送船は機銃掃射に遭い、何名かは上陸したらしいが、はっきりした人数は不明。その小さな島は蜂の巣のように射撃され、ラバウル島に残された人たちも多く餓死したという。


 埋葬の前夜、兄は無言で凱旋した。白木の箱を開けてみると、「吉田孝の霊」とだけ書かれた20センチの板切れが入っていた。それを見た母は泣いていたとヨシさんは語る。
 「母は兄の死を信じ切れず、『孝が門から入ってくる軍靴の音を聞いた、どこかに生きている』とたびたび夢を見たと言っていました。その母も昭和56年(1981)、85歳の生涯を終えました」


 また、こんなことも書いている。ヨシさんが師範学校時代のこと。兄は輜重兵(しちょうへい)だったので、戦地に送る馬に人参をやろうとしたら、自分の人差し指を馬にくわれ、飯坂の軍の病院に入院したことがあったという。兄は白い包帯の手を出し、「もう1センチやられると廃兵になるところだった」と語っていたという。


 「しかし……」。ヨシさんは言葉を継いだ。
 「今にして思えば、あの時、もう1センチで戦地に行くこともなかったのに、と思うこともあります」

婦人にも残酷な暗い影を落とす


 戦争という残酷で非人間的な行為は、何も最前線での戦闘や戦災地にのみ限られたものではない。

すべてのものを失いながら、働くことだけを強いられた婦人にも残酷な暗い影を落とす。特に黙して語らぬ東北の女たちの戦争体験は涙なくして語ることはできない。

 ヨシさんは元小学校教員。さらに私は聞いた。


 ――絵は若いころから描いていたのですか。
 「師範学校時代、絵画を学んでいて、それから小学校の先生になって、ずっと描いています」
 先の長男・雄一さん(74)も母のことをこう語った。雄一さんも元高校の教師。

 「母が本格的に絵を描きはじめたのは学校を退職してからです。いろいろな賞をもらっています」
 福島県には県総合美術展(県展)と美術協会の2つの美術展があるという。ヨシさんはいずれの美術展にも入選。とりわけ美術協会には毎年のように入選して現在、審査員。ヨシさんの証言。
 「私はあまり上手でもない絵や版画を楽しんでいますが、兄の倍以上、長生きしています。兄の命を奪った戦争は憎いです。戦争のない平和が訪れることを願っています」

故郷を奪われた思い


 ――「3・11」。その日、どこに避難されたのですか。雄一さんの妻・智恵子さん(69)はこう振り返った。智恵子さんも元小学校の教師。


 「浪江町津島です。すぐ帰れるだろうと、何も持たずに家を出て避難しました。津島活性化センターは人でいっぱい。おにぎりが1個ずつ配られました。

お汁も配っていたのでもらおうとしたら、『おにぎりか汁のどちらかです』と言われました」


 3月12日午後3時36分。第1原発1号機が爆発した。白煙を上げた。次の朝早く川俣へ逃げ、川俣高校の体育館に2泊。智恵子さんは話を続ける。
 「寒かったけれども、何とか足を伸ばして寝ることができました。でも、放射線のために外へ出ないように言われたときは怖かったです」


 3月14日。仙台から(おい)が迎えにきてくれて、甥のアパートで17日間、お世話になった。布団で寝た。その後、二本松の雇用促進住宅に1年3カ月いて、そして今、住んでいる中古住宅を買って、いわき市二本松では1カ月ぶり風呂に入った

 

その時の話。

 「震災前、当たり前のように入っていたお風呂がこんなにも有難いと感じたことはありませんでした。水、電気、ガス、食料品、衣料品、ガソリンその他、何でも使い放題だった生活を反省しました」


 一時、帰宅が許され、浪江町の自宅へ。驚いたことに、家中はめちゃめちゃで手がつけられない。子供たちが使っていたピアノも寂しく部屋の中にあった。

庭の草は背丈ほどに伸び、ベランダに這わせた木香バラは地面にドサリと落ちていて、何とも悲しい風景だった。その中でサルスベリのピンクの花だけがきれいに咲いていた。


 「このまま5年も10年も帰れなかったら、家はどうなるのか。考えただけでも空恐ろしいです」


 大震災と原発()の被害が人間から奪ったものは何か――。私は志賀さん一家の話を聞きながら、ずっとその問題を考えていた。福島第1原発事故に伴う強制移住とコミュニティーの崩壊……。帰郷を阻むもの、人間の絆を奪うもの――。それは放射能への不安かもしれない。しかし、その不安から人々の生の営みが消えようとしているのだ。


 ――戦争中と今を比較してどう思われますか。ヨシさんは答えた。

「戦時中は食糧難でした。食べる物がなかったし、栄養失調で死んでいく人もいました。しかし、今はたくさんあるし、いいです。しかし、原発事故で周りに知っている人が誰もいないのは寂しいです。ここは刑務所みたいで、戦時中より怖いですね」
 放射能に追われ、人がいなくなることの怖さをヨシさんは振り返った。
 

                         つづく

 

 

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