日本リーダーパワー史(41) 『坂の上の雲』・軍神・東郷平八郎の功罪① 日本を興してつぶしてしまった
日本リーダーパワー史(41)
『歴史的にみた日本の国家破産の要因―軍人・官僚・政治家・愚民の失敗』
『坂の上の雲』・軍神・東郷平八郎の功罪①
前坂 俊之
(ジャーナリスト)
東郷平八郎元帥の功罪
昭和戦前までは 5月27日といえば海軍記念日だった。
明治38年(1905) のこの日、連合艦隊は、喜望峰、インド洋を越え一万八千カイリ(約三万二千キロ)を遠征してきたロシアのバルチック艦隊を日本海に迎え撃ち、これを全滅させた。この勝利で、日本はロシアの属国化をまぬかれたが、太平洋戦争の敗戦は、この日本海海戦の記念日もレンダーから抹殺され、神にまつられた当時の連合艦隊司令長官・東郷平八郎の名は今や若い人のほとんどは知らない。
明治38年(1905) のこの日、連合艦隊は、喜望峰、インド洋を越え一万八千カイリ(約三万二千キロ)を遠征してきたロシアのバルチック艦隊を日本海に迎え撃ち、これを全滅させた。この勝利で、日本はロシアの属国化をまぬかれたが、太平洋戦争の敗戦は、この日本海海戦の記念日もレンダーから抹殺され、神にまつられた当時の連合艦隊司令長官・東郷平八郎の名は今や若い人のほとんどは知らない。

イギリスではちょうど日本海海戦の100年前の一八〇五年十月二、十一日、ネルソン提督の率いるイギリス艦隊がフランス、スペイン無敵艦隊を打ち破り、ナポレオンの野望を打ち砕いたトラファルガー海戦の記念に、旗艦「ビクトリー号」を保存、その日を「トラファルガー・デー」と定めて行事を続けている。
今もロンドンにトラファルガー広場があり、中央にネルソンの大きな銅像が建っている。20年ほど前に英国を訪れた際、トラファルガー広場に行き、その前の映画館で大島渚監督の映画「愛のコリーダ」(ノーカット版)をロングランで上映していたのには、東郷平八郎の銅像1つない日本、いまだに太平洋戦争の大規模な博物館1つない日本と、英国の良くも悪くも歴史をしっかり記念して残していく姿勢に2重のショックを受け、考えさせられた。
『愛のコリーダ』は日本初のポルノ映画として日本では上映禁止となり、出版物がわいせつ罪で起訴される騒ぎとなった。言論の自由と情報公開の原則を英米から学びながら、日本は未だにそのどちらも不完全であいまいなままだ。
NHKで大型歴史ドラマスペシャル「坂の上の雲」がはじまり、秋山真之や東郷平八郎の活躍に対して、若い人の関心が高まっている。ここでは東郷平八郎についての評価の分裂について触れてみたい。
昭和戦前期の「世界に冠たる日本海軍」として、徹底して国民に教えられてきたが、それは日本海海戦の栄光のもとに生まれた。東郷平八郎は生きている間に神のごとき存在として旧海軍の人々びとの崇拝のマトになった。だがら死後は東郷神社ができたわけだが、生前から神さま扱いにしたことが、日本海軍に大きなわざわいとなり、日本の滅亡の原因ともなったのである。
海軍戦争検討会議記録の議論の内容
太平洋戦争終戦後の昭和二十年十二月、海軍では永野修身元帥(開戦時の軍令部総長)以下、生き残った首脳部が集まって、「なぜ戦争になったのか」と当時の生き残りの海軍トップたちが二回にわたり戦争検討会議を開いた。(これは新名丈夫編『海軍戦争検討会議記録―太平洋戦争開戦の経緯』毎日新聞社、1976年)にまとめられている。
このとき、1つの大きな問題になったのが和戦か、開戦かの直前のギリギリの決定のいきさつであった。昭和16年の第三次近衛内閣のときで、近衛首相は海軍の意向を聞いた。これに対し、海相の及川古志郎大将は「海軍戦えぬ」とはっきりと反対を唱えなかった。及川海相の態度に近衛首相は失望した。そして、政権を投げ出して、東條開戦内閣にかわる。
検討会議では及川海相はなぜ、それをいわなかったのかと追及された。
及川は「私に全責任がある」と答えて、なぜ海軍は戦えぬといわなかったかの理由を二つをあげた。
以下は新名の回想録からの引用である。
第一は、東郷元帥の言葉である。満州事変のとき、軍令部長の谷口尚真大将は「満州事変を引き起こしてはならぬ」と陸軍の行動に反対した。なぜなら「満州事変は結局、対米戦争となか恐れがある。これに備えるため、軍備は三十五億円を要する。わが国力では、これは不可能である」との理由からだ。
これを聞いた東郷元帥は海軍省に出向き、海相の安保清種大将の部屋で、谷口大将にむかって烈火のごとくどなりつけた、という。
『軍令部は毎年、作戦計画を陛下に奉っているではないか。いまさら対米戦争ができぬというならば、陛下にウソを申し上げたことになる。また東郷も、毎年この計画に対し、よろしいと奏上しているが、自分もウソを申し上げたこととなる。いまさら、そんなこと
が言えるか」
元帥として海軍に君臨していた東郷の怒りを思いだして、「このことが、自分の頭を支配していた」と及川は正直に答えた。東郷元帥の一喝以来、部内では「海軍は戦えぬ」という言葉はタブーになってしまったのである。
しかし、ここでの東郷元帥のいうことは理屈に合わなかった。平時作戦計画は戦争計画ではない。その怒りは実は前年のロンドン海軍軍縮条約にあった。海軍を二分したこの大騒動のとき、強硬派の加藤寛治大将は東郷元帥を動かして、元帥も強硬派にくみし、部内をとことん困らせた。老害である。軍事参議官の岡田啓介大将(のち首相)が、何度も元帥のもとに足を運び、ようやく元帥を納得させたのである。加藤は辞任し、後任は条約派の谷口となった。加藤は元帥に谷口の悪口をふきこみ、元帥はそれを真に受けて谷口は何事にも弱い」と非難していた。
及川があげた、2つ目の理由は、海軍に責任を負いかぶせられるのは、御免だという責任御逃れからだった。
及川のこの言いわけを聞いて、食ってかかったのが硬骨漢の井上成美大将である。
日独伊三国同盟に海軍が反対し続けたのは、海相の米内光政、次官の山本五十六、軍務局長の井上成美の「海軍3強トリオ」によるものだが、なかでも井上はカミソリのような鋭い人物で節も曲げなかった。
「海軍が戦争反対を主張してそれが通らぬときは、海軍大臣は内閣から引き揚げたらよい。それこそが伝家の宝刀だ」と強く主張していた。
(陸海軍大臣武官制は、現役大中将にかぎられていたから、陸軍はこれをつかって陸軍内閣を作ったが、海軍もこの手を使えば内閣の活殺は自由自在となる。陸軍はしきりにこれをつかったが、海軍は、それをしなかった)と、地団太を踏んでくやしがった。
ともあれ東郷元帥は、日本海軍では神さまのような存在であり、元帥の言葉は絶対的なものとされた。それが、日本の破滅を意味する大戦争を食い止めなければならぬとき、決定的なマイナスとなった。
日本海海戦という明治日本の興亡の一戦で、イギリスを大英帝国にしたネルソン提督を上回る奇跡的な大勝利をおさめた東郷平八郎の偉業は今日の日本の発展の基礎となったことは間違いない。これは世界が驚倒した歴史的に定まった評価である。
それが昭和の時代になり、神様のような絶対的な存在と化して、次の破滅の原因となったこともまた事実であった。この歴史の厳しい現実に目をそむけることなくしっかりと見ていく必要があり、それを若い人に教えなければならない。
これは単なる昔話ではない。今の民主党の政治家たちにも考えてほしい。国造りの成功が失敗の種になることを。そして、リーダーがワンマンとなって、周囲の意見を聞かなくなったときにどんな結果になるかということを。
第二次世界大戦のときの英首相ウインストン・チャーチルは回顧録に「第二次大戦を前にして、イギリス陸軍省は第一次大戦の準備をしているというのが、ロンドンの笑い話になっていた」と書いていが、日本海海戦後、太平洋戦争まで三十六年もの間、日本海軍はただ日本海海戦の夢を追い続けていた。太平洋戦争の敗戦にいたるまで、その夢は続いたのである。
「軍人の戦争のテキスト・ブックは、つねに過去の戦争である」とは第一次世界大戦のときの英首相ロイド・ジョージの言葉で、、その大戦回顧録で軍人を罵倒し「軍人に任せていたら、イギリスは滅びていた」と、詳しく書いている。
この伝を今の日本に適用すれば、「日本の昭和戦後の経済発展を築き上げた自民党政治家、官僚、経団連の政官財の一体システムが日本を世界第2の経済大国に発展させ、その後のバブルの崩壊と国家破産を引き起こした」といえる。戦前は軍人官僚が日本を滅ぼし、戦後は官僚が日本を滅ぼしたのである、と。
(続く)
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