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日本リーダーパワー不在史(568)戦後70年「終戦」という名の『無条件降伏(全面敗戦)』の内幕— <ガラパゴス日本『死に至る病』は続く② 

      2015/05/20

日本リーダーパワー不在史(568)

 「戦後70年を考える」ー

「終戦」という名の『無条件降伏(全面敗戦)』の内幕—

<ガラパゴス日本の『死に至る病』は続くのか②   

           前坂 俊之(ジャナリスト)

 

  NHKドキュメントによる開戦決定のいきさつ

 

ここで本日のNHKスペシャル『日本はなぜ戦争へとむかったのかー開戦決定の驚きの真相、迷走する指導者たち』が指摘した、戦前の軍、政治家トップの証言は敗戦の結果が判明してからの自己弁明、手前ミソ、自分の都合のよい証言が多いので、信用はあまりできなないし、ドキュメンタリー出来も余り良くないが、連綿と続く『日本病』『オウンゴール国家日本』の正体を指摘している点はいい。

民主党政権の迷走ぶりとウリ二つのである。というよりも、日本のリーダーシップの遺伝的な病理、統治システムの欠陥が戦後もそのまま引き継がれている事を示している。

①リーダーシップとリーダーパワーの不在、各首相も昭和天皇も最終的な決定権はなく誰も望んでいない開戦に押し流されていった。この典型的な無責任国家は今も続いている。

②大本営連絡会議(国家最高方針会議)でも全会一致が原則で1人でも反対する両論併記、各論併記して1本化できない結論となる。そして結論延期、問題先送りの繰り返し。

③このため、大方針が決まらないので,勝手バラバラに陸軍はロシアを攻める(北方進出)、海軍は南方の石油地帯を占領する(南方進出)、企画院は確実なデータ―に基づかない、希望的な観測、勝算見込みありの水増し数字を報告する。
(財務省、農水省、国土省などが手前ミソな省益優先の数字の数字ばかりを発表しているのと同じ)

④米国の出方を自国の論理で希望的な観測で判断する。仏印進駐)で石油の禁輸、全面禁輸などの強硬措置はとらないであろうと根拠のない期待をしたように。(現在の国債は自国で95%以上消化しているので、外国勢から売り浴びせられないという反論がこれ)

⑤問題先送り、ぎりぎりまで決断せず、状況がますます悪化して、最後に見切り発車して、望まない開戦に突入してしまう(格付け低下で今の国債金利が1%も上がれば、デフォルトは間違いない)

  • リーダーが早期に判断して、意見をまとめて、反対する相手も説得して、断固実行する気概がなかった。総理大臣が2、3人殺されても、大陸から陸軍を戦争をさける勇気の欠如。天皇も同じ(これは現在の小物政治家に望むべきもない)

以上がブログの全文です。

大東亜戦争への道は戦略のない戦争、外交の分裂、関東軍の謀略、独走、軍部の「下剋上」誤断と暴走の連続、真珠湾攻撃など緒戦の勝利をあとは見るも無惨な連続敗北、玉砕に次ぐ玉砕、戦争末期には自殺兵器の特攻隊「カミカゼ」による常軌を逸した作戦に熱中したのです。

1935年(昭和10)には右翼団体が『天皇機関説』という言葉は不敬に当たるとして、美濃部達吉が糾弾され問題となったが、当時の天皇制国家日本機関車(国体)の本質は車輪部分の陸軍、海軍は一致協力せず、バラバラに別方向に回転して暴走が止まらなくなったのに、運転席の政府は危険を察知して軌道修正せず、ブレーキをかけられず、アクセルを逆に踏み続け、『統帥権を持つ』天皇も、実際には統帥、作戦に介入はできず、追認するだけの大元帥であり、警笛役の新聞、マスコミも警笛を鳴らさず、『イケイケ、どんどん』の暴走情報を垂れ流す。

かんじんの乗客席の国民には窓が全部閉め切られた密閉状態に置かれ、世界の様子を見えなくされているため、場内アナウンスの「勝った」「勝った」の『大本営発表』の情報しか聞かされていない状況となったのです。

いわば、徳川封建時代の「3猿主義」(。見ざる、言わざる、聞かざる)に時代が逆転したのです。

この「暴走機関車日本号」がアジア、中国、太平洋地域で暴走を続けて最終的に全面脱線転覆破裂破壊して空前の死傷者、被害をだしてやっとストップしたというのが「終戦の日」なのです。

その意味では私は明治から大正、昭和戦前までの約70年間は日本人の精神構造は徳川封建時代の鎖国攘夷思想が続いておりり、非民主的な「天皇神権ガラパゴス帝国主義国家」であったと思います。

 

徳富蘇峰の『日本は何故敗れたのか』

太平洋戦争は満州事変に端を発する15年戦争での最終戦争です。その直接的なトリガー(引き金)となった日中戦争(支那事変)について新聞人としてA級戦犯に指定された徳富蘇峰(第日本言論報国会会長)はこう書いています。

「およそ世界の歴史において、いわゆる支那事変(昭和12年7月7日)、蘆溝橋事件より、昭和16年12月8日、対米英宣戦詔勅発布に至る間の足かけ五年、支那事変ほど世界の戦争史で、愚劣なる戦争はあるまい。「鹿を逐う猟師は山を見ず」というが、全くその通りであった。この長い期間、中国四百余州を、東から西へ、北から南へ、また南から北へ、西から東へ、ただ鹿の跡を伝って追い回わし、遂にへトへトになった挙句が、それが発展して、大東亜戦争となったのだ。何のために戦うたか、何故に戦うたか。国民自身も、誰れ一人これを知る者はなかった」(『敗戦後日記『日本は何故敗れたのか』(昭和22年1月18日、執筆)

山本五十六は「日米戦争は負ける」と開戦に反対

こうして自滅的な戦争に突っ込んでいきますが、当時の近衛文麿首相は海軍トップの山本五十六連合艦隊司令長官に日米戦争の勝敗についてただした。

山本は在米大使館勤務が長く、欧米出張も含めて通算9年と海軍きっての米国通、国際派で、陸軍が先導した日独伊三国防共協定では「日本がドイツと結べば必ず、日米戦争になる」と体を張って抵抗した。米内光政海相、山本海軍次官、井上成美軍務局長の三人トリオで絶対反対を貫き、山本への陸軍、右翼からの脅迫、テロの危険が迫ったため米内海相が連合艦隊司令長官に転出させた。

1940(昭和15)年9月、近衛内閣は日独伊三国同盟をついに締結させた。この時、近衛文麿首相から日米戦えばどうなるかと聞かれ「是非やれと言われれば初め半年や1年は暴れてご覧に入れる。しかし、2年3年となれば全く確信は持てぬ。日米戦争回避に極力努力願いたい」(「近衛日記」)と答えているのです。

山本は断固として戦争に反対したが、戦争になったら、勝利を得るために最善を尽くす覚悟を決めていた。「イチかバチか」―真珠湾攻撃は腹心の奇人参謀・黒島亀人大佐に立案させ、海軍軍令部作戦部、海軍大臣などの猛反対を「この作戦が認可されねば連合艦隊司令長官を辞任する」と脅して押し切ったのです。

そして、真珠湾攻撃の三ヵ月前、初めて国策として日米戦争が決定されました。

昭和十六年(一九四一)九月六日の第三次近衛内閣の御前会議で、「日本は自存自衛のため、十月下旬をメドに、戦争準備を完整する。十月上旬に至っても外交交渉のメドが立たない場合は開戦を決意する」との方針を決めた。

この二ヵ月前には米国は在米の日本資産を凍結し、石油禁輸を断行。これに対して日本軍は英米戦を辞せずと強硬方針のもとに南部仏印(ベトナム)へ上陸を強行し、アメリカ、イギリス・オランダは対抗措置として「ABCD包囲網」をしき、一触即発の危機にエスカレートしました。

何とか日米外交を打開したい近衛文麿首相はルーズベルト米大統領との首脳会談を申し込んでいたが、米側は「中国からの完全撤退」を要求し、開催の見込みはなかった。石油の輸入禁止がこのままつづけばあと一年で底をつく状態に陥る。

行き詰った近衛文麿首相は十月十二日、荻窪の私邸に豊田貞次郎外相、東條英機陸相、及川古志郎海相を招き、荻外荘会談を開いた。戦争に反対の及川海相は、和戦の決を総理に一任する態度を示したが、肝心の近衛は「戦争は私には自信がない。自信のある人にやってもらいたい」と発言すると。

東條は青筋をたてて「戦争に自信がないとは何ごとですか。御前会議の決定変更はできない」とカンカンに怒り、話し合いは決裂。責任の押しつけが始まった。

十月十四日、定例閣議の直前、近衛は再度念押ししたが、東條は「撤兵は絶対にしない」と答え、「人間、たまには清水の舞台から目をつむって飛び降りることも必要だ」と優柔不断に終始する近衛を怒鳴った。
閣議でも東條は「撤兵問題は心臓だ。……米国の主張にそのまま服したら支那事変の成果が壊滅する。満州国をも危くする」と反対を主張。「御前会議(九月六日)の決定をくつがえすためには、総辞職して宮様の東久邇宮稔彦内閣を作るしかない」とその夜、使者を立てて近衛に伝言した。

 

十六日朝、近衛は「自ら総辞職し、東久邇内閣へバトンタッチする」と木戸幸一内大臣、天皇に打診するが、木戸から「戦争になったとき皇族に責任を負わせることになり、結果によっては皇室が国民の怨府となる恐れがある」と一蹴され、近衛は万策尽き果てて、夕方、政権を投げ出したのです。

以上のいきさつをみてもドロナワ式の、出たとこ勝負の開戦だったことがわかります。

「戦争か、外交か‥」東條に組閣の大命下る

東條自身も自分にお鉢が回ってくるとは予想だにしなかった。なぜなら、近衛内閣を倒した責任者は自分であり、政府と統帥部がすでに決定した御前会議の「帝国国策遂行要領」を、統帥部の強い反対を押し切って変更するには皇族内閣しかないと考えて、東久邇宮を強く推薦していたからです。

十七日朝から引越し準備をしていると、午後、杉山元参謀総長と懇談中の東條に宮中からお召しがあった。天皇から叱責されるな、と思った東條は総辞職の原因となった陸軍の資料を整えて参内した。

そこで、思いがけない、組閣の大命が下リ、昭和天皇は「及川海相も呼んであるので、木戸と三人でよく相談して組閣したらよい」と言葉をかけた。東條には晴天の霹靂で足がふるえて何が何だかわからなくなった。

木戸内大臣からは「九月六日の御前会議の決定を白紙に戻すように……」との天皇の意思も告げられた。陸相官邸に戻った東條は依然として、頬を休みなくけいれんさせていた、といいます。

十七日夕刻、組閣の大命は東條陸相に降下し、翌十八日東條内閣が成立、大東亜戦争の真珠湾攻撃の2ヵ月前のことです。

続く

 - 戦争報道

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