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片野勧の衝撃レポート(53)被爆記憶のない世代は被爆体験をどう伝えていくか(下)

   

 

片野勧の衝撃レポート(53)太平洋戦争とフクシマ(28)

『なぜ悲劇は繰り返されるのかー

原爆と原発・被爆の記憶のない世代として、

被爆体験をどう伝えていくか(下)

 

遺体が海に放り投げられるのを見た

橘さんの証言。

「私が避難の途中、フラッシュバックしたのが、敗戦後、満州から引き揚げる時のことです。敗北の民として満州から集結地に向かい、そして引き揚げ船に乗って日本に戻ってきました。しかし、船の中で忘れられないのは、船尾から海に放り投げられている遺体。海葬というのでしょうが、人間って、こういう風に棄てられるのだなあと思いました」

橘さんは国から2度、棄てられたと思っている。1度目は戦争で、2度目は原発事故で。さらに橘さんは言葉を継いだ。

「浪江町から津島に避難する車の中で、“これは引き揚げてきた満州の情景と同じだな”と思いました。違うのは徒歩でなく、車で避難したことだけです」
5~6時間もかけて移動した国道114号線は、実は拡散した高濃度の放射能の真下だった。橘さんは放射能拡散の情報も知らされず、放射能を浴びながら避難し、そこに3日間、留め置かれたのである。
政府は漏れた放射性物質の量をコンピューターで地図に表示する「SPEEDI(スピーディ)」(緊急時迅速放射能影響予測システム)を装備していた。しかしし、政府は大量の放射性物質が放出された3月15日、その多くが北西方面に流れるとの予測をつかみながら、実際の避難対策に活かせなかったのである。

原発事故さえなければ……

橘さんの母は認知症で「ドーヴィル双葉」という介護老人保健施設に入っていた。しかし、原発事故で避難させられ、施設を転々とした。その挙げ句、2012年7月、亡くなった。92歳だった。

橘さんの弟が「震災関連死」の申請をした。しかし、震災前に住んでいた自治体からは「震災関連死に該当しない」と言われた。橘さんは怒りを込めてこう語る。

「母の死は高齢だからではありません。母は避難先や施設4カ所を転々とするうち、食事がとれず意思疎通も図れなくなりました。会津の病院に面会に行ったときは、私の呼びかけに、うっすらと目を開けていました。原発事故さえなければ、母はもっと穏やかに長生きできたはずです」

原発事故はさまざまな死を民衆に強制すると橘さんは考える。

被爆者健康手帳を取得できない人々

震災関連死に対する認定は厳しい。では、長崎被爆者に対する健康手帳の取得認定はどうなのか。川副さんは語る。

「いろいろな理由で被爆者健康手帳を取得できない人々はたくさんいます。長崎市には被爆体験者と呼ばれる人たちがいます。爆心地から12キロメートルまでを被爆地としているのですが、被爆当時、長崎市でなかったため被爆者と認められない人たちです。被爆者としての認定を求めて現在、裁判を闘っています」

震災関連死と原爆症認定――。いずれも厳しい基準を敷いて申請や認定の扉を閉ざしてきた行政。震災被災者も原爆被害者も高齢化が進む中、一刻も早く国や行政は全面解決へ向けて決断すべきだと、橘さんと川副さんは願う。

原発再稼働は許さない

2人は原発再稼働にも話が及ぶ。2人の会話から。

川副さん 長崎県の隣の佐賀県が玄海原発の再稼働に向けて進んでいますが、なぜ再稼働なのか、理解ができません。

橘さん 勇気のない男性たちが決めているんでしょ! やはり女性が声をあげないとだめですよ。

川副さん 女性は命に直結するものを持っていますからね。

橘さん 福島原発の場合、政策決定の場に女性が少なかったのも問題です。結局、男性は豊かさを求めていくわけですよ。金さえあれば、豊かだという発想で戦後ずっときたのは、そのためでしょ!

川副さん 確かに豊かになった部分はあります。しかし、本当の豊かさは物や金ではないはずです。一時は満たされても、その向こうに、また何かを求める……。

物欲、金欲は橘さん、川副さんのみならず、この国の戦後の姿ではなかったのか。橘さんは言う。

「その象徴が原発だったんじゃないかしら。物と金が手に入るからといって、原発をつくった。しかし、事故を起こして、福島第1原発からまき散らされた放射性物質によって何十万人もの人々が生活の場を奪われ、ふるさとを失った。この現実を思うと、再稼働を許してはなりません」

その一方、橘さんにとって、最も心配なのは双葉郡内の子どもたちが、小さい時から物と金が人生の中で一番大切だという価値観が刷り込まれていないかどうかだと言う。

私は2人の会話を聞いていて思った。ちゃらちゃらした物欲の時代は終わって、これからは地味で真面目に生きなきゃいけない時代だと。

人間をかえせ、ふるさとをかえせ……

アメリカの管理下で始まった「国策」としての原発は数々の事故を繰り返しながら、ついに3・11フクシマの大惨事を引き起こした。しかし、その真相も解明されないまま、原発再稼働・海外輸出へと突き進む。

核の非人道性が明確にもかかわらず、核兵器廃絶の展望もいまだ開けていない。核と人類は共存できない――。それなのに、なぜ再稼働に突き進むのか。

原爆による被爆と原発事故による被曝――。漢字はたった一字違うけれども、核が持つ本質的な脅威は変わらない。原爆のエネルギー放出は10秒ほどだが、原発のエネルギー放出は今も続いている。「だから……」と川副さんは言う。「原発再稼働は絶対、許せません」と。

2人の会話から私には、「父をかえせ、母をかえせ……」という峠三吉さんの詩のように、広島・長崎の被爆者の叫びは、「人間をかえせ、ふるさとをかえせ……」という福島第1原発事故による被害者の叫びと重なるように思えてならない。

放射能測定センター・南相馬(通称、とどけ鳥)

「みんなで一緒に、未来の子どもたちのために安心・安全の暮らし方を考えてみませんか」――。

橘さんの取材を終えて、私たちは市民による、市民のための「放射能測定センター・南相馬(通称、とどけ鳥)を訪ねた。2015年1月21日午後1時を少し回っていた。同センターの代表は神谷(かみたに)俊(とし)尚(ひさ)さん(70)。

神谷さんは名古屋に本拠地を置くNPO法人「チェルノブイリ救援・中部」の理事で、東日本大震災で支援に入って以来、南相馬市を中心に活動している。

放射能測定センターが本格的に活動を始めたのは2012年6月から。センターの仕事は食品や飲料水、土壌などの検体(測定品)に対して、「放射能はどれぐらいあるのか」「その値は安全なのか」……を調べること。これまでに測定した検体数は8100(2014年12月末、現在)という。神谷さんは言う。

「空間線量は時間とともに減衰傾向にありますが、土壌の汚染については、いまだ手つかずです。そこから栽培される作物は繰り返し測定し、また消費量の多い飲料水を測定して、安全を確認した上で食し、内部被ばくを極力抑えるのが我々の役目です」

こう言いながら、神谷さんは今、通ってきた道はどこですか、と聞いてきた。千葉さんが答えた。

「郡山から本宮、二本松、川俣、飯舘を通ってきました。去年、通ってきたとき道路沿いや山際には、除染土を入れたフレコンバックの山でしたが、今はきれいになって道路から見えない所に移動されていました。だけど、放射線量は高く、ガイガカウンター(放射線測定器)は鳴りっぱなしでした」

神谷さんは今回のスケジュールについても尋ねてきた。そこで神谷さんは南相馬市小高や浪江町請戸、吉沢牧場などを回りましょうと予定を説明してくれた。そして自ら案内役を買って出た。

まず向かった先は南相馬市小高区。対向車は除染作業のダンプカーが多い。それも函館や佐賀など他府県のナンバーである。

――作業員は地元の人たちですか。私は尋ねた。

「現地の人もいますが、9割方、ゼネコンからの人たちです。原発をつくるのも、事故の後処理もゼネコンです。南相馬市では住宅関係は竹中グループ、農地関係は清水建設です」

南相馬市は震災前、7万1千人いたが、今はようやく6万4千人に回復した。しかし、そのうち除染関係者は相当数いると神谷さんは見ている。

黒い袋の汚染土の仮置き場

しばらく走ると、左側にダンプカーで運び込まれた黒い袋の汚染土が3段に積み上げられているのが見えた。私はこれを見て子どもを安心して外で遊ばせられないという母親たちの不安の声は消えないだろうと思った。

ある報道によると、福島県内では今も汚染で出た汚染土は仮置き場だけでなく、家の庭先や校庭などに保管されているという。昨年9月末時点で約500万立方㍍。東京ドーム約4杯分に上る(「朝日」2015/1・17付)。

中間貯蔵施設。福島第1原発事故に伴う福島県内の汚染土や、高い放射能濃度の焼却灰などを最長30年保管する施設である。政府は大熊、双葉両町の第1原発周辺計約16平方キロメートルに設置する方針だ。

 

国策の犠牲、いつも特定の地域に

 

私は尋ねた。

――大熊町と双葉町は中間貯蔵施設への搬入を受け入れましたが、住民は納得しているのでしょうか。神谷さんは答えた。

「地権者との用地交渉など多くの課題が残っていますし、契約はまだ、これから先です。一部、工業団地の土地が確保されるようですが、ともかく、住民は双葉郡の人間だけで中間貯蔵施設を背負うのは嫌だと言っていますから、どうなりますかね」

国策として押し進められてきた福島第1原発。国民もその恩恵を享受してきた。にもかかわらず、原発被害を特定の地域に押しつける、この構造を変えなければ、同じ悲劇が繰り返されるだろうと神谷さんは考えている。

空間線量毎時3・17μシーベルトのところも

やがて、車は吉沢牧場へ。原発から14キロの距離。遠くには福島第1原発の排気塔が見えた。時計の針は午後3時10分を指していた。神谷さんは線量計を取り出す。地上1センチぐらいの線量は毎時3・17μシーベルト。この数字は東京・新宿区百人町の0・00344μシーベルト/hの約300倍。私は尋ねた。

――こんなに線量の高い放射性物質を空気中から吸って、それが蓄積されていく。決してなくなるわけではないですね。

「なくなるわけじゃありません。長年、蓄積されて、やがて白血病や甲状腺ガンになる可能性もあります。現に内部被ばくで何人かは発病しています」

内部被ばくとは放射性物質を体内にとりこみ、長時間にわたって身体の内部から放射線を浴びること。恒常的に被ばくすると、ガンなどを誘発すると言われている。神谷さんは5回、ウクライナを訪問しているが、チェルノブイリ原発30キロ圏内の廃墟を思い出していた。

「フクシマの5年、10年後を考えると、本当に胸が締め付けられます」

まさに、ここは“平成の戦場”

この日は神谷さんの運転で国道6号線の帰還困難区域内の約50キロ弱(南相馬市小高区、浪江町)を走った。警戒区域に指定されているため、「立入通行許可証」を持っていないと入れない。しかし、それを持っている神谷さんのおかげで、いろいろなところへ案内していただいた。

福島第1原発近くへも行った。その間、川副さん、千葉さんは線量計を取り出し、測定していた。「ガー、ガー、ガー」――。うるさいほどだった。まさに、ここは“平成の戦場”。

国道6号線沿線は右も左も、バリケードでふさがれた民家や商店街が並んでいた。田畑はセイタカアワダチ草が伸び放題だった。私は、この荒涼とした風景に言葉も出なかった。

(かたの・すすむ)

 - 戦争報道

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