前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

『中国紙『申報』からみた日中韓のパーセプションギャップの研究』⑤『朝鮮の戦役(壬午事変)を論す』(申報)

      2015/01/01

  

『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史

日中韓のパーセプションギャップの研究』⑤

 

130年前は現在の日中韓、アジア情勢と何と似ていることか。

日中韓の対立と紛争、清仏戦争、藩屏の安南(ベトナム)と清国との戦争、
中華思想により属国視されていた朝鮮、琉球をめぐる日本との対立と、
<核心的利益政策>によって大清帝国時代の領土を奪還したいと
いう『中国の夢』(膨張政策)をとる現在中国の行動のルーツが

この論説に表れており、日中韓150年対立のパーセプション

ギャップの原点がここにある。

 

 

 

 1882(明治15)年108日光緒8年、壬午827日付「申報」

 

『朝鮮の戦役(壬午事変)を論す』

 

宗主国は,属領を鎮撫し平安を維持するために緩急その時期を逸することなく適宜に硬軟相交え,ときには威厳を示し,またときには柔軟に.バランスのとれた政策を運用しており.常人のよく計り知るところではない。

 

朝鮮は世々代々臣下の礼をもって正朔を奉じ,わが国東方の藩属国として恭

順を尽くしており,地理的には最も近く.情から言えば最も親密な関係であり,ヴェトナム,ビルマのような南方の僻遠な地とは比較にならない。

 

最近朝鮮国王と大臣は国際情勢の変化に順応して通商を開始したが.官僚たちは旧制に固執し,国民は陥習に因循して.これに対して皆反感を抱いていた。

 

国王の生父に李是応なる者がいる。その実子が朝鮮の王統を嗣いだが.この間

の事情は,宋の英宗や明の世宗の場合と.その尊卑や国の大小は異なるとはいえ,同様だ。

 

ただ,英宗や世宗が即位したときには実父の安誌●や興献王がすでに死亡していた点が異なるだけだ。ところが李是応は政務に不介入であるべきなのに.国政を壟断し続けて疑わなかった。

 

引退するに及び,己の権勢の及ばぬことに常に不平不満を抱き,民衆の不穏な動きに乗じてひそかにこれを扇動した。そしてついに反乱兵が軍庫を襲撃し,王宮を包囲すると共に,公使館を焼打ちするに至ったのだ。このように国内で民衆が反乱するとともに.日本が軍隊を出動して朝鮮に派遣したために,国外からの圧迫も被ることとなった。

 

日本軍は大義名分を得て.朝鮮側の無防備に乗じて速やかに進撃し,朝鮮の首都に攻め寄せ.その宮廷に迫ろうとした。そこで朝鮮側はこれと和を議そうとしたが果たさず,故に中国の大官に救援を求めたのだ。

 

この報を聞いて皇帝陛下は激怒され,直ちに軍隊出動を命じられ,これを受けて李伯傳閣下と張制軍は朝廷の方針に従って軍議を巡らし,中国軍は朝鮮に赴いて戦うこととなった。

 

旬日を経ずして動乱は平定され,暴徒の元凶たる李是応は囚われの身となり軍艦で天津に護送された。勝利の知らせを受けて,朝廷は次のような詔を下された。「李是応が国王の幼年に乗じて国政を壟断し,民衆を虐げた悪跡は明白である。引退後もなお不満を抱き,先年にはその子李載先が謀反を図る事件もあった。

 

今回の兵乱が起こるに先んじて,反乱兵はまず李是応の家に赴いて中訴した。李是応は彼らを説得して押し止めなかったばかりではなく,兵変の後も政務万端を壟断し,勝手気ままに行動し,反乱兵を全く不問に置いた。

李湾章が諭旨に従って彼を尋問して糺したところ,なおも糊塗を図って事実を述べなかった。

 

彼が諸悪の根源たることは,逃れがたい事実である。長期にわたり威力で君主を抑圧して脅かし.国家を存亡の危機に陥れたその罪は厳罰に処すべきだが,しかし李是応は朝鮮国王の尊族であり,これを重刑に処すれば国王の立場はないだろう。

 

故に特に恩恵をもって季長応の処罰を免じ.直隷総督に命じて,彼に糧食を給与するとともに,厳しく監視して朝鮮における変乱の根源を断たしめよ。また呉長慶提督麾下の軍隊は動乱制圧後も朝鮮に駐留し朝鮮の治安を保って善後処理に当たり.また李鴻章らをして事件の調査に当らせ.中国朝廷の「法規と情理に従って藩属国を鎮定せよとの至意を体現せしめよ」。

 

そこで朝鮮国王は上表して謝意を示すとともに.李是応を釈放して朝蹄に帰国させることを請願した。これに対してさらに次のような諭旨が下された。

 

 

「礼部の上書,および礼部が受領して転奏した朝鮮国王の上書によれば.このたびの朝鮮の反乱を中国朝廷が軍隊を派遣し鎮圧したことに対し,朝鮮国王は深く感激しているとあり,誠に嘉すべきである。さらに朝鮮国王の恩恵によって.季長応の帰回を許されたいと請うている。しかし李是応は朝鮮国王の近親であることをもって.国王をしのがんばかりの勢威を振るい.国家を危地に陥れたのだから.罪は逃るべくもない。

 

朝廷は法規を酌量し.情理に基づいてその罪を減じ.すでに諭旨を下して.

地を択んで勾留し.糧食を給与することとした。これはもとより例外的な処置である。

 

朝鮮国王は肉親の情によって.李是応が高年で多病なることをもって,上書して礼部を通じて朝廷の恩恵を請うた。その言辞は甚だ切実であり.子としての至情に基づくものと言えよう。

 

しかしながら李是応が朝鮮の国家に対し犯した罪は実に大きい。朝鮮国王はすでに先王の後を嗣いだからには,国家を第-に重視し,実子としての私情を顧みるべきではない。李是応の帰国を許されたいとの請願は却下する。

 

ただし季節ごとに使者を派遣して李是応を慰問し,朝鮮国王が李是応を恩義する心を満たすことは認める。今後は再びこうした請願を行ってはならない。この旨を礼部に承知せしめよ」。

 

思うに,朝廷が朝鮮を深くおもんばかり,短期間に大乱を平定し東方の藩

属国の危急を救ったことは,まさに大義に従った武力行使と言うべきであり.李是応に対する処遇は,彼の野心を塞ぐとともに,その実子たる朝鮮国王の心情もおもんばかったものであり,実に情理にかなった処置だと言える。

 

朝鮮の君臣は皆両手を地に伏して頭を垂れ.中国に聖主のあることを頒するだろう。「朝鮮の変乱は琉球の滅亡に起因し.琉球の滅亡は台湾、膨湖島問題に

起因する。早目に手を打たなければ.大事に至るだろう。今中国は東方の朝鮮において武勲をなしとげたが,遅ればせながらの行動であって,事に先んじて対処したとは言えない」と論じる者がある。

 

しかし,漢の臣魏相の.次のような言葉を思い起こすべきだろう。

 

「国家の強大をたのみ.人民の衆多を誇り,威を敵に示さんとするものを驕兵と言い,兵の貪なる者は滅ぶ。人の土地財宝を貪るものを貪兵と言い.兵の貪なる者は破らる。

 

小故を争い恨み,憤怒に忍びざるものを忿兵と言い.兵の忿なる者は敗れる。敵が己を侵し.やむを得ずして起ったものを応兵と言い,兵の応なる者は勝

つ。乱を救い暴を誅するを義兵と言い,兵の義なるものは王たり」。まことに.兵が義であって初めて.王者はやむを得ずこれを用いるのだ。

 

 

 - 戦争報道 , , , , , , , , , , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(94)記事再録/『本物のリーダーとは、この人をみよ』★『大津波を予想して私財を投じて大堤防を築いて見事に防いだ濱口悟陵のインテリジェンス

    2012/09/11 &nbsp …

no image
終戦70年・日本敗戦史(115)明治維新直後日本は清国、朝鮮との国交交渉に入るが難航、「中華思想」「華夷序列秩序」「小中華」『事大主義』対「天皇日本主義」の衝突②

    終戦70年・日本敗戦史(115)                     …

片野勧の衝撃レポート(82)原発と国家―封印された核の真実⑭(1997~2011) 核抑止力と脱原発 ■東海再処理工場で火災・爆発事故発生ー三谷太一郎氏 (政治学者、東大法学部長、 文化勲章受章者)の証言➀昭和20年6月の岡山大空襲を9歳で体験、 九死に一生を得た。『原発事故は近代日本の挫折である』

  片野勧の衝撃レポート(82) 原発と国家―― 封印された核の真実⑭(1997 …

『Z世代のための日中韓近代史講座』★『日中韓はなぜ誤解、対立,衝突を重ねて戦争までエスカレートしたのか』★『日中韓のパーセプション(認識)ギャップ、歴史コミュニケーションギャップ、文化摩擦が発火点となった』

2015/11/26 / 日本リーダーパワー史(613)記事再編集 & …

no image
『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』㉙『開戦1ゕ月前の『米ニューヨーク・タイムズ』の報道』-『日露戦争の行方はロシアは敗北する可能性を予測』★『ロシアのアジアへの「氷河的進出」には敬意を表するとしても,氷河すら朝鮮を大陸から隔てる山脈には阻まれるのであり,対日戦の必然的な目的である朝鮮征服にロシアはあらゆる不利な条件下で臨むことになろう。』

   『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』㉙『開戦1ゕ月 …

『オンライン講座/歴代”宰相の器”とな何か!』★『日本政治リーダーシップの研究』★『日本の近代化の基礎は誰が作ったのか』★『西郷隆盛でも大久保利通でも伊藤博文でもない』★『わしは総理の器ではないとナンバー2に徹した西郷従道』

  日本リーダーパワー史(317)再録  「明治維新は西郷隆 …

『Z世代のための日本金融史講座①』★『総理大臣と日銀総裁の決断突破力の研究』★『アベクロミクスの責任論と<男子の本懐>と叫んだ浜口雄幸首相は「財政再建、デフレ政策を推進して命が助かった者はいない。自分は死を覚悟してやるので、一緒に死んでくれないか」と井上準之助蔵相を説得した』

「逗子なぎさ橋通信、24/06/20/am800] 2019/10/23 &nb …

no image
『F国際ビジネスマンのワールド・ニュース・ ウオッチ(233)』★『南仏のスーパーマケット、ISISのシンパの若者のテロ事件、人質の身代わりとなって惨殺された警察官の葬儀が国葬並みで執り行われます。』

『F国際ビジネスマンのワールド・ニュース・ ウオッチ  (233)』 &nbsp …

★Z世代へのための<日本史最大の英雄・西郷隆盛を理解する方法論>講義㉑』★『「米国初代大統領・ワシントンとイタリア建国の父・ガリバルディと並ぶ19世紀世界史の三大英雄・西郷隆盛の国難リーダーシップに学ぶ』★『「廃藩置県」(最大の行政改革)「士農工商・身分制の廃止」『廃刀令」「奴隷解放』などの主な大改革は西郷総理大臣(実質上)の2年間に達成されたのだ。』

    2019/07/27  日本リー …

no image
『中国紙『申報』などからみた『日中韓150年戦争史』㊸『朝鮮の革命』(日中韓ロシアの三つどもえの抗争が日清戦争へ)

    『中国紙『申報』などからみた『日中韓150年戦争史』 日中韓の …