『日本の運命を分けた<三国干渉>にどう対応したか、戦略的外交(外交の要諦 )の研究』⑳』★『三国干渉での各国のインテリジェンス勝敗』★『ドイツは日本を完全無視し、英国は日英同盟を締結、インテリジェンスで軍を派遣せず敵国ロシアを粉砕した』
逗子なぎさ橋珈琲テラス通信(2025/11/19am700)


ベルツ編、菅沼竜太郎訳「ベルツ日記(上)」(岩波文庫,2023年刊)によると、
「この人物・エメリッヒ・フォン・ウント・ツー・アルコ・アオフ・ファーライ
は誰に対しても献身的で人当たりがよく、気味悪いほどだ。
もしドイツに対する不信と嫌悪が戦争の間、不快な形で表明されなかったとすれば、それは大部分、アルコ伯爵の人間性のおかげだという主張は良心的なものだ。要するに彼は単なる外交使節で、政府の積極的な支持なくして何も達成できなかった。彼はあまりに妥協的だったので、日本人の間で段々、尊厳を損なった、というのは真実ではない。反対に彼は高い評価と信用を勝ち得た。だから彼は、日本の(対露)戦勝後新設された東京の大使ポストが委ねられなかったのは異常で情しまれた。この部分で個人の問題がある役割を果たしたのは事実だ。
しかしそんな重要ポストの割り振りでは(まさにこのポストの重要性は外交使節を大使に格上げすることで印象的に認識される)、長年の場所的関係の認識が全く特別に本質的だ。新たに任命された大使は疑いもなく優秀な外交官だった。しかしその情勢では、支配的な勢力と必要な接触を得るのはとても難しくなった。日本の状況を知らないことは、ライバル、イギリスの大使との関係で大きな不利だった。
イギリスの大使は
最初はまったく人気がなかったが、その優れたテクニックで今日の影響力を勝ち得た。彼は不平等条約の見直しと連合を成立させ、その際、尋常でない技巧を見せた。彼は時代の兆候を正しく読み取る技を理解していた。
「彼は、英国人の間で特に語られている純粋の白人でない人種に対する嫌悪は今日、日本では相応しくないということを認識していた。彼はそれに従って行動した。彼は母国に大きな貢献をし、国家は確かに、彼をかつての公使から大使に格上げしてそのまま日本在勤とすることで報いた。このようにして彼はドイツの新しい大使との関係で先んじて、日本の支配階級と政治家と親密な関係を築いた。実に、日本に対する英国使節団の登場は暴力的な急転回となった。
二十五年前、当時のイギリスの全能の使節は、日本の大臣をその故国において愚かな子供のように扱った。彼は日本の大臣に面と向かって無作法な言葉を投げ付けた。彼は日本人が本当に進歩出来るとは思わなかった。それとは違う意見のドイツ人に対し、彼はこう言った。
どうしてあなたがこの日本人をそんなに大事に考えるのか、私は理解できない。私はあなたに言う。彼ら日本人は子供だ、子供以外の何者でもない。彼らが功なり名遂げたとしてもせいぜい、南アメリカの共和国の一つ程度だろう。
この誇り高いイギリス人がもし、彼の後任がいかにして日本人の意に沿って行動し、またいかにしてひどく侮辱されたこの同じ日本人が、日本国民に、その軍隊機構についての規定を作るまでになったということを知ったら、ウェストミンスター寺院の霊廟で寝がえりを打つことだろう。
更に日清戦争開始に際し、イギリス人は日本の力を信じていなかった。人々はかなりはっきり中国に味方して、日本帝国では当時、今日のドイツに対すると同じぐらいイギリスヘの不満が支配的だった。
しかし、イギリス人は現実的な国民だ。彼らはその陸軍と海軍の大使随行員を通じて戦争を精査し、日本人の功績を確認した後は、その政策を根本から変えた。彼らは遼東の干渉への参加は拒み、それによって直ちにかつての反感に代わり、共感を勝ち得た。彼らは信じられないぐらい有利な条件で日本との条約見直しの用意がある、と初めて宣言した。
しかしこの譲歩は広い視野に立った政策の連鎖の一つに過ぎなかった。イギリスは今日、日本の真の友とみなされ、 一九〇三年の国民的祝日、二月十一日に英国との同盟締結が日本政府から発表された時、東京ではかつてないほどの喜びで沸いた。新しい時代。明治になって以来、西側の国家から同等に、そして十分に認められることは全ての日本人の最大の目的だった。そしてこの目的はとうとうイギリスの助けで達成され、それ故、日本人は感極まってイギリスに対する感謝を表した。イギリスはただ日本人を再ばすためだけにこの大きな一歩を踏み出したわけではないということを肝に銘じた。
しかしそれは同じことだ。日本の人々は今、ロシアとの避けられない戦いを始めるために十分強く、また、保障された、と感じた。この戦争こそまさにイギリスが望んだものなのだ。イギリスは自身は指一つ動かさないで、そのアジアにおける危険な反対勢カロシアは麻痺状態に陥った。日本がロシアに対して果たしたのと同じ役割をフランスが産業上のライバル・ドイツに対し行わないのかどうか、実験するための時間とチャンスを、イギリスは今や手にしたのだ。
ドイツでは当時、日本の進歩についてほとんど知られていなくて、また、人々は特に東京駐在の外交使節が報告することも信用しようとしなかった。ドイツは列強の中で唯一、 一八九四年の日清戦争に際して日本の司令部に士官を派遣しなかった。しかし他のどの国もドイツほど専門家を派遣する理由のある国はなかったのである。なぜなら、ドイツ士官はまさに日本の生徒たちが何を学んだか、彼らが教えられたものに独創力で何を加えたか、更にドイツの機構(システム)が全く違う位置的状況下でどのように役に立つのか実証されるのを見ることは意味があった。日本陸軍は、彼らドイツ人の先生に対し感謝する義務を個人的に認めて、その結果ドイツの軍事使節は戦場において他の外国士官を背後に押しやるはずだった。
彼は最大の敬愛の対象だった。そのはずだった。しかし彼はその場にいなかった― 彼は戦争の最中、東京に留まった。なぜ?・本当になぜ?。当時、東京には軍から外交官として派遣されたドイツ人の大使館付き専門担当官がいて、彼はドイツの外交慣例に従い、任務上の機会には士官の軍服を着用していた。
日本側が、彼は今現在、外交官なのか、士官なのか問い合わせたところ、彼は公式には外交官であるむねを答えたので、日本側は純粋の軍事上の場合には最早、彼を呼ばなかった。それが、ドイツ軍側には異常なことと曲解された。
そしてそれを懲らしめるために、(今度は)ドイツ側から日本に侮辱を加えるべく、戦争に際して一人の士官も派遣しなかった。気持ちのいい仕返しの方法だ。彼らはよく知られたことわざをまざまざと想い出した。
私(野原駒吉)の日本人の父親は「それが当然の報いだ。私の手が凍えている時、彼は私に手袋を買ってくれたから」と
この出来事はほとんど信じられない話だが、それは現地で起きたことをはっきりさせている。そして、関係を知っている者にとっては、それらは実際、心理的にはさもありそうなことと思われた。ドイツ側のこの奇妙な行動を本当に分かりやすく説明するのはそもそも無理かもしれない。
しかしこの行動の結果、ドイツは日本陸軍の戦争能力について情報が不足し、日本人はドイツ側が遠くにしかいないということで侮辱されたと感じた。そしてまた、ドイツが他国と比べて、より低い階級の士官を大使館付きとして日本に派遣したとい事実の中にも、日本はドイツ側の日本軽視を見てとった。(ベルツの記事ここまで)。
ドイツの完敗とイギリスの完勝
ドイツは黄禍伝説の形成に大いに手を借した。それがあまりにひどかったので、共通の利益と似たような政策を通じてとうの音に生まれたかもしれない日独間の誠実な友好関係の形成を長い間、不可能にした。
従って大気を汚染するその伝説をドイツが払拭するために背負わなければならないものもまた同様に大きなものになるに違いない。
戦前のありとあらゆる罪、誤りは地球に溶れた最大級の血の河によって埋められ、溺れさせられ一掃された。世界戦争の中にまで広く「黄禍伝説」は有害な種を運び、それによって日本は運命的にも政治的にも全ての西側の民族より極めて近い親類である国民の側に立って戦うことを妨げられた。新しい時代はそういう不幸な記憶を拭い去るために出来る限りのことをする。もし日本がこれをヨーロッパにおけるその最大の友人に感謝するとするなら、素晴らしいことだ。しかし良い記憶と誠実、そして感謝が大きな政治から消え去って以来、人はそのような民族相互間の積極的な、喜ばしい作用と反作用を勘定に入れなくなっている。
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