「Z世代のための、約120年前に生成AI(人工頭脳)などはるかに超えた『世界の知の極限値』ー『森こそ生命多様性の根源』エコロジーの世界の先駆者、南方熊楠の方法論を学ぼう(1)』
2024/10/03
日本リーダーパワー史 (22)記事再録
柳田国男は南方熊楠を「日本人の可能性の極限」と評したが、南方は知られざる近代日本の独創的な思想家であり、世界的に見ても20世紀最大の「知の巨人」といってよい。
百年以上前に活躍した熊楠の活動は、今でいうインターネットWebそのものと言っていい存在であった。世界中を歩き回って、英国・ロンドンで英語やラテン語など十数カ国後を駆使して知識、情報を集め、英語で多数の論文を発信し、故郷・和歌山に帰国した後も、生涯田舎(和歌山県・田辺市)に住んで、学会などには一切属さず、個人として、自由人として世界を相手に質の高い情報を発信し続けたことは正にインターネットそのものである。

12歳の時、和歌山市内の古本屋で和装本『太平記』を見て、買いたくなったが、3円の値段だったので、子供には手が出ない。やむを得ず、小学校の帰りに3枚、5枚と『太平記』を立ち読みして帰り、暗記したものをすぐ書き写して、わずか半年で全54巻を写し終えた。このことが、市内で大評判となり、「人間業ではない、奇跡だ。」と絶賛され、学問嫌いの父親も「熊楠がそんなに好きなら、本を読むのもよい」と和歌山中学への入学を認めた。

抜群の記憶力を備えていた。過ぎ去った43日間の日記を、記憶を呼び覚まして天候はもちろん、合った人物、時間まで正確に再現して少しも間違わなかった。「わが輩は地獄耳で1度聴いたことは決して忘れない。また、忘れてしまいたいと思う時は奥歯をキューとかんで舌打ちすると、すぐ忘れる」と豪語していた。
超人的な勉強、研究ぶり、膨大な執筆量、写本、博物コレクションの謎、その動機について「小生は元来、カンシャク持ちで、狂人になると回りの人が心配した。自分もこの病質を直そうといろんな遊びをしたが上手いかず、遊び同様のおもしろき学問より始めようと思い、博物標本の収集を始めた。これがなかなか面白く、カンシャクなど少しも起こらず、今日まで狂人にならず、これを克服した」(明治44年12月25日付)と柳田国男への手紙の中で明かしている。
熊楠はこのような天才だったが、学校の成績は悪かった。和歌山中学を卒業、東京大学予備門(東大教養学部の前身)に入学、同期に夏目漱石、正岡子規、秋山真之らがいたが、熊楠は授業などを気にもとめず,学校をさぼり、上野図書館に通っては万巻の書を読んでいた。特に、体操が大嫌いで、体操無用論を唱えていた。
1886年(明治19)12月、熊楠は19歳でアメリカに渡り、ミシガン州立農校に留学したが、ここでも学校は欠席して,林野を歩き,実物を採取、観察して図書館にこもって図書を筆写する生活で退学となり、その後はフロリダ、ニューヨークでさら洗い、雑貨店手伝いなど職業を転々として、イタリア人曲馬団(サーカス団)の書記をした。このサーカス団には3ヵ月ほどいて中南米、キューバ、西インド諸島などを興行して回った。
この間に博物学者のゲスナーの伝記を読み感激して「願わくは日本のゲスナーになりたい」と日記に書くなど、植物採集、粘菌の標本づくりなどに熱中した。
1892年(明治25)9月、南方は米国から英国に渡った。ロンドンに住んで大英博物館にこもって猛勉強する。博物館の真ん中に巨大なドーム型をした天井の高い図書館閲覧室があるが、ここを勉強部屋にして通いつめた。
世界中の学者や研究者がここを研究の場としており、カール・マルクスが有名な『資本論』を書くために日参したのは約30年前のことであった。
世界で最も権威のある自然系科学週刊誌「ネイチャー」の投稿欄に「中国、インドなど諸民族は固有の星座をもっているか」など5つの天文学の論文質問が掲載された。熊楠は下宿の老婆から半分破れて欠けた英語の辞書を借りて、2週間で回答を記して送った。『東洋の星座』という論文がそれで、1893年9月号「ネイチャー」に掲載され、「タイムス」などの新聞でも賞賛され、熊楠は一躍有名になった。それまでは誰も見向きもしなかったのに、急に英国大使からも招待がかかったが、これは断ってしまう。
フランクス館長は熊楠に特別待遇を与え、前例のない大英博物館の出入り自由となり、学問上の便宜を図ってくれた。約6年間、同博物館にいたが、その間、館員になるように何度も勧められたが、「自由にできなくなる」と断り、館員外の参考人にとどまっていた。閲覧禁止のものも持ち出しが許され、同博物館の日本書籍目録の作成に貢献した。
ドイツがこう洲湾を攻撃、占領した時、ロンドンでも東洋人への差別が強くなってきた。大英博物館で南方を東洋人とみて侮辱した人があり、激怒した熊楠は五百人ほどが静かに読書している閲覧室内でその人物の鼻を殴り大喧嘩となり、熊楠は出入り禁止処分を受けた。この事件は「タイムス」でニュースとして掲載されたが、南方は文章だけではなく、行動でも不当な差別には断固戦ったのである。
熊楠は父親が見た通り、金銭には元から縁のない男であり、金があれば書物を買い求めた。ジャーナリスト・福本日南がロンドンを訪ねて、熊楠の陋屋を訪ねた際、「部屋は馬小屋の2階をかりたもので、なんとも乞食小屋のような部屋に寝床と尿壷とゴミの山だが、書籍と標本だけは一糸乱れず整理されていた」と感心している。
ますます酔って話が盛り上がり、小便に行きたくなって2階に下りると、そこで寝ている労働者がうるさい。仕方がないので小便を尿壷からバケツ、洗面器にまでして、そのうち小便をしたバケツをもって捨てに行こうとして、酔っ払って手元が狂ってカーペットにどっとひっくり返してしまった。それが、階下の労働者の頭にポタリポタリと落ちこぼれて、大騒ぎとなり、翌朝この家の主婦から大目玉をくった。
そんな生活を続けているうちに、またまた熊楠は博物館内で人を殴ってしまった。2度目のことなので、ついに同館には出入り完全禁止になってしまった。この時もアーサー・モリソン(高名な小説家)が英国皇太子、ロンドン市長、カンタベリー大僧正ら同博物館の評議員たちに直訴して、同館東洋図書部長のダグラスの部屋に南方の特別の席を設けて、他の閲覧者と区別してトラブルを避ける措置を講じたが、これに腹を立てた熊楠は永久に同博物館と決別することになった。
これ以降もバサー博士(英国学士会員)の保証で、大英博物館の分館の自然歴史館や南ケンジントン美術館で熊楠は美術調査の仕事などをやって2年ばかりはいた。ロンドン大学総長ジキンスの意向でケンブリッジ大学に日本学講座を開設して、南方を助教授で採用して長く英国にとどめて置こうという計画もあったが、結局、ボーア戦争などの影響で立ち消えになってしまった。
漱石はロンドン西洋文明にカルチャーショックを受けて神経衰弱になり、部屋に閉じこもった。コンプレックスを持って英国人の教養のなさを軽蔑して、周囲の英国人とのコミュニケーションもほとんどないという惨憺たるものであった。南方の勉強の場となった大英博物館図書館にも漱石は滞在中に一度も行かなかった。しかし、帰国後は東大英文学の教授に就任して、陽のあたる道を歩むようになる。
一方、熊楠はといえば、漱石ら当時の日本人が陥った西欧文明へのコンプレックスとは全く無縁で、逆に東洋人でありながら世界を見聞して西欧にも通じていた優越感を持っており,ロンドンの知識人たちにも一目も2目も置かれていた。意気軒昂で、酔っては暴れまくり、大英博物館で初めて会った孫文に「あなたの一生の目的は」と聞かれて、「東洋人は一度西洋人をことごとく国境の外に放逐することだ」と同席していたダグラス部長の前で豪語して驚かせたほど、自信とプライドにあふれていた。


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