前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

★『オンライン講座・国難突破力の研究②』★「日本史最大の国難・太平洋戦争敗戦からGHQ「日本占領」と「単独講和」を乗り越えて戦後日本の基礎を築いた吉田茂首相の<国難逆転突破力>③』★『ダレス米国務長官の強硬な再軍備要求を断固拒否した吉田茂のリーダーシップ・外交術を学べ(田中角栄の証言)』

   

「オンライン・日本史決定的瞬間講座⑧」

   

 

 2016/02/1/日本リーダーパワー史(662)記事再録

<2017年は明治維新から150年。吉田茂没後50年>吉田茂の再軍備拒否のリーダーシップー

ダレス・吉田会談では対日賠償は放棄するかわりに、日本へ再軍備要求してきた。吉田は「憲法九条があるかぎり軍隊は持たない」と再軍備を拒否した。「メシを食うことにも大変な日本が軍隊を持てるわけがない」

前坂俊之(ジャーナリスト)

吉田と田中は40歳の年が違う。田中も吉田学校の生徒だが、大久保利通直系の超エリート吉田茂に対して、田中は越後の水飲み百姓のせがれで、高小卒ながら、総理大臣まで一気に駆け上った昭和太閤出世物語である。首相になった年齢は吉田が67歳、田中が54歳である。以下は吉田の追悼号での田中の思い出話である。

『もっと教えてもらいたかった』田中 角栄(自民党都市政策調査会長)

田さんとの出会いは、1947年(昭和22)4月の総選挙で初当選した直後である。吉田さんは自由党の総裁。私は民主党の一年議員だった。この総選挙の結果、第一党である社会党の片山哲委員長を首班とする、社会、民主、国民協同三党連立内閣か、それとも自由党が加わった挙国連立の四党連立内閣かの問題が起った。私たちは四党連立を吉田さんに要請したが、吉田さんはなかなかうんといわなかった。

「新しい憲法下では、比較多数制により一人でも議員の多い政党が組閣すべきだ。したがって自由党は連立内閣には加わらない」

という。このときは頑固なおやじだなア、と長嘆息したものである。

その後、幣原喜重郎さんを中心に民主党を離れ同志クラブを結成していたわれわれは、昭和23年3月15日、自由党と合併して、いまの自由民主党の前身である民主自由党を創立した。両党の合併は対等合併であり、しかも幣原さんは吉田さんの先輩であるから、私は新しい民主自由党の総裁である吉田さんにこう直言した。

「幣原さんを新党の名誉総裁にしてほしい」と。ところが吉田さんはこう答えた。

「幣原さんは名誉総裁を引き受けないと思うし、私も命令一途に出るようなことはしたくない。それに幣原さんが外相のとき私を左遷したことがある。こんどは私がそのカタキをとるんだから幣原さんを名誉総裁にするわけにはいかない」

なんと皮肉なおやじだろうと思ったが、吉田さんはそういう洒脱でしかも辛辣なことを平気でいう人だった。

在野1年半、昭和24年1月の総選挙で、吉田さんのひきいる民主自由党は、二百六十四名の圧倒的多数で第一党となった。

花開けども風雨多し

よほど気持がよかったのだろう。吉田さんは、選挙後、民主自由党の全議員を首相官邸に集めて演説した。

「二百六十四名ともなると、さすがにわが党は多士済々である。石田博英君のように戸籍をごまかしているといわれる人もいる。しかし、上には上がいるもので、田中角栄君のように自分で自分の戸籍を役場へ届けたヤツもいる。私は、いままで田中君は五十歳ぐらいだと思ってつきあってきたが、なんと三十歳だった」

ユーモアたっぷりに話され吉田さんの話は、いまでも強烈に印象に残っている。

吉田さんは偉い人だと、つくづく感じたのは、サンフランシスコ平和条約調印前後のことである。

当時、国内の世論は全面講和か多数講和かで対立し、その嵐の中を出発して吉田さんはサンフランシスコへ向ったわけだが、そのとき、吉田さんは佐藤さん(現首相に一幅の書を残して行った。いわく

「天地英雄之気、千秋尚凛然」

そして、調和を終って東京の党本部へ打ってきた電文は、「花開けども風雨多し」というものであった。この二つの句ほど、吉田さんのサンフランシスコ条約に対する姿勢をよく現わしているものはないと思う。

吉田さんの気概を物語るエピソードとしては、かの有名な吉田、ダレス会談を持ちださないわけにはいかないだろう。朝鮮戦争が膠着状態になって、米国はダレス国務長官を通じて日本に再軍備を押しっけてこようとした。吉田、ダレス会談は朝鮮戦争の前後にわたって持たれたわけだが、はじめの会談では、米国は対日賠償を放棄するということで話がまとまり、サンフランシスコ講和条約へと進展する。

このときのダレスとしては、対日賠償は放棄するかわりに、当然の要求として日本の再軍備要求がハラにあった。ところが吉田さんは、対日賠償放棄は既得権として取り、後のダレス会談では「憲法九条があるかぎり軍隊は持たない」と再軍備要求をつっばねたのである。

吉田さんとしては最終的には昭和25年8月10日に警察予備隊を発足させたが、ついに名称を自衛隊に変更するだけで押し通し、ダレスの要求を拒否した結果となっている。吉田さんの当時の心境は、「メシを食うことにも大変な日本が軍隊を持てるわけがない」というものであった。ダレス長官は長嘆息していった。

「敗戦国の貧弱な総理大臣だと思っていたためにみごとに吉田にやられてしまった。吉田はかって世界の一等国の一等大使(かつて吉田さんは駐英大使)だった。これを計算に入れなかったのが私のまちがいだった」

吉田さんが政界を引退された後、いわゆる〝吉田学校″ の同期生である池田勇人さんと佐藤栄作さんが相争う場面が二度おとずれた。

一度目は池田さんが自民党総裁再選のときである。佐藤さんが対立候補として立候補すみという問題が起こり、私はこのことに関して吉田さんから質問を受けたことがある。

「池田と佐藤はどうなんだ」といわれたので、私は「二人は車の両輪だか年二人が争うことは避けられるのじゃないでしょうか。総理が (吉田さんのことを私たちは最後までこう呼んでいた)何かきっかけをつくれば争いはすぐに収まると思います」と答えた。

すぐそのあと吉田さんは両氏に書を送られたようである。池田さんには、

「燕雀不知、天地高」

佐藤さんには、

「呑舟之魚、不遊枝流」

というものであった。「おやじなかなかやるわい」と感じ入ったものである。池田、佐藤の両氏に対しては吉田さんはこまかいことは何もいわれなかったようである。

二度目は池田3選の数日前だ。

当時、大蔵大臣をやっていた私のところへ大磯から連絡があったので、私がすぐおうかがいすると、

「もう選挙はやめさせられないかね」

という。「ええ、両方ともやめませんね」と答えると、

「どっちが勝ちますか」とたたみかけてくる。私は、政治家としてはまった不用意にも、

「吉田総理はどっちが勝つと思いますかときいてしまった。吉田さんはさすがに、ニヤッと笑って返答しない。そして「田中君が見る通りを教えてくれ」という。

そこで 「どっちが勝っても十票差ですね」というと、「田中君、十票じゃだめだよ。どっちが勝ってもいいから一票の差にしてくれ」といわれた。

この言葉にはいろいろな意味が含まれていると思うが、池田さんと佐藤さんに対する信頼が最もよくあらわれている言葉でもあった。

(昭和42年11月5日「アサヒグラフ臨時増刊『吉田茂追悼号』掲載」

 - 人物研究, 戦争報道, 現代史研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
日本リーダーパワー史(573) 日中150年戦争史<日本の海外派兵の歴史>を討論するジャーナリスト・ディープビデオ対談(40分)①

日本リーダーパワー史(574) 日中150年戦争史、<日本の海外派兵の歴史>を討 …

no image
日本メルトダウン脱出法(583)●『アベノミクスの挫折で深まる安倍政権の危機 」●「ジャパン・クライシス」が迫っている」

   日本メルトダウン脱出法(583)   &nb …

no image
速報(363)『日本のメルトダウン』低線量被曝の現状●市民と科学者による内部被曝者問題研究会の会見『福島のチョウの奇形』

速報(363)『日本のメルトダウン』   <3/11から1年ヵ8月―低 …

no image
日本メルトダウン(1004)―『オバマが報復表明、米大統領選でトランプを有利にした露サイバー攻撃』●『元CIA副長官、プーチンの攻撃にオバマは報復しろ 9.11を思い出せ』●『「ロシアのサイバー攻撃、プーチン氏が直接指示」NBCニュースが報じる』●『食い逃げされそう「日ロ首脳会談」北方領土返還チラつかせ経済協力ガッポリ』★『日露戦争=6ヵ月間のロシアの異常な脅迫、挑発に、世界も驚く模範的な礼儀と忍耐で我慢し続けてきた 日本がついに起った。英米両国は日本を支持する」』●『  「アベノミクスは失敗だった」と声高に言いづらい空気の原因』

 日本メルトダウン(1004)   オバマが報復表明、米大統領選でトランプを有利 …

no image
   日本メルトダウン( 979)『トランプ米大統領の波紋!?』ー『2017年に「トランプ大暴落」は起きるのかー 「トランプショック」の本番はこれからだ』●『米国自動車市場を襲うトランプリスクの暗雲 日系メーカーは「米国一本足」で大丈夫か』●『対トランプ外交。安倍政権が主導権を握るための交渉術を教えよう 実は、アベノミクスに興味津々!? 』●『日本経済、トランプの政策で「好循環が逆回転」のシナリオ』●『トランプ大統領誕生は、日本がアジアの主役になる絶好のチャンスだ 自分の手と足で、考えるべき時が来た』●『日銀の極秘レポート入手! 株価1万3000円割れも… 衝撃の試算結果 日本経済「12月ショック」に備えよ』

   日本メルトダウン( 979) —トランプ米大統領の波紋!? & …

no image
日中北朝鮮150年戦争史(26)『日清戦争を起こしたのは川上操六陸軍参謀次長、陸奥宗光外相のコンビだが、日清戦争勝利の立役者は川上と山本権兵衛海軍大佐であった』

  日中北朝鮮150年戦争史(26)  『日清戦争を起こしたのは川上操 …

no image
世界、日本メルトダウン(1017)ー「トランプ操縦の『エアホースワン』は離陸後2週間、目的地も定まらず、ダッチロールを繰り返す」★『仏大統領選 ルペン氏が首位 左派アモン氏低迷 世論調査』→『トランプ大火災は「パリは燃えているか」(第2次世界大戦中のヒトラーの言葉)となるのか!

  世界、日本メルトダウン(1017) トランプ操縦の『エアホースワン』は離陸後 …

『Z世代のための昭和100年、戦後80 年の戦争史講座』★『 日本の「戦略思想不在の歴史」⑵-日本で最初の対外戦争「元寇の役」はなぜ起きたか②』★『モンゴル帝国は計6回も日本に使者を送り、外交、貿易、 属国化を迫ってきた』

2019/10/01『リーダーシップの日本近現代史』(67)記事再編集 『日本を …

no image
日本リーダーパワー史(636)日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(29) 『川上操六の日清戦争インテリジェンス② 『広島大本営」設置と「ワンボイス」で陸海軍を指揮したリーダーシップと決断力「山県有朋を解任」

日本リーダーパワー史(636) 日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(29)   …

no image
日本リーダーパワー史(926)-『良心と勇気のジャーナリスト桐生悠々の言論抵抗とは逆のケース』★『毎日新聞の「近畿防空演習」社説訂正/言論屈服事件の真相』

  毎日新聞の「近畿防空演習」社説訂正事件 桐生悠々の「関東防空大演習 …