『リーダーシップの日本近現代史』(41)記事再録/『日本議会政治の父・尾崎咢堂のリーダーシップとは何か③>』★『世界に例のない無責任政治、命がけで職務に当たらず 辞任しても平気で再び顔をだす3代目政治家』③』
2012年2月25日/日本リーダーパワー史(238)
前坂俊之(静岡県立大学名誉教授)
1942年(昭和17)10月26日、尾崎の不敬罪事件の東京地裁での第一回公判で、尾崎は次のように証言、日本政治の病根を鋭く告発した。
大東亜戦争という第2の敗戦となった「日本病」(死に至る病)も、自らの伝染病を克服して、免疫をつくる自己改革とそれによる国の改革、革命を成し遂げられなかったために、70年後に現在の三度目の日本病が再発したのである。
大東亜戦争という第2の敗戦となった「日本病」(死に至る病)も、自らの伝染病を克服して、免疫をつくる自己改革とそれによる国の改革、革命を成し遂げられなかったために、70年後に現在の三度目の日本病が再発したのである。
尾崎は昭和6年からの、いわゆる15年戦争を総括して、その中での日本政治が崩壊、政治家の中で国難、亡国に敢然と立ち向かった者が誰もいなかったことを痛烈に批判している。これを読むと、まさしく今の亡国の政治家と恐ろしいほどにダブって映って来る。
① 中米英を敵に回して大戦争を行い、国務大臣(総理大臣、各大臣)は命のあらん限り、国家のために尽くさなければならぬのに、内閣がコロコロ変わる。これでは本当の仕事が出きぬ。
② 負けている蒋介石は一向に変わらないのに、日本の内閣がぐらぐら変わって軽蔑されて、敵を助けた結果になった。
③ 近衛文麿をはじめ歴代宰相の無責任はけしからん。
④ 政治家の責任として、再び公人としては世の中に顔を出さぬという程の決心を以て辞職し、その後は死人同様に余生を送らなければならぬ。
⑤ 昔流にいうならば、その責任が果たせなければ、割腹してお詫びをしなければならぬのが、封建時代の思想である。
⑥ 全世界いずれの所にもこんな無責任な政治事例はない。
⑦ 『ヨーロッパ」では、総理大臣級が責任の尽くせぬために2人が自殺者がした。
以下は『尾崎咢堂全集第9巻―不敬罪事件の真相』(昭和30年、公論社)より
尾崎行雄(おざきゆきお)は安政5年(1858年12月生れ)で、明治7年に慶応義塾に入り、福沢諭吉の教えをうけて、政治家の道を志した。
70年前の太平洋戦争中の1942年(昭和17)の尾崎の証言は
『現在の政治とピッタリと重なる』
『現在の政治とピッタリと重なる』
<米英と開戦の時は血祭になる覚悟だった>と証言した
このような老朽(この時、尾崎は86歳)の身としては、ろくな働きは出きませんから、唯一死以て自分の目的を達する、というより外には有効な働きはないと考へておる。その死に方次第に依っては、私が生きて十年や二十年働くよりか、天下後世のために効力があろうと思って色々と考へておるのです
その事について昨年の如きはいよいよ自分の命を捨て、国家に尽くす時が来たと思って、これも法廷に提出してあると思いまするが、近衛内閣に対する質問書をたずさえました。それを弁ずれば、多分私は反対者のために殺されるであらうということでありまする故に、辞世まで詠んで、議院に行ったのであります。
一番、その時に心配したのは内政―国内の政治と外交と両方であります。内政においては、私は、今でもまだ心配して居りまするが、支那事件(日中戦争)というが如きー今日ではそれが転じて、米英までも敵として戦っておりますがー大事件のある場合においては、いやしくも、国務大臣たる者は命のあらん限り、国家のために尽くさなければならぬ筈のものであるのに、その国務大臣が、支那事件の起った頃から、何故か四、五回かわって居ります、
総理大臣―がこれでは本当の仕事が出きるとは私の良心では考へられぬのであります。
負けた方の蒋介石ですらも、ちゃんと、ああしておるのに、勝ちながらも、この方は内閣がぐらぐら変わるということでは、どう考へても敵が容易に降参する気遣いはなく、敵を助くると同じ結果になる。
それゆえに政治家たる者が内閣大臣となって、国家に勤務する以上は命の績く限り、陛下の思召にかのう限りは、どうしても死ぬまで働かなければならぬ。
殊に戦争中の如きは、どうしても途中で辞するなどということのあるべきはずのものではない。
然るに、何だか出たり入ったり勝手にやっておって、少しもその責任を感じないように私には見えるのであります。各大臣の辞職のやり方も出方もー近衛などは二度も出たり入ったりしたと思います、けしからことだ。命の績く限りは続けなければならぬ。
もしどうしても出来ぬというならば、政治家の責任として、再び公人としては
世の中に顔を出さぬという程の決心を以て辞職し、その後は死人同様に余生を送らなければならぬ。
しかるに、辞職した後も平気で世間に顔出しをしており、矢張り公人として立って居るというが如きは、如何にも、無責任のことである、全世界いずれの所にもこんな事例はないかと思います。
今度の戦争の起ったー支那事件の後に起った『ヨーロッパ」では、わずかまだ二年余りでありまするが、それでも、一もう総理大臣級の人が責任の尽くせぬために、自殺した者が確か二人ほどあると思います。
それから、死ぬまで働いた者のイギリスの「チェンバレン」である、彼は死ぬまで働いて辞職すると間もなく病気で死んだ。代って出た「チャーチル」は七十有余の老人であるが、あれだけの激務に当たってーこれも一身上の都合からいったら辞したいでありませしょうけれどもー矢張り命がけで死ぬまで働いておる。
どこの総理大臣でも皆、命賭けで働いてるのに、日本だけはぐらぐら変るのはどう云いうわけかー私には分かりませぬ。それが決して陛下の思し召でないということだけは、私は確信しております。
内閣がかわる度毎に、相手に、多少軽蔑の念を起させることはもう申すまでもない。負ける方で変わらぬのに、勝つ方が変わるというような、無責任なことではいけないから、何とかしてこれを直さなければならぬ。
昔流にいうならば、一旦大任を受けて、その責任が果たせなければ、割腹してお詫びをしなければならぬのが、封建時代の思想である。今は割腹などはすべきではあるまいが、再び世間に顔出しはしない、という位の責任心がなければならぬと私はつねに主張しておるのである。
この説は、今日公に、主張させないのであります。新聞にも書かせない、演説もさせない、これをはっきりいい得るのは、議院だけであるから、私は議院でいおうと思って、そのために書類を作製しましたけれども、議員等が妨害し
てー 演壇に登るには相普頭数が賛成しなければ登ることは出来ませぬーその賛成者すら容易に得られぬのである。
かくて国家の安危休戚に関係する大問題についても、世間は平気でこれを看過しし、たまたま、これを憂慮する者があっても、これを警告することすら出来ないのです。
私はこの事態を大いに心配しておる。どうか今後の国務大臣たる者は、もう少し責任観念―政治上の責任、道徳上の責任-を起し、命の限り、国家のために尽くす位の考へは持たせたいと思っておるのであります。
(つづく)
関連記事
-
-
「英タイムズ」「ニューヨーク・タイムズ」など 外国紙は「日韓併合への道』をどう報道したか⑬「朝鮮王子,死の宣告について当地で語る(ニューヨーク・タイムズ」(1907年8月2日付)
「英タイムズ」「ニューヨーク・タイムズ」など外国紙は「日韓併合への道』をど …
-
-
『Z世代のための日中韓外交史講座』㉓」★『第一次トランプ暴風で世界は大混乱、日本も外交力が試される時代を迎えた。日清戦争の旗をふった福沢諭吉の「外交論」を紹介する」』★『外交の虚実』『時事新報』1895年(明治28)5月8日付』★『虚々実々の手段をめぐらし、百難を排して、国の光栄・利益を全うするは外交官の仕事。充分に任務を果たせるのは実に朝野一般の決心如何にある』
2017/02/23 /日本リーダーパワー …
-
-
速報「日本のメルトダウン」(514)『第1次世界大戦:不安を胸に振り返る100年前の世界 (英エコノミスト誌「見えてきた資本主義の限界、寿命はあと何年か
速報「日本のメルトダウン」(514) ●『第1次世界大戦:不安を胸に …
-
-
日本メルトダウン脱出法(876) 『日銀「マイナス金利」導入の「本当の理由」 Foresight-新潮社ニュースマガジン』●『オスプレイで物資輸送へ 熊本地震でアメリカ軍の支援を受け入れ』●『「パナマ文書」で浮かんだ中国「革命家族」の「巨大利権共同体」』●『CIAの陰謀か? 「パナマ文書」をインテリジェンス的に読み解く』
日本メルトダウン脱出法(876) 日銀「マイナス金利」導入の「本当の理由」 F …
-
-
知的巨人の百歳学(119)-『元祖スローライフの達人・超俗の画家/熊谷守一(97歳)』★『文化勲章もきらいだが、ハカマも大きらい。正月もきらいだという。かしこまること、あらたまること、晴れがましいことは一切きらい』
知的巨人の百歳学(119)- 『元祖スローライフの達人・超俗の画家/熊谷守一(9 …
-
-
★「日本の歴史をかえた『同盟』の研究」-「日英同盟はなぜ結ばれたのか」①1902(明治35)年2月12日付『英タイムズ』『大英帝国と日本、重要な協約』(日英同盟の締結)
「日本の歴史をかえた『同盟』の研究」 「日英同盟はなぜ結ばれたのか」① 1902 …
-
-
世界が尊敬した日本人◎「メジャーリーグを制した「野球道」の天才 ・イチローは現代の宮本武蔵なり」
世界が尊敬した日本人 ◎「メ …
-
-
★『 地球の未来/世界の明日はどうなる』< アメリカ・メルトダウン(1059 )>『トランプ政権半年目で公約実現はとん挫し『ロシアゲート事件』の嵐の中に突っ込んで、政権はキリモミ状態で墜落寸前の末期症状を呈している。』
★『 地球の未来/世界の明日はどうなる』 < アメリカ・メルトダウン(1059 …
-
-
『Z世代のための最強の日本リーダーシップ研究講座(40)』★『日本海海戦』★『敵艦見ユトノ警報ニ接シ、連合艦隊ハ直ニ出動、コレヲ撃滅セントス、本日天気晴朗ナレドモ波高し(秋山真之)』
バルチック艦隊の航行偵察で大活躍した三井物産上海支店総監督・山本条太郎(39歳) …
-
-
『Z世代のための昭和100年、戦後80 年の戦争史講座』★『 日本の「戦略思想不在の歴史」⑵-日本で最初の対外戦争「元寇の役」はなぜ起きたか②』★『モンゴル帝国は計6回も日本に使者を送り、外交、貿易、 属国化を迫ってきた』
2019/10/01『リーダーシップの日本近現代史』(67)記事再編集 『日本を …
- PREV
- 『リーダーシップの日本近現代史』(40)記事再録/『150年かわらぬ日本の弱力内閣制度の矛盾』(日本議会政治の父・尾崎咢堂の警告)』★『日本政治の老害を打破し、青年政治家よ立て』★『 新しい時代には新人が権力を握るものである。明治初年は日本新時代で青壮年が非常に活躍した。 当時、参議や各省長官は三十代で、西郷隆盛や大久保利通でも四十歳前後、六十代の者がなかった。 青年の意気は天を衝くばかり。四十を過ぎた先輩は何事にも遠慮がちであった』
- NEXT
- 『リーダーシップの日本近現代史』(42)記事再録/『日本議会政治の父・尾崎咢堂のリーダーシップとは何か④>』★『売り家と唐模様で書く三代目』① <初代が裸一貫、貧乏から苦労して築き上げて残した財産も三代目となると没落 して、ついに家を売りだすようになるという国家、企業、個人にも通用する 栄枯盛衰の歴史的名言>
