前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

日本稀人奇人列伝(37) 作家・中里介山、江戸川乱歩、横溝正史のなくて7クセ,変人ばかり

   

日本稀人奇人列伝(37)
作家・中里介山、江戸川乱歩、横溝正史のなくて7クセ
 
前坂 俊之(ジャーナリスト)
 
 
山岡荘八『徳川家康』が完成するまでは、日本一の長編小説といわれた『大菩薩峠』の作者・中里介山(1885―1944)は独学で勉強し、文学を志し、新聞記者となって、後に小説家に転じた。
 
介山の家は貧しく、小学校卒業後、代用教員などしながら文学に専念した。介山の従兄は東京でりつぱな商売をしており、介山の文才を認めて「メカケを置いたと思って学費をみついでやるから、早稲田の文科でも入ったらどうか」とすすめた。一こく者の介山はこの言葉に憤がいして、「メカケを養うような不浄な金をもらって勉強したくはありません」とキッパリ断り、独学で勉強した。
 
介山は生涯、独身で通した。小説家として成功し、金はクサるほどあり、近づいてくる女性はたくさんいたが、「私は独身を通すように神様から定められた運命にある」と貫いた。
ある人が介山に「あなたは童貞ですか」と質問した。介山は「私は童貞ではないが、博愛主義者でもありません」と言い、独自の恋愛観を披露した。
 
 「放蕩なんかどんなにしてもよい。それは魂を傷つけることがないから。しかし、恋をしてはいかん。魂を傷つけるから…」と。
 
 昭和十二年、五十二歳の時、介山は突然、衆議院選挙に立候補した。憲政はふるわず、議会も政党も堕落している、と怒った介山はどの政党も頼らず、無所属で立候補した。
 推薦者は頭山満、尾崎行雄、大河内正敏らの当代一流の人物で、中里介山の人気も手伝って、演説会場はどこも超満員の人気であった。
 
 当時、遮挙に買収はつきものだったが、金が飛びかう、汚れた選挙、に反対の介山は原稿料収入など銀行に七十五万円もあるのに、ピタ一文使わずきれいな選挙を一人実行した。
 このため、わずか四千票しか取れず最下位で落選、自ら『楽仙居士』と銘打った漢詩を作った。
 
 ただし、演説内容はさすが国際情勢にも広く通じた卓見で、政党政治を鋭く批判し「五・一五事件のような大事件が再び起こる」と予言していたが、投票日の二月二十日からわずか一週間後に二・二六事件が勃発して、見事に的中した。
 
 戦時中、政府が文学者を国策に協力させるために組織した大日本文学報国会には宮本百合子、蔵原惟人、中野重治ら左翼系作家も軒並み参加した。『バスに乗りおくれまい』、『当局ににらまれたくない』という一心からだっけの臆病な便乗文学者が多い中で、毅然とと断ったのは中里介山一人であった。
 
 介山は参加辞退のハガキの中で
 「従来の文学者諸君とは著作精神を異にし、強いて人別すれば、文学者というよりは宗教者、あるいは百姓人というべき立場にありますので、出席は遠慮します」と。
 
 介山は孤高の中で、より所を民衆に求め、自分の仕事部屋の壁、天井などに読者からの手紙をベ夕べタはりつけて、自らを励まし孤独に耐えていたのである。
 
横溝正史は〝乗物恐怖症″だった
 
 『八つ墓村』『本陣殺人事件』など名探偵、金田一耕助シリーズで知られる推理作家・横溝正史(1902-1981)は強度の〝乗物恐怖症″だった。
 
汽車に乗ると、何ともいえない恐怖に襲われる。恐怖と孤独でじっと座っておれない。飛び降りたい衝動にかられ、飛び降りると死ぬ危険があるのはわかりきったころ。
 
 恐怖でがんじがらめになり、冷や汗を流しながら駅で降りてやっと安心する。この乗物恐怖症の発作にかかったのは昭和八年のこと。東京駅から汽車に乗り、千葉で発作から降りてしまった。旅館で一休みして、日本酒をラッパ飲みして、恐怖にちぢんだ心をやっと落ちつけた。
あとは酒を飲みつづけて、矢でも鉄砲でも持ってこいという、酔いの勢いをつけて再び汽車に乗って帰った。
 
戦後、小田急沿線の成城に住んでいたが、電車に乗ったのは六年間にたった二回だけ。それも奥さんのガッチリお供につき、恐怖心を鎮めるために、〇・九リットル入りの水筒に日本酒を入れ、肩からぶら下げていた。
しかも急行には絶対乗らない。各駅停車に乗る。これだと恐いと思いかけたころ、駅に入ると、すぐ飛び降りて何とか、症状も軽くてすむ。
 
横溝にはもう一つクセがあった。やたらと歩き回わるのである。
歩いていると、うれしくつらいことも忘れる。原稿の締切りが迫ってくると、このクセは一層ヒドクなった。
編集者がくると、一日待ってもらったのに正午すぎに家を出て、原稿が書けず、申し訳けないと思うと、余計に成城の家の回りをめった
やたらと歩き回り、深夜の十二時ごろまで帰ってこない。
 
一銭も持って行ってないので、家族は心配して、何度も警察へ捜索願を出すという騒ぎになった。横溝は結核で何度も大喀血した病人だったが、
こうした散歩グセで顔は真っ黒に日焼けしており、病人には全く見えなかった。
 
『日本の推理小説』の父江戸川乱歩は〝厭人病”だった
 
江戸川乱歩は〝厭人病〟(人間嫌い)、今でいう引きこもりだね。これがこうじて作品が書けなくなることがしばしばあった。
 
 昭和二年に平凡社から出版された「大衆文学全集」はよく売れ、中でも乱歩のものが圧倒的に売れ、多額の印税が入った。乱歩は下宿屋「線館」を手に入れ、この横に自宅を作り、二階を書斎にした。
 
 この書斎は一切窓がなく、昼間でも暗く寝室になっていたが、これもすぐ側の家からのぞかれる心配があり、乱歩は自己嫌悪にかられ、自分の作品が無性に恥ずかしく、岩屋でも閉じ込もってしまいたい心境からこんな設計になった。
しかし、世間では乱歩が高でも雨戸をしめ切って、ロウソクの光で執筆している変りものという伝説が生まれた。
 
乱歩が自己嫌悪から筆を折っている時、横溝が何度か代作したことがあった。「新青年」の編集長を横溝がしていた時、探偵小説特集を企画した。
 
ちょうど、この時、乱歩は休筆しており、京都を旅行中だった。横溝は京都の宿屋まで強引に押しかけ、二、三日ねばって無理やり乱歩を説得した。乱歩も仕方なく、約束した。
 
 「僕は1ヵ月ほど旅行するが、その間に書いて、帰りに名古屋の小酒井不木のところに寄って君に渡そう」
横溝は喜んで引き上げ、約束の日に小酒井のところに出かけたが、何と乱歩は書けなかったと頭を下げた。横溝は困り果てたあげく「それでは、私が今度の号に書いたものを、あなたの名前にしてもよいか」と切り出し、乱歩もしぶしぶそれを承諾した。
 
 横溝は締切りが過ぎてイライラしている編集部に、連絡して、やっと一息ついた。
 その晩。横溝は、乱歩と名古屋の旅館に泊った。寝ていた乱歩が夜中にむっくり起きてカバンの中から何かを出して便所へ行き、帰ってきてから、言った。
 
 「実は僕、書いていたんだ。しかし、自信がなかったので出しかねたんだ」
 「それじゃ、原稿を下さい。さっきの件は電話でとり消すから」と横溝は喜んだ。
 「ところが、今便所の中で破いて捨てて来た」と乱歩。
 
 この便所に捨てられ小説が後の乱歩の傑作といわれた『押絵と旅する男』であった。
 
 

 - 人物研究 , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
<まとめ> 日中韓150年戦争史の研究ー日韓近代史でのトゲとなった金玉均(朝鮮独立党)事件と日清戦争のトリガーとなった金玉均暗殺事件

<まとめ> 日中韓150年戦争史の研究 日韓近代史でのトゲとなった金玉均(朝鮮独 …

『ウクライナ戦争に見る ロシアの恫喝・陰謀外交の研究➅』★日露300年戦争(2)-『徳川時代の日露関係 /日露交渉の発端の真相』★『こうしてロシアは千島列島と樺太を侵攻した⑵』

   2017/11/16/日露300年戦争(2)記事再録 …

『Z世代のための  百歳学入門』★『日本超高齢者社会の過去から現在の歴史③』★『徳川幕府歴代将の年齢、実力調べ』★『家康・秀忠・家光の三代将軍の指南役 の天海大僧正107歳?こそ徳川幕府の盤石な体制を築いた<黒衣の将軍>です』

2010/01/27   百歳学入門(15)記事再録<日本超高齢社会> …

『Z世代のためのジェンダ―ギャップ歴史講座』★『日本初の女性学を切り開いた高群逸枝夫妻の純愛物語』★『強固な男尊女卑社会の<封建国家日本>の歴史を独力で解明した先駆者』

    2009/04/09 &nbsp …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(47)記事再録/『異文化コミュニケーションの難しさ―< 『感情的』か、『論理的』かーが文明度の分かれ目>①『 STAP細胞疑惑問題にみる「死に至る日本病」』

    2015/01/01月刊誌『公評』7月号―特集『実感 …

no image
『ガラパゴス国家・日本敗戦史』㉙『来年は太平洋戦争敗戦70年目<アジア・太平洋戦争での全体の犠牲者も 十分調査されていない

·      &nb …

no image
世界/日本リーダーパワー史(899)-『コミー前FBI長官の回顧録「A Higher Loyalty: Truth, Lies, and Leadership」(4/17刊行)が発売前から全米ベストセラーに』★『トランプはニューヨークのマフィアのボスの態度そっくりで、ボスへの忠誠心が組織の絶対の掟、最低の大統領だ!』★「解任好き」の大統領はロシア疑惑の特別検察官もクビにするのではないか」

世界/日本リーダーパワー史(899)   ジェームズ・コミー前FBI長 …

『オンライン憲法講座/憲法第9条(戦争・戦力放棄)の発案者は一体誰か④』★「マッカーサーによって押し付けられたもの」、「GHQだ」「いや,幣原喜重郎首相だ」「昭和天皇によるもの」―と最初の発案者をめぐっても長年論争が続き、決着はいまだついていない』★『憲法問題の核心解説動画【永久保存】 2013.02.12 衆議院予算委員会 石原慎太郎 日本維新の会』(100分動画)

   2006年8月15日/『憲法第9条と昭和天皇』記事再録 …

no image
★『生涯現役/百歳学入門』(163)「日本は高齢社会」のウソ。NHKが故意に作り出した幻想のカラクリ』●『貧乏生活を選んだ億万長者』●『  大半の財を寄付し、身なりを構わないハリウッドスターは誰』●『老人ホームと保育園が一緒になったら 奇跡が起こった(米・シアトル)』●『年間50万人の高齢者が失踪、1日あたり1370人・中国』●『裸で眠ると健康でリッチになる、その4つの理由とは』●『早ければ早いほどいい、40-50代から始はじめる『健康な老後への備え』』

★『生涯現役/百歳学入門』(163) 「日本は高齢社会」のウソ。NHKが故意に作 …

no image
日本リーダーパワー史(789)「国難日本史の復習問題」 「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、リスク管理 、インテリジェンス⑥』★『この戸水寛人の日露戦争1年前に出版した『東亞旅行談』●『支那ハ困ッタ国デス 何処マデモ 亡國ノ兆ヲ帶ビテ居マス』★『もし日本の政治家が私の議論を用いず、兵力を用いることを止めて、ただ言論を以てロシアと争うつもりならば失敗に終る』

日本リーダーパワー史(789) 「国難日本史の復習問題」 「日清、日露戦争に勝利 …