前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

日本リーダーパワー史(177)『古島一雄の敗戦の弁』『大東亜戦争敗戦の原因である軍閥・官僚統制国家を改革できなかった』

   

        日本リーダーパワー史(177)
 
『古島一雄の敗戦の弁』
 
政治家必読●○<国難リテラシーを養う法
『大東亜戦争敗戦の原因である軍閥・無責任・官僚統制国家
を改革できなかったことが第3の敗戦につながった』

                      前坂 俊之(ジャーナリスト)
 
古島一雄(こじま かずお)1865-1952とは・・いまの自民党を作った「政界の最長老」であった。1945年8月、敗戦後の自民党総裁に推されたが、吉田茂を推挙した、以後、その相談役を務めた。いわば、自民党生みの親である。鳩山一郎も吉田茂、緒方竹虎も古島の教え子であり、現在の自民、民主党の2,3世議員はその孫の孫といってよい。いかに、70年前の日本はつぶれていったのか、古島ひいじいさんの話をきこう。
 
明治~昭和期の新聞人・政党政治家。兵庫県(但馬国)生れ。雑誌「日本人」、新聞「日本」「九州日報」「万朝報」などに関係。正岡子規が新聞社「日本」に入社した当時の編集主任。古島一念と名乗っていた。犬養毅の知遇を得て行動をともにし、第10回総選挙から衆議院議員に6回連続当選。護憲三派内閣の成立、立憲政友会と革新倶楽部の合同を斡旋。第二次大戦後も鳩山一郎自由党総裁の後任に吉田茂を推すなど、政界の黒幕として知られた。1945年8月、敗戦後の自民党総裁に推されたが、吉田茂を推挙した、以後、その相談役を務めた。
 古島一雄の敗戦の弁
 
 
敗戦の理由も今となっては明白となったと思うが、何と言っても大きな理由は文武の不一致と陸海軍の対立が最後まで続いたことだ。
この事は他日、歴史的に記録すべきことと思う。
 
さらに回顧すれば,

満州事変以来、軍閥に便乗したる官僚政治の失敗である。戦争を利用して国内改革を行おうとした二本立の計画が翼賛会となり、総動員法によりて立憲政治の外掘を埋め統制により政冶形態の変化させようとしたが、下剋上の風は帰するところがなく、闇の流行は道義の退廃をきたし法令百出、事務渋滞によって、かえって天下の不信を招き、一方,戦争の不利となると共についに極端なる暴圧政治を以て国民の耳目をおおうに至った。

われらもこれらの点に関しては忠告も進言したこともあったが、効果なく、たまたま具体的に公言すれば直に舌禍を招く。

 
僕が第一次近衛内閣の時、信濃教育会において講演したため憲兵に呼ばれた事があった。当時はまだ、威嚇的、宣伝的なりしが、その後、陸軍の臨時費の乱費によって志士浪人の骨を抜き、憲兵の跋扈によって、言論界(ジャーナリズム)の口を封じたのみならず、個人の会合もゲーペーウー式(ヒトラーナチの暴力政治)の監視によって、手も足も出ぬ様になった。
現に東条内閣の末路にいたっては、吉田茂前英国大使(牧野伸顕伯の女婿、戦後総理大臣)が近衛公と会合したことで遂に憲兵本部に逮捕されたようなことは実に陰険、悪辣を極めたり。
 
敗戦の原因は憲兵政治によりて、事実の真相を一切国民に知らさなかったことにあり、そのことが如何に重大なる誤りであったかを知る必要がある。
 
 戦況が不利となっていることはガダルカナルに至ってよく識者の間に知られ、サイパンを失うに至っては、海軍部内において陸軍に追随する海相を殺すべしと、激昂せる内情もあり次第に前途の失望を感じて、レイテ、硫黄島に至ってはほとんど大敗を予言するものも少なくなかった。
 
一方、カイロ会談の真相が伝えられて、皇室不安の念が起こったことにより、平和運動は地下で各方面に行なわれるようになった。
 
 東条内閣に対する不平不満の声はしばらくして激烈となって、倒閣をもって和平運動の前提となすに至り、東条はこれを目してバドリオ内閣の出現を計るものと重臣に憲兵をつけるようになった。もっとも平和論者中には種々の主張あり、先づロシアを利用すべしとするもの、英国を動かすべしとするもの、直に米国との談判を謀るもの、先づ、第三者の中立国を通してわれ立場を説明せしむべしとする者、あるいは近衛を起用すべしというもの、広田を派すべしと説くもの、さまざまあった。
 
要するにわが皇室の保存さへ出来れば、如何なる犠牲を払うのもやむむを得ずとするもの多数なり。僕も皇室なき日本の存在は無意味なれば、相手の真意の明白なるまでは戦を続けるしかないと激励したり。
 
 鈴木内聞の出現は無論、和平の目的のためだったが、万事、手後れのためついにポツダムの宣言となり、さらにロシアの最後通牒となり、原子爆弾の使用となり、ついに大詔(終戦)を仰ぐ結果となった。われらも満洲事変以来の事情はよく知っていた。しかし、軍閥と一戦する勇気もなく、なにもせず生きてきただけで空しく大詔に泣いた。
 
先輩に対して愧(は)づるのみならず誠に上下に対して自責の念にたえない。81歳の老骨を惜む程の命ではないが、セメテ再生日本の輪郭だけでも見て死にたいと思っている。

無論、太平、平和の世の中を開くのが主の目的なのはもちろんだが、平和々々の末が骨抜民族にならねばよいがと心配する。
 
かってからいっているように、日本国民は世界において最も幸福なる温帯に生活し、自然の大勢力に抵抗する必要もなく、従って支那人(中国人)のようにネバリもなく、また火山国民の特性としてアングロサクソン流の強靭性にも乏しく、さらに従来の教育が精神を主として、科学方面をないがしろにしたため戦争最後の切札が、わが肉弾と彼の原子爆弾によって表われたるが如き、皆もって最も戒めとするにたるであろう。
 
平和を説くにも国の間には根本に大差あるを知らねばならない。彼がデモクラシーを説き特にミリタリズム(軍国主義)の絶滅を叫ぶのはいいとして、(中略)日本再教育のねらいもここのところにある。ただこの度、無条件降伏受諾に当り、彼等が予期した紛争が鶴の一声によってピタリとやんだ実情を見ていまさらながら日本における天皇の偉大なる力に驚き、将来、統治上の利用価値ありと思ったに過ぎない。
 
さればコソ、マッカーサーの比較的、寛容な政策となり本国における新聞の反対を受けるようになった。マッカーサーは今、このジレンマにかかっている。従ってわれわれはこの真相を知って万事処理すべきである。従って再生日本は決して生まヤサシキ事業ではない。米兵が投下するチョコレートにアリがたかるような光景を見ては、目下、喪心状態にある国民が果して真実を基礎とする道義的精神を樹立し得る大元気ありや。コソナ事を思うと死にたくもあり、死にたくもなし。
(昭和二十年九月十六日の手紙より)
 
 (前略.既にラジオにて御承知のことと思いますが、昨日、幣原喜重郎より、入閣の上、援助を強要されたるも、老人の出る幕でなしとの趣旨にて拒絶した。組閣本部の吉田茂も友人の間柄なり。まことに内政には殆んど不案内なる幣原氏に対しては気の毒なりしも、何分目下の政情は急進に対して反動の起るは必然の勢いなり。
 
したがってこの際の起用の人物は頭の人より、むしろ肝(はら)の人を選ぶべきだ。幣原氏の陣容にては法制的な知識の人は揃へ得ても盲判を押し得る人がなくては、大革新をやることはできないとの意味の忠告をして交渉を打切ったものなり。(後略)
(昭和二〇年十月八日の手紙)
 
 <出典 鷲尾義直著『古島一雄』日本経済研究会1949年より>

 - 人物研究 , , , , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

『オンライン現代史講座/2・26事件の原因の1つは東北凶作による女性の身売りが激増』④『売られた娘たち ~東北凶作の中で!』★『東北の農村などでは人身売買の悪徳周旋屋が暗躍した」( 玉の井私娼解放運動に取組んだ南喜一の証言)

       「東北の凶作悲話ー娘の身売二百名」   東北凶作は農民生活をどん底 …

『Z世代のための日本近現代興亡史講座(下)』★『「日露戦争の日本海海戦で英海軍ネルソン提督を上回る完全勝利に導いた天才参謀・秋山真之のインテリジェンス②』★『ジョミニ(フランスの少将)、クラウゼヴィッツ、マハン、山本権兵衛の戦略論』

  ロシア海軍を視察、極秘中の極秘の「一等戦艦の図面」を1分間ほど見せてくれたが …

『昭和珍ジョーク集①」★『「大怪物」「千年に一人」「巨人」、山師、逆賊、狂人、大天才、大予言者と評された大本教の開祖・出口王仁三郎の奇想天外・言動録」

  2010/02/08  日本風狂人伝(28)記事再録 & …

★5台湾「ホンハイ」に買収された「シャープ」の悲劇、創業者は泣いている。<記事再録>(2012/08/30)100周年を迎えたシャープは存亡の危機にたつー 創業者・早川徳次の逆境・逆転・成功人生に帰れ 「ピンチの後はチャンスが来る」

  台湾「ホンハイ」の「シャープ買収」秘話http://www.huf

『Z世代のための昭和100年、戦後80 年の戦争史』★『元寇の役とヨーロッパ史の類似性⑥』●『元寇の役では西国だけでなく東国からも武士たちが加わって、日本全体が一致協力して戦い、初めて国家意識が生れた』

  2017/12/12  日本の「戦略思想不在の …

no image
★「日本の歴史をかえた『同盟』の研究」-「日英同盟はなぜ結ばれたのか」①1902(明治35)年2月12日付『英タイムズ』『大英帝国と日本、重要な協約』(日英同盟の締結)

「日本の歴史をかえた『同盟』の研究」 「日英同盟はなぜ結ばれたのか」① 1902 …

『オンライン憲法講座/憲法第9条(戦争・戦力放棄)の発案者は一体誰か④』★「マッカーサーによって押し付けられたもの」、「GHQだ」「いや,幣原喜重郎首相だ」「昭和天皇によるもの」―と最初の発案者をめぐっても長年論争が続き、決着はいまだついていない』★『憲法問題の核心解説動画【永久保存】 2013.02.12 衆議院予算委員会 石原慎太郎 日本維新の会』(100分動画)

   2006年8月15日/『憲法第9条と昭和天皇』記事再録 …

『日中歴史張本人の 「<日中歴史認識><中国戦狼外交>の研究⑨』★『100年前の中国財政は混乱し債務不履行に』★『1904年(日露戦争後)には月給は馬蹄銀、その後には円銀で、銀貨に代わって紙幣になった』★『毎月の月給が支払われなくなり、ついに2年半後に坂西が帰国するまで払われなかった』★『月給を支那語で「薪(まき・たきぎ)水」といって、現物支給となった』

2015/01/01記事再編集  以下は坂西利八郎が1927年(昭和二 …

no image
日本リーダーパワー史(58) 名将・山本五十六のリーダーシップと人格について井上成美が語る④

日本リーダーパワー史(58) 名将・山本五十六のリーダーパワーと人格について④ …

no image
『明治裏面史』 ★ 『日清、日露戦争に勝利した明治人のリーダーパワー,リスク管理 ,インテリジェンス㊵★『児玉源太郎のリーダーシップ⑬』●『陸海軍共同作戦会議の席上、「陸軍はいらぬロをきくな!」と児玉は大喝!』★『続いて児玉は海軍側参謀たちに丁寧に一礼して、「海軍側の要望は、わしが、しかと心得てござる。御安心をなされい」と確言』

 『明治裏面史』 ★ 『日清、日露戦争に勝利した明治人のリーダーパワー, リスク …