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日中北朝鮮150年戦争史(9)日本最強の陸奥外交力③『 国大といえども 戦いを好む時は必ず滅び、天下安しといえども 戦を忘れる時は必ず危うし(水野広徳)』③

   

 日中北朝鮮150年戦争史(9)

 

 日清戦争の発端ー陸奥宗光の『蹇々録』で読む。

 日本最強の陸奥外交力③ー『 国大といえども

戦いを好む時は必ず滅び、天下安しといえども

戦を忘れる時は必ず危うし(反軍の軍人・水野広徳)

 

日中北朝鮮150年戦争史(8)『陸奥外交について『強引、恫喝』『帝国主義的外交、植民地外交』として一部の歴史家からの批判があるが、現在の一国平和主義、『話し合い・仲よし外交』中心から判断すると歴史を誤る。

http://www.maesaka-toshiyuki.com/person/18149.html

明治27年五月二十日には、はやくも参謀本部員陸軍砲兵少佐・伊地知幸介を釜山に派遣し、そこにいた朝鮮駐在日本公使館附武官砲兵大尉・渡辺錠太郎(教育総監だったとき、2・26事件でテロにあい殺される)および釜山駐在総領事室田義文と朝鮮の状況について協議させた。

伊地知はソウルにいた日本の代理公使・杉村濬 (ふかし)とも通信を往復、東学党の乱の状況をつかんで五月三十日東京に帰ってきた。(参謀本部前『明治廿七八年日清戦史』-以下『日清戦史』と略称-第一巻、94ページ)(中塚本110P)。

五月二十二日杉村代理公使も、万一の場合に備えて、日本政府も出兵の準備が必要であることを上申してきた。二十九日、外務大臣陸奥宗光も「朝鮮政府ヨリ清図二向ツテ援兵ヲ請求シタリトノ風説アリ、事実ヲタシカメテ報告セヨ」(杉村濬『明治廿七八年在韓苦心録』)との電信を杉村にうった。

川上操六参謀次長も、五月下旬、寺内正毅大佐(その後の総理大臣)および工兵少佐山根武亮、海軍大尉松本和、工兵大尉井上仁郎、騎兵大尉西田治六らに命じて、ひそかに出兵の準備をはじめさせ、

六月一日には、はやくも寺内大佐は川上操六の内命により、日本郵船会社にたいし、「陸軍大演習」のためと称して、所有船舶の所在地および搭載能力を参謀本部に提出することを命じた(徳富猪一郎『陸軍大将川上操六』135-137ページ)(中塚本111P)。

参謀総長有栖川宮熾仁親王も、五月三十日、帰京した伊地知少佐の復命をきいて、わが兵も出兵の必要を伊藤総理と謀議した。

当時、帰国中の朝鮮駐在日本公使大島圭介も、五月三十一日夜、前日の陸奥外相の書翰にこたえて、つぎのような手紙〔当面の対朝鮮・清国策を提言した内容も含む。〕で出兵準備をいそがしている。

①    其実情ヲ子細二探偵(情報収集、スパイ)セシメ、刻々、電報セシムル事実二必要ナリ。或ハ特別二探偵人(参謀本部の情報部員)ヲ該地方二派出シ実情ヲ探索、急報セシムル事決シテ僻(おこた)ルベカラズ

②    若シ東学党勝二乗ジ入京スル事モアラムニハ、我国之二対スルノ計略上二於テハ頗(すこぶる)ル喜ブベキ機ニテ(チャンスで)、決シテ憂フべキ事二非ザルナリ(決して心配することではない)、之二処スルノ策当ヲ得レバ、東洋政界ノ一新天地ヲ開キ、(日清朝鮮政治の新天地を開く)面白キ一大演劇ヲ生ズべシ<面白い一大ドラマ(戦争)が生まれる>

③    東学党鎮定後、此機に二乗ジ、朝鮮政府ヲ革新スルノ機、必失スべカヲズ(朝鮮政府を革新する機会を失ってはならない)。此政策、素ヨリ清国政府ト計画シテ相与ニスルモノナレドモ、其緩急、寛猛極メテ大切ニシテ、(緩急自在、寛大、厳しさを使い分けて)大英断二由ラザルべカラズ(大英断によらねばならない)。是レ実二秘中ノ秘ナレバ今此二明書スべカヲズ他日面会ヲ請フべシ(以上中塚本112-113P)

以上の点から『朝鮮政府の靖国への出兵依頼のあるなしにかかわらず、すでに五月下旬には、日本では政府の首脳者、外交官、軍部は、それぞれに日本の出兵をめざして、いっせいに動きだしていた。

このようにいっせいに出兵に向かつての動きがあらわれたことは、専制天皇制の基本的政略が、すでに以前から乗ずべき機会に即座に対応し、あやまたずに対清戦争の機会をとらえることにむけられていた証拠である』と結論している。

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1894年の日清戦争当時の世界は良くも悪くも『弱肉強食』の帝国主義、植民地主義の全盛期である。

西欧列強はもちろん、清国の軍部も日本の軍部も参謀本部を有し、仮想敵国を決めて、情報収集とスパイ活動、謀略を実施していた。日本陸軍はドイツを手本にし、海軍は英国に頼り、川上操六はドイツを統一したモルトケ参謀総長に弟子入りして、参謀本部を作り、自国防衛と軍備の充実を図ったのである。

参謀本部の仕事は『国家安全保障戦略』の策定、『仮想敵国』の認定とその情報収集、戦争シュミレーションの設定、勝つためのの方策の研究などであり、川上参謀本部次長の事前の情報収集、敵前偵察の指示は当然の措置であった。

日本リーダーパワー史(547)<日本スーパーマン>明治の奇跡「坂の上の雲」忘れられた主人公・川上操六伝(陸軍参謀総長、インテリジェンスの父)①

http://www.maesaka-toshiyuki.com/person/4749.html

日本リーダーパワー史(548)<日本のスーパーマン>川上操六伝(陸軍参謀総長、インテリジェンスの父)②

http://www.maesaka-toshiyuki.com/person/4865.html

 

もともと、岩倉使節団が条約改正を協議するために世界各国を回ったが、次のビスマルクからの忠告に大ショックを受けた。日本側は国際法(万国法)を忠実に守ることこそ、すべてと思っていたからだ。

「小国が自主権を守ろうとすれば、軍事面、経済面でその実力を培わなければならない。そして、強国の論理に対抗し、自国の経済、軍事力を増強し、対等に強国(イギリス、フランス、ロシア)と渡り合えるように臥薪嘗胆、自力つけること数十年、近年になってやっとわが国(プロイセン)はその望みを達成することができたのである。」

日本リーダーパワー史(608)日本国難史にみる『戦略思考の欠落』④『明治維新後、世界に初船出した日本丸はどこを目ざすべきか』―明治のトップリーダーの『インテリジェンス』長期国家戦略「富国強兵」政策はビスマルクの忠告から決まった。http://www.maesaka-toshiyuki.com/history/12074.html

 

日本リーダーパワー史(595)『安倍・歴史外交への教訓(3)ビスマルク直伝のメルケル『鉄血外交』を学ぶ–「1871年(明治4年)岩倉使節団へのドイツ・ビスマルクの忠告、大久保利通、伊藤博文はビスマルクに心酔し、明治国家を建設した。

http://www.maesaka-toshiyuki.com/person/11457.html

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このビスマルクの一言により、明治政府は徴兵制の実施と軍備の増強に踏み出し、対清国、ロシアを第一敵国として、川上操六がモルトケ参謀総長に弟子入りしてドイツ流の参謀本部を作り、日清、日露戦争の勝利の方程式を組み立てていったのである。

日清戦争になるまでの日本陸軍、外務省の対清国、朝鮮の外交対応は、これは外国メディアの報道でも評価されているように、自制的であり、慎重、控えめであったことだけは確かである。

つづく

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