(再録)ー世界が尊敬した日本人(33) ☆「世界の良心」とたたえられた 国際司法裁判所所長・安達峰一郎
2016/01/07
(再録)ー世界が尊敬した日本人(33) 2008年
☆「世界の良心」とたたえられた 国際司法裁判所所長・安達峰一郎
前坂 俊之 (静岡県立大学国際関係学部教授)
世界の平和の殿堂・国際司法裁判所 ・国際司法裁判所はオランダのハーグにある。 死傷者1千万人以上を出した第 1 次世界大戦の悲劇から国際連盟や不戦条約(パリ条約)ができ、国家間の紛争を国際法によって裁くこの常設国際法廷が設けられた。
2006 年 6 月 12 日、この平和宮の「法衣の間」で 1 人の日本人肖像画の除幕式が行われた。 100 年余の同裁判所の歴史の中で唯一の日本人所長である安 達峰一郎の肖像画である。
安達峰一郎は一八六九年(明治二年)、山形県東村山郡山辺町)、山形県東村山郡山辺町で小学校長の長男として生まれた。
少年時代に山形県令に三島通庸がなり、中央直結の土木事業を強引に進めて逮捕者が相次いだ。その反動もあり、激しい自由民権運動が起こったが、こうした体験から安達は法律、なかでも万国法(国際法)を学ぶ志を立てた。
東京帝国大学法科では国際法を学び、明治25年に卒業後は外交官となり、イタリア、フ ランス、メキシコ、ベルギーにわたって世界を舞台に活躍した。
安達はフランス語、イタリア語、 英語に堪能で, 外務省きっての語学の達人であった。 東大卒業後、一時、和仏法律学校 、和仏法律学校(現、法政大)で「日本の近代法の父」のボアソナード (パリ大学教授)の講義を横にいて、彼のフランス語の話をただちに日本語に訳して学生に伝えたというエピソードが残っている。
外交官となった安達は外交交渉には不可欠な人材として成長していった。
明治三十八年の日露戦争・ポーツマス講和会議には小村寿太郎 には小村寿太郎日本全権の随員として 出席。ロシアのウイッテ全権がロシア語ではなく、フランス語でまくしたてるのを、安達が日本 語に直して、小村全権に伝え、今度は英語で主張するというバイリンガル以上の外交戦が火花を散らした。
外交交渉では国際法の知識と、専門用語を正確に翻訳できる通訳が勝負の決め手になる。同会議は小村全権とその懐刀となった安達、金子堅太郎や外務省、政治家、軍人らトップの一丸となった勝利だが、安達の奮闘も決して小さくなかった。
これ以降、安達の語学力は国際交渉にはなくてならない存在となり、明治 40 年、ハーグでの 平和会議委員会の日本代表となった。大正 8年(1919) のベルサイユ講和会議によって国際連盟が結成され、国際司法裁判所が誕生するきっかけとなった。
国際連盟では日本は常任理事国として活躍、同事務次長には新渡戸稲造がなり、安達は裁判所規程起草の委員となり、10 年には連盟での国際紛争調停手続研究会委員会 の議長を務めるなど国際法の第一人者となった。
安達の能力が高く評価されたのは次の事件であった。 大正13年(1924)年の国際連盟総会では国際紛争平和処理の「ジュネーブ議定書」が審議されたが、英仏が日本、アジアの立場を無視した内容提出したのに対して、安達は「国際社会の良心にのっとり世界の国々は平等でなければならない」 と、敢然と主張して一歩も譲らず、両国の譲歩を獲ち取った。
安達の見事なフランス語の演説を聞いた新渡戸は「安達の舌は国宝だ」と絶賛した、という。 また、昭和 4年(1929)年のハーグでのドイツへの賠償会議の席上、イギリス、フランスが対立 して会議が空転した際に、安達が仲介役となり両国の代表を茶席に招いて説得して、仲直りさせたというエピソードが残っている。
安達の存在は際立っており、昭和 5 年 9 月の同判事の選挙では53ヵ国中の 49 ヵ国から 支持されて当選、翌6年 1 月には同裁判所所長に選任された。 安達は 62 歳。 国連常任理事国という日本の国力と、安達のコミュニケーション能力と国際法への抜群の知識、その篤実の人柄とあいまって、国際司法裁判所のトップに上りつめ、「世界の良心」とたたえられた。
しかし、ここから安達の運命は暗転する。
わずか半年後に、1931(昭和6)年9月、満州事変が勃発、国際連盟は日本非難の嵐となった。昭和8年2月には満州国の承認をめぐっ日本は国連からついに脱退。板ばさみとなった安達は昭和9年夏に病にたおれて 12 月 28 日に亡くなった。
この晩年について書き残されたものは少なく、その心中を察することはできないが唯一、講演録の中で「日本は戦争を国の必要なる仕事として侵略的な考えをもって国策を樹てるものではない。それは全く不利になり不正なる。 日本国にとって国際連盟は最も必要であり、最も有利なる機関である」(伝記「世界の良心・安達峰一郎博士 安達峰一郎博士」に収録)と述べている。
日本軍部の暴走と国連の対立、板挟みとなり本人との思想行動の矛盾に懊悩した結果が病気となり、急死したのではないか。 オランダは安達の死を悼んで国葬の礼をもって安達の永年の国際平和への功績を最大限に讃えた。
「日本が生んだ最高の国際的知識人の 1 人で、外国から国葬をもっておくられた日本人は他に例がありません」
と同財団・佐藤常務は語る。
関連記事
-
-
日本リーダーパワー史(662) 戦後の大宰相『吉田茂の思い出』を田中角栄が語る。吉田の再軍備拒否のリーダーシップ 「憲法九条があるかぎり軍隊は持たない」 「メシを食うことにも大変な日本が軍隊を持てるわけがない」(動画あり)
日本リーダーパワー史(662) <来年は明治維新から150年。吉田茂没後5 …
-
-
日本リーダーパワー史(644) 日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(37) <戦争で最も重要なことは「インテリジェンス」第2は『ロジスティックス』である>(モルトケ戦略) ▶ 川上参謀次長は日清戦争2ヵ月前に「日本郵船」(近藤廉平)に極秘裏に用船を手配し、大兵をスピーディーに送り込んだ。
日本リーダーパワー史(644) 日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(37) …
-
-
『リーダーシップの日本近現代興亡史』(223)/★「世界天才老人NO1・<エジソン(84)の秘密>とはー発明発見・健康長寿・研究実験、仕事成功10ヵ条」★『 生涯の発明特許数1000以上。死の前日まで勉強、研究、努力 を続けた生涯現役研究者ナンバー1』
2014/07/16 百歳学入門(93) &n …
-
-
『スゲーぜよ!」今季最高の稲村ジョーズ❣の出現だ。稲村ケ崎サーフィン名場面集/決闘編⓵ (2022/4/16/am700)、台風1号の小笠原を直撃の余波のジョーズ。ビッグジョーズが楽しみだ。
『鎌倉サーフィンチャンネル11年」(前阪俊之チャンネル) &nbs …
-
-
<歴史張本人・坂西利八郎の日中歴史認識>講義⑦」「ソ連は簡単に『モンゴル』を手に入れ中国へも手を伸ばした」
日中両国民必読の歴史の張本人が語る 「目からウロコの< …
-
-
「鎌倉ウィングサーフィンチャンネル(2023年3月9日午後5時半)-夕陽に向かって海面をトビウオとなって飛翔するウィングサーフィンは超楽しいね
ウインドサーフィンの次世代・ウィングサーフィンが鎌倉材木座、由比ガ浜でも最新流行 …
-
-
『F国際ビジネスマンのワールド・ ニュース・ウオッチ(182)』「なぜ日本は難民をほとんど受け入れないのか」(BBC動画)●『EU離脱まったなし。米シンクタンク調査にみる英国民投票の「理想と現実」●『2050年予測~米中覇権争いの「次」を見据えるバフェット、ソロス、ロジャーズ」』
『F国際ビジネスマンのワールド・ ニュース・ウオッチ(182)』 …
-
-
日本リーダーパワー史(205)★『トッドの提言―日本の国家戦略はアメリカの庇護下、核武装、中国従属の3つー』
日本リーダーパワー史(205) 『エマニュエル・トッドの提言―20 …
-
-
裁判員研修ノート⑤ 八海事件の真相は?!=真犯人は出所後にウソを告白した(上)
裁判員研修ノート⑤ 八海事件の真相は=真犯人は出所後にウソを告白した(上) …
-
-
『70-80代で世界一に挑戦、成功する方法③』★『長寿は芸術であり、創造者は長寿となる』★『 長寿の秘密「長寿遺伝子」のスイッチをオンにせよ』★『日野原先生流は「腹7分の1日1300キロカロリー」の食事減量』★『三浦敬三・雄一郎親子の運動、スクワット、筋トレの実践』
2018/04/18 『百歳学入門』(225)記事再編集 『長寿は …
