池田龍夫のマスコミ時評(50)『〝右旋回〟の時代状況を反映する2法案』―「自民・改憲案」と「秘密保全法案」
池田龍夫のマスコミ時評(50)
●『〝右旋回〟の時代状況を反映する2法案』
―「自民・改憲案」と「秘密保全法案」―
池田龍夫(ジャーナリスト、毎日新聞OB)
福島原発事故から1年、事故調査委員会などの検証作業が精力的に進められているものの、事故収束の道はいぜん険しい。野田佳彦政権が、点検・停止中の原発再稼動の是非、エネルギー政策見直しなどについて明確な方針を示さないため、国民の不安が募っている。放射能汚染にからむ風評被害も解消されず、国民全体がイラだっている現状を、1日も早く解消しなければならない。
1月号の本欄で「大阪維新の会」代表の橋下徹氏が大阪市長に就任(昨年12月)したことについて、「時代の閉塞感がもたらした現象」と分析、危険な問題点を指摘したが、その後の橋本市政は指示・指令を矢継ぎ早に打ち出し、国政進出への世論づくりを画策している。この〝橋下旋風〟は、「3・11」後の政治混乱に乗じたといえるが、危機打開を旗印にした改革案がまた浮上してきた。これも〝時代の閉塞感〟を反映した現象であり、「自民憲法改正原案」「秘密保全法案」の2テーマに絞って、問題点を考察したい。
「天皇を『日本国の元首』」と位置づけ
自民党の憲法改正推進本部は2月28日、党の憲法改正原案を明らかにした。「国民主権・三権分立」を明記しているものの、前文に「わが国は、日本国民統合の象徴である天皇をいただく国家」と明記し、〔第1章 天皇〕第1条で「天皇は日本国の元首であり、日本国および日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」と規定。現行憲法にはない国旗・国歌について「国旗および国歌は、日本国の表象として法律で定める。(2)日本国民は、国旗および国家を尊重しなければならない」と第3条に明記している。
〔第2章 安全保障〕第9条では、「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇および武力の行使は、国際紛争を解決する手段として用いない。(2)前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」と規定。次いで9条の2で「わが国の平和と独立ならびに国および国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする自衛軍を保持する」と謳っている。
会合には安倍晋三元首相や石破茂前政調会長らが出席した。「天皇は国の元首」とした1条改正案に賛同する意見の一方、「天皇は世俗の存在なのか」「元首と書けば他国の元首と同格になってしまう」などの異論も続出。
9条については「集団的自衛権の行使を明記しなければ意味がない」との声が上がり、「原案通りでも解釈で行使できる」とする意見と対立したという。「自衛軍ではなく、国防軍や防衛軍とすべきだ」「国旗は日の丸、国歌は君が代と明示すべきだ」など、さまざまな声が出て、意見集約は持ち越された。
推進本部は今後、週1~2回のペースで会合を重ね、日本が独立を回復したサンフランシスコ講和条約発効60周年となる4月28日までに成案を決定し、国会提出を目指す方針だが、難航が予想される。
原発事故の収束が喫緊の課題となっている今、自民党が改憲案の国会提出を急ぐ背景は一体何だろうか……。混乱政局に乗じて憲法論議を持ち出し、〝改憲〟の道筋をつけよう
との意図を感じるのである。
そもそも、現行憲法は、敗戦後の日本国民が選択した基本法であって、一政党が政治的な思惑で提起するような軽いテーマではない。自民党は7年前にまとめた「改憲草案」を土台にしたというが、天皇を「元首」に位置づけ、自衛隊を「自衛軍」とするなど、戦前回帰のような「憲法観」には驚かされた。
さらに「国旗・国歌」の尊重規定や、外国人に参政権を認めない国籍条項を追加するなど、党内保守派の意向を忖度した内容。特に、衆参両院の3分の2以上の賛成が必要な改正発議要件を過半数に緩和したことは重大で、憲法改正への自民党の執念がにじむ原案だ。
知る権利の侵害が心配な「秘密保全法」
一方、民主党政権が国会提出を急いでいる「秘密保全法案」に対して、日弁連など有識者やマスコミ諸団体から批判の声が上がっている。
有識者会議が昨年8月まとめた報告書によると、秘密保全法案は、防衛・外交・治安に関し、重要だとして国が指定した「特別秘密」を漏らした公務員や閣僚らに最高5年か10年の懲役を科す内容。そもそも、2010年に起きた尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件のビデオ映像流出や、警視庁などの国際テロ情報が漏洩した事件が背景にあって、この法案策定の動きが急ピッチで進められてきた。
すでに明らかになっている「報告書」を読むだけでも、運用次第では国民の重要な「知る権利」を侵害しかねない危険性をはらむ法案だ。
毎日新聞3月4日付朝刊が特報した記事によると、報告書議事録がまたまた作成されていないことが判明した。先に、原子力安全・保安院や東電関係者の原発関連議事録を策定しなかったことに続く不祥事で、官僚システムの〝無責任構造〟には呆れ果てる。
法令制定過程などが事後に検証できるよう文書作成を義務づけた公文書管理法(11年4月施行)に違反しており、しかも「秘密保全法案」の審議が隠蔽されるとは、とんでもない事である。半年間で6回も審議したのに、A4判2枚程度の要旨だけでは、検証の役に立たないではないか。
処罰範囲が曖昧で、拡大解釈の恐れ
日本弁護士連合会は会長声明を発表、「当該秘密保全法制では、規制の鍵となる『特別秘密』の概念が曖昧かつ広範であり、本来国民が知るべき情報が国民の目から隠されてしまう懸念が極めて大きい。また、罰則規定に、このような曖昧な概念が用いられることは、処罰範囲を不明確かつ広範にするものであり、罪刑法定主義等の刑事法上の基本原理と矛盾抵触する恐れがある。
禁止行為として、漏洩行為の独立教唆、扇動行為、共謀行為や、『特定取得行為』と称する秘密探知行為についても独立教唆、扇動行為、共謀行為を処罰しようとしており、単純な取材行為すら処罰対象となりかねず、そこでの禁止行為は曖昧かつ広範であり、この点からも罪刑法定主義等の刑事法上の基本原理と矛盾するものである。
現実の場面を考えても、取材及び報道に対する萎縮効果が極めて大きく、国の行政機関、独立行政法人、地方公共団体、一定の場合の民間事業者・大学に対して取材しようとするジャーナリストの取材の自由・報道の自由が侵害されることとなる」などの問題点を鋭く指摘している。
外交防衛分野の情報管理問題を論議している民主党「インテリジェンス・NSCワーキングチーム(WT)」は、「秘密保全法案」に絡んで、国会に「秘密委員会」(仮称)を議員立法で設置し、特別秘密の内容・範囲が適当かチェックさせる制度の検討を始めた。
このWT案には「国会の監視機能を担保するため、国会議員の保秘に関する法的措置が必要」と明記されており、委員会所属の議員が秘密を漏らした場合の罰則も視野に入れているという。
この毎日新聞2月29日付朝刊が報じた問題について、右崎正博・独協大法科大学院教授(憲法)は「委員会に所属した議員は、守秘義務が生涯課せられる可能性があり、憲法が保障する自由な言論を縛られる。
国民への情報が減り『知る権利』も制約される。米国議会の同種の委員会は、大統領の強い権限を監視する役割があり、議院内閣制で憲法に平和主義を持つ日本と事情が異なる。秘密を守る法が必要なら、国会は秘密の範囲を縛るルールを法で定め、厳格に運用されるよう国政調査権を行使し、日々監視する役割に徹すべきだ」と警告を発している。オープンな議論抜きで、〝言論監視〟的法案が密かに練られていること自体、由々しき問題ではないか。
以上、急浮上してきた二つの「法案」の問題点を指摘したが、「自民改憲原案」は保守色濃厚で、「治安維持法」によって言論を弾圧した昭和10年代の〝悪夢〟を想起する。現在の民主党と自民党の姿が、戦前の政友会・民政党の体質に酷似してきたように思えてならないからだ。議会政治が機能せず、国民は〝閉塞状況〟に喘いでいるのである。橋下大阪市長が「維新8策」を掲げて〝世直し〟のヒーローに躍り出ようと画策しているのは、この時代状況を鋭敏に察知したからだが、〝ポピュリズム〟の危険性が見え隠れする。
法案提出者はいずれも、「社会秩序擁護のため」と説明しているが、〝言論統制〟の意図は明々白々だ。「情報公開・知る権利は、国民主権国家の支柱」との決意を再確認し、〝悪法〟成立を許してはならない。
(いけだ・たつお)1930年生まれ、毎日新聞社整理本部長、中部本社編集局長などを
歴任。著書に『新聞の虚報と誤報』『崖っぷちの新聞』、共著に『沖縄と日米安保』。
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