前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

『オンライン講座/百歳学入門』★『日本一の大百科事典を創るため土地、家屋、全財産をはたいて破産した明治の大学者(東大教授)物集高見(82歳) と長男・物集高量(元朝日記者、106歳)は生活保護の極貧暮らしで106歳まで長生きした長寿逆転人生とは①』

   

★高見は「学者貧乏、子孫に学者は出さぬ」と遺言し、高量はハチャメチャ流転物語」

    2021/08/18

前坂俊之(ジャーナリスト)

物集高見・高量共著による文献百科事典『群書索引』『広文庫』(索引の原文を収録)(全23巻、合計26,000頁)という古典的な大著がある。約120年も前に独力で膨大な古文書を収集、分類、索引をつくったこの『群書索引』「広文庫」は、今でも、たいていの図書館にはそろっているので、すぐ見ることが出来る。手に取ると、中世、近世の日本史を知る上での基礎的な大辞典であることがわかる。

内容は、古典や日本史、その周辺分野の研究に必要な文献を集大成したもので、その内容は、天文地理、山川草木、鳥獣虫魚、神仏、人物、衣食住、冠婚葬祭、遊戯宴会、武技戦闘、家屋庭園、疾病医薬など森羅万象にわたり、古事類苑にない文献も収めており、五万余の項目が五十音順に検策できるため大変便利な日本史大辞典である。

いわば、50音順に本が検索できる図書館でり、その該当の原文までが記載されて辞書であり、現在でいえばアナログ、紙ベースでのインターネット上の検索サイト「Wikipedia」以上のものだ。

物集家は代々学者で、祖父の物集高世氏は明治初期の国学者、特に神道および歌学で有名。父の物集高見博士も国学、蘭学、漢学を修め、明治天皇に講書したこともある大学者で、『日本文明史略』、『ことばの林』、『日本大辞林』等著書多く、言文一致の先駆者として知られている。しかし、最も有名だったのは、長男の高量を協力させて編纂した『群書索引』(全三巻)と『廣文庫』(全二十巻)。これは国文学や日本史の研究者、歴史小説を書く人などにとっては貴重な道しるべであり。宝の山である。

毎日新聞学芸部の堀利貞記者の対談集「現代の巨匠―歴史を生きぬく群像(下)」(インタープレス1977年刊)の322―324Pに98歳の時の高見長男の高量との対談が掲載されている。

高見博士がこの大辞典に取りかかった当初のいきさつを聞いたが、声の大きいのと頭のしっかりしているのには堀記者は驚いた。

「それが面白いんですよ。親父が編纂を思い立ったのは1886年(明治19)ですから、今からちょうど九十年前。そのころ東大教授でしたが、三四郎の池のほとりにある山上御殿で毎週金曜日、教授連がそろって昼飯に洋食を食べることになっていた。鹿鳴館時代ですからね。ある金曜日、親父の隣に座っていた穂積陳重博士(後に学士院長や枢密院議長になった)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%82%E7%A9%8D%E9%99%B3%E9%87%8D

が〝物集君、私は『隠居論』を書きたいと思っている。隠居制度は日本独特に発達したもので西洋にはない。これがどうしてできたのか大学の図書室で「年半調べたが、も出て来ない。知っていることがあったら教えてくれないか″と話しかけて来た。

それで親父は翌週の金曜日に、何の本の何ページに隠居について書いてあるというのを20何種か一覧表にして渡した。親父は本を読んでも読み捨てにしないで、重要な所に赤い紙をはってその所在を記録し、整理カードにしていたんです。その一覧表を見て感心した穂積さんは「〝これは君にして初めてできることだ。

その文献カードを整理増補して出版してくれないか。学者ほどれだけ助かるかわからん。学界に鉄道を敷設するのに等しい偉業だ″」と熱意をこめてささやいた。

この1言が親父の心を大きく動かした。そして夢中に放って『群書索引』 『廣文庫』を作る仕事に聴りかかったのです。

だけど、家にある本だけでは足りないので、東京をはじめ、名古屋、京都、大阪と本を買い集めて歩いた。そのうち大学教授も辞めてこの仕事に専念したのですが、金がないから土地、建物を担保に入れて金を借り、本ができないうちにとうとう倒産しちゃった。だから私はこの1言を〝悪魔のささやき″というんですよ」

  • 物集高見の遺言「子孫に学者は出さぬ」

穂積陳重の『隠居論』は名著として今も大きな図書館には必ず置いてあるが、ひどい目にあったのは物集家で、1200坪(3960平方メートル)の敷地に立派な部屋が17もあり〝団子坂御殿〟と呼ばれていた駒込林町の豪邸は担保に坂られ、1915年(大正4)11月6日の早朝、執達史の手で書画、骨董をはじめ、その高見博士が座っていたジュウタンから畳まではぎ取られ、目の前で競売にかけられたのである。

「ところが、親父がカッとなってひっくり返ったんで執達吏もびっくりしてその日は引き揚げた。それが夕刊に出たんですよ。しかも人事不省になっていた親父が正気に返った時「ああオレは誤った。われ学者なるが故に、この辱めを受けた。わが家には子々孫々学者は出きぬ」

という名文句をはいたんですよ。それがまた新聞の論説に〝なんぞ、その言の悲壮なるや″と大きく取り上げられた。

それで天下の同情が一挙に私ら父子に集まり、翌日さっそく中村精七郎という人が訪ねて来て、後日、借金を肩代わりしたうえに本を出版してくれることになったのです」

しかし、編纂の苦労は大変で高見博士が収集、閲読した書物は十万巻を超え、そのためついに失明状態となった。そこで最後の五年間は長男の高量さんが執筆、編纂を手伝い、三十年かかって大正五年ようやく二つの大著を完成したのである。

物集高見は1928年(昭和3)、82歳で貧窮のうちに死去した。

つづく

 - 人物研究, 健康長寿, 現代史研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
速報(439)『日本のメルトダウン』●『データでみるアベノミクス効果』◎『中国の資金逼迫:リーマンショックとは違うが』

   速報(439)『日本のメルトダウン』 &nb …

no image
福沢諭吉が語る「サムライの真実」(旧藩事情)③徳川時代の中津藩の武士階級(1500人)は格差・貧困社会にあえいでいた。

   NHK歴史大河ドラマを見ると歴史の真実はわからないー …

『オンライン/日本恋愛史講座』★『今年は日米戦争から80年目』★『1941年12月、真珠湾攻撃を指揮した山本五十六連合艦隊司令長官が1日千秋の思い出まっていた手紙は愛人・河合千代子からのラブレターであった』

日本リーダーパワー史(60) 真珠湾攻撃と山本五十六の『提督の恋』   …

no image
知的巨人たちの百歳学(123)「生保の父」第一生命創業者・矢野恒太(84歳)「年を忘れることは年をとらない一番の法である」

知的巨人たちの百歳学(123) 「生保の父」第一生命創業者・矢野恒太(84歳) …

no image
終戦70年・日本敗戦史(80)戦後70年―決して忘れてはならないマッカーサー、蒋介石の寛大な処置③

  終戦70年・日本敗戦史(80) 戦後70年―決して忘れてはならない敵国の寛大 …

no image
 世界、日本メルトダウン(1022)ー「トランプ大統領40日の暴走/暴言運転で『2017年、世界は大波乱となるのか」②『日米会談(1/28)は成功か?、これからが本番、交渉難航が待っている』●『日米首脳会談で安倍首相は「罠」にハマったー「マッドマン・セオリー」に騙される日本』★『トランプ米政権、主権侵害するWTO決定従わず=USTR報告書』

 世界、日本メルトダウン(1022)ー「トランプ大統領40日 の暴走/暴言運転で …

no image
リクエスト再録『百歳学入門(207)』-<昭和の傑僧・山本玄峰老師(95歳)の一喝!>★『一日不働 一日不食。(1日働かなければ、1日食わず、食わんでも死なん』★『 力をもって立つものは、力によって亡ぶ。金で立つものは、金に窮して滅び、ただ、徳あるものは永遠に生きる。』★『 法に深切、人に親切、自身には辛節であれ』

百歳学入門(40)―『百歳長寿名言』 <昭和の傑僧、老師・山本玄峰(95歳)の一 …

no image
日本リーダーパワー史(408) 『東京五輪決定。安倍首相のリーダーシップの勝利⑤ 『今後の短期国家戦略プログラムを実現』

 日本リーダーパワー史(408) 『東京五輪決定。安倍首相のリーダーシ …

『Z世代のための最強の日本リーダーシップ研究講座㉙」★『明治開国以来、わずか40年で日清、日露戦争で勝利したのは西郷従道の人事抜擢した山本権兵衛だった』

   2009年8月15日「西郷従道」のリーダーパワーの記事 …

日本メルトダウン脱出法(618)「仏紙襲撃、地元出身のジハード主義者の「報復」[グーグルがERPに参入する衝撃-

  日本メルトダウン脱出法(618)   ●「仏紙襲撃、地元 …