『『ウクライナ戦争に見る ロシアの恫喝・陰謀外交、日露戦争の研究⑨』』「1903(明治36)年1月3日 付『英タイムズ』『満州とロシア鉄道』(下)『ロシアが軍事占領した満州の都市建設の全容』★『義和団の乱の報復のため阿什河は満州で最大の被害を被った町だ。』●『満州人は誇り高く,経済観念が乏しく,アへン中毒者が多く反キリスト教で.貧乏だ。』
『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』④―
これが全鉄道の最大の鉄橋だ。すべての大橋と同様,これもレントフスキー技師が建設した。この橋は105フィートの径間11,および245フイートの径間8から成り,全長は31157イートになり満州の荒野にこれだけのものを建設したのは注目すべき業績だった。
鉄道の技師長ユゴヴィッチ氏の本拠は旧ハルビンにあり、軍司令部と露清銀行の近くだ。氏は鉄道建設によってロシア皇帝のために3省を征服したのだから,大きな考えを持った真の帝国建設者だ。
旧ハルビンが新ハルビンと川から隔たっていることについて旅行者が「あなたの町は随分隔たっていますね。旧ハルビンを川を越えて新ハルビンへ移すそうですが」と言うと,氏は「いずれ1っになるでしょう」と答えただけだった。
氏はハルビンの未来を信じており、その元気には感心させられる。「金のことは心配せずに突き進め」と号令しているようだ。
工事に必要なものは,どんなに急いでもまにあわない。ハルビンには1シーズンに直径30インチの丸太が10万本も陸揚げされるが,それでも足りない。
れんが工は3500人が1団になって仕事をしているが,まだ足りない。大工も数千人を必要としている。苦力の大軍を雇い入れ中国から6万8000人を連れてきて鉄道沿いに配置した。
氏は満州の土地にルーブルをまいたのだ。
いくら需要が盛んでも、供給が常に追いっかず,旅順から1500マイルの鉄道沿いに工事が同時進行し町々が手品のように出現しているのを見れば氏のあくなき要求も納得せざるを得ない。
鉄道の東の部分はハルビンから国境のポグラニチナヤに延びる。この部分での最初の大きな町は阿什河でハルビンから20マイルだ。これは寛城子以北の最も重要な商業の中心で、これが位置する肥沃な黒ロームの平原はアへン、トウモロコシ,小麦の比類なき収穫高を誇る。
義和団の乱の報復のため阿什河は満州で最大の被害を被った町だ。
ハルビンはハバロフスクから汽船で駆けつけた部隊が救った。部隊は次いで阿什河に進撃したが,抵抗はなく,ロシア側の損害もなく人々は逃げて無事だた。
だが副都統(軍事副総督代理)がロシア人の捕虜1人を捕らえて,なんの罪も
ないのに東の城門で切り刻ませ,バラバラにした死体を壁からつるさせた。西のハルビンから来て市を包囲したロシア軍はこの残虐行為を発見し足を止めた。将校が1人,馬で乗りつけ厳しい口調で何事かを命令し・それまで抑えていた殺人本能を野放しにした。
兵隊は逃げ惑う群衆を川に追い詰め、男女子供を問わず容赦なく殺害し大勢を川に追い込んで死なせた。次に市を略奪した。秩序回復は手間どった。今はロシア人100人でもこの市を制圧できよう。
阿什河には満州人が大勢いる。彼らの中心街は南門にあり、そこに8っの役所があって,穀物を配給したり,旗人の名簿を保管し、旗人をつかさどっていた。ところがロシア軍に随行してきた中国人通訳がロシア側に、ここが義和団活動と同調者の本拠だと説得したため、ロシア人は満州人のすべての家屋を接収し8つの役所は病院として確保し今も使用中だ。
ここの満州人は誇り高く,経済観念が乏しく,アへン中毒者が多く反キリスト教で.貧乏だ。
元々は兵隊で,吉林のタタール人将軍の提案で甘粛省からこの地に送られてきた。土地を与えられすべての税金を免除された代りに,召集された場合は兵役に就く義務があった。ペトナから阿什河まで全土に駐在して,省を外敵の侵入から守る役目を担っていたが,その任務を果たすことにものの見事に失敗した。
阿什河から列車は松花江平野を後にし,山岳地帯に入る。見事な森林が山脈を覆っているが破壊が容赦なく進み,森は鉄道から急速に後退している。早急に保存をはからなければ,森がなくなってしまい,この地もシベリアやサハリンと同じ運命をたどり数年でモンゴルと同様の木のないステップになってしまう。
そうなれば気候が激変しよう。満州では5年前には阿什河ほど薪炭が安いところはなかったが,今は吉林から中国人の荷車で運んできた石炭を買った方が安い。
列車は工事のキャンプや伐採場を過ぎて山を登っていくが、あたりの森林の景観はアジアのどこにもひけをとらない。数マイルごとに国境警備隊の詰所がある。既婚の兵は妻を連れてくることを奨励されている。
ロシア人の女と子供が,いたるところの駅・衛兵所、キャンプにいた。シベリアが南下してきたようなものだが,シベリアよりはましなところだし,ここのロシア人は労役の恥辱からも免れている。
一面被には5年前、半ダースほどの泥棒小屋があるだけだったが,今は主要な駅で,中国人とロシア人の大きな町となっており、日本人、朝鮮人も大勢いる。
5年前は朝鮮人参採りがわずかにいるだけだった山間は今は横道河子という絵にかいたような町になっており、これはロシア人の町で鉄道員のためのこぎれいな赤れんがの小住宅や温室がある,水道付のにぎやかな居留地で.鉄道工場もあり,さらに細長い中国人の村には周辺の森から切り出した材木が大きく山積みになっている。
列車は分水嶺を越えフルか川の流域に下り,長さ1365フィートの鉄橋で同川を渡り,次いでフルカとウスリーの両川の間の,森に覆われた山脈に登る。線は分水嶺の険しい坂をジグザグに登る。
切り立った峰には高所でトンネルを掘らなければならない。短い4ヴェルスタの間に,トンネルが3本掘削中で,長さは525,245,それに1365フィートで,今年中に完工の予定だ。できあがれば距離は相当に短縮されよう。
フルカ川流域では列車は要衝のニングトから16マイルを通過する。この町までは低い丘陵地帯に道路が容易に通じていて,ロシア人が毎日行き来している。ここは重要戦略地点で,曙(右が軍)春への主要路,三盆ロとニコリスキーへの主要路およびオモソと吉林への主要路を制している。
この町は長くロシアの占領下にあり,今なおロシアは町の支配には不相応な大部隊を駐留させている。ロシア人の店も開いている。名目上は町は中国に戻るかもしれないが,いっでも鉄道部隊が支配することができる。鉄道の駅は海林で,ロシア国境から120マイルだ。
満州国境の町はポグラニチナヤだ。
これは真新しい町で,その急成長ぶりは,ロシアの断崖たる満州制圧の精力のもう1つの証拠だ。鉄道が曲線を描く深い谷間を見下ろす丘の斜面に,樫と松の緑の美しい森に囲まれて,ロシア人の町がそっくり建設され,赤れんがの小住宅,広い街路,電気と水道が完備し,駅の線路が縦横に走るさまはヨ一ロッパの鉄道の分岐点を思わせ,機関庫には機関車21台が入り,教会,学校,公共図書館に公園がある。
電灯のついた駅には税関があって,シベリア行きの物資には重関税を課すが,シベリアから満州に入ってくる分は,ウラジオストクでシベリア入りの際に徴収された関税を全額還付している。
ウラジオストクはこうして.事実上,満州向けの自由港となっており,大連と旅順が自由港であるのと同じだ。だがロシアが満州を明け渡す際は,中国国境の旅順近くおよびポゲラニチナヤの両方の租借地に税関を設けて,中国の税率に従って関税を徴収して.中国側に支払うとされている。
これはロシアが,そういう意向であり政策であると.われわれに了解させるよ
う仕向けていることだ。私が知らされたところでは,中国側は北の友邦のこうした公平無私の行為から生ずる利益から妥当な率を割り引いて受け取るにやぶさかでないそうだが,この北の友邦との友好は中国にすでにきわめて高くついている。
ポグラニチナヤには立派な店がいくつもあり,ウラジオストクのドイツ人の大商店の,品ぞろえの豊富な支店もある。
町から離れて,同じ山脈の斜面を下ったところには山東省からの移民の集落がにぎわっており,また山をたった16マイル隔てて東側にはロシア側の新しい国境の町グロデコヴアがあり,これはまだたいしたことはないが,やがてニコリスキーのような基地の町となり,満州防衛軍をくり出すことになろう。
ここだけでなく,東部鉄道の沿線全体にわたって,シベリアの駐屯地から東部国境沿いにいっでも集結可能な軍隊を,満州領内に移送するための十分な態勢がとられている。
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