知的巨人の百歳学(146)ー『憲政の神様・尾崎行雄(95歳)の『私の長寿と健康について』>『 生来の虚弱体質が長寿の原因である』
2019/03/27
『憲政の神様・尾崎行雄(95歳)の『私の長寿と健康』>
① 生来の虚弱体質が長寿の原因
② 不幸は幸福の基である
③ 禍福は互いに原因となり結果となる。ところが世間は禍福を全く別なものと見ているが、これは根本からの間違いである。
前坂俊之(ジャーナリスト)
私は生来、病身であった。小さい時から頭ががんがん痛み、皮膚にはヒキガエルのようにぶつぶつができて醜く、胃は弱くて少しかわったものを食べるとすぐ吐くという状態であった。柿は大好きであったが、たべると胃が痛くなるのでたべなかった。
皮膚病は十才ぐらいの時、父母に連れられて草津温泉へ行って治ったが、頭痛も胃弱も治らなかった。このように私は生来の病身で「この子はとても育つまい」とよくいわれた。そこで私の母は私を育てるのに大変苦心し、私はいつも病人として扱われていた。
慶應義塾をやめて工学寮へ入ったときなどは2年余り病院で暮すという有様、殆んど授業らしい授業を受けず、一年足らずで退学してしまった。
しかしこうして生来病身であったことが長命の原因である。私の古い友人や、知己は大抵死んでしまったが、彼らはみな私より丈夫だった。こうして丈夫なものが短命に終り、病者の私が今なお生きているのは不思議なようだが、これは少しも不思議ではない。つまり丈夫なものは大抵いろいろな無理をする。健康にまかせて、大酒をのむのも健康の人に多い。私も世間の習慣に従って酒ものみ煙草も吸った。煙草などは始めは苦しいのを無理して覚え、遂に手から離せないほど好きになった。
イギリスの普通の家では喫煙室以外でタバコを吸はない習慣だが始めて洋行したとき下宿した素人下宿の細君は私が大変、タバコきであるから、私にだけ喫煙室以外でもタバコを吸うことを許した。
それほどタバコ好きだったが、生来、病身であったため体に悪いと思うものはいつでもこれをやめられる癖がついているために、好きなタバコでもやめることもできる。
酒も宴会などで覚えて毎晩二合づつ飲む習慣となった。世間では禁酒できるが、節酒はむずかしいというが、これも私にほさほど難しくない。私は毎晩二合づつ飲む酒を一合にし、さら五勺にした。終戦前は五勺づつ飲んでいたが・終戦後はこれもやめてしまつた。
タバコはこれも健康上よくないと感じたので40代やめて今日に至っている。こうして害になると思うことは私はいつでもやめることができる。これは幼時、虚弱であったためでありそのためにできた芸からである。
私の生活は規則的だといわれるが、病人として育った私には無理はしやうとしてもできない。規則的な生活をするからこそ生命を保てるのである。私よりも丈夫な人が私よりも早く死んだのは彼等が無理をやったからだ。つまり、彼等は自然に死んだのではなくみな自殺したのである。私は自殺をやらないから生きているというに過ぎない。
軽井沢と私の健康
さらに私が長生きしている原因は偶然の結果、軽井沢に住むようになったためでもある。軽井沢はショウというイギリス人が避暑地として開拓したのだが、空気が乾燥していて私のような性質のものには大変よい。私には夏の東京の湿気がたえられないから軽井沢へ行くので、私にとっては避暑というよりも避湿が主目的である。
軽井沢へ毎年行くようになったのは二度目の妻の勧告に応じたためである。また二度目の妻が西洋育ちであったため、私の生活方法が一変し一西洋流にかわったことも健康上よく、これも長寿の原因である。つまり、偶然、西洋育ちの婦人と結婚したことが長命を保つ上に役っているわけだ。
一体、最初の妻とは大変仲がよかったので、妻が不治の病気となり、医者から別居をすすめられたけれども、これに応ぜず病気が感染して死ぬなら死んでもよいと思って一緒に暮らした。この妻が死んだことは私にとって大変、不幸であったが、その結果が西洋育ちの婦人と結婚することになったのだから、不幸が幸福の原因となったといえよう。
二度目の妻がまだ生きている頃、私は中耳炎で慶應病院に入院したが、その時私を看護してくれた婦人がいま世話になっている服部さんだが、これは妻が交渉して家へ呼んだもので衛生上の智譲や経験があり、この人の努力が私の長命の助けに大きな原因となっている。
不幸は幸福の基
すべて不幸と幸福は隣合っている。私の経験によると不幸はみな幸福に変わっている。これは必ずしも私だけの経験ではなく、誰にもこういう経験はあるのだと思うが、世人はそれを深く感じないのであらう。
虚弱な身体で生れたという不幸が長寿を保つとい幸福の原因になったことや、妻の死という不幸が二度目の結婚で健康を増進する原因となったことなどをお話したが、さらに二三の例をあげて見よう。
その一つは明治三十年、保安條例という乱暴な命令で三年間の東京退去といふ虚分を受けたという大不幸は私の最初の洋行の原因となっている。当時、洋行したいということは私の大きな希望であったが、それを実現する方法は見出せなかった。然るに突如、東京退去を命ぜられたので、どうせ東京にいられないならこれを機会に洋行して見ようとふと私は考へた。
しかし、そう考へてもそれが実現するとは思いもよらない話だが、東京退去を命ぜられたために世間の同情もあって洋行費を工面することができたのである。もしあの不幸がなかったら宿願の洋行もあんなに易々とはできなかったであらう。
次に二度目の妻を失ったという不幸もまた幸福の一つの原因となっている。妻が病死したのは昭和七年、四度日の外遊中であったが、翌八年に私は妻の遺骨を携へて帰朝した。当時は軍部が横暴を極めていた頃で、私の外遊中、犬養毅や井上準之助や団琢磨などが暗殺され、私も帰朝すれば殺されるだろうといわれていた。
ところが不思議にも私は殺されなかった。神戸に上陸した時、旗などを立てておどかしにきた暴漢はあったが、ほんとに殺しに来たものはなかった。殺されることを覚悟して「墓標に代へて」という論文を用意して来た私は、何だか拍子披けしたように思った。
そこで、私はこうして世間からも殺されるだろうといわれ、自分でもそう思った私が殺されなかったのも、妻の死という不幸が原因であると考へた。つまり、欧州から亡妻の遺骨を携へて帰ってきた男には同情するのが人情の自然であるから、私を殺さうとする刺客も現われなかったのだらう。少くとも妻の病死が私の生命を長くした原因の一つにはなつているようだ。
不敬罪が生命を救う
これは最近のことだが、昭和十七年四月、東條内閣の下に翼賛選挙といふ名の下に官選議員の選挙が行われたので、私は黙視することができず、日本橋から立候補した田川大吉郎君を応援する機会に政府が議員候補者を推薦するいわゆる翼賛選挙なるものは悪法違反であることを指摘してこれを攻撃したところ、政府はかねて私を邪魔にしていたためか、この演説中の二三の文句を楯にとって不敬罪で起訴し、三重県で選挙運動中の私に上京を求め、いま戦犯者が入っている巣鴨拘置所に留置した。
それでも辛うじて当選したが、引績き不敬罪の裁判にかかっていたため議会における発言は一切封ぜられた。議員としてはこれほど不運なことはないが、そのため私は生命を永らへたのである。もし、不敬罪で発言を封ぜられていなかったならば私は議会で少しも遠慮せずに思うところを述べるから、軍部やこれに便乗する右翼団体を刺戟して、彼等が私の生命を奪ったかも知れない。
ところが、不敬罪の嫌疑で議員としては精神的に殺されてしまった私のところへは、脅迫状などは来たが、刺客は来なかった。つまり議員としてもっとも不運な目にあったことが私の肉体的な死を救ったわけである。国家社会のためにはどちらがよかったかわからないが、私が今日まで生きていものは不敬罪といふ不幸に見舞われたためである。
このように、禍福は互いに原因となり結果となるものだ。ところが世人は禍福を全く別なものと見ているようだ。これは根本からの間違いである。
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