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地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

速報(97)『” グーグルの素早い行動が、日本で友人を勝ち取る事に成功している <ニューヨーク・タイムズ(7/10)』

   

 
 速報(97)『日本のメルトダウン』
 
" グーグルの素早い行動が、日本で友人を勝ち取る事に成功している "<ニューヨーク・タイムズ(7/10)』
" Quick Action Helps Google Win Friends in Japan "
 
<2011/7/10 NYT by HIROKO TABUCHI>
 
 
いつものように、わが尊敬するF国際ビジネスマンからメールが入りました。
『連日暑い日が続いておりますが、ご機嫌如何ですか。いつもの訳、お送りします。今回は原発から震災へ、
視点を移し、大震災とITがテーマです。小生にとり毎回勉強になるのですが、NYTのメンバーも本当に勉強家ですね、!!
 
この「消息情報サイト」など、グーグルソフトの威力は、大変な神通力、この貢献はもっと讃えられて良いのでは、と改めて感じました』
 
Fさんは長年培われたグローバルな見識によって、3/11の原発危機が人類史上未知の大事件であるという認識のもとに、世界中のメディアの報道を幅広くウオッチして、読むべき情報を逐一、クイックに送くってくださる。私の周りのジャーナリストより余程、その視野もスピードも行動力も抜群である。長年の国際ビジネスの実践で強靭なフットワークが養われたのであろう、まさに敬服に値するそのクイック情報力である。
 
そのFさんが最も高く評価される『ニューヨーク・タイムズ』の記事とその視点、分量、分析力、速報性を日本の新聞とこの4ヵ月間比べてきたが、その何とも圧倒的な差に暗然とする。新聞だけではない。一連の原発危機の対応を見ても、日米の政治力の格差、民主度の格差、情報公開制の格差、民主度のバロメーターの1つであるジャーナリズムの日米格差などあらゆる問題にそれが通底していることを痛感する。日本のメディアが書きっぱなし、放送しっぱなしの中で、グーグルのミッションとその行動力、地域貢献、献身的な実践はこれまた敬服に値する。
わが三文ブロガ―もこの翻訳を読んで、おもわず身が引き締まりました。ジャーナリストとして何をなすべきか、原点を大いに反省しました。ありがとう、グーグルさん、Fさんに感謝します」、(前坂俊之)
 
 
以下はF国際ビジネスマンの訳の要約とコメントです
 
1.
ハイチ地震の経験から開発された「パーソンファインダー」が、震災で機能不全となった地元の役所に代わり、身元不明者、安否確認情報の、いわば総合管理台帳、公式リストになり、人名救助、人心安定に貢献している。
 
これはグーグル米国本社、東京との連係、グーグル社員の献身的な活動、グーグルユーザーのこれも献身的な協力無くして完成しなかった。
 
行方不明者の安否情報は、極めて重要度が高い。グーグルが東日本全体の安否情報をまとめ、ユーザーと共に完成させた事実はもっと賞賛されるべき。国民栄誉賞に値するかも。
 
. ストリートビューの技術を高度化し、被災地域の復興状況の推移を時系列で公開し、世界の関心と注目を東日本に集中させ、これを再建と復興に繋げようとする意図は壮大であり、今後の世界と東日本の対話が、期待される。
 
. グーグルが、ソフト、そしてハード技術の開発投資に一層重点を置き、ネット社会、ネットユーザーに技術で更に貢献しようとする姿勢はエンジニア集団として当然であり、既に多くの成果を見ており、日本市場でのトップの地位も時間の問題ではないか。
 
 
 
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2011710  NYT  by  HIROKO TABUCHI

Quick Action Helps Google Win Friends in Japan "
"
グーグルの素早い行動が、日本で友人を勝ち取る事に成功している "
 
 
気仙沼、日本 ー 風変わりな装備をした一台の車が、先週、津波に襲われた港町を瓦礫を縫う様にして、進んでいた。屋根の上には、被害状況をアーカイヴに納める為に、災害
地域のデジタル映像を360度のパノラマサイズで取れる9台のカメラアセンブリーが搭載されている。
 
グーグル、この地球上ではインターネットの巨人であるが、日本のインターネットのマーケットでは長い間、単なる2番手に過ぎない、そのグーグルが、この日本で、ブランドとソーシャル・ネットワーキングサービスの独自性を高めるために、その優れた技術を活用するのは、新しいやり方であり、当然の事であった。
 
グーグルは又、この大災害の発生直後の早い時間に、素早く 消息情報サイト、「パーソン・ファインダー」を立ち上げ、地震や津波の被害に会った友人や親戚の消息を大勢の人々に知らせるのに貢献した。
 
アナリストによれば、この大震災以来、サーチエンジンやネット広告で、グーグルの努力が実を結んで、より大きなシェアを占める様になったかどうか、これを言うのは未だ時期尚早であると云う。


しかし、ネット広告市場では米国についで世界第二位のこの日本で、過去この会社グーグルは、ローカルリーダーのヤフージャパンを追い落とそうとして、重大なヘマをし、プライバシー事件を起こしているが、最終的には新しい友人達(顧客)を獲得している。
 
" この人達には何の心配も要らない、ということが私には分かっている "と津波に破壊された北東部の都市の市長(気仙沼市長)、スガワラ・シゲル氏は云う。
 
" 気仙沼の街路の今を、彼らに記録して貰いたいと考えている "、とスガワラ氏は云う、" この街が再び新しく生まれ変った時、又この街に戻って来て貰い、世界にニュー気仙沼を見せてやって欲しいと考えている "。
 
もう一人のグーグルへの改宗者はコバヤシ・サチコ氏である。彼女は津波被害 地域の中心に位置する仙台市に住んでいるが、気仙沼で日本の伝統的な楽器、琴の勉強仲間の友人を探していた。
コバヤシ氏が異なるウエブサイトに質問を投げ掛けると、見知らぬ人から彼女に、パーソンファインダー(消息情報サイト)を紹介された。そこで、彼女は友人が生きている事を知った。
 
" 有難う 、いま又私は、友人と一緒に琴の練習が出来るのが待ち遠しい " とコバヤシ氏は見知らぬ友人に伝えた。
 
3/11に日本の東北沿岸を削り落としたマグニチュード9の地震は、東京事務所の26階で揺れていた日本のグーグルの社員にとって、即座にそれと分かるものであった。エンジニア達は、通常業務を一旦中止し、短時間で小規模のワーキンググループを立ち上げ、様々な災害関連のサービスでグーグルが日本で先鞭が付けられるテーマの検討に着手した。
 
パーソンファインダーは、元々2010年1月のハイチ地震の後に開発された。日本では、震災発生後2時間も経たない内に、パーソンファインダーのネットサービスを、グーグルは立ち上げた。
 
全ての人が、ラップトップPCを手にし、我々には何が出来るかについてのアイデアを出すことで、成果を目指してスタートした、とブラッド・エリス氏はいう、彼は最初に成果を出すべく取り掛かった東京チームの米国人メンバーである。
 
一人のエンジニアが、パーソンファインダーを、旧式の日本の携帯電話と互換性を持たせるアイデアを出した。別のエンジニアは、グーグルマップ上で、運行情報や道路の破損状況は勿論、列車の一時停止や遅延状況も視覚的な表現で、掲載するべきと提案した。これら全てのアイデアは実行に移された。
 
パーソンファインダー上では、行方不明者に関する情報を持つユーザーは、他のユーザーが探索するエントリーを登録できる。 逆に、行方不明者を探している人達も又、情報を持
つ誰かがそれを見て、最新の情報を出してくれるという希望の中で新たに登録出来る。
 
パーソンファインダー上で、愛する人達に関する情報を、一体どれだけの数の人々が見出せているのか、測定するのは難しい。
一つの明白な弱点は、数百の避難所からインターネットへのアクセスが出来ない中で、避難民の方達には、自分達の居場所をウエブサイトに入力する方法が無いということである。
 
その代わり、行方不明者に関する情報の多くは、避難所で手書きのポスターの体裁を取っていた。そこでグーグルは、ユーザーの人達に、ポスターの写真を撮ってそれを、グーグルのPicasa 、インタネット写真共有サービスにアップロードして欲しいと頼み始めた。
グーグルは、約100人のセールスチームを、写真からパーソンファインダーの方へ転記する仕事に移動させた。
 
すぐに、名前の入った1000件程の写真がPicasaにアップロードされ、グーグルの社員だけではその処理が間に合わなくなってしまった。
その時、グーグルが予期していなかった展開があった、匿名のユーザーがPicasaの双方向性の機能を活用して、写真に記載された名前を、自発的に転記し始めた。津波に襲われて数週間も経たない内に、10000件以上の写真が約5000名の匿名のボランティアによって、転記され、パーソンファインダーへのエントリーも140000件以上が追加された。
 
グーグルは又、地元の関係当局や他の組織を説得し、行方不明者の情報について、お互いのデータを共有する様に努力した。グーグルの日本における行方不明者の氏名確認作業は、
次元の低いものであった、幾つかのケースの中で、ムライ・セツオ氏、彼はグーグルで働く派遣社員であったが、地元の 役人と接触する時、全て一から始めなければならなかった。
 
” 私はグーグルと云うインターネット関連の会社から参りました、私達は、貴方方のご協力を頂きたいと考えています ”
と、彼はWeb関連の会社を何と呼んだら良いのか 悩みながら役人と話した。
 
彼は、役所に何を期待できるか分からなかった。日本の役所は通常、個人のプライバシーに関心を持たず、やる事も悪名高いスローモーである。しかし、今回の反応は素早かった、津波被害にあった全ての県が、その行方不明者リストを提供し共有する事に同意した。
 
多くの人々、組織が、一つずつ、パーソンファインダーに情報を入力した、 公共放送のNHK、大新聞、そして普段は世間と隔絶する警察本部でさえ協力した。
 
全体的には、パーソンファインダーは616000件の記録を集約し、大災害によって行方不明者となった人々の日本最大のデータベースとなった。これは、グーグルがハイチで集約した55000件の記録を遥かに凌駕するものであった。
 
誰もが、この大災害を一種の極悪非道な行為と感じていた、とムライ氏は云う。
 
グーグルは、この一連の努力によって、より名声を高めて、日本で光彩を放つことが出来ればと考えていた。
 
この会社、グーグルにとって、日本は10年以上の間、インターネットサービス、携帯電話技術、広告宣伝にとって巨大マーケットであり、魅力的な市場であり続けた。
日本のインターネットの広告宣伝マーケットは、広告代理店の電通によれば、2010年で7740億円に達している。日本は又、インターネット対応の第三世代携帯電話のユーザーが9900万人いる、これは又米国に次いで世界第二位である。
 
しかし、日本は嫌々ながらグーグルを受け入れて来た。日本の通信キャリア大手、ソフトバンクの経営するヤフージャパンは、昨年12月末、コムスコア・メディア・メトリックスによれば、サーチエンジンの利用シェアが50.4%を占め、グーグルは39.6%で2位であった。
 
又、グーグルは早々に文化的なヘマをやってしまった。地図上でストリートビュー機能、これはウエブサイトのグーグルマップにパノラマ写真を付け加えたものだが、これが、プライバシーにうるさい日本人を怒らせた為、余分なカメラを減らし、撮影済みの映像を見直し、写真を撮り直さざるを得なかった。
 
グーグルは昨年、日本で技術的な勝利を得た。ヤフー・ジャパンが米国ヤフーの後を追って、グーグルのサーチエンジン技術に切り換える事を決めた、米国ヤフーはヤフージャパンの1/3の株を保有し、マイクロソフトのBingエンジン技術を使用し始めると言っていた。
しかし、アナリストは云う、グーグルの日本における土台は不安定である、何故ならヤフージャパンはここ日本では、未だに最も強力なサーチエンジンベンダーであり、再び容易に技術を切り換える事ができる、と。
 
3月の大災害は、グーグルにとって、自社の技術を大きくアピール出来る道を与えてくれた、とグーグルの幹部は云う。
 
カワイ・ケイ氏、カリフォルニア州、マウンテンビューのグーグル本社でシニア・プロダクト・マネージャーを担当、3/11の金曜日は、家庭で寛いでいた、その時、彼は郷里の仙台市からそれ程遠くないところで、巨大地震が発生した事を知った。
 
気狂いの様に、彼はウエブサイトのニュースとツイッターに飛びつき、津波が何処まで到達しているのかを見つけようとした。しかし、彼の両親の地元に関するリアルタイムの情報を見いだす事は殆ど不可能だった、と彼は云う。
 
そこで彼は、自らを、衛星写真を日々更新して提供するプロジェクトに投入し、関係者が津波の通過や到達地点を追跡出来る様にした。写真の品質と細部を向上させるため、グーグルはその後、高度の低い航空写真を投入し、ネット上にも公開した。
 
” 私は自問自答した、グーグルには何が出来るか?”とカワイ氏はいう。 ” 我々は、色々なやり方で、情報を役立てる事ができる、個人レベルまで落とした情報、そして自分自身で所有する情報、などである ” 。
 
現在、カワイ氏は新たなプロジェクトを指揮している。それは、ストリートビューの技術を使い360度のパノラマ写真で、津波の襲った地域を定期的に記録する仕事である。
 先週、カメラを積んだ車が、気仙沼市街を行ったり来たりしたこのプロジェクトは、被災地帯に対し、被害の貴重な記録を提供し、再建の進捗状況を追跡出来る様にする事を目的にしている。沿岸の市や町は、グーグルの過去のストリート
ビュー問題があったにも拘らず、今回のこの努力に対し公式に許可している。
 
ハヤシ・ノブユキ氏、日本のベテランIT技術のコンサル、ジャーナリスト、は云う、グーグルがここではそのアウトサイダーイメージが変わったと。
 
” 普通の日本人が突然グーグルのサーチエンジンを使い始めるかどうか、私には分からない、しかし グーグルのサービスの幾つかは、被災地帯の人々にとって、ライフラインになっている”、とハヤシ氏は云う。 ” もし これらのサービスが被災地域の復活に貢献出来れば、グーグルは日本においてその存在を一層強化できるだろう ”。
 
震災後暫くして、カワイ氏は漸くご両親の元へ到着した。仙台の彼等の家は、辛うじて津波の被害を免れた。
 
結局、彼の両親は隣接県の山形を経由して車で脱出した、見ず知らずの山道をナビゲーションシステムの助けを借り、グーグルマップも使いながら。
 
                                  完

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