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日本リーダーパワー史(200)『100年前の日本「ニューヨーク・タイムズ」が報道した大正天皇-立場、その教育、日常生活(下)

   

 
日本リーダーパワー史(200)
 
『100年前の日本「ニューヨーク・タイムズ」が報道した大正天皇
―皇太子時代は人間、微妙な立場、その教育、日常生活(下)
 
        
『ニューヨーク・タイムズ』(1912年8月4日付)
 
『嘉仁、日本の新しい支配者.神にして人間』
即位に伴い神格化―皇太子時代は人間―臣民はその名を称えず
ー微妙な立場―その教育、日常生活、現代的な事柄への傾向
 
前坂 俊之(ジャーナリスト)
 

新しい支配者の人柄
 
日本人のような超近代的な国民から中世的な尊敬を集めているこの新しい支配者の人柄はどうか。
 
 彼はやせ形で,胸郭が狭く,なで肩で,やや弱弱しい体つきをしている。頭が異常に大きく,漆黒の目をして,黒髪は粗く、表情はやや陰気で,突き出たあごは偉大な皇帝だった父親譲りだ。彼が今日堂々たる地位にあるのは,西洋人の目から見るとやや特異に見える。
 
なぜなら彼は皇后の息子ではなく.睦仁の側室の1人である柳原女伯爵の息子であり,日本の法律に従って先の皇帝によって皇帝の後継者に選ばれたからだ。彼は31歳であり,最近の病気を除けば,今までこれほど健康だったことはない。
 嘉仁は幼年期から虚弱で,体質的な病気を患っている。この病気は彼の兄の命を奪った。彼の異常に大きな頭を見れば,この病気は十分に察しがつく。彼は脳水腫を病んでいる。しかし,このため彼の精神機能が損なわれることは少しもないが、ただ神経の病気に異常にかかりやすくなっている。彼はまじめで聡明で,彼の両親にはなかった社交の才能を少しひけらかす傾向があると書われている。
 
 三男であり、先の皇帝の12人の子供の1人である嘉仁は,兄弟が生きていたら,どの兄弟よりも皇位を継承する当てか多くなかった。最も見込みのある人材から跡継ぎを選ぶのが皇帝の習わしであるからだ。
この遍定を制解するのは,皇族の血を引いているという条件しかない。しかし,彼の2人の兄が死んで.嘉仁には皇帝になる展望が開けた。そして1887年に法定相続人に指名され1889年には皇太子として宣言された。
 
 嘉仁の幼少期の人生は,日本の変化を反映していた。彼は民主的に育てられ,貴族学校に通った。この学校は皇族や貴族の教育を意図したものだが,だれもが入学することができる。ここで彼は他の者と一緒に勉強した。最も身分の低い者が持っていない特権を持っことはなく,神の子孫である彼にすら時間厳守が要求された。

こうして彼の社交の才能はかなり発達した。実際、彼は睦仁とは異なり、宮廷役人のいかめしい仲立ちによってではなく,来客と直接話しをすることを好んでいる。しかし後に彼は教育係の奥将軍に托された。奥将軍を補佐したのは足立氏であり、彼には語学を好むところがあったらしく,現皇帝は英語、フランス語、さらにはドイツ語を話す。奥将軍からは彼は戦術を学び、日本では王族であることには、不思議な力があることを彼は若いときから証明した。彼は13歳で日本陸軍の中尉,16歳で大佐になった。

 
 子供のときからの専用の宮殿
 
このように若いときから,われわれ西洋人の目から見ると両親の監督から驚くほど独立した生活を彼は送った。彼はほぼ幼少のときから専用の宮殿に住んだ。ただし,それは皇帝の宮毅か遠くなく,バチカン宮殿とセントラル・パークを楽々と一緒に入れることができ,荘厳な無意織のうちにそれを同化できるあの庭園の中にある。
 
これが,侍従と3人の補佐役の監督を受け、年に5万円の経費で賄われた。彼の学校時代と成年鶉の初めにわたる家だった。そこには、たとえ日本の皇太子であっても所有すべきすべてが備わっていた。それは外洋客船で提供される鯨に危険なほど近いものだった。小柄で虚弱な皇太子は、自分の体育室,ボウリング場,テニスコート,弓の体育館、屋内馬場、釣池を持っていた。
 
これらによって彼は野外運動の嗜好を強め,32歳の今,頑鍵ではないにせよ、彼は若い時期をほとんど親戚の皇族から成る社会の中で過ごした。彼の姉妹,いとこ.おばたちが日本人の実例だったのだ。
彼が成長するにつれ,彼の属する社会は,学校で会う少年貴族たちのものに変わった。ニューヨークにいる日本人の権威者はこの親密さを珍妙に説明した。披はこう言った。

「これは若い人の親密さと,すべての日本人が持つ王族への独特な畏敬の交じり合ったものです」

 嘉仁は自分の宮殿に閉じこもっている間に.詩作への強い愛着心を発達させた。ノ詩作は.近代の日本ですら宮廷での最も重要なたしなみと見なされている。この詩歌を彼は日本語と中国語で書いている。この後者は,かつてイギリスの学者たちが創作を楽しんだラテン語韻文に相当する。
 
 しかし,このような封建的な雰囲気にもかかわらず,嘉仁は自分の国の近代精神とすっかり調和している。多くの点で,彼はその父親すら及ばないぽどヨーロッパの習慣に染まっている。
1906年に彼の3階建の宮殿が30万ドルの費用をかけて建設されたが,それは日本風というよりはヨーロッノ1風だった。彼は非公式の席でもヨーロッパ式の身なりをしている。彼の結婚の状態もまた,単数形で述べるしかないという意味で独特だ。彼は,複数の妻(皇帝にとって12人が今までの通例だった)は近代日本と合わないと考えているので有名だった。

その他の点では,彼は昔からの精神を尊重している。現在の皇后である妻は,単なる貴族でしかない家から選ばれたが.健康面の資質が選択の際に高く評価されたのだ。確かに彼女は身体的に活発なことで有名で,学生時代にはテニスを愛好した。

 
 
皇帝の宮殿
 
以上が日本の新しい皇帝嘉仁の簡単な人物像だ。彼はおそらく自分の宮殿を去って,亡き皇帝が住んでいた宮殿を受け継ぐだろう。その宮殿の基調は日本風であり,西洋の機械装置と不調和に交ざり合いながら,長く低い建物が迷宮のように連なり,主に目につくのは,覆いをした通路や中庭だ。
 
 この建物は,古来の日本式で,急傾斜の高い屋根に重い灰色の瓦が載っている。そこではヨーロッパの言葉がささやかれることもなく,内部には板ガラスと漆塗りの壁があり,それを畳んでわきヘビけると,広大な部屋が見渡される。一般に,訪問者は,
ここの特徴である日本式の簡素さに圧倒される。ただし全く奇妙なことに,先の皇帝と皇后の部屋は,フランス式のローズウッドの家具がしつらえてあり,ヨーロッパ風の敷物が敷いてある。睦仁は,現皇帝と同じように,常にテーブルで食事をし,ますます普及しているナイフとフォークを使用した。
 
 宮殿のいたるところに,この中世的な環境の中でも,やはり電灯はある。覆いをした神秘的な中庭,上がったり下りたりするすばらしい連絡通路,そして当然ながら,まさにフランス式の近代的な食堂にも電灯がある。しかし,西洋式の生活を示す数々のもの-喫煙室,図書室,玉突き室,化粧室-の真ん中の皇帝の続き部屋には、日本人の混合文明に気づかれずに入り込んだように見える不調和なものが1つある。
 
それは皇帝の寝室だ。これは日本式に質素でなんの飾りもなく,通気されておらず,暗く,窓がなく,皇帝の私的なボディーガードの部屋によって四方が囲まれている。これは,まさに,宮殿の中心にある。
 新しい皇帝の新しい環境は以上のようになるだろう。これは彼の男親の環境だった。
 
礼式の新しい環境について言えば,それは彼の護衛の寝室よりも厳しく彼を包囲するだろう。皇帝の宮殿にはあらゆる部局があるからだ。そこには,謁見とお出ましにかかわる儀式の部局があり,音楽,装飾,財務を扱う部局がある。この最後の部局は・先の皇帝が所有したが使用せず,新しい皇帝が住みたいと患っても住むのが難しい30の宮殿を管轄しているので,有数の重要な部局となっている。また,建設と修理・食料と料理,その他想像力の及ぶ限りのこの世のほとんどあらゆる事柄の部局がある。
 
 そしてすべての中心には,西洋と東洋の奇妙な環境に囲まれた神と人間の連結者、決して高みから見下ろされることのない若い男,写真を撮り,ヨーロッパの衣服に身を包み,臣民に視線を床へ落とさせる若い男,その写真が国民にあがめられ,その名前は口にされない若い男が位置するだろう。彼が嘉仁,日本の新しい皇帝なのだ。
 

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