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日本リーダーパワー史(214)『英タイムズ』が報道した「坂の上の雲」の真実①『ネルソン提督を超えた東郷の偉大な勝利』

      2015/01/01

日本リーダーパワー史(214)
『英タイムズ』が報道した「坂の上の雲」①
 
 前坂 俊之(ジャーナリスト)
 
「NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲」は、シリーズ最後の3部の放送が、12月4日からいよいよ始まる。150年前に鎖国から目をさまし国際社会にデビューしたアジアの貧乏小島国日本は明治のトップリーダーたちの「富国強兵」「殖産振興」という「国家戦略」「国家プロジェクト」の見事な遂行によって、日露戦争勝利という20世紀の奇跡を起こしたのである。
いま、明治の発展の逆コースの「雲の下の坂」を転落して「日本沈没」に向かっているが、この「坂の上の雲」で示された日本人の叡智と勇気と献身をもう一度、振り返り、沈没を食い止める第3の奇跡を起こさねばならない。
明治の日本人の自画像―5代前のわれわれの祖先の姿を欧米はどう見ていたのか。当時の『英タイムズ』が報道した「坂の上の雲」の実像を見ていくことにする
 
『英タイムズ』が報道した「東郷平八郎と『日本海海戦の勝利』
の詳報
 
 
190562日『タイムズ』の「日本海海戦」報道
 
東郷の偉大な勝利について,続々と詳報が入ってくるが,この戦果の強い印象に新たに何か付け加えるようなものはない。ほとんど不要な確認だけだ。「ロシア艦隊は事実上全滅した」というのが,この偉大な提督の第1報だった。その後に発信された情報は,すべてただ第1報から「事実上」という修飾語を消し去るだけのものだった。日本側の目標は単にロシア艦隊を打ち負かすことだけではなかった。これを撃滅することだった。
 
そして,決意したことを成し遂げたのだ。東郷の戦闘信号旗が要請したごとく,「一層奮励努力」した。実際にいかにしてこれがなされたかについて完全な,しかも権威ある情報を手に入れるには,まだかなり時間を要するだろう。さしあたり,この途方もない偉業が想像力をあまりに強くとらえてしまっているので,好奇心の息の根が止まってしまったかのようだ。
 
しかし,世界を前にして厳然と存在する,この偉大な事実について,この際特に強調しておくべきことが1つある。いかなる方法,いかなる手段を用いたのかはともかくとして,2つの大艦隊がぶつかり合い,両艦隊がほぼ同等の物理的戦力を有していたので,多くの用心深い統計家たちが戦闘の結果については予想がつかないと言っていたのだが,戦った結果は,一方は全滅,一方は小競合いで被る程度の損害だけで終わった,という事実を説明しなければならない。東郷の手にかかっては,ロシア艦隊も北海のドッガーバンクでロシア艦隊の砲撃を受けた漁船と同じぐらい無力だったことが分かったのだ。上記の設問に対
する決定的な回答は,軍艦にも砲にも乗組員の熟練度にも戦術の巧拙にも求められない。精神的性格や,高速な理想,やむにやまれぬ熱情や,あまねく浸透した責任感と愛国心などに求められるべきだ。
 
東郷の最終的な指示は.わがネルソン提督のものとほとんど同趣旨だったが,それを伝えた相手の精神的資質に完全な信頼を寄せているのでなかったら,ロシア艦隊を包囲するために,あえて自分の艦隊を分割するような冒険はできなかっただろう。この信頼に対して,部下の将兵が完璧に対応できなかったならば,東郷の計画は惨憺たる結果に終わったに違いない。部下たちが彼の敵と似
たような海神的資質を持っていたのであれば,東郷はかくも野心的で大胆な戦術を敢行し得なかっただろう。しかし,東郷は日本陸軍の司令官たちが常に行ってきたように,敵軍の物的戦力だけでなく,精神的な天分や知性的な天分も測定していた。眼者は盲人の失策について判断を下すことができるが,盲人は晴眼者の能力について推定する手段を持たない。高い精神的資質を所有する者は,敵方にそれが欠如している場合,どのような結果を招来するか測定することができるが,敵方は自分に欠如している精神的資質がどんな作用をするものか知るためのなんの手がかりも持っていない。
 
対馬海戦の勝利は武士道によってもたらされたものであり.日本人が人間行動の偉大な基本原則について,鍛錬を重ねていることによってもたらされたものだ。この鍛錬は,ある特定の目的を与えられたとき,にわかに付焼刃で身につくようなものではない。それは幼年時代から始められなければならないものであり,日本人がそうしてきたように,最後の試練をくぐり抜けようと望む国民全体に,あまねく行き渡っているものでなければならない。
 
これを考えるとき,イギリス国民はしばらく立ち止まって,最も低廉な市場で買い入れるとか,投下資本に対して最も高い収益を得るとかいうことよりも.もっと偉大な理想というものがあるのではないかと沈思させられるだ
ろう。
本紙は今日,日本のある水雷艇の艇長の手紙を掲載するが,ロシア海軍の将兵
たちの反抗的あるいは無気力な精神と対比してこれを読めば,なぜロシア艦隊が全滅したのかが分かる。専門家たちが魚雷と大型砲との相対的価値について書くことのできる論文すべてよりも,この手紙は,ロシア艦隊全滅の理由について,はるかによく説明するものだ。
 
 ランズダウン卿は,昨夜ある晩餐会の席上,バルフォア氏の代りに演説を行い,英日協約は存続されるべきだという,サー・エドワード・グレーが表明した希望について言及した。これまで,両国のいずれからも,なんらかの協約廃止問題が持ち出されたことはないと,彼は言った。交戦地域を限定し,世界を計り知れぬ惨禍から守るというこの協約がすでにもたらした恩恵について,いずれの国も疑問を持ったことはない。ランズダウン卿はさらに言う。この協
約の更新を考えるべきときが来た場合,唯一の問題は,この協約を現在の姿のままで更新すべきか,あるいは,なんらかの方法でいっそう強化し,両国ひいては世界の利益にさらに寄与できるようにすべきかということだけだ,と。現在の協約は,文明世界を巻き込む可能性のあった戦火の地域を限定してきた。実際的問題は,これを改訂して,アジアにおける同じような戦火ゐ再発を防ぐための,球力かつ永続的な手段にすることができないものかということになるだろう。
ランズダウン卿の,慎重に言葉を選びながらも説得力のあるこの演説は,広く共感と満足感を持って迎えられるものと確信する。
 
 さて,自由で進歩的な国々から目を転じて,ロシアの政策を見ると,残念ながら,ぞっとするような誤りに固執しようという盲目的で頑迷な決意しか見ることができない。この誤りはすでに救いがたい災禍を最大規模で引き起こしている。本紙のペテルプルグ通信員によれば,ロシア皇帝およびその顧問たちは,いまだに戦争続行を決意しているし,ロシアの新聞もまた,異例の自由さで政府を非難してはいるものの,敗戦国として覚悟すべき条件で戦争を中止することに,一斉に賛成しているわけではない。ロシア人は降伏の間際まで大言壮語する傾向があるということを考慮に入れなければならないが,それにしても,かなり楽観的に見ない限り,現状を本当に認識している兆候を認めることはできない。
 
『極東における戦争』(本紙海軍通信員記事)(6月7日付)
目下われわれがひたすら待ち望んでいるのは,日本海の大海戦に関する信頼すべき詳報であり,今後長年にわたって海軍政策,建艦.武装,戦術,訓練などに支配的な影響を及ぼすことが確実なこの戦いに関し,なんらかの断定的結論を下すのはそれを待ってのことだ。両軍による報告の中ですべての事実が明らかにされるまで,この慎重な態度が維持され,断片的な情報や細切れの事実が,先入観に基づいた自説の裏づけとして専門家諸氏に利用されるようなことがなければ幸いだ。
 
観念的な議論においては,事実が理論に合うように歪曲されていても,それほど長く害を及ぼすことはないと言えるが,事が海上戦争という重大問題とあっては,この通俗的な楽しみにふけっている余裕はない。
よけいなことに頑を煩わすことより,まずは確認された事実をしっかり踏まえることから始める必要があるだろう。
 目下,確実に分かっていることは,大規模にして理論的には強力とされていたロシア艦隊が,5月27日の正午過ぎ,敵と交戦を開始し,その後およそ48時間にわたる戦闘と追撃の果てに全滅したということだ。日本軍の勝利は,現在の最高の海軍評論家によって,予測されていたかもしれないが,ロシア艦隊がこれほど短時間で敗北を喫したばかりか,とりわけ,日本軍が実質的になんの損害もなく勝利を手中とは予想だにしないことだった。われわれは船乗りもそうでない者も皆一様に,ロシア艦隊の机上の戦力にある程度眩惑されていたわけだが,今やそれが有名無実であったということが判明した。要するにわれわれは,事前に原因に基づいて結果を予言できるだけの,大規模な近代海戦の経験が不足しており,ロシア艦隊の実情も十分把握していなかったのだ。
 
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 歴史的な大勝利に関する東郷提督の控え目な報告は,勝利をもたらした武勇,技量,粘り強さと同様に,注目に値するものだ。東郷はおそらくあのスラのように,自分には運があったとしか言わないかもしれないが,われわれは彼が偉大なことを認めることができる。彼が偉大であるというゆえんは,まず,勝ち目の薄い状況で戦うよう挑発をたびたび受けながらも,終始忍耐を見せたこと,回避やごまかしや策略といった手段を用いてはどうかとの進言を受けなが
 らも,決戦に持ち込むことを決断したこと,また,手持のありとあらゆる手段に訴えて敵を粉砕したことにある。そして,おそらく最も偉大な点は,近代海戦史上空前の大勝を収めたにもかかわらず,謙虚な姿勢を崩さないことにあるのだ。

 この画期的勝利にもかかわらず,日本国民の態度は実に見事なものだ。彼らは古くからの偉大な礼儀を保っており,戦争の間中,勝利のときも失意のときも終始変わることのなかったその態度は,偉大な国民にふさわしいものだ。けたたましい粗野な叫びも,自賛も,勝者の驕りも見せず,深い感謝と静かな満足感を抱き,改めてその勝利を日本の皇帝の大いなる徳のたまものとたたえることを忘れない。
 
もしこれをもって黄禍と言うのであれば,われわれは深い尊敬に値する国民との同盟関係を,より緊密かつ効果的なものにすることによって,大いに感染したいものだ。
 この大海戦で少なからず満足を覚えるのは,イギリス式の訓練,建艦技術,武装などの優秀性が決定的に証明されたことだ。ドイツがメッケルをはじめとする人々の尽力で,実戦に通用する日本陸軍の育成・錬磨に貢献したのと同様,イギリス海軍の軍人や造船技師も,日本海軍の優秀さに大いに貢献してきた。今回の戦いで起用された戦術は,ネルソン提督以来の伝統を思わせるものであり,艦艇の戦闘能力はイギリス海軍造船所の能力を証明するものだ。
 
また,イギリス製大砲による大破壊は,わが国の大砲が最高水準にあるという自信をわれわれに与えてもくれる。物質面ですぐれていることがすべてではないものの,わが国がこの面ですぐれているという動かしがたい証拠をまのあたりにするのは,なかなか悪くないものだ。

 今回の対馬海峡における海戦の結果によって,世界の全文明国の側に,この戦争を終結させるべきだというきわめて強い要求が生じた。陸海の双方で徹底的に打ち負かされたロシアが,この状況を認識し,避けがたい運命に従うよう期待される。制海権に関するロシアの言分を守る者はもはや何もなく,それなくしては言分を通すことができないのは明らかだ。しかし,ロシアがあくまで戦いを続行するつもりだとしても,日本は今,交戦前と同等かそれ以上の戦力になっているため,海の戦場を西に移し,敵に自らの弱点を思い知らせることも思いのままとなっている。今や日の丸の旗を掲げたアリョールがクロンシュタットの港口めがけて大砲をとどろかすようなことにでもなれば,ロシア国民の運命を握っている者たちにも,この戦いの性格が見えてくるだろう。

 ロシアが世界の判定と自軍の敗北とを受け入れ,講和交渉を申し出ることはむろん考えられることだが,そうでない場合も考えられる。この間題に答を出すのは世界でも日本でもなく,ほかならぬロシアであり,しかもロシア国民1億3000万人中のただ1人の人物だ。ロシア皇帝が敗北の結果を受け入れ,事実を認めるのが自然の成行きと思われるが,目下のところ,この望ましい結末がもたらされる気配は全くない。したがって,われわれは日本同様,異なる決定も覚悟しておく必要かあろう。

 一方,本紙東京通信員は,陸での戦闘続行に備えて日本が恐るべき準備をしていることを世界に報じており,また黒木大将に従軍している通信員は,戦争開始以来,日本軍がこれほど完璧な状態に達したことはないと断言している。コンドラチェンコを除けば,ロシア側では唯一のこの戦争が生んだ人物であるヒルコフ公爵が,今なお希望を捨てず,リネヴィッチがいまだに30万ばかりの兵をかき集めることができるとしても,敵の現状を考えれば,ロシア兵の数が大きくものを言う時期はすでに過ぎてしまっている。われわれの予測通り日本はシベリア検断鉄道の維持し得るロシア最大の軍勢を打倒することも可能なことを証明したのであり,リネヴィッチがいまだに半信半疑だとしても,自らの運を試してみれば,間違いなく迷いが解けるだろう。

 バルチック艦隊が全滅した今となっては,ウラジオストクはもはやロシアにとって重要な価値を持たなくなっている。日本の侵攻が開始されたとき,ロシアのとるべき最も賢明な措置は,はぐれて港内にいる数隻の巡洋艦に脱出を図って逃げおおすよう命じ,要塞をはじめ移動不可能なものはすべて破壊し,ウラジオストク周辺に配置されている3万5000から5万の兵を主力に合流させることだ。しかし,ロシアが日本の勝利になおいっそうの花を添えたいのであれば,その反対の方針をとればいいのであり,その場合日本は都合のいいときにウラジオストクを奪うだろうが,旅順攻略のように大きな犠牲は必要ないだろう
 
  タイムズ(190567日付)
 
本紙軍事通信員は,本紙が今日掲載する記事で日本海の大海戦について述べた中で,「今後長年にわたって海軍政策,建艦,武装,戦術,訓練などに支配的な影響を及ぼすことが確実なこの戦いに関し,なんらかの断定的結論」を早まって出すことに対し,時宜にかなった警告を発している。この警告はどれほど強く肝に銘じても,どれほど忠実に順守しても,し過ぎるということはない。目下のところ,われわれには戦闘結果を除けば,ほかに信頼すべき情報はなにひとつないのだ。
東郷提督は,賢明とも言えるな寡黙さと尊敬に値する慎みをもって彼と部下が達成した戦果を報告しただけで,いかにしてそれを成し遂げたかについてはほとんど触れていない。そのほか,目撃談であれなんであれ,これまでにわが国に届いた非公式かつ独自の報告については,後日,双方から出されるはずのより完全な公式報告と照合されるまで,極力慎重に扱うことをお勧めしたい。
 
本紙通信員によって,「目下,確実に分かっていることは,大規模にして理論的には強力とされていたロシア艦隊が,5月27日の正午過ぎ,敵と交戦を開始し,その後およそ48時間にわたってくり広げられた戦闘と追撃の果てに全滅した」ということだけだ。これは驚くべき事実であり,世界史をひもといてみても,セダンの戦い以来のできごとと言えよう。
 
第一,かの有名な戦いにしてもこれほど突然のものではなく,明らかにそれま
での状況や配置からあらかじめ定められていた結果だった。事の決着がついた後で,東郷の勝利も同じくあらかじめ定められていたと言うのは簡単だが,わが国の最高の海軍専門家の中にも,そうは見なさなかった向きもあるのは確かだ。論より証拠ということわざはじみながら,的を射ている。
両艦隊の優劣を最終的に判断するには,このように大きな海戦の結果を見る以外にない。海軍の戦力を机上で評価する場合,あまりにしばしば物質面が重視されがちだが,戦闘の際に勝敗を決めるのは物質面の充実ではない。
 
触知できず計りがたく,机上の計算ができない多様でありながらも整然たる効果の関連性を持つ人間的要素,艦を戦わせ大砲を撃つ任にある水兵の士気面と知的面での備え,最終的に勝利を確実に手中にするのは,こうした計算できない特質においてまさっている側なのだ。戦いが終わってみれば,こうしたことも皆納得がいくのだが.それまでは専ら推測するしかなく,その共感の赴くままに,期待したり危険を抱いたりするわけだ。
 とはいえ,わずかある1日の午後の間に,ロシア艦隊が物資面に限って言えばはっきりとした差がない艦隊に完敗し,抵抗むなしく48時間以内に戦力としては文字通り一掃されてしまったというのは紛れもない事実だ。はたしてこれをどう解釈し,そこからどんな教訓を引き出せばいいものか。
 
たとえば,物質面のみならず戦闘能力のあらゆる面で両艦隊を互角と見なした上で,実のところ互角の力を持つ艦隊同士でも,わずか2日の間に一方が他方を跡形もなく一掃することができるという事実が存在し,それが実証されたが,この教訓は今日一般的に適用できるものだ,とでも言うのだろうか。
いや,われわれにはとてもそんなことを言う権利はない。今回のできごとを正しく見れば,まさにその反対のことが示されている。つまり,物質面での桔抗は,戦闘の際には士気面や知能面でまさっていることに比べればちりほどの重みしか持たない。
 
東郷が位置取りの上でもはるかに有利であったのは事実だが,その利点は偶然によるものでも,奪取不可能なものでもなかった。意志薄弱な人物だとか,あ
まり明敏でない戦略家なら.より危険な,あるいはより小心な采配によって,それらを失っていた可能性もある。位置取りの利を最大限に生かすこと自体,東郷には士気面でも知能面でも司令官としての希有な才能があることを証明している。事実,われわれは.トラファルガーの戦いに関するマバン大佐の考察に.この戦いの真の教訓を見いだすことができるのではなかろうか。
「トラファルガーの戦いの経緯をたどるとき,大英帝国海軍の優越性は艦船の数の多さではなく,将兵の知恵,活九粘り強さにあったととを忘れるべきではない。艦船の数は,最大のときでもせいぜい敵と互角に過ぎなかったのだ」。問題の核心はまさにここにある。日本海軍の優越性は,艦船の数にあるのではなく-事実,この点に
関しては日本は優越性を全く持たない-将兵の知恵,活九粘り強さにあるのだ。
 日本軍がこうした点で終始優位に立っていたのはだれしも認めるところだろう。ただ難しかったのは,その度合を推し量り・その効果を予測することだった。ロジェストヴェンスキー指揮下の未熟な召集兵は,東郷の率いる歴戦の勇士の敵ではなかった。
闘志あふれる水兵や,正確に撃てる砲手は・たとえ間断なく効果的な訓練を施したとしても,わずか数か月で養成できるものではない。士官にしても,それだけの短期間で海での勘を身につけることはできない。提督の戦術面での能力は天性のものとしても,それは海における持続的経験によってのみ磨かれるものであり,それぞれの持場で責任を負うべき配下の将兵の知性と直観が同時に即座に協力することによってのみ不敗のものとなるのだ。
 
こうしたすべての点で日本軍がロシア軍にまさっていることは予測し得たことであり,事情に通じた第三者のだれもがそう予測していたのは疑いない。唯一の疑問は,第一級の重要性を持つ海戦において,これまであまり試されたこともなければ,実証されたこともないような新たな状況なり戦法なりによって,
その優位性がどの程度奪われるかということだった。おそらくそのために,多くのすぐれた専門家たちは,東郷がこの方面では明らかにすぐれているにもかかわらず・彼の求める決定的な勝利が得られないのではないかと懸念したのだ。
 
しかし,結果はこれまでの海軍の歴史が証明してきた通り,海戦における勝利は機器によって決まるのではなく,人間の資質によって決まるものであることを改めて証明してみせた。機器の充実を図るには,使いこなす人間の側もそれに見合うだけの士気面,知能面での備えを充実させなければならないが,こうした相互関係がいったん確立すれば,劣勢にある側の敗北は,以前よりもいっそう急激で完全なものになるのだ。
 
 すなわち,これこそわが国が日本の海戦の勝利から学ぶべき主たる教訓と言えよう。わが国は海軍将兵の士気面,知能面での備えを常に最高の状態に維持するよう心がけねばならない。いざというときに勝利を保証してくれるのはそれ以外になく・わが国にとって海戦に敗北することは・滅亡を意味し,あるいは最も幸運な場合でも・ひたすら忍従を強いられて生き長らえるこ
とを意味するとなれば,なんとしてでも
 
「わが国の将兵の知恵,活九粘り強さ」に基づく優位性を失うようなことがあってはならない。懸命な思考と,実戦に備えた賢明かつ持続的な訓練の励行を・われわれは全力をあげて行うべきだ。その後のこと
は,いかなる国でも最後はそれ以外にないのだが,ゴーシェン卿がかつて下院で語ったように「神とすぐれた提督」とにゆだねるのみだ。すぐれた提督は,なるほど作られるものではなく,天性によるものであるかもしれない。
 
だが,たとえそうであっても,十分な訓練と経験,懸命な思考とそれを行動に移す知的操作,そして何より,ナィルにおけるネルソン提督の「兄弟のきず
な」のように,すべての階級に有能な部下なくしては,すぐれた掟督となることはできない。
ロジェストヴェンスキーの勇気や能力を軽んじるわけではないが・今回の場
合すぐれた提督は日本側にいたと認めねばなるまい。東郷の采配は実に見事というしかない。むろん,大きな危険を冒したのは疑いないが-ナポレオンの言葉にもあるように,そもそも戦いに危険はつきものなのだ-不必要にチャンスを逃すようなことはしなかった。
 
彼は戦艦による攻撃と・それに続く魚雷攻撃艦艇の襲撃をうまく組み合わせて,それぞれの武器を戦術的に最も有効に使った。東郷はまさにこの点において世界に教訓を与えてくれたのだが,これは,ロドニー提督がドミニカ沖の戦いで見せたかの有名な「戦列破壊」戦法にも匹敵するほどの大きな影響を将来の海軍戦術に及ぼし得るものだ。
 
総力戦における魚雷攻撃艦艇の最も有効な利用法は,これまで確立していなかった。魚雷攻撃は,できれば戦闘前夜に仕掛けるべきとの考え方もあり,事実∴ネルソン提督が敵の混乱とその戦術的結合の妨害をきわめて重視したことを考えれば,それもあながち間違いとは言えまい。
 
しかし,戦艦の猛攻撃が終わるまで魚雷攻撃を保留する方がさらに効果的で
 あることを東郷は証明してみせたのであり,これが成功すれば,敵を混乱させ・その戦術的結合を分断する効果に遜色はなく,また同時に,魚雷攻撃艦艇の攻撃に備えて特別に設置された敵の武装の必然的に露出した部分を,完全に沈黙させることは不可能にしても,効果的に混乱させることはできよう。
 
となると・昔の賢明な提督なら「風上の位置」を占めようと最善を尽く
したように,これからの賢明な提督は・魚雷攻撃艦艇を持ち,その使用に都合のよい状況にある場合,砲撃による敵戦列の混乱から,日没後の水雷艇による容赦のない攻撃で勝利を決定的なものにするまでの間に,敵に回復の時間を与えないように・戦艦による攻撃のタイミングを計ろうと努力するだろう。仮にそうなれば,今回の大海戦はすでにわれわれに戦術上のきわめて重要な教訓を与えてくれたことになるが・今後,時がたちより詳細な情報が入るにつれわれわれはまだほかにも多くの事柄を学ぶことになろう。
 
                             (つづく)

 - 現代史研究

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