「英タイムズ」「ニューヨーク・タイムズ」など 外国紙は「日韓併合への道』をどう報道したか⑫『いとしく,やさしい朝鮮』(「仏ル・タン」)
2015/09/02
「英タイムズ」「ニューヨーク・タイムズ」など
外国紙は「日韓併合への道』をどう報道したか⑫
「仏ル・タン」
(1907(明治40)年7月29日付>
『いとしく,やさしい朝鮮』
朝鮮の帝国がなお保有していた独立の名残も今やおしまいだ。日本と朝鮮の問に新しい協約が締結され,国の行政のすべての部門が直接日本当局にゆだねられた。「鯨が戦うとき,エビが背を折る」という朝鮮のことわざは,この不幸な帝国の歴史をそっくり要約している。
日本と中国の戦争はその領土上で行われ,この国を日本の手中に残した。1895年には蜂起を試みたが,反乱はすぐに敗北する。日露戦争に際して,東京の内閣は,朝鮮を保護国とする取決めを皇帝李熙に押しつける。
戦争の勝利によってアジア大陸での日本の勢力が強まると,1905年11月17日,新しい条約が結ばれ,朝鮮のすべての外交問題が日本の手中にゆだねられることとなる。
これによって日本帝国は,自分たちの役人に朝鮮の官僚の代わりをさせることが可能になった。そして,つい先日,朝鮮がハーグの会議に代表団を送ったのを機会に,林子爵は李熙に即時退位を押しっけた。
先にわれわれがその要点をお知らせした新しい条約は,征服が今や最終段階に入ったことを示している。
新条約によると,朝鮮の全行政が日本の統監のもとに置かれる。その承認がなければ何事もできない。現地人の役人の任命でさえ,統監に帰屈する。もちろん,ソウルの宮廷にしても,国民にしても,その独立が本当に決定的に消滅することを,喜んで受け入れたわけではない。
皇帝は退位せざるを得ない状況に置かれ,退位した。民衆に関しては,極東からのニュース電報を読めば,その精神状態が理解できる。
電報は反乱やかなり重大な混乱の存在,それに戦闘というほどのことではないにしても,日本人と朝鮮人との間で争いが発生していることを伝えている。朝鮮人の受動性がどうであれ.日本人が計画している生活習慣の革命を満足して受け入れるほど朝鮮人は受動的ではない。
だが,この反抗もつかのまのことだろう。朝鮮人は,努力を続けるとか,系統的に活動するということが全くできない。諸国民の運命は彼らが自らつくったものであり,その未来は彼らの行動の報いである。
「今日,朝鮮には独立の資格がないことを認めねばならない」と,伊藤侯爵は最近,朝鮮政府に対して言った。「朝鮮が独立を取り戻すことを多くの朝鮮人が強く求めている。
しかし,1つの国民が独立するのは,国民自身によって,すなわち自分自身の働きによってでしかあり得ないこと,いかなる強国も独立を授けるということはできないことを,これらの人々は想起しなければならない。
したがって,朝鮮が独立を望むのなら,朝鮮にとって最初になさねばならないことは,知識と,この目的のために必要な力とを獲得することである」。
朝鮮は力と知識を得るためのことをこれまで何もしなかった。たとえしようとしたところで,そのために必要なものはたぶん得られなかっただろう。
「キクイタダキがコウノトリと同じ歩幅で歩こうとすれば,すぐに体が裂けてしまう」。日本人の行政能力に比べると,腐敗と怠惰の中で朝鮮人が多少の努力をしたところで,その成果はみすぼらしいものでしかあり得なかった。
それに反して,すべての旅行者,すべての朝鮮通が.日本人がこの国に乗り込んで以来成し遂げた仕事に感嘆している。
何事も彼らの注意深い目を逃れることはなかった。水力の利用から売春に至るまで,すべての問題について,彼らは計画と法規と改革と新しい制度を用意した。
彼らは朝鮮法の成文化,財政状態の健全化,国家行政の再構築に取りかかった。彼らは朝鮮に官僚,技師、商人.企業家を送り込んだ。そして、伊藤侯爵は日本政府がイギリスがエジプトに対してなしたこと,今もなしつつあることを朝鮮でやるつもりなのだと宣言している。
わが国の政治的,経済的な利益は,われわれがすでに指摘したように,この活動によってなんら脅かされることはない。なぜなら,わが国企業の自由は,日本帝国との最近の合意によって保証されているからである。
それに,政治的な面では,朝鮮に対する日本の支配はポーツマス条約以来予見されたことであり,すべての大国によって暗黙のうちに受け入れられていたことなのである。
今起こりつつあることは不可避のことであったし,文明の利益に反することではない。とはいえ,「いとしく,やさしい朝鮮」は,もうおしまいである。不運な国だった。
「塩を売りに歩くと雨が降る。粉を売りに歩くと風が吹く」と.この国は言った。繊細な人々,芸術家たちは,その無垢,無頓着,その風俗の優しさ,その光の純粋さを懐かしむことだろう。
ソウルに着く旅行者は,かつてジョルジュ・デュクロック氏が見たような,「木々の間に.わらぶき屋根の村」が,優美な光を浴びているという光景に接することはもはやない。彼らは煙でどんよりした空気の中に・大建造物・工場・鉄道,制服,ヨーロッパ風の帽子を見出すだろう。これらを見て,心を痛める人もいるだろうが,それは.政治の問題ではない。
関連記事
-
-
日本風狂人伝⑳日本最初の告別式である 『中江兆民告別式』での大石正巳のあいさつ
『中江兆民告別式』での大石正巳のあいさつ   …
-
-
日本リーダーパワー史(690)『中国/朝鮮行動学のルーツ⑤』130年前の「壬午事変、天津条約」での異文化コミュニケーションギャップ、対立から日清戦争へ暴発する
日本リーダーパワー史(690) 『中国/朝鮮行動学のルーツ⑤』130年前の 「壬 …
-
-
『Z世代のための昭和戦後宰相論』★『中曽根康弘首相の長寿逆転突破力』★『戦後総決算」を唱え、歴代内閣が実現できなかった行財政改革を敢然実行した』★『「ロン・ヤス」の日米関係蜜月、韓国を電撃訪問し、日韓関係を一挙に改革、胡耀邦氏と肝胆合い照らし日中関係も改善。口先だけではない即決断実行型の首相だった』
『Z世代のための昭和戦後宰相論』★『中曽根康弘首相の長寿逆転突破力』★『戦後総決 …
-
-
速報(445)『日本のメルトダウン』『パナソニック」「ソニー」など電器産業は総崩れか』●『サムスンの勢いはいつまで続くか』
速報(445)『日本のメルトダウン』 経済評論家・野口恒氏から聞 …
-
-
日本のメルトダウン(533)●「アベノミクスへの信頼感を試す消費増税(英FT紙)◎「再稼働説を支える3つの神話と1つの真実」
日本のメルトダウン(533) …
-
-
日本リーダーパワー史(638)日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(31)<川上参謀総長からロシアに派遣された田中義一大尉はペテルスブルグで活躍<ダンスを習いギリシャ正教に入信して情報収集に当たる>②
日本リーダーパワー史(638) 日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(31) …
-
-
『Z世代のためのオープン自由講座』★『日中韓500年東アジア史講義①』★『明治天皇のドイツ人主治医・ベルツ(滞日30年)の『日本・中国・韓国』五百年の三国志①<日露戦争はなぜ起こったのか>
<2011/02/27 記事再録> クイズ『坂の上の雲』 アジアの観察 …
-
-
日本敗戦史(50)マスコミ人のA級戦犯指定の徳富蘇峰が語る 『なぜ日本は敗れたのか』②リーダー不足と力量不足
日本敗戦史(50) マスコミ人のA級戦犯指定の徳富蘇峰が語る 『な …
-
-
現代史の復習問題/「延々と続く日韓衝突のルーツを訪ねる⓻ー『朝鮮対策(上)朝鮮が中国の属国であり、一朝事あるときに中国が朝鮮のために計る] (『申報』1882(明治15)年3月17日)
『各国新聞からみた日中韓150年対立史⑦』●『朝鮮は中国の属国であり、一朝事ある …
