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片野勧の衝撃レポート(55)太平洋戦争とフクシマ(30) 『なぜ悲劇は繰り返されるのかー内部被ばくと原発- -6000人以上の臨床体験(下)

   

 

片野勧の衝撃レポート(55)

太平洋戦争とフクシマ(30)

『なぜ悲劇は繰り返されるのかー内部被ばくと原発-

6000人以上の臨床体験(下)

片野勧(ジャーナリスト)

 

コロステン第12学校に通う子どもたち

まず、DVDはウクライナのコロステンという町のコロステン第12学校に通う元気な子どもたちの通学風景から始まった。コロステン市はチェルノブイリ原発から約140キロ。人口6万5000人の森に囲まれた小さな地方都市。

私は、その映像にひきつけられた。たとえば、5年生のクラス。この子たちが生まれたのはチェルノブイリ事故後、17年目に当たる2003年。私が驚いたのは、先生が、「何らかの体に異常を感じて、精密検査を受けたことのある人は?」と聞くと、ほとんどの子が「ハイっ!」と手を挙げた。

「時々、めまいがある人は?」「健診センターで精密検査を受けたことはありますか?」の質問にも、「ハイっ!」と手が挙がった。さらに「何の検査を?」という質問に対して、「お腹が痛くてすい臓の検査をしました」「眼科と血液検査と甲状腺の検査をしました」と次々と答える子どもたち。
日本では、こんな光景はありうるだろうか。私は事故から28年が経ってもなお、子どもたちの多くがさまざまな疾患を抱えている現実に愕然とした。それは訴えるのでもなく、当たり前の様子で語っていた。
ウクライナでは学校は小学校、中学校、高校が一貫の11年制で計645人が通う。しかし、特に問題がなく、普通に体育の授業を受けられる子どもは157人(24%)。全体の4分の1に満たないという。ニジニック・カリーナ校長の証言。
「チェルノブイリ事故前はもっと良い健康状態だったのですが、事故後は非常に悪化しました。例えば、よく頭痛になったり、疲れやすくなったり、また鼻血が出たり、甲状腺や心臓やいろんなところに異常を抱えています」
さらに言葉を継いだ。
「私はこの学校の校長になって12年になります。その間、2人の生徒が白血病で亡くなりました。白血病にかかった子は全部で4人。今も重い症状のまま闘病生活を続けている子もいます」
放射線と白血病の因果関係で医師の間にはさまざまな意見がある。しかし、30年以上の教師経験のあるカリーナ校長は、その原因はやはり放射線ではないかと推測している。

ウクライナ政府報告書

 2011年のウクライナ政府報告書「Safefy for the Future」によると、事故後25年間の外部被ばくと内部被ばくを合わせた積算線量は平均15から25ミリシーベルト。ICRP(国際放射線防護委員会)が採用している被ばく上限は年間1ミリシーベルトが移住の基準。
執筆したのはさまざまな分野の専門家で、土壌汚染、健康被害、放射性廃棄物の管理などの視点から、チェルノブイリ原発事故がウクライナの人々にどんな影響を与えたのか。そこには、さまざまな症状、たとえば白血病やがんなどのほか数多くの疾病が報告されている。放射線医学研究センターの副所長・アナトリー・チュマク博士は言う。彼は同報告書の「健康影響」の章を統括した責任者。
「この報告書は単なる統計をまとめたものではありません。報告書のベースになっているのは疫学や臨床研究の成果です。まだ国際機関には認められていません。私たちは腫瘍や白血病だけでなく、腫瘍以外の疾患も増加していると考えています」
現場の医師として大事なことは、国際的合意よりも日々の治療とチュマク博士は言いたげだった。
ウクライナ政府は被災者に関する情報を一元的に管理している。現在、登録数は240万。病気のデータは毎年更新され、蓄積されているという。保健省の担当者、アンドリーナさんの話。
「IAEA(国際原子力機関)は放射線だけを単独で扱い、その影響について議論しますが、私の意見では放射線の由来だけを単独で考えることはできないと思います。将来、因果関係を判断するには、このデータベースは重要な地位を占めていると思います」

町で唯一の総合病院・コロステン中央病院

町でただ一つの総合病院・コロステン中央病院。待合室は患者であふれていた。副院長のアレクサンドル・ザイエツ医師の話。彼はチェルノブイリ事故直後から現在に至るまで原発被害に関わってきた医師である。
「この病院では4半期に1回、診断内容を解析し、健康がどのように変化しているか調べています。そのデータによると、事故後は成人も子どもも健康レベルが低下してしまいました。その要因はいろいろあるだろうが、ただ一部の疾患はチェルノブイリ事故に直接起因していると思います。その第1は甲状腺疾患です。第2は甲状腺がんです。そのほか骨筋疾患や先天性疾患です」
チェルノブイリ原発事故から3年間は旧ソ連で、すべては秘密にされた。その間、小児甲状腺がんが増え始めた。それは土壌汚染からきていたのかもしれない。そうであれば、チェルノブイリ原発事故は人災といっていいだろう。
それにしても、28年経っても、まだ終わっていないと言うザイエツ医師。被ばく地の医師として、長年住民の健康を見つめてきた彼の言葉は重い。

チェルノブイリで起きていることが今、福島でも

次の舞台はウクライナ国立放射線医学研究センター。チェルノブイリ原発事故をきっかけに設立され、内部被ばくによる晩発性被ばくを研究しているところで、所長は小児科医のパーテヴァ・ステパノワ博士。事故後28年にわたり、5万人以上の子どもたちを診察してきた。彼女は語る。
「まず第1に検査した子どもたちの中で健康な子どもが減り、罹患率も高くなっています。呼吸器や心臓循環器系疾患、内分泌系胃腸や肝臓、すい臓などです。消化器系疾患が急に増えたのは体内にセシウムが入った影響と考えられます。子どもの間では貧血が増えています」
子どもたちが放射線に敏感なのは免疫系と造血機能。だから汚染地に貧血が増えたとステパノワ博士は言う。では、免疫や血液に問題があると、どうなるのか? ステパノワ博士は答える。
「風邪をひきやすくなったり、いったん病気になると、症状が普通より重くなり、治るまでに時間がかかり、時には慢性的になったりします。学習面でも記憶力が低下します」
福島原発事故はチェルノブイリ事故と共通しており、チェルノブイリで起きていることが今、福島でも起きていると、ステパノワ博士は見ている。
そしてチェルノブイリ事故の晩発障害(長い年月を経過してから現れる心身の機能障害)が28年後に出ているのに、日本のメディアは“安全キャンペーン”を繰り返す。一体、どのようなデータをもとに安全だと言っているのか。

子どもは未来の宝

「子どもは未来の宝」――。ウクライナも日本に劣らず、子どもの数が減少している。白石さんは低線量汚染地域の子どもの暮らしや健康状態をより詳しく理解するために、9年生クラスに通うマリア・ヤレムチュクさんの自宅を訪問した。
マリアさんは15歳。白石さんの2人の娘のうち、上の娘と同年齢だ。マリアさんの父親は歯科技工士、母親は歯科医師。母親は10歳の時、チェルノブイリ原発事故で被ばくした。マリアの兄は重度の知的障害者。マリア自身も肝臓に先天的疾患があり、食事制限が必要という。テーブルにはご馳走がずらりと並んでいた。母親のナタリアさんの話。
「じゃがいもも全部、自分で植えて育てて収穫したものばかりです。チーズも手作りだし、牛乳も自家製よ。マリアは先天的疾患があって食事には気をつけなければなりません。外で買ったものを食べると、もっとひどくなるので、自分で栽培したものを食べています」
怖いのは食べ物による「内部被ばく」。体外から受ける「外部被ばく」よりも、体内から受ける「内部被ばく」の方が被害が大きいとも言われている。だから、汚染のないものを食べさせて、元気にさせたいとナタリアさんは願う。さらに言葉を継いだ。
「マリアが、お医者さんから“もうお手上げだ”と言われたときは正直、心臓にナイフが突き刺さったような気がしたわ」
ソ連がナチスを倒した戦勝記念日は5月9日。その式典の練習中にチェルノブイリ原発事故が起きた。
「でも、事故のことは伝えられませんでした。かなり被ばくしたんだと思います」
ナタリアさんは15歳の時、ジトーミル州広域診断センターで甲状腺を調べたら、小さいのう胞がたくさん見つかったという。
「もしかすると、今も放射能の影響が続いているのかもしれません。今もとても疲れるの。甲状腺異常の影響なのか、放射線の影響なのか、とても疲れを感じる日があるんです」
こう言って、ナタリアさんは背の高さほどある戸棚から診断書を取り出してきた。マリアさんの正式な病名は「先天性有機酸代謝異常」。マリアさんは小さい頃、頻繁に病院に通っていた。医師からは「もう無理だ」と言われた。しかし、マリアさんは一般の障害者認定は受けているが、「チェルノブイリ障害者認定」は受けていないという。

自殺も考えたけど、子どもはどうなるの?

さらにナタリアさんは話を続ける。
「兄のサーシャとマリアは元気そうに見えるけど、病気が身体の中にあって見えません。私は3人目の赤ちゃんを妊娠しました。しかし、目に見える形の異常な遺伝性疾患でしたので、赤ちゃんは産みませんでした」
――その時、どんな思いでしたか? 白石さんは尋ねた。
「いろいろ思い悩んで自殺も考えたけど、私が死んだら子どもたちはどうなるの? そう考えて思いとどまったの」
ナタリアさんは寂しそうに語った。その目からは今にも涙がこぼれそうだった。このシーンを見て、私は願った。ウクライナのお母さんたちの涙と同じ涙を、福島や東北のお母さんたちから見ることがないように、と。
白石さんはマリアさんにも尋ねた。
「将来、どんな仕事に就きたいの?」
「チョコレート工場で働くか、それとも美容師さんかな。母が勧めるのは看護師だけど」と屈託がない。上映が終わると、場内は大きな拍手に包まれた。その拍手は前向きに生きようとするウクライナの子どもたちへ向けた拍手のように思えた。

子どもたちの命と健康をどう守るのか

子どもたちの命と健康をどう守るのか。「内部被ばく」――。原発事故による放射性物質は、たとえ少量でも体内に入ると、確実に細胞の遺伝子に傷を負わせる。私は、この映画DVDを観て、改めて核の持つ恐ろしさを感じた。
拍手が鳴り終わったところへ白石さんが現れた。午後7時ちょっと前だった。白石さんは製作にまつわるエピソードやチェルノブイリの現状について約1時間、話をした。終わって、何人かから質問が出た。私も2、3質問した。
――ウクライナの人たちはみんな、楽しそうにインタビューを受けていましたが、何か風土と関係があるのでしょうか。
「とても明るくて伸び伸び話してくれました。みんな自分自身の哲学があって、強く前向きに生きようとしているからでしょうか。人生には苦しいこともあるけれども、太陽は必ず昇る、と言って懸命に生きていました。現実をしっかりと受け止めていました」
チェルノブイリ原発事故後、恐怖と不安、白血病などさまざまな困難を乗り越え、そして今も向き合っているウクライナの人々。その体験は、福島原発事故を起こした日本にとって、決して他人事ではない、と白石さんは思っている。

ウクライナには差別や偏見はない

――日本の被ばく者は差別や偏見を恐れて、被ばくの事実を隠したりする人が多いように思いますが、ウクライナでは?
「そういう話は聞きませんでした。最近、結婚した女性にも話を聞きましたが、汚染地域からの移住者であることが、結婚に影響することはないとおっしゃっていました。国が被災者を幅広く認めていることが、彼ら彼女らに勇気を与えているのでしょう」
ウクライナの人口は5000万人。そのうち、240万人が被災者として登録されている。ほかの人たちも大なり小なり、自分たちも原発事故の被害者であるという意識を共有しているからだろう、と白石さんは指摘した。
コロステン市ではチェルノブイリ原発事故後、25年間に浴びた積算被ばく線量は、年間被ばく線量に換算すると、1ミリシーベルト以下。この値は千葉県佐倉市と同じレベル。
ところが、現在、日本政府が進めているのは、年間被ばく量20ミリシーベルトの場所へ住民を戻そうとしているという。白石さんは言う。
「ソ連やロシアの方が、よほど人道的かも知れません」
ソ連の被災者たちが頼りにしているのは、事故後に制定されたチェルノブイリ法。健康調査や保養制度をしっかりと定めている法律だ。住民の健康診断や医薬品の無償化のほか、子どもたちには保養の参加や給食費の無償化などが実施されている。
一方、日本でも「原発事故子ども・被災者支援法」という被災者への思いのこもった法律があるにもかかわらず、それが官僚と自民党政府によって根こそぎ取られ、骨なし法になっているのだ。
日本とウクライナの、この彼我の差はどこからきているのだろうか。私はDVDを観終わった後、駅までの道、言外の意味を考えながら夜空を見上げた。[完]

(かたの・すすむ)

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