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新刊です・申元東 著, 前坂俊之監修『ソニー、パナソニックが束になってもかなわない サムスンの最強マネジメント』徳間書店 (1600円)

      2015/01/02

新刊刊行・申元東 著, 前坂俊之監修『ソニー、パナソニックが束になってもかなわない サムスンの最強マネジメント』徳間書店 (1600円
            監修者・前坂 俊之
           (静岡県立大学名誉教授)
 
今世界で最も注目されている企業はいうまでもなくサムスンである。昨年2009年の売上高は約11兆円で、営業利益は8000億円以上であった。この額は、日本のソニー、パナソニック、シャープ、東芝、日立、三菱、NECなどの電機大手8社を合わせた合計よりも2000億円以上上回っている。本書のタイトル通りソニーもパナソニックもシャープも日本の電子メーカーがたばになってもかなわない巨人に成長したのだが、まだ多くの日本人にはサムソン躍進の本当の意味を理解していない。
 
その意味で、これまで数多くだされているサムスン本の中で最も具体的に人事の秘密を明らかにしたのがこの本である。
 
 本書は 『サムスンの人材経営』 (青林 (チヨンリム)出版社、ソウル、2007年) の最新版からの全訳である。現在まで、14刷を重ね、合計10万部に迫っている。この種の経営書として、韓国ではいわば「バイブル」としてもてはやされている、ベストセラーだ。
 
 本書の著者・申元東(シンウオンドン)は、サムスンの人事部で18年間働き、人事部長まで務めた。その彼がサムスンの人事経営の内幕を初めて明らかにしたおり、奇跡の成長を支えた人事制度の特徴を押さえ、明瞭、簡潔、具体的に記述しており、人事の現場で体験したエピソードなども交えて生き生きと描いている。
 
この本のできる数日前に日本では「日韓併合100年」に合わせて、植民地支配へ反省とお詫びを表明する首相談話が発表され、これに対する韓国側の反応をメディアは注目していた。

これに対し8月23日付の読売新聞では日本企業負かしたから…韓国で反日感情高まらず」の見出しで「韓国の聯合ニュースは、サムスンやLGなど韓国を代表する企業が世界市場で日本企業を追い抜いたと指摘、「過去の対日コンプレックスを乗り越え、世界市場で日本企業を負かしたという朗報が、国民に希望を与えている。その背景には、経済やスポーツが好調なほか、今年11月の主要20か国・地域(G20)首脳会議や、2012年の「核安全サミット」開催国となるなど国際政治における地位も向上、国民の自尊心が満たされている」と伝えている。

つまり、日本の韓国への目は相変わらず植民地にしていた過去に視線が生き、韓国は過去よりも現在と将来に自信をもっているということだ。ちょうどこの原稿を書いているとき、アメリカ・ワシントンにいる娘からスカイプで長時間タダ電話が入り「そうよ。アメリカではサムスンの宣伝、CM、製品が日本製を完全に凌駕しているよ。

自動車も、ケイタイも韓国勢が強い。わたしもサムスンのケイタイを買おうと思ってんの。日本人は世界の中での日本、中国、韓国がどう見られ、比較されているか、外国に出て日本を振り返る視線がないのでサムスンのスゴサ、巨大さが理解できないのよね」という返事であった。

あたかも同じ時期に中国のGDPの速報値が日本を抜いて、世界第2位に躍り出て、日本は3位に転落したと言うニュースが流れ、中国、韓国の躍進と日本の凋落のコントラストは際立った。ちょうど100年前の日本の韓国併合、中国侵攻によるアジアの覇権を日本が完全に握ったのが、180度逆転したのである。世界史の中の国家興亡史で三国の関係が逆転したの歴史的な出来事となった。
韓国の躍進はすでに以前から指摘されていたが、日本は中国の方にばかり目を向けていた。韓国の経済力の躍進を象徴するものはサムスンだけではない。韓国の政治力も文化力も、教育力も韓国人そのもののコミュニケーション能力、情報発信能力も日本人を上回るものがあると、最近はつくづく思う。

李明博(イ・ミョンバク)大統領のトップセールス、国家づくり、外交力だって、日本のコロコロかわり、国際舞台でのリーダーシップなどまるでない自民党、民主党の総理とは格段の違いである。行政のスピード、変化への対応力、スピードだって日本の何倍も早い。

その象徴がサムスンである。今、メディアで伝えられている日本の国内政治の劣化、惨状は太平洋戦争の昭和18,19年の全面的な敗北、玉砕の悲報が連日報じられているのと同じである。その原因となった日本の政治、経済、行政のシステムにおける人事制度は封建時代とあまり変わっていない。徳川時代のやりかたと変わっていないのだ。情実人事、実力、成果主義の正反対、年功序列、ボンクラお坊っちゃん2世3世4世国会議員が半分を占めるのは世界の物笑いである。封建時代の世襲制度、官僚システムが徳川時代、明治維新以後も250年連綿と続き未だに改革されていない。県会議員、市会、町議会議員も同じ税金収奪ピラミッド構造に組み込まれて、主権在民、政治家も役人も市民、住民の使用人である、税金による雇い人であるーという住民自治のシステムが出来上がっていない。日本は本当に「主権在民」の民主主義国家ですかね。その根本が今問われているのです。経済最優先・拝金主義の封建国家なので、実力のみのグローバル大競争の世界では必然的に敗れて行くのです。

そうかと思えば経済学、金融学を知らぬ法学部出身(しかも大学院卒、博士課程卒でない)が大く占める財務省、金融専門家、ドクターのいない素人集団の日本銀行、まったく時代遅れた明治以来の年功序列、学歴(学力ではばい)主義、信賞必罰の逆制度など昔とさほどかかわっていない。これをチェンジしてほしいと願って民主党に投票した国民を民主党は裏切ってしまった。

しかも、役人は国民から預った税金をあたかも自分たちの私有物のようにこころえて、外郭団体をやたらと作って天下り先にして、退職金を税金から詐取する。無駄な事業、身内用の建物を作って何千の億もの税金の無駄使いをして、責任も問われない。これはれっきとした税金泥棒、公金横領、税金詐取ではないのか。メディアもその公務員の犯罪を追及しないテイタラク、これでは国が破産しないわけないよ。

こういう連中こそ「サムスン最強のマネージメント、人事制度」に学ぶ時であろう。日本全体を覆っている問題解決能力のなさを見るにつけ、この本は日本の教科書になるだろうと思う。

今こそ「サムスン最強のマネージメント」に学び、そこに提示されたグローバル時代の勝利の方程式を学べである。経済人だけではない。日本政治家も役人も経済人も教育家も大学人も学生も、国民のすべてに、人間の大切さ、教育の大切さ、人材養成の世界的な成功法が、この中にすべてもられていると思う。
 
何がサムスンを最高にしたか(著者・申元東<シンウォンドン>)
 
ハーバードの経営大学院も注目するサムスン
 
 2004年5月末、ハーバード大学の経営大学院生32名がサムスンの現場を直接体験して学ぶために、韓国へとやってきた。彼らは休み中の課題である「世界の超一流企業体験学習プログラム (HBS Korea Trip 2005)の一つとして、サムスンをベンチマーキング(ある分野の最高優良企業を調査・分析し、自らの糧とすること)しようと訪ねてきたのだ。
 彼らがまず訪問したのは、ソウル市の太平路にあるサムスン電子本社のグローバルマーケティング室と未来戦略グループだった。そこでサムスン電子のおおよその現況を説明されたのだ。
 
そして彼らはブランド、製品戦略、および未来戦略などについて鋭い質問をするとともに、デシフンィスカッションを行った。その後、世界をリードしているサムスン電子の半導体関連の始輿ヨンイン工場(ソウル郊外、京畿道龍仁郡)を訪ね、サムスン電子の半導体の現況と世界的なプレゼンス、中長期経営戦略などを紹介され、現場を体験した。
 サムスンがこのように優秀な企業のベンチマーキングの対象となり、世界的な経営大学の研究対象となった理由はどこにあるのか。このサムスンの力とはいったい何なのか。
 世界のマスコミは近年、先を争ってサムスンの成功の秘訣について報じている。それらの記事の核心は、「サムスンの人材経営」によって占められている。
 
 しかし、これまでサムスンの成功神話について多くの分析がなされ、スポットが当てられてきたが、肝心要の人材経営の核心に踏み込んだものはそう多くない。あったとしても、「群盲象を撫でる」式の漠たる推測記事がほとんどだ。
 しかしながら、現実的にはそうならざるを得なかった。外部の人びとがサムスンの内部に立ち入るのはほとんど不可能だったからだ。とくに、人事についてはサムスンに長く勤めた「サムスンマン」 でさえ、わからないことが多い。人事についての重要なことは大部分が極秘に管理されてきたからだ。
 
 そのために、同じ人事部に属する者でさえ、実際に人事を担当する者以外は個々の具体的なことについては詳しくわからないほど極秘にされてきた。
 
サムスンは人材を経営する
 
 サムスンの人材経営をベンチマーキングするために少しでも分析したことがある人なら、ためらいなく「やはりサムスンマンは違う!」と感嘆するようにいったものだ。サムスンマンは名門大学を卒業して優れた実力と才能があれば勤まるというものではけっしてない。またサムスンという組織にただ身を委ねていれば、自ずからサムスンマンになれるというものでもない。
 
 サムスンには、長い年月をかけて伝統的に受け継がれ、蓄積されてきた特有の強力な人材育成システムがある。サムスンマンは、人事管理と一心同体の戦略的な教育と徹底した訓練を経て体系的に育成される。人材には先天的なものもあるが、きちんとした教育を通じてこそ、(後天的に) しっかりと育てられる。この確固たる信念と哲学、そしてノウハウをサムスンはもっているのである。
 
 サムスンは人材を尊び、立派な人材を確保するために特段の熱意を払っている。例えば、サムスンは、新入社員公募採用制度やキャリア社員公募採用制度を韓国で初めて導入した。また、人材を選抜するために開発した各種の工夫をこらした面接方法をたくみに運営している。このような徹底した努力とシステムは、サムスンがいかに人材を重視しているかを示している。
 サムスンは才能ある人材を選ぶのにもまして、人材を育てることに情熱を注いでいる。サムスンに身を置いているマンパワーを立派な人材に育て上げるのはもちろん、社会一般の人材育成のための投資にも特別に情熱を注いでいる。イゴニ会長は「企業が人材を育成しないのは一種の罪悪だ」とまで主張したことがある。

サムスンは今日、世界の超一流企業としてそびえ立っているが、その秘訣はまさしく「人材づくり」にある。サムスンは人材を育てる。そして立派に育てられた人材が、サムスンを世界的な超一流企業へとつくり上げたのである。

 
人事部長から見たサムスンの力
 
 私は大学を出てから、サムスンの人事部に18年間勤めた。入社とともにサムスン電子地方事業所人事部にすぐ配属され、人事のイロバから教わった。そして、人材育成を指導する現場で働き、身をもって体験するなかで、私自身もサムスンが望む人材につくられていった。
 
 サムスンを辞めてからは、人材資源の管理や開発の分野でコンサルティングにかかわり、多くの企業とCEO (最高経営責任者) たちが、サムスンの人材育成システムを知りたいと思っていることがよりよくわかった。これが、この本を執筆した一番大きな動機だ。サムスンの人材育成と哲学、そしてシステムを学ぼうという現場の声と、優れた人材として育成されていくサムスンマンをベンチマーキングしたいという人たちの要望に応えたかったのである。
 
 本書は、人材経営の現場で私が直接見て肌で感じたサムスンの人材づくりのノウハウと事例をありのままに紹介している。自らの人生において優れた人材となって見事にリーダーシップを発揮したい。本書はそんな多くの読者に、誰でもそうした人材になれるという自信と勇気をもたらすだろう。そして企業をはじめとするすべての組織、今日も熱心に働いているすべてのビジネスマンに、経営の重要な哲学を心に刻み、誰からも認められる優れた人材になれるというビジョンを伝えるであろう。
 
目次
 
プロローグ ―何がサムスンを最高にしたかーハーバードの経営大学院も注目するサムスン/サムスンは人材を経営する/人事部長から見たサムスンの力
 
第1章           サムスンの人材経常戦略-サムスンは人材をつくり人材はサムスンを成長させる-
 
1 奇跡を起こすサムスンの人材経営/サムスンはミステリーな企業だ/サムスンを動かす経営者精神/サムスン・ミステリーの正体/サムスンは人材を、人材はサムスンを目指す
2 錦鯉人材論-人材づくりの秘訣が込められたビデオ/錦鯉の誕生錦鯉の名品をつくれ/サムスンは錦鯉のような人材を求めている
3 サムスンは戦略的に人材をマネジメントしている-人材を育てないのは罪悪である/サムスンの人材育成は戦略的で体系的である
4 成功の秘訣はリーダーシップにある-映画「ベン・バー」からリーダーシップを学ぶ/何よりもリーダーシップが重要である
5 核心的リーダーを育てよー事業のリーダーを養成するサムスンの超一流教育/たえずリーダーシップについて研究する
6 サムスンの底力は「地域専門家制度」にあるー他に例を見ない独自の専門家育成制度/サムスンの情報力はFBIレベルある/サムスンマンが最も好む制度
7 成果に対する褒賞が確実-成果のあるところに褒賞あり/新入社員とは信じられない大変な額の年俸/金はたくさんもらうが、彼らも疲れている
8 サムスンだけがつくれる特別な組織、超一流の人材-組織力で動くサムスン/10名の精鋭メンバーのタイムマシン・チーム会社はいかなることにも干渉しない限界挑戦チーム/最高のデザインを経営するCNBチーム/ワールドプレミアム製品の根幹はデザインである/サムスンの超特級人材・未来戦略チーム
9 サムスンはこうして人材を引き寄せる-核心的事業には核心的人材が必要である/社内公募制で人材選抜/サムスンの精神は徹底して共有
10 サムスンは自らサムスンの技術人材をつくり出す-サムスン工科大学、社内大学で初の博士を出す/人材と技術を基礎にして…企業に大学を設立せよ/一般大学より施設がよい社内大学/学業のレベルは既製の大学と比べものにならないほど高い
 
2章 サムスンの成功戦略-サムスンで昇進し成功した人たち
 
l サムスンで成功した人たちの共通点は何か-サムスンでは財務通が成功する/サムスンではライトピープルが成功する/サムスンではT字型人材が成功する/サムスンでは人間味ある者が成功する/サムスンでは推進力のある人が成功する/温かいカリスマ性を備えよ
2 サムスンマンは退社後に何をするのか-サムスンマンの退社後が気がかりだ/早く出勤し、早く退社せよ/サムスンはいつも教育中/上司との1対1の評価/
3 入社したが成長できない人たち-中途退社対象の第1位はどんな人たちなのか/入社して誰もが成長するわけではない/サムスンは業績ではなく力量を重要視する/競争を喜ぶ人だけがサムスンでは生き残る
4 サムスンで昇進するには段階と順序がある-職場で最も楽しいときはいつですか/昇進にも段階がある/組織の長は柔軟性があるべし/昇進しょうとすればポイントを積み上げよ
5 サムスンで昇進する人はここが違う/サムスンは徹底してサムスンマンを求める/「知行用訓評」を実践せよ
6 サムスンで最高の経営者の夢を成し遂げたいなら/生まれながらの才能に後天的学習が加えられなければならない/自分の強みを発見せよ/最高経営者になろうとするなら、長期的な計画をもって取り組め/自分の強みが最高経営者をつくる
 
7 サムスンの社長団は彼らだけの共通点がある-サムスンの社長団は1等を目指す執念が強い/サムスンの社長団は人材経営の哲学をもっている/サムスンの社長団は変化と革新を主導7サムスンの社長団は技術を重視する/サムスンの社長団は実力とプロ意識をもつ専門家/サムスンの社長団はグローバルマインドがある/サムスンの社長団はコーチングリーダーシップを発揮する/サムスンの社長団は現場を重視する/サムスンの社長団は自己管理が徹底している/サムスンの社長団は全員が会社の主人だ

第3章 サムスンの採用戦略-サムスンは超一流の人材を求める

l
 サムスンはいかなる人びとを採用するのか-サムスンの採用の歴史を見る/サムスンに合う人材はサムスンが直接評価する/サムスンにはおいそれと入れない

2
サムスンが選ぶ人材はここが違う-ゴールドカラーが時代をリードする/コードが合う人材
3去って行った人も必要とあれば再起用せよ/核心的人材が去ろうとしているとき/去ろうとする人を絶対に引き止めない?/実力さえあれば三顧の礼をもってしても問題ではない
4 核心的人材を養成するサムスンの人材士官学校新入社員を核心的人材につくりあげる所/教育が超一流企業をつくる・サムスン人力開発院には院長がいない?
5超一流を目指す新入社員になれーどきどきした入社の初日/サムスンマンのパワー、ここにあり/
6 サムスンの教育担当者は一味違う-サムスンの教育担当者は「スピリチュアルリーダー」だ/サムスンの教育担当者は「プロデューサー」だ/サムスンの教育担当者は「コーチングリーダー」だ/サムスンの教育担当者は「チアリーダー」だ/サムスンの教育担当者は「パフォーマンスコンサルタント」だ
 
4章 サムスンは取り残された人もマネジメントする
 
1 頭の痛い人を扱うサムスンマンの特別ノウハウ-組織にはいろいろな人が集まっている/取り残された人を管理するサムスンマンの対処法/メンタリングでは上司より指導先輩の方がよい/私がコーチングした「5分前」の後輩/
 後輩に誇りを育んであげよう/取り残された人びとを扱うもう1つの方法/
 
2 サムスンが育てる人材、見捨てる人材-サムスンはこういう人材を育てる/サムスンはこんな人間を見捨てる
 
エピローグ-新しい人材経営のために
 
解説-サムスンはいかにしてトップに立ったか/勝利の鍵はトップダウン経営と人事にあり/日本はなぜ敗北したのか/サムスンはこれからが正念場
 
訳者あとがき
 
岩本永三郎(いわもとえいざぶろう)<ソニー・セミコンダクタ一九州(株)副社長などを歴任。サムスンとソニーとの液晶合弁会社(S-LCD)立ち上げに中心的な立場で尽力 >
 
 
 本書は 『サムスンの人材経営』 (青林 (チヨンリム)出版社、ソウル、2007年) の最新版からの全訳である。現在まで、14刷を重ね、合計10万部に迫っている。この種の経営書として、韓国ではいわば「バイブル」としてもてはやされている、ベストセラーだ。
 サムスン電子は2004年に純利益でマイクロソフト、インテルを抜き、世界トップのIT企業に躍り出た。その勢いは今も止まらない。世界的にIT産業が伸び悩むなかで、サムスン電子だけが世界のトップランナーとして独走している。この奇跡的な成功は世界の注目を集めている。現に、2010年7月7日、4~6月期の連結営業利益はおよそ3700億円で、前年同期比で約90%に迫る額に達したことが公にされた。これは、過去最高水準の利益である。
 
ちなみに、昨年2009年の売上高は約11兆円で、営業利益は8000億円以上であった。この額は、日本のソニー、パナソニック、シャープ、東芝、日立、三菱、NECなどの電機大手8社を合わせた合計よりも2000億円以上上回っている。
 
 その秘密はどこにあるのか。世界のマスコミや研究者が先を争って調査した結果、その核心はサムスンの人事戦略にあることがわかってきた。しかし、その具体的な内情はサムスンの一般社員ですら寄せつけない秘密のベールに包まれており、これまでの報道や研究書も上っ面をなぞるだけだったり、単なる憶測の域を出ないものばかりだった。
 
 本書の著者・申元東(シンウオンドン)は、サムスンの人事部で18年間働き、人事部長まで務めた。その彼がサムスンの人事経営の内幕を初めて明らかにしたのが本書だ。こうした本はえてして部外者には意味不明の細かい制度の説明がだらだらと続き、無味乾燥で中身のない抽象論になりがちだ。
 
しかしこの本では、奇跡の成長を支えた人事制度の特徴がポイントを押さえ、明瞭にして簡潔にわかりやすく、具体的に説明されている。しかも、著者が人事の現場で体験したエピソードなども生き生きと紹介され、具体的で血の通った内容になっている。
 
サムスンといえば、かつては創業者・イピヨンチヨの出身地の縁故から、慶尚北道、とくに大邸の地方閥で固められていることで知られていた。しかし本書によれば、サムスンはとっくにそぅした因習から脱し、徹底した能力主義、成果主義をとっている。また人材育成に文字通り惜しみなく投資している。こうした点は、往時を知る立場からは、まことに隔世の感がある。
 
 韓国では、こうした地縁主義が権威主義や怠慢、ずさんな品質管理、無思慮、不正、無責任、個人プレーなど、近代化と成長を妨げる諸悪の根源となってきた。つまりサムスンが地方閥の支配を克服したということは、こうした韓国の宿病を解決したということでもある。それを証するように、現在のサムスンでは「適当主義」は最も忌み嫌われているというのは、本書でも強調されていることだ。
 
 また、本書を読むうえで踏まえておかねばならないのは、サムスンが韓国国内は言うに及ばず、世界中から優秀な人材を集める背景に、たえず成長を目指す上昇志向、貧欲なハングリー精神があるということだ。例えば、サムスングループの中核企業であるサムスン電子は2006年に設備投資9・23兆ウォン (日本円で740億円)を投じている。日本の大手電機メーカー8社の設備投資が合計3兆円であるのをみれば、サムスンがいかに果敢な経営戦略をとっているかがわかるだろう。そして、本書にあるように、そのなかでサムスンは人材育成に途方もない資金を投じている。このように、まっすぐ未来を見据えた積極的な経営戦略と財政基盤があるからこそ、韓国の優秀な若者がこぞってサムスンを目指すし、世界の優秀な人材もヘッドハンティングに応じているのだ。そして、それこそがサムスンの人材育成を支えているのだ。
 
 最近は、日本も経常収支黒字や各種の企業実績などで史上最高を記録するなど、長い不況のトンネルから脱出しつつあるといわれる。しかし、多くの人にとっては、その実感はいまだ薄い。また、何よりもこのグローバルな大競争時代のなかでは、わずかな油断も企業の命取りになる。そして、その企業の成長を支える本質は何よりも「人」だ。「企業は人なり」というのは言い古された格言だが、今はどこの言葉を思い起こさねばならないときはないだろう。そして、日本企業にとって最大のライバルというべき韓国のトップ企業・サムスンの成長を支えたのもまさしく人事だ。その秘密を知ることなくして、日本企業の国際的な生き残りもありえない。
 これに関して本書から窺えるのは、サムスンが米国の成果主義や能力主義、人材開発システムに学びつつ、それをただ鵜呑みにするのではなく、韓国の企業風土や社会でうまく活用できるように組み換え、合理的に取捨選択して用いているという点だ。これに対し、日本ではひたすら従来の日本的経営を変えていくのが「改革」であるような風潮がある。それに基づいて大手企業が先を争って米国式の経営手法、とくに人事制度を導入してきた。
 
 しかし、最近ではそれがかえって成長を頭打ちにさせているのではないかとも指摘されている。そのため、日本的経営のよさを見直そうという声もあがっている。グローバル時代には徹底した合理化を進めつつ、かえって欧米と異なる伝統的な経営手法を生かさなければならないということだ。サムスンの成功はそのよいお手本でもある。単に「サムスンの奇跡」の真実を知るだけでなく、伝統的な手法と欧米的な手法の長所をうまく活かした成功例のケーススタディとしても、本書から学ぶべき点は多いだろう。
 
訳者プロフイール
岩本永三郎(いわもとえいざぶろう)
1945年、東京生まれ。北海道大学理学部物理学科卒。テキサスインスツルメンツ社を経て1985年にソニー入社。(半導体LSI)事業部門長、ソニー・セミコンダクタ一九州(株)副社長などを歴任。その後LCD開発センター長、S-LCD推進センター長とLC、サムスンとソニーとの液晶合弁会社(S-LCD)立ち上げに中心的な立場で尽力。2006年、ソニーデバイス販売特約店の(株)バイテックの社長に就任。2010年明より同社最高廣問。また、2005年~2007年には九州大学客員教授(産学連携)を務め、日韓の産学交流などにも積極的に活躍している。
 
監修プロフイール
前坂俊之(まえさかとしゆき)
1943年、岡山県岡山市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、毎日新聞社に入社。情報調査部副部長などを歴任。1993年より静岡県立大学国際関係学部教授を務め、現在は、同大学名誉教授。ジャーナリスト、ノンフィクション作家としても活躍。著書に「メディアコントロール」(旬報社)、「太平洋戦争と新開」(講談社)、「明治37年のインテリジェンス外交」(祥伝社)などがある。さらに近著「痛快無比!ニッポン超人国鑑j(新人物文庫)がある。

 
 
 

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