『東京デフリンピックとベートーヴェン 』★『参加したアスリートたちの活躍を見ながら、大いに励まされた』★『ベートーヴェンは若い時から難聴に苦しみ、一時自殺を考えた』

第25回夏季デフリンピック東京大会は11月15日、東京都渋谷区の東京体育館で開会式が行われ開幕した。デフリンピックのデフ(Deaf)とは、英語で「耳がきこえない」という意味で、国際的な「きこえない、きこえにくい人のためのオリンピック」。聴覚障がい者、ろうあ者に対する差別をなくし,共生する社会を目指している。
国際ろう者スポーツ委員会(ICSD)が主催し、4年毎に開催されるデフアスリートを対象とした国際スポーツ大会で第1回は、1924年にフランスのパリで開催された。東京2025デフリンピックは、100周年の記念すべき大会であり、日本では初めての開催で11月26日までの12日間開催され、21競技(209種目)が実施された。
参加したアスリートたちの活躍を見ながら、大いに励まされたが、障がい者とか、健常者という名前の分類に大きな違和感を持った。
「楽聖」とよばれるベートーヴェンは1770年ドイツ・ボン生まれた。1827年3月26日、オーストリア・ウイーンで死去、56歳だった。彼は若い時から難聴に苦しみ、一時自殺を考えたことはよく知られている。
晩年には完全に耳が聞こえなくなった。その主な原因は鉛中毒だった。当時、ワインには甘味料として鉛が使われることがあったため、ワインを大量に飲むことで鉛を摂取し、聴覚障害が起きた。彼の毛髪から非常に高い濃度の鉛が検出されたことが「鉛中毒」の根拠とされている。
ベートーヴェンは20代後半から難聴の症状が現れ、徐々に悪化した。30歳前後でほとんど耳が聞こえなくなったが、これを乗り越えて交響曲第5番「運命」(1804から1808)を作曲、完成した。この間は、彼の「英雄時代」と呼ばれる時期にあたり、ベートーヴェンが聴覚の衰えという個人的な苦悩を抱え、ナポレオン戦争による社会的な混乱が広がる中で作曲された。
40歳頃には全聾となったが、これ以降にも多くの作品を作曲した。代表的なのは「交響曲第9番(合唱付き、1824年)」があり、「ピアノソナタ第30番から32番」「弦楽四重奏曲第12番から16番」「ミサ・ソレムニス」なども、この時期に書いている。 この他にも、多くの優れた作品を生み出し作品番号があるものだけでも138曲あり、生涯で作曲した作品は、300曲にも上るといわれている大音楽家である。
運命の扉をたたく「ダ、ダ,ダー、ダン」という打撃音は彼の難聴が悪化していく運命の絶望感と激しく戦うベートーヴェンの心を作曲したものと思われる。
- なぜ、難聴を克服して多数の名曲ができたのか!?

①絶対的な音楽的知識と経験の底力があった。ベートーヴェンは幼い頃から音楽の英才教育を受け、卓越した演奏家・作曲家として長年の経験を積んでいた。そのため、楽譜を見たり頭の中で音を想像したりすることで、音楽を完全に「聴く」ことができた。
② 骨伝導を利用した。ピアノに耳を近ずけたり、ピアノの弦に木の棒の端を噛み、もう一方の端をピアノの響板に当てることで、音の振動を骨伝導で感じ取っていたというエピソードがある。
③ 筆談を活用していた。聴力がさらに悪化した晩年には、弟子や友人とのコミュニケーションのために「会話帳」(筆談帳)を使い、社会的な交流や音楽に関する意見交換を行っていた。これにより、孤立しながらも創作意欲を維持することができた。
④『ハイリゲンシュタットの遺書』とは聴覚を失うことへの絶望から、1802年にウィーン郊外のハイリゲンシュタットで自殺を考え、弟たち宛に遺書を書き残した。しかし、遺書は発送されず、芸術への使命感を再確認する宣言となった。
⑤ ベートーヴェンは、耳が聞こえなくなるという逆境を、それまでの音楽の常識にとらわれない、より革新的な音楽を生み出す原動力に変えていった。長年ピアニストとして、作曲家として、和声や旋律の構造に精通していた。これにより、実際の音を確認しなくても、頭の中だけで曲の全体像を組み立てることができた。
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不屈の精神力と作曲の継続で「死」を乗り越えたベートーヴェンは、この苦悩を音楽へと昇華させた。「運命」は、まさにこの時期に作曲されたもので、「暗から明へ」という構成は、彼の苦悩とそれを克服した精神を表現している。
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私は心がなえて鬱(うつ)状態になった時、「運命」や「合唱」の音量を上げて聞くことにして、気分転換している。

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