『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』㊶『日本の軍備を論ず』(中国と日本の演習の違い)1893(明治26)年4月
2015/01/01
『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』
日中韓のパーセプションギャップの研究』㊶
1893(明治26)年4月24日 光緒19年癸巳3月9日「申報」
『日本の軍備を論ず』(中国と日本の演習の違い)
昨日,本紙が日本の海軍演習を伝えた。それを読むと軍容が彷彿と浮かび上がってくるようだ。ある客が次のように尋ねた。「日本は維新以後何事につけ西洋のやり方をまね,軍隊,武器軍艦,一律に旧来の制度を廃し,新たな制度を切り開いています。海外でも雄と称し.周りの国をおびえさせています。今新聞の記事を見ると.魚雷.水音のほかは日本の旧式のものと西洋から学んだものとは,きわめてかけ離れています。いったいなぜでしょうか」。
そこで私は,次のように答えた。
「日本の演習はそのようなものではありません。現在の演習は体を鍛えながら.むだな時間をつぶすためのものなのです。私がかって中国の兵を見たところ,戦争以外のときはたいてい遊びに出かけ.三々五々かたまって街をうろつく。
アへン窟でなければ茶館でふざけちらす。それが習慣となって当り前になっていました。ひどいものになると飲む打っ買うをほしいままにし,さまざまな違法行為でしないものはないのです。たまに将校に訴えても.軍内の悪党を責めるに痛懲をもってし.耳箭をもって辱を示すだけです。それが終わるともとどおりやりたい放題で,ときには将校が不正にも兵隊をかばい.別人に刑を受けさせるので訴えることもできないのです。
日本は兵士がこんな悪習に染まるのを恐れ,軍務の余暇にも兵士を活動させ,淫逸の気が生まれないようにしているのです。たとえば相撲は力を競うためで,桶を頭に載せるのは山中で水をくむことを習うためで,剣道は眼力と腕を磨かせるためです。
アヒルを追うのも,古人がガチョウを打って軍声をかき乱した意図をまねたものです。軍に必要なわけではありませんが,それによって放埓になり,面倒を起こすのを防ぐのです。
そのやり方は良いし.意図もすばらしい。中国兵が思いのまま遊びほうけているのに比べれば雲泥の差です。
うまく法律を守れる者は,大体.その法律の最も肝心なところをよく理解しており,法律にとらわれていないと言えましょう。日本の練兵は私も柵に寄りかかって見たことがあります。以前わずかの間、江戸に遊んだ際,友人と連れ立ち四谷の山の頂上に遊びにいきました。
そのとき士官学校の陸軍少将木野君は命令を下し,訓練を始め、馬を駆けさせる演習を見せてくれました。身の軽やかなさまは燕のよう,一躍飛び上がり,逆立ちや宙返り,旋回すること4度,少しも休みません。
木の障害を飛び越えましたが2丈あまりの高さでした。演者は長い竹ざわを持ち,肩をそびやかし.障害の上を越えていきます。敏捷さは猿のようで目がくらむほどです。小銃連隊に至っては発射音が1つのようで,いささかの乱れもありません。歩調も整い,空を行く雁の形のようでした。次に学習院へ行きましたが,その兵式体操はさらにすばらしかった。
木野君の言うところによれば,日本の兵制は陸軍の歩兵.騎兵.砲兵,それぞれの隊の各士官で学業にすぐれ,陸軍で役に立ちたいと志願する者があれば入学させ.各科に配属させます。
連隊では自分の性にあったものを選ばせます。一生懸命勉強し,1年半で卒業し.卒業すると原隊に復帰し.軍機を学びます。そして半年後,1週間の将校試験を受け.その後に会議を開き.皆が良しとしたら提督,師団長に申告し,提督.師団長が良しとしたら監軍に申告し,監軍は陸軍大将に申告し.朝廷に奏上し,それから任命されます。
海軍の階級もこのようであるとのことでした。私は文士で軍備には詳しくないし.その軍が本当に敵を殺し成果をあげることができるのかどうかわかりませんが,その演習がいかに勤勉であるか.その昇進がいかに慎重であるかを見,軍を運営する大事を軽視したことがないことはわかりました。
だからこそ西洋の方式の長所を集め,しかもそれにとらわれないでいられるのです。
故に私は中国と日本が密切な関係をとだえさせてはいけないことを知ったのです。中国は欧米と接触し始めたとき.何事につけ西洋に制せられ,意のままにすることができませんでした。現在は意見も次第に穏やかに気持もしだいに打ち解け,問題が起これば心を合わせて助けあい,挑発的言辞もなくなりましたが,猜疑心は依然として消えていません。部外者は常に次のように言います。
いったん不和が生ずれば中国の陸海軍は5万.西洋には及ばない。両軍が交戦し,血が飛び肉がぶつかり,武器が地を覆い火が天を焦がせば,その勝敗は占うまでもなくわかる,と。
私は必ずしも心配する必要はないと考えます。今の西洋は,昔の胡や越のようなものです。日本は隣人です。隣国が弱ければ援護を失い.隣国が強けれぼ互いにかばいあえます。平素交際をせず.贈答もなく,たまたま急場になれば日本に助けを求めるということができるでしょうか。古くから友好関係を保ち,使節を派遣し,一切騙術を捨てるべきです。
わが国は日本の都に勅使を駐在させましたが.日本は礼をもって優遇しました。日本の使者が中国にやってきても礼はますます厚いのです。新任の中国駐在公使渡辺君が亜細亜協会副会長だったとき.会談したことがありました。
中日が連帯し.外国に対抗することを深く願っていました。それは懇々と熱心で,謙虚で慎み深い様子でした。交わりをますます親密にして.唇と歯のように緊密にすれば,仮に他国が戦争を仕掛けてさても,公法を犯さずに援助を請えるばかりか,内から戦いとなる災いを消すことができます。したがって,日本が強いのは中国の幸いでもあるのです。ロシアが勃興し鉄道を築き,中国の隠れた大患となっているのとは違うのです。
あるいは次のように言う者があるかもしれません。日本と中国は隣り合っているのだから.日本は兵強く国富んでいるので絶対に侵略を企てないとどうしてわかるのか,と。それには次のように答えましょう。絶対にそのようなことはないのです。
日本の領土は中国より狭く,日本の人口は中国より少なく.さらに性格や行いはわれわれに似ています。日本の軍が日増しに強大になっても,外国からの侮辱を防ぐのは難しいのです。必ず勝利を得るため,アジアと連帯して一家となろうとするでしょう。一家であって互いに食い物にしあうなどということがあるでしょうか。したがって侵略の気持などないとわかるのです。
中国が強大になって日本を心服させることは可能ですが,もし虚弱であれば日本もさげすむでしょう。富国強兵はやはり自身で計画しなければならないのです。天下太平でのろしも上がらず軍隊を整理するようになるまで,絶対に事前の準備の手を緩めてはいけないのです。詩人が私より先に言っています。皆様方,事前の準備を尊び.日本だけに1歩先んじさせてはなりません」
関連記事
-
-
『リーダーシップの日本近現代史』(122)/記事再録☆日本一の「徳川時代日本史」授業④福沢諭吉の語る「中津藩で体験した封建日本の差別構造」(旧藩情)を読む⑤☆『なぜ徳川時代はダメなのか、一番よくわかる福沢の解説』
2014/01/26   …
-
-
『リーダーシップの日本近現代史』(258)/ 「ニューヨーク・タイムズ」など外国紙が報道した「日韓併合への道』の真実㉖ 「日本は朝鮮を吸収との言」ーハルバート氏,すべて良好とのラッド教授の意見に反論』★『償いなき略奪。日本が条約に違反し製品を無開税で輸入している証拠を握る
2018/01/12「 英タイムズ」「ニューヨーク・タイム …
-
-
『Z世代のためのウクライナ戦争3年目講座①』★『赤い旗(共産主義国家)の利点は殺人者が血に濡れた手を拭っても汚れないうことだ(ユダヤの格言)』★『3年半が経過したウクライナ戦争はプーチン・ロシアの歴史的体質とトランプ氏の支持で、戦争終結はさらに伸びそうだ』
2022/05/11 /『オンライン/ウクライナ戦争講座』記事再録 …
-
-
日本リーダーパワー史(259) 『明治の巨大国家プロジェクトを組み立て、日清、日露 戦争の勝利方程式を解いた川上操六(36)
日本リーダーパワー史(259) 『明治の巨大国家プロジェクトを組み立て、日清、 …
-
-
片野勧の衝撃レポート(78)★『原発と国家―封印された核の真実⑫(1985~88) 』-チェルノブイリ原発事故30年(上)
片野勧の衝撃レポート(78)★ 原発と国家―封印された核の真実⑫(1985~8 …
-
-
日本リーダーパワー史(757 )―『トランプの政策顧問で対中強硬派のピーター・ナヴァロ氏「米中もし戦わば」(戦争の地政学、文芸春秋社刊)を読む」●「米中対話は不可能である」の結論は「日中韓朝対話も不可能であった」に通じる。」★「明治以降の日中韓朝150年戦争史は『エスノセントイズム」「パーセプション」「コミュニケーション」『歴史認識」のギャップから生まれ、『話せばわかるが、話してもわからないことが わかった!」、ならばどうするのか、難問を解かねばならない。
日本リーダーパワー史(757 ) トランプの政策顧問で対中強硬派の …
-
-
『オンライン講座/今、日本に必要なのは有能な外交官、タフネゴシエーター』★『日本最強の外交官・金子堅太郎のインテジェンス⑧』★『ル大統領、講和に乗りだすーサハリン(樺太)を取れ』●『外交の極致―ル大統領の私邸に招かれ、親友づきあい ーオイスターベイの私邸は草ぼうぼうの山』 ★『大統領にトイレを案内してもらった初の日本人!』
2017/06/28日本リーダーパワー史(836)人気記事再録 <日 …
-
-
『オンライン/江戸時代の武士道講座』★『 福沢諭吉が語る「サムライの真実とは・」(旧藩情全文現代訳9回連載一挙公開)』★『 徳川封建時代の超格差社会で下級武士は百姓兼務、貧困化にあえぎ、笠張り、障子はりなどの内職に追われる窮乏生活.その絶対的身分差別/上下関係/経済格差(大名・武士からから商人への富の移転)が明治維新への導火線となった』
『オンライン/武士道講座』『時代考証のないNHK歴史大河ドラマのつまらなさ」 & …
-
-
『リーダーシップの日本近現代史』(201)-記事再録/『世界を魅了した最初の日本女性―世界のプリマドンナ・三浦環―アメリカ、ヨーロッパが熱狂した「蝶々夫人」です』★『 1918年11月、第一次世界大戦の休戦条約の祝賀の凱旋式がニューヨークのマディソン広場で開催、ウィルソン大統領の演説の後に三浦環が歌い、大喝采を浴びた。』★『十五年間の米国滞在中、ウィルソン、ハーディング、クーリツジと三代大統領の前で歌い、ホワイトハウスに何度も招待された』
2015/11/13日本リーダーパワー史(192) …
-
-
『中国紙『申報』など外紙からみた『日中韓150年戦争史』㊺ 「日清戦争の勃発はロシアの脅威から」(英『タイムズ』)
『中国紙『申報』など外紙からみた『日中韓150年 戦争史』日中韓の …