『日中台・Z世代のための日中近代史100年講座⑦』★『日本恋愛史の華』★「燁子を救うのか私の義務」と宮崎龍介〔大正10年10月22日 東京朝日〕
2015/01/01/NHK「花子とアン」のもう1人の主人公・柳原白蓮事件/記事再録再編集
当時の新聞などの報道と「男不平等」「公娼制度」など当時の女性の差別の実態を見ながら、柳原白蓮の行動を逆照射していく。
柳原白蓮
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E5%8E%9F%E7%99%BD%E8%93%AE
白蓮事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E8%93%AE%E4%BA%8B%E4%BB%B6
宮崎龍介
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E9%BE%8D%E4%BB%8B
燁子(あきこ)を救うのか私の義務、と宮崎龍介〔大正10年10月22日 東京朝日〕
宮崎君の告白
相愛に結ばれた白蓮夫人と宮崎君とはこれかちの後は行くべき所まで行く覚悟であろうが、愛人宮崎君はどう考えているか。昨21日、小石川関口町の事務所に同君を訪ねると、やや驚ける態度にて.語った。
今更隠しても仕方がありません。燁子との一恋愛関係に就いては、僕は決して否定しません。三年前、別府で脚本刊行の交渉以来一知り合いになったので、それ以来僕等の間に自然とある親しみを抱くようになったのです。
燁子も可哀相だと同情します。10年間、伊藤家にあって、苛まれ田生活は今日、燁子が自覚の前提だから、むしる僕から見れば伊藤家に感謝してもよかろうと思って居ます。しかし、燁子は賛成しません。それだけ十年の荒らしに荒らされた生活の痛苦が偲ばれます。
或いは触るべき制裁がありましょう。しかし僕はどこまでも救ってやりたい。僕によって生きて行こうとするならば、救って行くのは僕の義務です。燁子は至って聡明な性質の女です。無論いまとなっては、行くべき所まで行くつもりです。
燁子はどこに行ったのか、僕としてはその行く先は知りませんというより外はお話はいたし兼ねます。ただ今後これに対していろいろの障害が凄い来ると思います。
第一、 僕の親父(宮崎滔天)なぞはあの通りの頑固者ですから、頭からどゃしつけられると思って居りますので、事件はすべて円満に解決するまで、それぞれ僕としても考えなくてはなりますまい。
二人はいずれ時を待って新生活に入るべく堅い決意をもって居るが、伊藤伝右衛門氏の今後執るべき態度はどうであろうかが興味ある1つの問題として保留されて居る。
実家へは帰らないと白蓮決意を述べる<大正10年10月24日 大阪毎日>
もう実家へは帰りません。東京市外中野の山本氏方に身を寄せた夫人は、派手な藤紫の半襟に大島が小袖を重ね、その鹿に御里の柳原伯家の根引きの定紋をつけた茄子紺地の縮緬砂羽織を着流して心持ち癖のある濃い髪を七三に分けたのをかい撫でながら座についたが、面はどこか暗い悩みが現われては居るが、事今日は妙に緊張して見えた。女史は今度のことについて語る。
九州から上京したのは7、8日前です。三十日伊藤の帰る時に、私が東京駅に見送っていたように伝えられれておりますが、私は宿の島屋で見送ったわけで東京駅には参りません。
そしてその日直ぐ、宿屋から女中と一緒に山本さん宅へ引き揚げてきました。片瀬の吉井さんの処へは参りませんでした。九州の伊藤へは21日に最終的な手紙を出した訳で、事今度のことは遅かれ早かれ、かようになるとは自分も思いい覚悟も致して居りましたが、まさかこう早く来ようとは思いませんでした。
最初私が伊藤の処に嫁いで行くことを承知したのは、その頃私は別に多くの人に交際したこともなく、かつ誰と結婚したいという望みの人もなかったので、誰と結婚するも同道であると思って居りましたのと、
モウ1つ私は英和女学校に在学していたものですから、婦人でも慈善事業とか何とかその他いろいろの社会的事業をすることを好いこと一のように考えていたので、その社会事業を伊藤はさせてくれるというので、アレやコレやで伊藤の許へ参ったのであります。
ところが、その社会事業なども少しも実行されず、私が嫁いだ当時から暫くは私以外に主婦があったり、その他、いろいろ踏み付けられることがありました。
私はよほど前から伊藤と別れる決心をして居たのであります。九州を去る時に、その覚悟をして来たのでありますが、親しい友達その他、どちらへも少しもそのような話をもらしてはおりません。
久保さんの奥さんのところへは本日(22日)-初めて手紙を出したわけで、実家の柳原へは今度上京すると、暫らく桜田町の屋敷へも母のいる笠町の別邸へもちょつと行きましたが、今後のことは何も話してはいません。
私の身の上のいっさいは山本さん入お任せしているので、こちらに居りまして実家へは帰りません。
伊藤が訪ねて来たら会うのかというのですか? しかし伊藤は訪ねて参りはしますまい。伊藤と別れてから、宮崎さんの処へ嫁ぐというのですか?
それは今の処なんとも考えては居りません。ただ伊藤との離婚問題がありますから…・・。というて宮崎氏との関係についてはロをつぐん語らなかったが、
この場合これ以上お話しすることは苦痛であるから察してくれといい、心配そうなだれたが傍らの山本氏は酒杯を傾けながら「私が引き受けた限りは大丈夫だ。立派に伊藤から白蓮夫人をもらい受けて見せる』
と云えば夫人はキックリ結んだ羽織の紐を子供のように弄びながら、面羞ゆげにニッコリと微笑んだ。
関連記事
-
-
『 地球の未来/世界の明日はどうなる』ー『トランプ大統領は認知症なのかどうか』★『レーガン元大統領はアルツハイマー病を告白した』★『認知症ではないが、アルコール中毒の病歴があったブッシュ大統領(第43代)』
CNNは1月15日、「トランプ米大統領は認知症ではないのか」と米、 …
-
-
速報(73)『日本のメルトダウン』-『放射能汚染水を海へ捨てるな。早く巨大タンカーを』『送電線解放が原発廃止の近道』
速報(73)『日本のメルトダウン』 『放射能汚染水を海へ捨てるな。 …
-
-
日本リーダーパワー史(550)「国難日本、世界大乱を前に、「永田町の子供政治家」の「木をみて森をみず」「世界のスピード変化に目をつぶる」論議に、「これで日本タイムアウトか」?
日本リーダーパワー史(550) 「日本沈没」国難日本、世界大乱を前 …
-
-
『Z世代への遺言 ・日本インド交流史の研究②』★『インド独立運動革命家の中村屋・ボースを<わしが牢獄に入っても匿うといった>頭山満の決断力』★『ラス・ビバリ・ボースの頭山満論』
2023年5月20日、「グローバルサウス」の代表格で核保有国 インド・モディ首相 …
-
-
『リーダーシップの日本近現代史』(182)記事再録/★『高橋是清の国難突破力(インテリジェンス)②』★『「明治のリーダー・高橋是清(蔵相5回、首相)は「小さな 政治の知恵はないが、国家の大局を考え、絶対にものを恐れない人」 ★『政治家はすべて私心を捨てよ』(賀屋興宣の評)
2019/09/25   …
-
-
『オンライン動画(30分)★『鎌倉30年カヤック釣りバカ日記公開』-海には毎回、大自然のドラマがあり、サプライズがあるよ」★『青い海、静かな海で富士山を遠くに眺めながらカヤックでゆらり、揺られて太陽光発電で昼寝をすれば最高にリラックス、ハッピーな瞬間がくるよ!』
2013/06/21   …
-
-
世界で活躍したすげー女性史(14)日本風狂人伝(24)「ジャポニズム」の先駆者・松旭斎天勝―世界公演で大成功の「マジック女王」
2009/10/28   …
-
-
池田龍夫のマスコミ時評(61)◎『再稼動など「原子力規制委」の責任は重大』◎『「脱原発の灯 国会包囲」の市民運動』
池田龍夫のマスコミ時評(61) ◎『再稼動など、「原子力規制委」 …
-
-
☆<世界の知性の日本診断>ジャック・アタリをYoutubeでチェックする』日本の借金1000兆円の処方箋 とは!
☆<世界の知性の日本診断> 『ジャック・アタリをYoutubeでチ …
-
-
『オンライン講座/真珠湾攻撃から80年②』★『 国難突破法の研究②』ー『山本五十六のリーダーシップー日独伊三国同盟とどう戦ったか』★『ヒトラーはバカにした日本人をうまく利用するためだけの三国同盟だったが、陸軍は見事にだまされ、国内はナチドイツブーム、ヒトラー賛美に満ち溢れた』
2012/07/29 記事再録・日本リーダーパワー史(288) < …
