前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

『オンライン/日本興亡学講座』( 2009/06/06  の記事再録)★ 『西武王国と武田家(武田軍団)の滅亡』(創業は易く、守成は難し、2代目、3代目が潰していく)★『「売り家と唐様で書く三代目」(初代が苦心して財産を残しても、3代目にもなると没落してついに家を売りに出すようになる)』

   

  

  前坂 俊之(ジャーナリスト)

 
次の一文は1985年にある経済雑誌に書いたエッセーです。
 
「一代で〝西武コンツェルン″を築き上げた堤康次郎は一九六四年(昭和三十九)三月に七十歳で亡くなった。死期を悟った康次郎は息子の義明を呼び、「十年間はこのままで行け。自分の考えを出すのは十年たってからだ」と遺言を残した。
 
 この時 、義明は三十歳。義明がリーダーとしての資質に十分恵まれていることを認めながら、三十代はじっくり内部を固めきり、四十代になって飛躍すればよいとの教えであった。康次郎の脳裏に武田信玄と勝頼のことが強くあったことは間違いない。
 義明はこの遺言を忠実に守り、康次郎から受け継いだ〝西武王国″をさらに何十倍も巨大にして、磐石の体制を築き上げた。
 
 英雄は二代続かない、という。大きな成功をおさめた者ほど、その遺産をいかに継承させていくかに腐心する。いつの世にあっても成功者の二代目がそれ以上に成功するのは至難である。信長、秀吉も一代で滅んだ。家康だけが、幕府を永続できたのは、そのためのマネージメントとシステム作りを心得ていたからである。
 
 信長が終生、最も恐れていた男・武田信玄が亡くなって、わずか十年であの強力な〝武田軍団″も滅亡した。そのため、勝頼は世の不評を一手に引き受けた感じだが、勝頼は決して無能な二代目ではなかった。文字通りのダメな二代目であれば、父信玄の遺言を忠実に守り、生き延びたかもしれない。
 
 逆に、積極果敢な性格で、父の遺志を継いで上洛の野望を捨てなかったことがわざわいし、命取りになってしまったのである。信玄は死に臨んで勝頼に今後の生き方を諭した。
 「自分の亡き後、信長に対抗できるものは謙信(上杉)しかいまい。若いお前が頼っていけば、謙信は信義を重んずる人物だからおろそかにはしまい。謙信と和を結べ」
 
 宿敵の信長、家康に対しては、「国境の備えを固くして、攻撃されたならば持久戦に持ち込み、時をかせぎ、信長、家康に年齢をとらせて、果報を待つのじゃ。軽々しく兵を動かすでないぞ」
 
 前方の信長、家康連合軍に対しては専守防衛、後方の上杉とは和睦によって、甲斐を固めよという〝遺訓″であった。
 
「三年間は死を固く隠せ」との遺言を残して信玄が五十三歳で亡くなったのは天正元年(一五七三)四月のことである。
 
 勝頼はこの時、二十七歳。わずか一年でこの遺言を破った勝頼は大軍を動かし、家康方の城を落とし、一度に自信を深めた。信玄の忠実な家臣はそんな勝頼の行動を危惧する。
 
 勝利の祝宴の際、武田二十四将の一人、高坂弾正は満座の席で、「これこそ武田家滅亡の盃なり」と大声で諌言した。
 
 「信長、家康に無理な戦(いくさ)を仕掛けて武田家の滅亡は必至である。この際、両者と和議を結び、北条に向かえば武田家の安泰は間違いない」
 
しかし、勝頼は全く耳を傾けなかった。信玄が亡くなる直前に行われた三方ケ原の合戦で家康と信長の援軍に圧勝したホットな記憶から、勝頼には信長、家康何するものぞの思いが強かった。ことごとく、偉大な信玄と比較され諌言され、守勢へ転ずるように諭されることに勝頼は我慢がならなかったのであろう。
それ以上に、父信玄の果たせなかった上洛の夢を自らの手で果たしたい野望に燃えていた。
 
天正三年(一五七五)五月、長篠の戦で、戦国最強とうたわれた武田騎馬隊も信長の三段装填法の足軽鉄砲隊の前に壊滅してしまう。
その後も謙信と結べば、武田家の余命は保つことができたが、勝頼は拒否し、一挙に破局に向かう。天正十年三月、信長によって、勝頼は滅ぼされてしまった。信玄の〝遺言〃の通り、武田家滅亡のわずか三ヵ月後に今度は信長も本能寺で倒れた。
(以上)
―――――――――――――――――――――――――――――

日本の狂った土地バブルの絶頂期、1987年に堤義明は有力経済誌『フォーブス』で世界一の富豪に輝き、資産総額は、210億ドル(日本円で31,500億円・当時)に上った。

当時、私はよく鎌倉霊園横を車で通ったものだが、堤康次郎の墓所がここにあり、命日などには数日前からピカピカに磨き上げられた、墓地の一角に大西武王国の家の子郎党、グループ幹部がズラリと平伏し、そこに義明総帥がヘリコプターで空からあらわれ、あたりを睥睨している尊大なビデオを見て、おやおや、とんでもない光景だなと思った記憶がある。

 世界一の絶頂から、西武王国、堤王国が崩壊したのはそれから10年もかからなかった。

義明http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A0%A4%E7%BE%A9%E6%98%8E

武田 勝頼http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E7%94%B0%E5%8B%9D%E9%A0%BC

 
 

 - 人物研究, 戦争報道, 現代史研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

『Z世代のための憲政の神様・尾崎行雄(95歳)の「昭和国難・長寿逆転突破力」の研究』★『1942年、東條内閣の翼賛選挙に反対し「不敬罪」(売り家と唐様で書く三代目)で起訴』★『86歳で不屈の闘志で無罪の勝利、終戦後「憲政の神様」として復活、マスコミの寵児に』

2021/10/08オンライン決定的瞬間講座・日本興亡史」⑭』 ★「売り家と唐様 …

no image
『坂の上の雲』の陸軍名参謀>百年に一人の大戦略家、日露戦争勝利の名参謀・児玉源太郎のインテリジェンス

<『坂の上の雲』の陸軍名参謀>   (メッケルいわく)百年に一人の大戦 …

no image
世界最先端イベント『見える化』/チャンネル世界最大級の観光の祭典『ツーリズムEXPOジャパン-『 『日本財団』日本パラリンピックサポートセンター』●『 東京都の『多摩、島しょと東京の特産品」』★『山口のパビリオン』★『鹿児島のパビリオン』

世界最先端イベント『見える化』チャンネル 世界最大級の観光の祭典『ツーリズムEX …

『よくわかる憲法改正入門④』★『2月4日、チャーチルが<鉄のカーテン>演説を行う』★『2/13日、日本側にGHQ案を提示、3/4日朝 から30時間かけての日米翻訳会議で<どなり合いながら>日本語の憲法案が完成、3/6日の臨時閣議で最終草案要綱は了承,発表された』

  2022/08/16  『オンライン講座/日本 …

no image
知的巨人の百歳学(148)ー人気記事再録 『長寿経営者の健康名言・グリコの創業者 江崎利一(97歳)『 健康法に奇策はない』『事業を道楽にし、死ぬまで働き学び続けて』『 面倒をいとわないと、成功はあり得ない』『健康哲学ー噛めば噛むほどよい。』

2012/03/12  /百歳学入門(35)―『百歳長寿名言 …

no image
日本のメルトダウン(523)【社説】貿易赤字の教訓―現実から乖離するアベノミクス」●「TPP交渉の停滞、日本にとって問題」

 日本のメルトダウン(523) ◎【社説】貿易赤字の教訓―現実から乖離 …

no image
日本リーダーパワー史(429)「上原が頂点を極めた「そのハイタッチ」と<雑草のたくましさ>が<土壇場完封パワー>を生んだ。

  日本リーダーパワー史(429)   「ついに、 …

no image
広島マスコミ9条の会 講演会レジメ―『戦争(原爆)と憲法とメディアを考える』(資料データー満載)―

広島マスコミ9条の会 講演会レジメ     2008、7,5    前坂 俊之  …

no image
日本メルトダウン( 990)–『トランプ次期米大統領の波紋』● 『[FT]世界貿易の現実に直面するトランプ氏 貿易主導、中国は力不足』★『アジア太平洋情勢:米国と中国のロマンス? (英エコノミスト誌11/19)』●『トランプ次期米政権も南シナ海の「主導権」追求へ、中国が分析』★『トランプ政権が日本に突きつける「2%」の試練』●『コラム:米国でヘイトクライム急増、トランプ氏は何をすべきか』●『迷走する原発事故の賠償・廃炉費用の負担 無責任体制を断ち切り原発を「一時国有化」せよ(池田信夫)』●『君の名は。 タイ、香港でも興収首位 アジア4冠達成』

日本メルトダウン( 990)–『トランプ次期米大統領の波紋 』 [F …

no image
片野勧の衝撃レポート(52)被爆記憶のない世代は、被爆体験をどう伝えるか(上)

  片野勧の衝撃レポート(52)太平洋戦争とフクシマ(27) 『なぜ悲劇は繰り返 …