『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』⑦「中国側が属国視した琉球(沖縄)処分をめぐる対立がすべての発端」
2021/05/01
『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』
日中韓のパーセプションギャップの研究』⑦
(中国側の主張)-琉球国は,明代(1368-1644)の初め,皇帝が琉球に航海に通じた36姓の人々を派適したことにより建国をし現在まで500年以上たっている。琉球は中国の礼教文化の影響・薫陶を受けた。そのため礼義を重視し,忠誠の心をもって長い間中国の藩屏として臣従し、中国に背くようなことはなかった。
ところが、日本側は明治維新後の1872年(明治5)の琉球藩設置に始まり、79年の沖縄県設置に至る琉球処分によって琉球王国は滅びた。中国側はこれを中国の属国への侵略行為として、台湾出兵、朝鮮への接近について、ことごとく敵対関係に入り、日清戦争への導火線となった。
1883(明治16)年3月5日,光緒9年正月26日付「申報」
琉球人の派閥分裂を諭ず
琉球という小国は,東中国海に散存する3部と数十島から成っている。島々を寄せ集めた面積は,台湾の3分の1にも満たない。しかし,琉球の人心・風俗は,台湾の山間部に住む生蕃や南洋の各蕃族の野蛮や愚昧とは雲泥の差がある。
琉球という国は,明代の初め,皇帝が琉球に航海に通じた36姓の人々を派適したことにより建国をし現在まで500年以上たっている。
国は弱小だが,君主尚氏は,この国の質朴で飾り気のない風習に根ざした方法で中国に仕えてきたし,土地の状況に適した方法を用い,簡易を旨として統治してきた。
わが朝廷への貢物の献上,商人の船の行き来などを重ねるうちに.琉球はわが国の礼教文化の影響・薫陶を受けた。そのため礼義を重視し,忠誠の心をもって長い間中国の藩屏として臣従し.中国に背くようなことはなかった。
昨日の日本の新聞は,琉球の情勢に言及し、日本の支配を不服とする琉球復旧派が3っに分裂したと報道した。君主だった尚泰王をしのび.再び王として立つことを望む派と.中国の政治・文化を琉球で守ろうと主張する派があり,これら2つの派は皆忠臣.義士の者と言わざるを得ない。
3派の中で主張を異にする一派は,琉球は中国と日本の両国に属するべきだとし,旧君主の伯父,伊江王の子を王として立てるとしている点だけが,他派と柏達している。
このことから琉球人の心を考えると.廃藩置県という名目で琉球を沖縄県にして数年たったが,これを不服とする者が存在することがわかる。尚氏が琉球王朝を立てたのは.明代の太祖がこれを冊封したからであることを知らない者はいない。王朝成立から現在までの日本との往来の間には.小国であるがゆえに日本に強制され.その命令を聞かざるを得ないことがあった。日本は以前にこのようなことがあったということで,琉球建国は日本の承認によると思い込んでいる。
もともと日本は封建制をもって全国を統治していたが.最近封建制をやめて郡県制を実施した。琉球としてもこれに従わざるを得なかった。これにより,その国土は削られ,君主は捕らえられて東京に住まわされ,三品の禄を受けることになった。
日本の目的とするところは,以前の琉球は外の守りだったが.現在は元君主の邸宅を東京に建設することによって,琉球王室が日本皇室の縁続きであることを示すことにある。
尚氏の家系が日本の皇族と関係があるかどうか知るところではないが,500年前の建国の際には.日本の藷になってはいないのだ。日本の今回の行為は,人を欺くのみならず.一種の自己欺瞞であり心ある者にとっては一笑にも値しない。
だが琉球の人々は.報復の方策はないと思っている。なぜなら兵力・財力とも日本よりはるかに劣っており,日本に敵対することは不可能だからだ。そのため日本の命令に恭しく従い,日本のなすがままにされたのだ。
琉球の現在の状態を見るにつけ,昨年のことが思い出される。わが中国は,日本と一戦交える機会を失ってしまった。現在の琉球復旧3派の人々は,中国の属国であり続けたいと望んでおり.また尚氏を再び君主につけたいとも望んでいる。
しかし彼らはこの志をむなしく抱くのみで,元君主のため仇を打つ方策はない。すでに勢力は分裂して,さらに弱小化してしまったし,日本人は沖縄県の大々的開発に着手し.土地を開拓し農業振興を図っているからだ。
日本がこのまま琉球復旧派を放置し,後々の災いの種を残しておくようなことをするわけがない。琉球の人々は.身のほどを知らぬ無謀な抵抗を行っており,あと数年たてば,彼らは志果たせぬまま世を去ることになるだろう。
琉球復旧派が何派あろうと,氷が解けるようにあとかたもなく消え去ってしまうだろう。しかし中国の国力は,同格以来,もはや昔日の比ではない。
日本は国を開いてから10年にも満たないのに,自国の拡張をもくろみ.世界に覇権を争わんとしている。まず中国に逆らい、台湾の蕃族が琉球人を殺害した事件を口実に出兵した。彼らの意図は.琉球が日本の領土であることを示すことにあった。
当時、中国は日本との往来の日も浅かったため、その国力を知るすべがなくまた詳細に検討する間もなく.戦費を賠償して日本を撤退させてしまった。しかし,昨年の琉球処分のころには,各国との往来が進んでおり・日本の兵力・財力とも明らかになった。
強国と称しているものの,軍艦2,30隻を有しているだけで,富国と称しているものの,国債1100万に過ぎない。中国の今の国力をもってすれば,日本に十分対抗できるし.しかも武力を行使せず論争を挑んでも,日本側には道理がないので反論さえできない。
したがって.両軍相まみえる事態に至らずとも解決できよう。琉球が県にさ
れても,君主が遷されても.中国があずかり知らぬとは.中国の体面はいったいどこへ行ったのだろうか。
中国は海洋の属国を帰順させ.朝鮮,琉球を藩としてきたが・両国とも中国に服して数百年の国だ。琉球を見捨てるくらいなら.朝鮮にも介入すべきでない。
すでに朝鮮に介入したからには,琉球を捨ておくことはできないはずだ。琉
球は自らの弱小さを自覚し,日本がアジアでその武力を誇示していることも知っている。
琉球が中国の藩でありながら,また日本に属していることを,中国はなんら非難していない。それなのに日本は急いで琉球を併合しようとしているが,この非はすべて日本にある。
朝鮮は以前鎖国政策をとり他国との貿易を許さなかったが.日本のたび重なる脅迫を受け,日本の命令に従った。
しかし.これを不服とする者がいた。朝鮮の国王とその政府は古いやり方を改め,新しい方針を決定して改革に力を入れることを国中の人々にしっかり知らしめるべきだった。
だが実際には保守派の不満を抑えることができなかった。保守派は日本公使館
を焼打ちし,その館員を殺害して騒乱を起こし,国を危機に陥れた。世界各国は朝鮮「朝鮮は政策遂行がへたで.日本の怒りを買う結果を招いた。日本に報復されても当り前だ」とまで言ったのだ。この事件の非は日本にではなく朝鮮にあった。しかし琉球の場合は.日本の怒りを買うようなことをしてはいない。
中国はこれを放置しておきながら.自ら誤りを犯して報復された朝鮮のため介入したのだ。極論すれば.日本が兵を引き連れ朝鮮に報復することを.局外
者が妨害できないとまで言えよう。中国はそれでも出兵し,急いで乱を鎮めたために,日本も引きどきを心得て撤退し.大事には至らなかったのだ。
昨年の琉球の事件でも.中国が朝鮮を救ったように介入していれば,日本も譲歩していただろう。こう考えると,琉球を救ってやらなかったのは実に残念だったと言えないだろうか。琉球復旧派は.朝鮮の保守・開化とは派を異にして
はいるが.その考えは同じだ。今や中国は朝鮮においてすでに開化派の支持を得ているが,もし琉球を救うため乗り出せば,琉球の人々の大きな支持を得られるだろう。
琉球という国が滅びても.人々の心は君主のもとにある。日本になり代わって考察してみても,日本が長期間沖縄県を支配できたとしても,中国が一貫して琉球に注意を払わないなどということがあるだろうか。いや.絶対にそのようなことはないのだ。
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