日露300年戦争(6)『露寇(ろこう)事件とは何か』★『「露寇事件」はロシアの大植民地主義者のレザノフの対米、対日植民地化の戦略の一環として生まれた』
以上が「露寇事件」の概要だが、ロシアの植民地政策の先頭に立ったレザノフが対米、対日植民地化の戦略の一環として生まれたものであった。
日本側の史料では、レザノフの植民地戦略には触れたものはあまりないが、ロシア側の史料では「世界史の中での露寇事件」が明らかにされている。
レザノフが日本に来たのは「露米会社」の奴隷であったアラスカ先住民の飢餓に苦しむことへの食糧確保の狙いがあった。
また同じ食糧確保のための植民地獲得にカルフォルニアを目ざし北米西海岸を全面的にロシアに併合し、本国から即座に大量の移民を送ろうという意図が同会社に提出した手紙に書かれている。
長崎から帰国したレザノフは1806年春にはこの計画を実現するためにスペイン領カリフォルニアhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%8B%E3%82%A2%E5%B7%9E%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2
(アルタ・カリフォルニア)-1770-1804年まで、現在のアメリカ合衆国のカリフォルニア州、ネバダ州、ユタ州、アリゾナ州北部などの地域。1821年にスペインから独立した)へ船出した。
この航海ではヌエバ・エスパニアhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8C%E3%82%A8%E3%83%90%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%A3
との間に協定を結び、カリフォルニアの一部を植民地化しロシア領有宣言を行い、年2回交易を行って食糧難のアラスカにメキシコの食料の備蓄をする狙いがあった。
しかし、これには目的地(コロンビア川河口付近(現在のワシントン州、オレゴン)到達できず、これには失敗したが、サンフランシスコにはなんとか到着できた。
ここで、交易を持ちかけると、スペイン法ではスペイン植民地と外国との交易は禁止であることをしらされて、交渉は結局、失敗した。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%82%B6%E3%83%8E%E3%83%95
この極寒地、極寒海での冒険航海で病に伏した大植民地主義者・レザノフは1807年3月に42歳の若さでなくなった。
レザノフの死後、ロシアの日本侵略熱は下火となった。
もし、レザノフが42歳で急死しなければ、日本とアメリカの歴史も大きく変わっていたと思われる。
関連記事
-
-
再録(まとめ)—『近代日中関係の創始者・孫文と『支援した熱血の日本人たち』—辛亥革命百年秘話
(まとめ)—近代日中関係の創始者・孫文と『支援した熱血の日本人たち』—辛亥革命百 …
-
-
『リーダーシップの日本近現代史』(308)★『関 牧翁の言葉「よく生きることは、よく死ぬこと」★『一休さんの遣偈は勇ましい』★『明治の三舟とよばれた勝海舟、高橋泥舟、山岡鉄舟の坐禅』
2020/03/09 関 牧翁のことば「よく生きることは、よく死ぬこ …
-
-
知的巨人たちの百歳学(165)ー『一億総活躍社会』『超高齢社会日本』のシンボル・植物学者・牧野富太郎(94)植物学者・牧野富太郎 (94)『草を褥(しとね)に木の根を枕 花を恋して五十年』「わしは植物の精だよ」
94歳 植物学者・牧野富太郎 (1862年5月22日 …
-
-
速報(131)『田中三彦氏、中手聖一氏と小出裕章氏が講義 (第2回 核・原子力のない未来をめざす市民集会)』
速報(131)『日本のメルトダウン』 『田中三彦氏、 …
-
-
梶原英之の政治一刀両断レポート(2)『原発事故が菅下ろし政局の主役だった!ー原発解散になるとみる理由』
梶原英之の政治一刀両断レポート(2) 『原発事故が菅下ろし政局の主 …
-
-
速報(198)『日本のメルトダウン』●『国の法律を守ってすべての人を逃がす』◎『未来世代は、私たちに聞く。何をしていたのか』
速報(198)『日本のメルトダウン』 ●『ほんとのことをいうなら国 …
-
-
速報(78)『日本のメルトダウン』●(小出裕章情報『次の事故は違うシナリオで起きる』『もんじゅは事故が起きれば福島の比ではない』
速報(78)『日本のメルトダウン』 ●(小出裕章情報『6月23日 次の事故は違う …
-
-
<イラク戦争とメディア>『グローバルメディアとしてのアラブ衛星放送の影響』―アルジャジーラを中心にー(上)
静岡県立大学国際関係学部紀要「国際関係・比較文化研究第2巻第2号」〈2004年3 …
-
-
『葛飾北斎の「富嶽三十六景」を追跡―富嶽を撮影する湘南絶景ポイントを紹介する』③『逗子なぎさ橋珈琲店テラス、逗子海岸から撮影(12月22日午前7時)』★『鎌倉材木座海岸からみる富士山(動画)』
暮れも押し迫り木枯しが舞う今日このごろの12月。湘南から拝む富士山 …
-
-
★「日本の歴史をかえた『同盟』の研究」ー「日英同盟の影響」⑪1902(明治35)年3月8日『『露紙ノーヴォエ・ヴレ一ミャ』★『英国は南アフリカでのボーア戦争に敗れて、露仏独から中国での利権を守るために日本と同盟を結んだ』● 『日英同盟(英日条約)に対抗して仏露同盟が生まれた』
★「日本の歴史をかえた『同盟』の研究」- 「日英同盟の影響」⑪ 1902(明治 …
