前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

★10・世界一人気の世界文化遺産『マチュピチュ』旅行記(2015 /10/10-18>「神秘に包まれた『マチュピチュ』の全記録、一挙公開!」水野国男(カメラマン)③

   

 2015/11/09< 世界一人気の世界文化遺産『マチュピチュ』旅行記再録

 

(2015 /10/10-18>③

「神秘のマチュピチュが浮かび上がってきた

         水野国男(カメラマン)

「ペルー・リマからマチュピチュの玄関口・クスコへ向かい、

朝霧の向こうにあこがれの神秘に包まれたインカ帝国の

『マチュピチュ』がこつぜんと現れた。感動の瞬間!心が震えた。

 

朝のマチュピチュ遺跡内は、神秘という言葉通りの雰囲気です。

霧に包まれた遺跡内に人の影はほとんどなく、リャマが悠々と葉を食しています。

石の壁と霧に行く手を阻まれ、迷宮に彷徨い込んだイメージを抱かせます。日が昇ると共に霧が薄れていき、夢から覚めたように明るい陽射しに照らされ、山々の稜線が、多くの人々が目に入るようになりました。

あまりに有名で立派な遺跡であればこそ、多くの観光客が訪れますが、それゆえに遺跡内では歩行者の渋滞が発生します。遺跡を味わうには、朝一に行く必要があると感じ、2日に渡って、日の出を遺跡内で迎えました。

数百年前、重機も使わず、こんな高所にどうやってこの石を?という思いを持ちつつ遺跡内を見て回りました.

美しい石壁に見とれつつ歩いていると、自分がどこを歩いているのかわからなくなります。

特に居住区やコンドルの神殿辺りは、建物も多く、入り組んだ造りになっています。最も重要な地区だったらしく、見所も多く、石壁の美しさも秀逸でした。

この辺りは遺跡見学の終わりにあるためか、観光客の姿も少なく(疲労や時間短縮で省略する観光客が多い為)、

落ち着いて見て回れました。

正直、日中は多くの人が周りにいて、渋滞の中を歩いているため、神秘さを感じる事は少ないです。

迷子にもなりません。朝一の素晴らしさを知っていると、感慨も少ないです。

遺跡を遠くから眺めたいと考え、マチュピチュ山、ワイナピチュ山にも登りました。

ペルーへのツアーの多くが、リマ、クスコ、マチュピチュ、ナスカを回り、時にはボリビアのウユニ塩湖にまで行くため、マチュピチュは日帰りのパターンが多いです。

私も色々と考えましたが、大好きなマチュピチュを駆け足ではもったいないと考え、ナスカの地上絵は諦め、マチュピチュ村に2泊しましたので、マチュピチュ山、ワイナピチュ山に登る時間ができました。

標高は、マチュピチュ山:3,000m、ワイナピチュ山:2,700m。マチュピチュ遺跡:2,400mからの標高差は

大きくありませんが、空気の薄さと登山道の険しさがとても辛かったです。

ワイナピチュ山は山頂まで登りましたが、残念ながら霧が晴れず、遺跡を確認できませんでした。

マチュピチュ山は3時間以上かけて登山。こちらはひじょうに眺めが良く、遺跡を真上から見ているかのよう。

苦労して登った甲斐がありました。

マチュピチュ山はガイドブックに記載がない事が多いですが、遺跡に行く人にはぜひ薦めたいです。

1111

2222

4444

4444

55555

6666

 – 現代史研究

 - 人物研究, 健康長寿

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
 ジョーク日本史(3) 宮武外骨こそ日本最高のジョークの天才、パロディトだよ、 『 宮武外骨・予は時代の罪人なり(中)』は超オモロイで

 ジョーク日本史(3) 宮武外骨こそ日本最高のジョークの天才、パロディトだよ、 …

『オンライン講座/日本興亡史の研究④』★『日本史最大の国難・日露戦争で自ら地位を2階級(大臣→ 参謀次長)降下して、 陸軍を全指揮した最強トップ リーダー・児玉源太郎がいなければ、日露戦争の勝利はなかったのだ。 ーいまの政治家にその叡智・胆識・決断力・国難突破力の持ち主がいるのか?』★『予(児玉)は、全責任を自己一身に負担し、この責任を内閣にも、又参謀総長にも分たず、一身を国家に捧げる決心を以て熟慮考究の上、一策を按じ、着々これが実行を試みつつある』

  2017/05/22  日本リーダーパワー史( …

no image
日本リーダーパワー史(242)『150年かわらぬ日本の弱力内閣制度の矛盾』(日本議会政治の父・尾崎咢堂のリーダーシップ)

日本リーダーパワー史(242)   <日本議会政治の父・尾崎咢堂 …

『Z世代のための百歳学入門』★『江戸城の無血開城で百万人の江戸ッ子を救った勝海舟(75歳)の胆識』★『『長寿法などない」「南光坊天海(107歳)を論ず」』

2012/12/05  百歳学入門(58)/再録、編集 ①  …

日本リーダーパワー史(544)山県有朋―は九つもの別荘庭園を作った日本一のガーデニアン(大造園家)』

日本リーダーパワー史(544) 『日本陸軍の父』山県有朋―は九つもの別荘庭園を作 …

no image
日本リーダーパワー史(810)『明治裏面史』 ★『「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、リスク管理 、インテリジェンス㉕ 『日英同盟の核心は軍事協定で、そのポイントは諜報の交換』★『日露開戦半年前に英陸軍の提言ー「シベリヤ鉄道の未完に乗じてロシアの極東進出を阻止するために日本は一刻も早く先制攻撃を決意すべき。それが日本防衛の唯一の方法である。』

 日本リーダーパワー史(810)『明治裏面史』 ★『「日清、日露戦争に勝利』した …

『Z世代への遺言』★「日本史最大の国難を4ヵ月で解決した救国のトップリーダー・鈴木貫太郎首相(78歳)を支援して、終戦を実現させた昭和名僧、山本玄峰(95歳)とは一体何者か?(上)』★『力をもって立つものは、力によって亡ぶ。金で立つものは、金に窮して滅び、徳あるものは永遠に生きる』

   2021/10/01「オンライン・日本史決定的瞬間講座 …

no image
百歳学入門(232)ー曻地 三郎(教育家、107歳)「100歳生涯現役を楽しむ20ヵ条」★『<生涯現役>と厳(いか)めしい顔をするのではなく、 生涯現役を楽しめばよい』★『風が吹けば風になびき、苦しいことがあれば苦しさに耐え、「あの時こうすればよかった」などという後悔は何一つない』

「100歳生涯現役」を楽しむ 曻地 三郎(しょうち さぶろう) https:// …

『長寿逆転突破力を発揮したスーパーシニア―』★農業経済 学者・近藤康男(106歳)―越え難き70歳の峠。それでも旺盛な研究力が衰えず、七十七歳のときからは目も悪くなったが、それも克服し七十歳以降の編著だけで四十冊を超えた。

   2014/05/16   <百歳学 …

『日本の運命を分けた<三国干渉>にどう対応したか、戦略的外交の研究講座⑭』★『 日清戦争勝利を呼び込んだ川上操六参謀次長の|ワンボイス」体制』★『日本の勝因―‐機能した「広島大本営」★『清国の敗因―恐るべき清国軍のワイロ・腐敗の実態』★『陳破空著『日米中アジア開戦』の「張り子のトラ海軍」「清国ドロ船海軍」のウソのようなホントの事実!?』

逗子なぎさ橋珈琲テラス通信(2025/11/12am10)   &nb …