梶原英之の政治一刀両断(5)『休止原発は再開させられるのかー10年後の脱原発より、重大なことだー』
梶原英之の政治一刀両断(5)
『休止原発は再開させられるのかー
10年後の脱原発より、重大なことだー』
10年後の脱原発より、重大なことだー』
梶原英之(経済評論家)
菅首相が12日行った「脱原発依存社会」を目指す演説が政界と財界に波紋を呼んでいる。15日の閣議前の閣僚懇談会では、19日にもこの問題について関係閣僚の統一見解をだすために、話し合うことが決まった。
その背景で九州電力のやらせメール事件は世論から指弾を浴びた。各マスコミの論調は九電の意思決定がどのように行われたのかに集中している。
どういうやらせ勧誘メールが九電の誰の指示で送られたのか。ほとんど「概念図」が付いている。まだ「概念図」が埋まっていないのだ、との意思表示である。
こうした地元説明会で「やらせ」はいつも行われていた。しかしフクシマ事故の後は、意味が違うのだ、というマスコミの姿勢の変化を表している。海江田経済産業相は15日の閣議後に九電社長の退陣を暗に求めた。
こういう時は菅首相の立場とか、海江田経済産業相がつい最近まで辞任を示唆していたなどというヒューマンフアクターなど国民が考えて上げることなど意味がない。
●無責任にも脱原発の流れは決まった
問題は政治家と電力会社が大騒ぎをせざるを得ない事態の本質は何かである。閣僚、政治家のだれも「将来の脱原発依存度」などを心配していない。その時まで、政治家をしているかどうか自分でも分からないからだ。
だから「菅首相は将来の脱原発への期待を個人として語った」という枝野官房長官の発言も「辞めてゆく首相がいうべきではない」という多数の国会議員の批判も、意味がない。
19日の閣僚会議で、将来どうするかなどという結論は聞いても仕方がない。
●「再開」は焦眉の急である
問題は停止明けの原発の再開は、フクシマ事故の終息の前に再開することは、ありえないのか。どういう条件ならあるのかという焦眉の問題に国家としての意思決定をするべきである。
九電のやらせメールに対する反省の現状は「コンプライアンス」違反なのか。なぜ「コンプライアンス」に違反してまで、経済産業省を招いてまで”地元説明会”を開いたのか。
説明会は当然有効ではないが、手続きをどの段階まで差し戻すのか。こういう議論と方針決定をすべきだ。
●「休止」だと今困る組織と人がある
いや、せざるを得ないのである。なぜなら十年後の脱原発はコンセンサスになった。しかし再開原発のトラブルの扱いは決まっていないという奇妙な状況にあるからだ。困るのは冬と来夏の電力需給と節電である。
12日の菅演説の後、新聞を仔細に読むと、原発を増やすことが日本では必要であるという意見は、政界の声としては読んだことがない。朝日新聞15日朝刊に興味深い訂正が載った。「13日付け『卒原発で知事会白熱』の記事で、大村秀章・愛知県知事の発言として『原発は産業の生命線』とあるのは『電力、エネルギーの安定的な確保は産業の生命線』の誤りでした。訂正します」とあった。
そのまま受け取るべきであろう。
「原発は産業の生命線」では産業県の愛知県でさえ県民の総反撥を受けるので、誤った記事に訂正を求めた。政治家として正しい行為であるが、任期中二度と原発を口にしたくもないということだろう。
経済界も将来まで原発が必要と面と向かって言う推進派はいなくなった。経済同友会の長谷川閑史代表幹事が「(エネルギー転換が)短期間に実現できるような誤解すら招きかねない形で発表するのは極めて不謹慎だ」と手続き批判するくらいである。
では菅発言の本当のテーマはなにか。休止原発の再開の基準しかない。現在休止(普通の工場なら定期修理、検査である)が進んでいる原発が再開できるか。これから定期検査が次々に訪れる原発が一年三ヵ月後に再開できるか否か。つまり今ある原発を再開できる技術的条件にあるかどうである。海江田経済産業相が「玄海」詣でをしたのに、その同時に菅首相がストレステストを打ち上げ、そこにやらせらメールが発覚した時と状況は変わっていないのである。いや状況は戻ったのである。
●同じ設計思想の原発の小ミスを許せるのか
それはフクシマ事故と同じ設計思想の原発が安全であるとどこまで検査したら「国が保障できるか」という問題である。
だいたいフクシマ以前の事故は再開の時のトラブルであった。新聞は「あやうく空だきになるところだった」とよく書いた。破局に至らぬ時だったので政治家は「マスコミの書きすぎ」ということで保安院などに再調査させ再開させた。再調査後のマスコミ論調は当の電力会社がPR戦略を練って小ミスを「反省しただけで」、再開に漕ぎ着けた。
しかし今後はそうはいかぬ。破局としてのフクシマの放射能拡散は、確実に、何年も続いているからだ。フクシマの燃料回収は十年後から、廃炉まで「数十年かかる」という9日の政府のペーパーはそういうことを意味している。
●技術官僚は何を考えているのか
こうした技術的疑念が首相まで上がり、そうではい経済産業相と食い違ったのは、原子力保安院のなかに再開原発の安全性に疑問を持つ人々がいるからだ。ストレステストは菅流のやりかたで表に出たが、いくら場当たりの首相でも政府内の原発技術陣のなかに疑念がなければ言わないだろう。
ただ現実には再開に際しての社会的ストレスはやらせメールという文科系の問題で起きた。文科系問題でも社長のクビを差し出せといっている人々が政府内にいるのだ。誰か。九電に検査を妨害された技官だ。文科系の問題でも社長の首を取るのだから「技術的な問題だったら切腹しろ」。つまり、その電力会社の経営がおかしくなるなんて知らないぞ。発表するぞと言っているのだ。
●保安院の独立は重要なことだ
そこまで怒る理由は、検査する組織の存続である。フクシマで原子力保安院の分離を進めているのは菅首相だからよかったものの他の政治家だったら組織に責任をなすり付けられ組織は経済産業省の一部局になりかねない。官僚など電力会社のカネと天下りホストで難とでもなるーーと考えるのも間違いである。超エリート以外は、それほど恩恵を被っていないし、政治家と同じで今の職場の存続は、大事なのである。
菅首相はそういう意識に乗って保安院分離と原子力安全委員会を強化してストレステストに及ぼうとしているのだ。それを勝手に決められるのがイヤだから政界、財界で菅下ろしの声が渦巻いているのだ。
しかし菅下ろしなど最早どうでもいいのだ。誰が首相でもあと半年や一年、フクシマの放射能汚染が収まらないうちに再開の時の事故があったら、閣僚は辞任。場合によっては内閣が変わるだろう。
かりに菅首相が辞任した後に九電やらせメール問題が進展したら次の経済産業省が辞める事態はありうる。再開は重要である。
こういう時に日本のリーダーには最も不幸な状況を公表して議論することが不可能なのである。なぜか。電力会社、閣僚、官僚にぶら下がっている支持者、納入業者、コネで入った人々まで、職を失うからだ。そこで破局は避けて次の人にバトンタッチしたい。わが亡き後、洪水は来たれである。憂国の情なんてない。それどころか隠蔽かマスコミに罪を押し付けることに終始する。
●今そこにある危機に立ち向かうしかない
これから一年間に訪れる原発の再開問題は、十年後の脱原発以降よりずっと大きなテーマなのである。エネルギー危機に直結するからである。
筆者は”経済屋”だから原発の再開トラブルやストレステストの結果による再開長期停止が起きれば電力不足に陥るから困る。しかし一回の事故でなくても、半年後に「ストレステストの結果、全原発の特別検査にはいる」と独立した保安院に宣言されたら、従わざるを得ないが、日本経済は大困りする。保安院はそれくらいの権限はある。
それなら早めに言ってくれ。早く言えば火力発電の一時的な増設で危機は逃れられるかもしれないからだ。
●終戦の時と変わらぬ日本の組織
菅首相が脱原発依存発言は、やはり、本当の心配をそのまでは言えないから「個人的願望」でホコを収めつつ世論の動向を見ているだけだ。もうすぐ辞任するかもしれないのだから、トーンを下げているのだろう。
日本で本当の危機の話は軽々に言えないのはさっき言った次第である。
これに類似のことが歴史的にあった。太平洋戦争の最中、それを引き起こした東条英機首相を昭和19年7月18日に引き摺り下ろした後だ。総合的には戦局は負けていた。
なのに以後一年以上、小磯国昭、鈴木貫太郎に二代の内閣は、陸海軍を説得し終戦に持ってゆく国内対策に明け暮れた。しかし両首相とも「米国に一撃を与え、日本の政治体制を生き延びる形で講和したい」という軍と官僚の声に引きずられて、終戦工作は遅れ、その間何十万人が死亡した。
政治家、軍、官僚は飯の種の組織が残るなら経済、国民生活など、どうでもいいのだ。終戦に導いた鈴木貫太郎首相を名宰相のように誉める向きがあるが、違う。無条件降伏を求めるポツダム宣言(1945年7月26日)はすぐに日本に届いていた。
しかし7月28日鈴木は個人の考えで「黙殺」と「戦争邁進」とを記者会見で表明した。それは外電で報じられ、終戦の意思なしとみた米国は広島、長崎に原爆を落とした。「黙殺」しなければ原爆は落とされない可能性は高いのである。
鈴木が終戦に腹を固めたのは原爆のあと、阿南陸軍大臣が切腹覚悟で軍に敗戦を認めさせる決意を固めた以後だ。8月十五日に無条件降伏を受諾する詔書が放送され、十五日には陸海軍人に「国家永年の礎を遺さんことを期せよ」との勅語を発して、陸海軍を解体させた。軍を解体することと終戦とは同じだったのだ。原発止めるなら経産省や電力会社はどうなるのか。時間をくれたら考えると言う人の声が新聞紙面にいっぱいなわけである。
●国策を止めよう
戦争と事故は違うと反論するだろうが、国策を掲げて突っ走った政策を方向転換する時日本では同じことがおきる。経済、国民生活(生命)よりも内閣を構成する各官庁が組織の先行きを考え決断は遅れる。いまも「個人の希望を閣僚に相談しないのは不見識」「十年先の原発廃止なら準備できるが、急のストレステストは困る」と何べん聞いたことだろう。
こういう人は放射能汚染で国民が困っていることを十分に認識していないだけでなく、自分が賭けをしていることに気が付かないのだ。運がよければ、原発事故はないかもしれない。「困った時は国が保障するといってくれたら再開に同意する」と知事が言うのも同じだ。何か起きたら国はどうにも出来ないのを見てきたはずだ。
原発再開の際、小事故が起きても、国は電力会社までつぶさない。国が賠償してくれる。国策だからだ。
しかしやらせメール事件のあと残された九電社員が依然、原発推進派に留まるものだろうか。依然はあたりまえだった<やらせ>で組織の存続、トップの辞任がありうるのだ。
その裏で不思議なことが起きている。
関西電力と福井県の間では、休止中の原発に対する核燃料税を増額が14日にきまった。総務省が間に入った。休止中でも原発は同じ社会的負担を立地自治体に掛けているという判断だ。(これは筆者の事故後の原発に固定資産税を重課するのと近い考え方ではある)
一方東京電力はテレビ朝日の取材に対して関西電力の原発再開が遅れれば、東京電力が電力を融通すると語った。それを聞いて「こんなに苦労して節電しているのに電力は余っているのか」という印象を与えた。
菅首相が期待する「埋蔵電力はない」と14日に経済産業省は結論を出した。
●いま決めれば、来夏の電力は間に合うのだから
いずれもストレステストで原発が次々長期入院に入る可能性を牽制したものだろう。それだけストレステストは意味がある。一方菅首相はまもなく辞めるのと高をくくっているのだ。
週明け閣僚が集まって菅演説に対する統一見解を出すそうだが、十年後の脱原発など国民に異論のないものの話など聞きたくない。聞きたいのは現在と今後休止する全原発が止まった時のために電力供給をどうするのかだ。火力の一時的増強は次善の策として不可欠だろうが、早くしないと時間切れになる。
「これだけの工場が十年ばかり海外に行ってくれたら大丈夫」という計画空洞化案だってありうる。破局よりずっと良い。
そう経済屋は思うのである。
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