辛亥革命(1911年10月10日)百周年―日中関係逆転歴史資料②『社説一孫文氏を迎ふ』(毎日新聞)
辛亥革命(1911年10月10日)から百周年―
逆転した今後の日中関係を考える基本歴史情報②
『社説一孫文氏を迎ふ』(毎日新聞社説)
〔大正2年2月14日・東京日日(現・毎日)〕
孫文氏は、昨秋本邦に来遊する筈なりしも、健康の勝れざるものありしため、一旦これを中止したりしが、今回愈その素志を遂ぐることに決し、去る十一日上海を発し長崎、下関、神戸等の各地を経、今夕を以て将に入京せんとす。
去る明治二十七八年旧清国の我国と干戈を交へて敗退し、その綱紀の弛廃せること世上に暴露せらるるや、孫氏は、俄然起って清朝の転覆を唱道し、清朝を転覆して革命を行ふにあらずんば、四億の民庶をして塗炭の苦みより救ふ能はずとなせり、こうして孫氏は、去る明治二十九年初めて興中会なる秘密結社を広東に設立し、民族民権主義を標榜して陰に同志を糾合し、先づ広東省域に於いて事を拳げんとせしも、発覚して遂に成らざりき。
其後湖南の唐才常氏と通謀し、去る明治三十三年団匪事変の際、各国連合軍の北京に侵入したるの幾に乗じ、湖南、広東相呼応して再び革命の旗を翻せしも、復遂に失敗に終れり。
然れども孫氏の堅忍不抜なる意気は、一再の失敗によりて坐折するものにあらず。氏は爾来ますます革命の必要を叫ぶこと急にして、或は言論により、或は出版物によりてにわかにに革命思想を鼓吹せり。時恰も支那において、新学勃興の気運昂まり来り、為に各地の風気頓に一変し、年少気鋭の士は皆競うて新学の研究に従事すると共に、亦国事に奔走するを以て共栄となすの風を生じ、革命主義に趨くもの日に益多きを加ふるに至れり。
加え、孫氏は東洋各地は勿論、欧米諸国をも歴遊して同志の糾合に力め、殆ど席温まるの遥なかりしなり。此如くにして革命思想は全く漢人間に滴渡し尽し、革命党をして満州政府の一敵国たるに至らしめ、以て遂に革命の大業を成就せしめたり。中華民国をして今日
あるに至らしめたるものは、両より孫文氏一人の力にあらずと雛も、而も清朝の顛夜を第」に唱道したるものは、即ち孫氏なれば、氏は民国の首勲者たると共に、創設者と称すべし。
此故に甫京政府の設立せらるるや、氏は衆望を負ぅて直に仮大総統に挙げられたり。然るに氏が当時の挙措進退につき、世上兎角の批評を試みたるものありしも此の如きは畢尭当時の事情と、氏の境遇を知らざりしの致すところにして、固より根拠ある言説にはあらざりしなり。吾輩また氏の当時の境遇上、その進退の事情己むを得ざるものとして、同情を禁ずる能はざるなり。
而して其後孫氏が民国の鉄道政策、幣制並に軍制改革の 「救亡二大政策しなるものを北京政府に建言したるに対し、世上また其建言の余りに理想的にして実際的にあらず、民智の程度低く、且対内対外の関係復雑ぜる中華民国においては、到底行はるるの意見に非ず
となすものあり。その意見中には、或は実行の容易ならざる点も走れあらん。然れども吾輩は単に之を架空の意見なりとして、一概に排斥し去ることに同意する能はず。
乃ち鉄道問題といひ、幣制問題といひ、又軍制問題といひ共に民国に於て最も急務とする所。固より右三間題の厳草を断行せんことは至難の業なりと難も、両も何れも早晩実行せざるべからざるの事に属す.只其の言辞の梢壮逸に失せるの嫌ひなしとせざるを以て、往々人をして誇張の言に過ぎざるを想はしむるも、克く之を岨嘱する時は、一として民国の時弊救治の美音たらざるはなきなり。
孫文氏今回の来遊を以て、民国承認の運動を試みんがためなりと揺摩するものあれども、コハ単に臆測に過ぎず。孫氏来遊の目的は、旧交を温むると同時に、我国の産業を視察せんとするに在り。我国は之に対し既に出来得る丈けの便宜を計らんとしつつあるは勿論、氏が民国の首勲者たり、且創設者たるに対しても、亦相当の敬意を衰せんとす。
然るに民国においては、近来往々各地に排日の声あるを聞く。是れ耳より思慮ある人士によりて唱道せらるる勉にあらざらんも、両も此の如きは日支両国の関係を良好に導く所以にあらず。吾輩は孫氏が我朝野の士と会して十分意思の疏通を計り、断る無益にして有害なる誤解を一掃するに努め、以て両国将来のために資する所あらん事を望む
関連記事
-
-
(記事再録)140年前の外国新聞 (フランス紙『ル・タン』)が指摘した日本病の正体とは①論理的な学問なし②記憶力、詰め込むだけの教育③理性的学問では小学生レベルの無能な学者を量産④優柔不断で論理性のない人間ばかり⑤新しい状況に適応できない、実際的な良識にかけた人間を作っている。
(記事再録) 1874(明治7)年5月23日付 フランス紙『ル・タ …
-
-
『オンライン講座/日本の国難突破力』★『明治維新の革命児・高杉晋作の「不惜身命」★『「風雲児」高杉の神出鬼没、快刀乱麻、勇猛果敢、飄々としたその国難突破力の不動の信念とは」★「平生はむろん、死地に入り、いかなる難局に処しても、必ず、窮すれば通ずで、どうにかなるもんだ。困ったなどとは決していうものじゃない」★『高杉晋作の生家・旧宅を訪ねる(動画)』
2015/07/29日本リーダーパワー史 …
-
-
日本の最先端技術「見える化』チャンネルー『モバイルファーストで提供すべき3つのコンテンツ。モバイルファーストの到来!』●『湯川鶴章のテクノロジーフィクションーボイスの時代がそこまできた。モバイルファーストを思い出せ』●『iPhoneの音声入力なら、原稿は朝飯前」と話す野口悠紀雄氏にその極意を聞いた!』●『スマートフォンでは音声入力がキーボード入力よりも約3倍高速という調査結果』●『「大企業のほとんどが、IoTの価値を勘違いしている」–落合陽一×JSR・小柴満信対談』
日本の最先端技術「見える化』チャンネル モバイルファーストで提供す …
-
-
『オンライン講座・世界史を変えた北清事変(8回連載)』★『中国と西欧、日本の文明の最初の衝突』★『英、独、仏、露の北京公使館が孤立し日本に出兵を要請』★『日本が最大の部隊を派遣、福島安正参謀本部部長が「各国指揮官会議」を仕切って勝利』
明治150年歴史の再検証『世界史を変えた北清事変①』 …
-
-
★『アジア近現代史復習問題』福沢諭吉の「日清戦争開戦論」を読む』(8)「北朝鮮による金正男暗殺事件をみると、約120年前の日清戦争の原因がよくわかる」●『京城釜山間の通信を自由ならしむ可し』(「時事新報」明治27年6月12日付』★『情報通信の重要性を認識していた福沢』●『朝鮮多難の今日、多数の日本人が彼地に駐在するに際して、第一の必要は京城と我本国との間に通信を敏速にすること』
★『アジア近現代史復習問題』 福沢諭吉の「日清戦争開戦論」を読む』(8) 「北 …
-
-
<日本最強の外交官・金子堅太郎④>『武士道とは何かールーズベルト大統領が知りたいー金子の名スピーチ④』
<日本最強の外交官・金子堅太郎④> ―「坂の上の雲の真実」ー 『武士道とは何かー …
-
-
日本メルトダウン脱出法(806)「視点:日本経済の「3つの命題」=マイケル・スペンス氏」●「視点:日本経済再生に移民政策は不可避=ケネス・ロゴフ氏」●「「孫正義」側近、幹部、ライバルが明かす正体 世界進出開始から3年、周囲が見た実像とは」●「なぜグーグルは「拡大力」で他を圧倒するのか 最新ニュースから読み解く「攻め」と「守り」」
日本メルトダウン脱出法(806) 「視点:日本経済の「3つの命題」=マイケル・ …
-
-
日本敗戦史(43)「終戦」という名の『無条件降伏(全面敗戦)』の内幕<ガラパゴス日本『死に至る病』②
日本敗戦史(43) 「終戦」という名の『無条件降伏(全面敗戦)』の …
-
-
『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』⑧『英タイムズ』『英ノース・チャイナ・ヘラルド』報道ー『日露開戦7ヵ月前ー満州からの撤退期限を無視、軍事占領、増強を続けるロシア対、我慢の限界に近づく日本』●『ロシアは永住用の兵営や家屋の建設を続ける一方,日露戦争の可能性を笑い飛ばす。』●『日本のいらだちーロシアに対する日本国民の憤怒の情は拡大いる』●『戦争か平和か.今や全くのところロシア次第なのだ。』
『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』⑧ 1903明治36)年 …
-
-
『日米戦争に反対した』反戦の海軍大佐・水野広徳の取材ノート/遺品の数々」★『水野広徳年譜●『国大といえども戦いを好む時は必ず滅び、天下安しといえども戦を忘るる時は必ず危うし』』
米戦争に反対した』反戦の海軍大佐・水野広徳の取材ノート/遺品の数々 前坂 俊之( …
