「世界が尊敬した日本人・「人権弁護士正木ひろしの超闘伝⑥」全告白・八海事件の真相ー偽証を警察から強要された
に生涯をかけた正木ひろし弁護士の超闘伝⑥」
全告白・八海事件の真相ー死刑の恐怖
から偽証を警察・検察から強要された
<死刑冤罪事件はこうして生まれた>「サンデー毎日」
(1977年9月11日号)から
前坂 俊之(ジャーナリスト)
(6)クルクルと変わったYの気持
第一審の山口地裁岩国支部は二十六年五月十四日から始まり、二十七年六月二日にAに死刑、Y以下に無期を下した。
この裁判長がFで後に「裁判官は弁明せず」の鉄則を破り、正木ひろし弁護士『裁判官』に対抗して『八海事件・裁判官の弁明』を出版した。向こう意気の強い人で、訴訟指揮もかなり強引だったという。
「公判ではAらの顔は一度も見られなかった。死刑になりたくない。今さら本当を言うと再び拷問をされるのではないか。私の言うことを信じてくれている被害者の親類の人たちを裏切れない。
一度ウソをつくと、ひっくり返すのに大変な勇気がいる。特に相手は、絶対的な権力を待った警察なので一層だ。エエイ、クソー。Aらはここにおらんのだと目をつぶってウソを言った。この場の一瞬さえ逃れればよいと思った。(Yノート四冊目)
「あまり考えたくなかったが、自分が単独でやったということは裁判ではバレるという気もあった。Aらはやっていないから、裁判官は必ず見抜くだろう。そうなればAらも助かり、私の警察や検事への義理もたち、すべてがうまくいくという気持もあった」(同)
死刑への恐怖とAらへの罪の意識。この相克にYは苦しんだ。一時間おきに気持はグルグル変わった。この気持は、何度もノートにくり返し書きつけている。
(7)Aらは裁判官を無条件に信じていた。
一方、Aたちはどうだったか。裁判官といえば、頭のよいりっぱな人ばかりだと無条件に信じ込んでいた。まさか、裁判官が自分たちを罪に落とすなど想像さえしなかったのである。
「毎回、裁判所に行くのにYも同じ車で行った。車の中でわれわれ四人は自由に話していたが、Y一人は黙って外ばかり眺め、こちらの方は見なかった。法廷でも蚊の鳴くような声で、途切れ途切れに陳述、その態度をみれば裁判官は偽証していることがすぐわかると思った」(Aの話)
「初公判がすんで、現場検証になった。Yは単独で行き、われわれは車で行った。Yは柳井署に一泊し、われわれは熊毛署の留置場に泊まった。この時も、Yには警察の差入れがだいぶあった。
あとで聞いたことだが、現場検証の時、F判事はMをかげに呼んで、『君は直接、犯行に加わっていないので罪も軽い、早く白状して罪を清算したらどうか』と説諭したという。これを知って、もしかしたら不正な判決かなと思った」(Aの話)
Aを担当した丸茂忍弁護士は、専門家だけに裁判の進み方に不安を抱いた。
「Yが弁護側に突っ込まれて答えに窮すると、F裁判長は弁論必要なしとか、追及をかわさせる助け舟を出した。
検事以上に一方に偏した訴訟指揮なので、これをセーブするために当時としては例のない速記を入れて、公正な記録を残そうとした」と話す。
十二回の公判の末、F裁判長は予想通り、Aは死刑、Y以下は無期の判決を下した。判決ではYについてこう述べている。
「Yは他の被告と違って、検挙された後、しだいに落着きを取り戻し、反省を重ねた結果、深く自分の非を認めて、日夜、被害者の冥福を祈るなど悔悟の情がいちじるしいものがある」
一方、F裁判長は、Aに対して「死刑の判決は当然すぎるほど当然と考えていたから、割合冷静に言い渡すことができた」と書いてい
る。また判決の瞬間の表情は「Aは2人の老人を殺してなんら悔ゆることがなく、死刑の判決を受けたときも、嘲笑的な苦笑をしていた」としている。
オドオドで第一関門通過
罪を二重に犯した吉岡がひどく悔悟するのは当たり前でも、無関係のAらが胸を張って、悔いる表情がないのに何の不思議もない。
一九五二年(昭和二十七)十二月二日、広島高裁、伏見正保裁判長で二審が始まった。Yは相変わらず顔面そう白で、オドオドしながらウソの供述をくり返した。Y担当の田坂戎三弁護士が、最終弁論で次のように述べているほどだ。
「Yの法廷での供述はえらくぼんやりして、考えなければなかなか理解できないような模様で〝優秀ですぐ判断がつく頭″ではないことがわかる」
丸茂弁護士も、こう追及した。
「Y以外がもしやっておれば、あれだけの顔付きはしていない。自白したYがしょうすいし、その他の者が平然としているのはおかしいではないか」と。
Yは裁判の第一の関門は通過した。しかし、二審でウソが見破られれば再び死刑に直結する。生への望みが出てきただけに必死になった。Aらを前にした公判では、うまく言えないウソを上申書という形で出しまくった。実に十二通にのぼった。上申書ならいくらでも作文することができた。
「共犯者である四人の者は公判の時、今までの自供を否認して私一人でやった犯罪と述べています。気の弱い私が、いかにすれば公平な判決を得られるか、毎日苦しんでいます。共犯者は非常に性格が強く、私は彼等と共に公判を受けると自然に気おくれを感じ……」(二十八年三月十日付)
と、分離公判を要求するなど、必死に狡智を働かせて、裁判長に哀願していた。伏見裁判長も黒白つけがたく、二十八年六月二十六日と決めた判決を職権によって延ばし、YとAらを分離して公判、心証を確認し、やっと三ヵ月後の九月十八日に判決を下した。
「Yは年少者であり、性格に弱い点があること、同被告が本件犯行により心理的に衝撃を受け、興奮し、恐怖、驚がく、狼狽などの感情に支配されていた。
被告人の悔悟の現状よりみるとき、同人が自己に有利な結果を招来せんとして、ことさら他の被告を共犯に引き込んでいると断ずることも真相に合した見解と言いえない」として、Yの肩を持ち、Ani死刑、Yni無期、Iに懲役十五年、H、Mに同十二年を下した。
最高裁の針の穴は通るか
無罪を期待していたAは、二度にわたる誤判に初めて自分たちが置かれた状況の容易ならざることを悟った。いかに無知であるとはいえ、最高裁の狭い門については聞かされていた。
正木ひろし弁護士、地元の原由香留夫弁護士らへ必死の救援活動を頼んだ。
一方、死刑の恐怖からひとまず脱却したYの心には、しだいにAらへの罪の意識がふくらみはじめた。
二十九年一月から、原田弁護士が広島拘置所でAと面会を重ねるうち、Aらは関係なく金山某と一緒にやったと吉岡は発言した。
以後約一年間にわたって、金山、金村、林(〝共犯〟の名が次々変わる)らと二人でやったと上申書や手紙などを最高裁に出しまくる。検事が取調べを始めると、前言をひるがえすなど猫の目のように変転、動揺をくり返した。
「何とかAらを助けたい一心だった。単独でやったと本当を言っても、裁判の経過からみて信じてもらえないので、架空の男を共犯にした上申書を出した。とにかくAらが無関係であることを訴えたかった」(Yノート七冊目)
上申書を出し続けているうち、刑務所から圧力がかかった。
「『君が今まで公判で言ったことはみんなウソか』と看守部長から聞かれた。
『こんなウソを言ったら、また二、三年は刑がふえる。長い刑務所務めて一生独房で過ごさなくてはいけないぞ』と言われた。刑務所にいる間、看守に憎まれたら損だと私
は気持がぐらつき出した」(同六冊目)
シーソーゲームの変転で!
「Yの良心の芽がふき出すと、刑務所側が押しつぶすことはあり得る。看守からかわいがられるのが一番大切だから。囚人は一切の自由、権利を看守に握られている。一度にらまれると、出るまで浮かばれない。
かわいがられないとイヤな仕事に回される。待遇も差別される。楽で、一番自分のやりたいような仕事にもつけない。Yの良心が時々芽を出しはじめると、刑務所側が圧力をかけたり好餌を持ち出して、ウソを維持させたのだろう」(Aの話)
Yha相変わらず、煮え切らず、弁護士、検事の双方にいい子になろうとしていた。このシーソーゲームのような変転が一、二審のYの自供を頼りにした有罪の根拠を自ら掘りくずしたことも事実だった。三審の最高裁(垂水克己裁判長)は三十二年十月十五日、原判決を破棄、広島高裁に差し戻したのである。
(つづく)
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