『Z世代への昭和史・国難突破力講座⑥』★『日本占領から日本独立へマッカーサーと戦った吉田茂とその参謀・白洲次郎(2)★『「戦争に負けても奴隷になったのではない。相手がだれであろうと、理不尽な要求に対しては断固、戦い主張する」(白洲次郎)』
『オンライン講座・吉田茂の国難突破力⑦』記事再録再編集
前坂俊之(ジャーナリスト)
世界史の中でも日本人ほどおとなしい非占領国民はなかったと言われるほど西欧コンプレックス打ちひしがれてしまった。
その中で、唯一「従順ならざる2人の日本人」の吉田、白洲のコンビが立ち上がった。白洲は「乱世の男」「非常時の男」であり、戦国武将のサムライの末裔として、ここ一番の勝負に立ち上がった。

対しては断固、戦い主張する」と白洲は「プリンシプル」を曲げず、「自分は必要以上
にやっているんだ。占領軍の言いなりになったのではない、ということを国民に見せるために、あえて極端に行動しているんだ。 為政者があれだけ抵抗したということが残らないと、後で国民から疑問が出て、必ず批判を受けることになる」と共に活動した宮沢喜一(その後、蔵相、首相)に決意を告げていた。(宮沢喜一の証言、「白洲次郎」平凡社、1999年に収録)
白洲がホイットニー(准将・GHQ民政局長でマッカーサーの忠実な部下)に初めて会った時のエピソードが面白い。ホイットニーは「あなたは英語がよくできるね」と皮肉をとばした。すかさず白洲は「閣下ももう少し勉強すれば、もっとうまくなりますよ」といい返した。なりあがりものの君たちアメリカ人よりも、こちらは本場のイギリス・ケンブリッジ大仕込みだとのプライドをしめして、火花を散らした。
その後も互いに、「アトミック」と「ジープウェー」のエピソードなどで、激しいやり取りを続けた。ソ連、オーストラリアなど天皇を処罰せよという姿勢の連合国側の極東委員会のメンバーが来日する前に、マッカーサーは急いで『マッカーサ3原則』を示して、ホイットニーらに新憲法作りを命令した。
1946年(昭和21)年2月13日、麻布にあった外相官邸に幕僚をつれて、ホイットニーがやってきた。ホイットニーは太陽を背にして坐りとマッカーサー草案を吉田、松本、白洲ら日本側に手渡し、「もし内閣が選挙前に適切な改憲案を用意できないのなら、マッカーサー元帥は直接に日本国民にこの原則を示してしまうだろう」と宣言した。 「私の言葉は、すぐに日本人代表たちの表情に変化をもたらした。
●「ジープウェイ・レター」
「あなた方(GHQ)も彼ら(日本側)も同じ目標をめざすものですが、そこに至る道に大きな違いがあります。あなた方はまっすぐで直接的ですが、彼らのものは回り道であり、デコボコ道です。あなた方は航空路(エア・ウェイ)とすれば、彼らの道はジープウェイで、私は両方の考え方もよくわかります。彼らは急激な形で提出された改正案は注意深く、ゆっくりと取り上げなければならないと感じているのです」として、両国の道のりがイラスト付で書かれていた。
しかし、ホイットニーは「この間題は不必要な遅滞を許さない。日本国民が、この憲法を自らの意思で一日も早く世界に宣言して、平和国家への誓いをたてることが、天皇制を守ることになる」と返事して、これを一蹴した。
こうして、GHQの強烈な圧力のもとで、白洲は外務省翻訳官2人と3日間でマッカーサー草案を翻訳した。松本蒸治が飛び上がって驚いたGHQの「天皇はシンボル」というフレーズを「天皇は象徴」と翻訳したのは白洲たちであった。
こんなエピソードも残っている。昭和天皇からマッカーサーに贈るプレゼントを託された。マッカーサーのデスクの回りはプレゼントの山となっており、マッカーサーは、『そのへんに置いていけ』というぞんざいな態度をとった。白洲は「いやしくも天皇陛下からの贈り物である。床などに置くことはできない』と激怒した。驚いたマッカーサーは、すぐさま新しい机を運ばせたという。
●通商産業省(現在の経済産業省の前身)を誕生させた。
さらに、翌23年12月1日、第二次吉田内閣が成立を受けて、GHQの指名もあり商工省の外局であった貿易庁長官に就任した。ここでは輸出、貿易を振興させるために「吉田首相と二人きりの相談から、時の商工大臣にも相談なしで、商工省を通産省に改めたほど、首相の信任を得ている」と週刊誌に書かれるほどの実力を発揮して通商産業省(現在の経済産業省の前身)を誕生させた。この結果、貿易庁も通産省に統合され、1949年(昭和24)年5月には辞任して、こんどは日本経済再建の基礎であるエネルギー政策、電気事業の再編成に取り組むといった具合。
サンフランシスコ講和条約締結の9月8日にはオペラハウスで吉田首相が受諾の演説スピーチを行うことになっていたが、その演説スピーチは「米に感謝、感謝」という内容で、しかも英文で書かれていた。これを見た白州は烈火のごとく怒った。
「講和条約は対等の関係だ。日本が独立するその記念式典で日本語ではなく英語でスピーチするとは何事か」と叱り飛ばした。
●宮澤喜一は語っている。

関連記事
-
-
『テレワーク、SNS,Youtubeで天然生活術』★『日本初海上説法/南無むにゃむにゃバカ話!』★『鎌倉座禅カヤックで魚と遊び、波に揺られて昼寝すれば快楽・悦楽・満足スピードアップ!』
「釣れなくてよし、釣れればなおよし」の座禅釣りの坊主じゃ。海上説教といくよ。 む …
-
-
『地球環境異変で鎌倉湾も10年でこんなに変わったという釣り話。今は磯焼けでカジメが減少、釣れませんわ』』=『First day of Spring in KAMAKURA SEA』の『老人と海』=『春近し』『目玉パっちりの大メバルの歓迎会じゃ』
東日本大震災の1か月前の2011/02/05 の記事再録   …
-
-
日本リーダーパワー史(757 )―『トランプの政策顧問で対中強硬派のピーター・ナヴァロ氏「米中もし戦わば」(戦争の地政学、文芸春秋社刊)を読む」●「米中対話は不可能である」の結論は「日中韓朝対話も不可能であった」に通じる。」★「明治以降の日中韓朝150年戦争史は『エスノセントイズム」「パーセプション」「コミュニケーション」『歴史認識」のギャップから生まれ、『話せばわかるが、話してもわからないことが わかった!」、ならばどうするのか、難問を解かねばならない。
日本リーダーパワー史(757 ) トランプの政策顧問で対中強硬派の …
-
-
日本リーダーパワー史(92) 閉塞状況を突破するために奇人政治家・田淵豊吉を見習え<河村名古屋市長・橋下知事の先輩>
日本リーダーパワー史(92) 閉塞状況を突破するために奇人政治家・田淵豊吉を見習 …
-
-
『リーダーシップの日本近現代史』(70)記事再録/日本リーダーパワー史(241)空前絶後の名将・川上操六(29)★『戦いで最も重要なのは「インテリジェンス」 それ以上に重要なのは「ロジスティックス」』
2015/02/17日本リーダーパワー史(241) 空前絶後の名将・ …
-
-
東アジア研究トップのハーバード大・ヴォーゲル名誉教授が「日本は中国の近代化に貢献できる」と動画会見(9/3)
速報(469)『日本のメルトダウン』 ●『 …
-
-
日本リーダーパワー史(839)(人気記事再録)-『権力対メディアの仁義なき戦い』★『5・15事件で敢然とテロを批判した 勇気あるジャーナリスト・菊竹六鼓から学ぶ②』★『菅官房長官を狼狽させた東京新聞女性記者/望月衣塑子氏の“質問力”(動画20分)』★『ペットドック新聞記者多数の中で痛快ウオッチドック記者出現!
日本リーダーパワー史(95) 5・15事件で敢然とテロを批判した 菊竹六鼓から学 …
-
-
『F国際ビジネスマンのワールド・ウオッチ㊱ 』「155百万ドルで田中投手はヤンキースと契約」 (ニューヨーク・タイムズ)1/22
『F国際ビジネスマンのワールド・ウオッチ㊱ 』 &nbs …
-
-
『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』㉞ 『自立』したのは『中国』か、小国「日本」か」<1889(明治22)4月>
『中国紙『申報』からみた『 …
-
-
(再録)世界が尊敬した日本人【3】日本・トルコ友好の父・山田寅次郎ートルコを世界で最も親日国にした男
(再録)世界が尊敬した日本人【3】 2006年8月 日本・トルコ友好の父・山田寅 …

