片野勧の衝撃レポート(79)★『 原発と国家―封印された核の真実⑫(1985~88) 』 チェルノブイリ原発事故30年(下)
片野勧の衝撃レポート(79)★
原発と国家―封印された核の真実⑫(1985~88)
チェルノブイリ原発事故30年(下)
■ノーベル文学賞『チェルノブイリの祈り』
スベトラーナ・アレクシエーピッチ。1948年、ウクライナ生まれの彼女は、民の視点に立って、戦争の英雄神話を打ちこわし、国家の圧迫に抗い続けながら執筆活動を続けるジャーナリスト。原発事故に遭遇した人々の悲しみと衝撃を伝えたドキュメント『チェルノブイリの祈り』(岩波書店)は2015年のノーベル文学賞を受賞した。アレクシエーピッチはこう書いている。
「二つの大惨事が同時に起きてしまいました。ひとつは、私たちの目の前で巨大な社会主義大陸が水中に没してしまうという社会的な大惨事。もうひとつは宇宙的な大惨事、チェルノブイリです」 チェルノブイリ事故から3年後の89年、ベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦が終結した。その2年後に崩壊した共産主義社会のソ連邦とチェルノブイリの原発事故――。身近で分かりやすいのは前者の方で、人々は何を信じて、どの旗のもとに再び、立ち上がればいいのか? 誰もがこういう思いをしている。
一方、後者のチェルノブイリのことは忘れたいと思っている。最初はチェルノブイリに勝つことができると思っていた。しかし、それが無意味な試みだと分かると、口を閉ざしてしまったと、アレクシエーピッチは言う。 「ベラルーシの歴史は苦悩の歴史です。苦悩は私たちの避難場所です。信仰です。私たちは苦悩の催眠術にかかっている。しかし、私はほかのことについても聞きたかったのです、人間の命の意味、私たちが地上に存在することの意味についても」
アレクシエーピッチの証言は続く。
「チェルノブイリは第三次世界大戦なのです。しかし、わたしたちはそれが始まったことに気づきませんでした。この戦争がどう展開し、人間や人間の本質になにが起き、国家が人間に対していかに恥知らずな振る舞いをするか、こんなことを知ったのはわたしたちが最初なのです。国家というものは自分の問題や政府を守ることだけに専念し、人間は歴史のなかに消えていくのです。革命や第二次世界大戦の中に一人ひとりの人間が消えてしまったように。だからこそ、個々の人間の記憶を残すことがたいせつなのです」
■チェルノブイリから何を学んだか
一方、日本はどうか。冷戦終結後も日本は原発を増やし続けた。そして2011年3月、福島第1原発事故が起きた。『チェルノブイリの祈り――未来の物語』から30年。今、新たな「未来の物語」が日本を舞台にして繰り広げられようとしている。私たちはチェルノブイリから何を学んできたのだろう。再び、白石さんの証言。 「福島原発事故で十数万人もの人たちが被曝したり、田舎を追われたりしているわけですよ。しかも、放射能は今もなお漏れ続け、大地や海は汚染されています。しかし、それがだれも共有し切れていないのです」
白石さんは言い、こう続ける。 「『チェルノブイリ』は、ウクライナ語で『にがよもぎ』。『にがよもぎ』は聖書の黙示録にも描かれており、チェルノブイリの人々は、この『チェルノブイリ』という言葉に非常に宗教的な意味合いを感じていると思います。神と人間、自然と人間という関係性から、より根源的な感覚で、事故を捉えているように思えるのです。何か人間の原罪みたいなものとして、チェルノブイリとリンクさせて捉えているように思います」
■無理して帰還させようとする政府
白石さんは言葉を選びながら、語り続ける。 「原発事故の問題をどのように捉え、向き合っていくのか。本来であれば、より人類的な視点から、あるいは生命体としての視点から思考しなければならないのに、宗教性がないせいか、日本ではその視点が欠けています。人間の営みの中で起きた重大な事故に対する本質的な議論はどんどん後退し、矮小化しているように見えます。表現もそうです。共通認識がないし、災害や原発の本質的な話になっていないのではないでしょうか」
――今、十数万人の人たちが故郷へ戻れない中、日本では再稼働が進んでいますが……。 「今、心配なのは、無理して帰還させようとしていることです。原発は不安定な上、汚染もひどいため、帰りたくない人がほとんどです。なのに、帰そうとしている。そして、その人たちを切り捨てて、補償はお仕舞という形で事故収束させようとしています。再稼働するために、また原発を海外に輸出するために、『復興』という美名を振りまき、何事もなかったかのような装いを見せているのではないでしょうか」
白石さんには「チェルノブイリ28年目の子どもたち――低線量長期被曝の現場から」という優れた映像記録がある。一昨年、その映像記録を見せていただいた。
――今、福島の子どもたち166名が甲状腺がんにかかっているというデータが公表されていますが、チェルノブイリから見て、どう思われますか。 「私が知っている限り、進行も早いケースや再発している方も少なくありません。チェルノブイリのことを考えれば、これからどんどん増える可能性があります。東京なども甲状腺がんや白血病も出てくると思います」
■ビキニ事件の船員や遺族が提訴
話は一転して、60年前の第五福竜丸の事件へ飛ぶ。1954年に米国が太平洋ビキニ環礁で行った水爆実験で船員が被曝した「第五福竜丸」以外に、周辺海域で操業していた漁船の元乗組員らが、国が被曝記録を開示しなかったことなどへの賠償を求める訴訟を2016年5月9日、高知地裁に起こした。原告は元船員や遺族ら45人。1人200万円の慰謝料など計約6500万円の賠償を求めているという。
裁判への道筋をつけたのは、太平洋核被災支援センターの事務局長・山下正寿さんだ。高校教師として、1980年代半ばから、教え子とともに港町での聞き取り調査を行い、太平洋核実験による被曝の全容を解明しようと力を尽くしてきた。白石さんは言う。
「山下先生は本当にすごいと思います。あの先生がいなければ、このような裁判にはつながらなかったはずです。残念ながら、この問題について、マスコミは十分な役割を果たしていません。2000年代に入り、愛媛県にある南海放送のディレクター・伊藤英明さんが『X年後』というドキュメンタリーを制作し、この問題に光を当てましたが、より大きなメディアは最近まで冷たいものでした」 抑制されたトーンながら、気鋭のジャーナリストの真剣さがひしひし伝わってくる。
■パニック恐れ、当局と足並みそろえるメディア
白石さんの目はジャーナリズム批判へ。
「福島第1原発事故では、国内のマスメディアの多くが、パニックを恐れる当局と足並みをそろえ、事故を過小に報道しました。その結果、多くの住民が避けられたかもしれない被曝をしました。こうしたメディアの状況は今も続いています。福島の子どもたちの甲状腺がんについて、きちんと報道したのは、私の知っている限り、古舘(伊知郎)さんの『報ステ』1回だけです」 ――政府に対して自己規制しているのか。白石さんはこう答える。
「民主的な国家では、電波は政府が直接コントロールせず、独立した機関が行っています。しかし、日本では政府が直接、放送局に免許を交付し、監督し、コントロールしています。最近、高市総務大臣が放送法第4条に基づいて、テレビ局の電波を停波する可能性もあると発言しましたが、欧米だったら、政権がひっくり返るような発言です。もちろん、どこの国の政府でも、メディアをコントロールしたいと思っているに違いありませんが、だからといって、大臣がそれを口に出すというのは論外です」
国が放送局に電波停止を命じることができる。また「地震後の原発報道は公式発表をベースに」――。そんなことを平然と言ってのける大臣やNHK会長などの発言に白石さんは憤る。
「まさに、それは戦前の大本営発表と同じじゃありませんか」 そして、自身が立ち上げたインターネットという媒体について、こう説明した。 「やはり、総務省による放送免許が不要なインターネットは魅力的です。色々な立場の人たちがかかわれるし、自由な雰囲気にあふれている。数人の優れたジャーナリストがいれば、小さな放送局があっという間にできるのですから」
■ドキュメンタリー映画「飯舘村 私の記録」
2001年9月11日。ニューヨークで起きた同時多発事件。米国の主要メディアは「テロリスト」への報復が必要だと報道した。一方、インターネット上では戦争に反対する声が行き交っていた。白石さんはテレビが映さない市民の声を、インターネットを通じて共有したいと考え、すぐに渋谷や大阪のデモの映像を配信し始めた。これが「OurPlanet-TV」の活動の始まりである。
「今までの取材は1つの会社がチームを組んで何かを語ろうとする構図でしたけれども、インターネットは自分の好きな形態で誰でも参加できる革命的な情報システムだと思います。コストもほとんどかかりませんし……」 「そして……」。話を続ける。 「私は素人の制作した映像など見るに堪えないものと思っていました。しかし、私が素人と思いこんでいた人が、素人でなかったのです」
「例えば……」。こう言って渡されたのが、ドキュメンタリー映画「飯舘村 私の記録」。撮影・監督:長谷川健一と書かれていた。長谷川さんの住む飯舘村は原発事故後、全村避難となり、6200人もの住人が村を追われ、避難生活を強いられる。 “当事者の目線で、自分が実際に味わっていることを伝え、後世に残さないとだめだ”――。酪農家として、家族とともに暮らしてきた長谷川さんはビデオカメラを購入し、独学で撮影を始めた。
それが「飯舘村 私の記録」。この記録映画は「2013 福島映像祭」で上映されたのである。白石さんは語る。 「私はOurPlanes-TVを設立してから十数年、日の当たらない社会問題を発掘し、映像化しようとする人たちとともに、活動を続けてきました。彼らは映像の素人ではあるかもしれませんが、現場のプロなのです。しかし、日本では市民が放送にアクセスできる制度がありません。小さな声はほとんど伝わっていません」 では、どうするか。白石さんは言う。
「今こそ、国家(総務省)がメディアを直接監督する制度を見直し、電波を市民に開放するようなシステムを構築する時期にきているのではないでしょうか。もちろん、こうした放送や通信の制度について、放送や通信の事業者だけでなく、市民の代表も加われるような仕組みを作るべきだと思います」
■「メディアをうらむな、メディアをつくれ」
3・11以降、市民による様々なメディアが全国各地で生まれている。「メディアをうらむな、メディアをつくれ」――白石さんによると、この言葉はイタリアの「自由ラジオ」運動から生まれた言葉だという。白石さんはこう続けた。 「一人ひとりがメディアの主役になることを切に願います」 取材を終えて、白石さんは三度、チェルノブイリへ旅立った。30年経っても、チェルノブイリの現状は厳しいと報道されている。経済は低迷し、紛争で財政状況は悪化。様々な支援が削られているという。日本もやがて同じような試練にぶつかるだろう。白石さんは言った。 「チェルノブイリの今を、この目、この足でよく見てきます」
(かたの・すすむ)
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