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片野勧の衝撃レポート(44)太平洋戦争とフクシマ⑰「悲劇はなぜ繰り返されるのかービキニ水爆と原発被災<下➁>

      2015/01/01

  

片野勧の衝撃レポート(44

太平洋戦争とフクシマ⑰

≪悲劇はなぜ繰り返されるのかー

★「ビキニ水爆と原発被災<下➁>⑰

 

片野勧(ジャーナリスト)


    ■ビキニ被災60周年・三浦市民集会

 

 

今年(2014)4月20日。被災の実相を風化させずに語り継いでいくための「ビキニ被災60周年・三浦市民集会」が三浦市民ホールで開催された。ヒロシマ原爆被災者の岡地さんも約400人の参加者の前で語った。

「私は原爆で人間はこうなるんだと、自分の体で示したいんです。次代を担う若い人たちに二度と戦争を起こさせてはなりません」

3・11東日本大震災。ヒロシマ、ナガサキ、ビキニで被爆者は最後になるはずだった。しかし福島第1原発事故が起こった。岡地さんは福島県いわき市小名浜に友人がいるので、一度訪ねて行った。

「彼はまだ避難生活をしています。ふるさとを追われて、本当に可哀想でしたね。原爆は治す薬があれば別ですが、人間と共存できません。それなのに、政府はなぜ原発を再稼働させようとするんですかね」

さらに言葉に力が入った。

「この先、子や孫にずっと不安が続いていく恐れがあるのに、今、福島の皆さんはどう思っておられるのかね」

岡地さんは子供たちが将来、差別を受けないか、病気にならないかを自分が体験してきたことと重ね合わせて、被災地の子供たちのことを案じた。

 

■水俣病遺族が勝訴確定―最高裁

 

私は「フクシマ」を取材していた時に、こんな記事が目に飛び込んできた。2013年4月17日付『朝日新聞』朝刊1面トップ――。「水俣病認定を緩和 最高裁『一症状でも』 患者審査見直し迫る 熊本の遺族、勝訴確定」。

この最高裁判決を聞いて、水俣病の現実を描いた『苦海浄土』で知られる作家の石牟礼道子さんは記者のインタビューにこう答えていた。同じ『朝日新聞』39面社会面。

「名乗り出ることさえつらい。家族も、早う死んでくれ、と思うたりもして。残酷なことです」

差別を恐れて被害を訴えられなかった人、家族からも見放された人、伝染病と言われて葬式も出してもらえなかった人……。石牟礼さんは執筆を続けながら、患者認定を求める人たちに寄り添ってきた。

石牟礼さんは東日本大震災直後にも毎日新聞記者の取材に応じ、ノートに句を書いた。

「毒死列島身もだえしつつ野辺の花」

毒とは福島第1原発事故で大気や海に放出された放射性物質のことか。

「それだけではありません。水俣の海に囲まれた毒もそう。農薬も、添加物も。そして、物質の毒だけでなく、毒を作り出す人間がいる。そのすべてが毒です」(『毎日新聞』2011/10・7付)

3・11。あの日、文字通り「日本は毒の列島になってしまい、身もだえした。でも、野辺には小さな花が咲いている」。それが、(かす)かな希望と石牟礼さんには映ったのだろう。

 

■水俣病も原発事故も残虐な権力犯罪

 

私は熊本の石牟礼さん宅を訪ねて「ミナマタ」の話を聞いたことがある。1998年1月のことである。その時のメモによれば、石牟礼さんはこう語っていた。

「東京では和解して“おめでとう”と言われます。しかし、遠く離れた水俣の現地は違います。和解金260万円のお金では本当の解決にはならないのです。口封じとしか思えません。人間として生きてきたことを認めてほしいというのが、水俣の人々の願いなのです。国家のシステムの顔から人間の顔が見えるシステムが大切なのに、いつ、こんな非人間的な日本になってしまったのでしょうか」

化学大手のチッソは「近代化」を担ったのは事実だ。同じように原発事故の「加害者」となった東電が高度経済成長を支えるエネルギーを供給し続けた。しかし、水俣病のチッソも福島第1原発事故の東電も世界に類のない残虐な企業犯罪であると同時に、国家による権力犯罪である。

欲望の文明は人間の意に反することを平気で行う。この国の権力の「知らしめず、聞かしめず、言わしめず」という支配構造がいつの間にか確実に復活し、いたるところに顕在化している。

しかし、石牟礼さんは希望を捨てていない。句にある「野辺の花」。それは震災にも負けず被災地に咲いた花。希望の象徴だ。

 

 ■映画『放射線を浴びた[X年後]


 私はビキニ事件を追ったドキュメンタリー映画『放射線を浴びた[X年後]』を観た。2014年5月31日午後2時。東武伊勢崎線梅島駅徒歩3分の「エル・ソフィア」(東京都足立区)。小さな会場だったが、30人はいただろうか。
 上映後、観客から大きな拍手が沸き起こった。私も大きな衝撃を受けた。観終わった後、何人かが感想を述べた。
 ある人は「福島もだんだんと見捨てられるのだろうか。誰も責任を取らず、同じことを繰り返すことは許されません」。また、ある人は「私は広島で被爆。長い間、被爆者手帳をもらえませんでしたが、昨年、ようやく手にしました。国はただ被爆者の死を待っていたのかもしれません」。
 さらに、ある人は「この映画を観て改めて知ったのは、最も弱いところへしわ寄せが来るということ。経済の利益より人権と命が大事です」。そして、ある人は「第五福竜丸のことはちょっと知っていたつもりでしたが、何も知らなかったことを恥じています。知らないことほど怖いものはありません」。
 1954年3月1日、アメリカが行ったビキニ水爆実験。当時、多くの日本の漁船が同じ海で操業していた。にもかかわらず、第五福竜丸以外の「被ばく」は人々の記憶からなぜか消し去られていった。

■高知県の幡多高校生ゼミの調査


 愛媛県の南海放送ディレクター伊東英朗さん(53)は11年ほど前、インターネットを見ていた時だった。高知県の幡多(はた)高校生ゼミナールの調査で、ビキニ環礁で被ばくした船は1隻でないという文言に行き当たり、教科書で習った「第五福竜丸事件」はごく一部でしかないことを知る。伊東さんにとっては衝撃だった。その真相を知りたい――。
 伊東さんは8年もの歳月をかけて、元高校教師の山下正寿さんと、その高校生たちの足跡を丹念にたどり、被ばくした漁船員たちの消息、被ばくの裏に隠された日米両政府の機密文書に肉薄する。そこから日本全土を覆う汚染の実態が浮かび上がるのである。
 第五福竜丸のほか、実数で言うと548隻のマグロ漁船が近海で操業していて被ばく。また中部太平洋での核実験は原爆投下後のわずか11カ月後の1946年から始まり、1962年までに120回以上(イギリスも含む)行われていたから、17年間、直接的に多量の放射性物質をばら撒いていたことになる。
 マグロ漁船のほか、捕鯨船、貨物船、客船、かつお船……なども当然、被ばくした。さらには放射性物質の半減期を考えると、半減期が30年のセシウムやストロンチウムなどは1962年の核実験の後、1992年頃までかかって半減。その間も当然、放射能の影響を受けていたことになる。
 放射能検査が行われたのは1954年3月から12月までの10カ月間。その間の測定で汚染した魚を棄てた船の数は992隻(1955年4月28日閣議決定)。これが公的な記録である。
 この追跡取材の成果は全国深夜枠のドキュメンタリー番組になったが、当初はほとんど反応がなかった。しかし、東京電力福島第1原発後の2012年1月、「放射線を浴びたX年後」は大きな反響を呼んだ。映画にもなり、各地の講演に引っ張りだこになった。
 私は、映画監督・伊東さんに携帯で話を聞いた。映画を観た1週間後の6月5日午前11時ごろだった。
 ――改めて伺いますが、この映画を作るきっかけは?
 「11年前、731部隊など戦争をテーマにした問題に関心を持ち、番組化をリサーチしていた時、高校教師・山下正寿さんとその生徒たちが高知船籍など多くのマグロ漁船もビキニ事件で被ばくしていることを聞き取り調査で突き止めたという記事を偶然見つけたのです。もちろん、第五福竜丸事件は知っていましたが、それ以外にも被ばくした船がたくさんあるということは信じられませんでした。しかし、実際、取材を始めて漁船乗組員に話を聞くことでそれが真実であることを確信しました」

 ■第五福竜丸以外の被ばくの真相を知りたい


 第五福竜丸以外の被ばくの実態がなぜ、知らされていないのか。伊東さんは番組制作のプロデューサー大西康司さんと共に、高校生たちや乗組員たちを追い始めた。
 「取材を進めていくと、ショッキングな話が次々と出てくるんです。爆発で空が真っ赤になったとか、とてつもない音がしたとか、乗組員20人のうち、生存者は1人だったりとか……」
 広大な太平洋で爆発を直接見ることは相当、至近距離にいることになる。音が聞こえる距離はさらに近い。そういうところで核兵器の爆破実験が行われているとき、その周辺で漁が続けられていたことに驚く。また取材を始めたとき、事件から50年が過ぎていた。乗組員は生きていれば60代後半から70代だが、そのほとんどが亡くなっていたことに強い衝撃を受けた、と伊東さんは言う
 ――この映画で最も伝えたかったことは?
 「2010年に米エネルギー省のホームページから水爆実験での放射性降下物の観測記録を見つけました。それによって日本本土にフォールアウトがあったことが裏付けられました。しかし、被害の実態はいまも未解明のままです。この事件が解明され、科学的に実証されることの意味は被害者の救済、補償はもちろん、加害者への制裁が行われることです。さらに70年以上にわたる一連の核実験にまつわる被ばくの臨床研究のデータを知ることにもなります。そのことは、今、起こっている被ばくの未来を知ることにも(つな)がるのです」

 ■「死の灰」が日本列島をすっぽり覆う


 機密文書から浮かび上がったのは、米国が世界122カ所に観測所を設け、ビキニ水爆実験による「死の灰」が日本列島をすっぽり覆い、対流に乗って米国本土にも達していたこと。
 対流は大きくは3種の高さによる風のこと。正確にはアメリカ大陸の方が距離としては倍の距離にあるにもかかわらず、日本よりも早く届いた。ヤンキー水爆を一例にとると、5日でアメリカ大陸、8日で日本本土に達していた。
 これらの機密文書は驚くべき真実だが、それが50数年間、アメリカ原子力委員会が公開していたにもかかわらず、誰も見つける人がいなかったために未解明のままになっていたのだ。
 ――今も福島第1原発事故とそれによる放射能汚染が問題となっていますが……。
 「僕自身が考えているのは、日本人のその後の健康調査だけではなく、アメリカ原子力委員会が70年以上にわたり研究してきたデータ(ロスアラモス、広島、長崎も含む)を探し出し、公開することで福島の今後を説得をもってシミュレーションできると考えています」

 ■ビキニはフクシマでも繰り返されている?

 ――ビキニ事件と福島のケースは似ていませんか。
 「よく似ています。日本は同じ過ちを繰り返しています」
 ――なぜ、ビキニ事件が早々と幕引きされて、闇の中に葬られたのか。福島における政府の対応も本質的に似ているのでは? との私の問いに対して伊東さんは、「福島の政府対応とビキニ事件の政府対応が本質的に似ているかどうかを語るのは、僕には自信がありません。政府の対応や国民感情、メディアのあり方などがビキニ事件に重なることは事実ですから」と言う。
 さらに私は、時間とともにこの事件は闇に葬られていくのでは? と問う。
 「確かに情報が少なくなっていくのも事実ですが、情報が少なくなっていくから事件が闇に葬られていくのではなく、情報が少なくなっていく要因が最も大切だと思っています。そこにはメディアの立ち方、国民の情報ニーズの相関関係があり、危険の記憶が転がっていくのだと思います」
 さらに言葉を継いだ。
 「ビキニ事件は終わっていません。核の問題はメモリアルデイ(記念日)を作ってはなりません。僕は、メモリアルデイを作ることで『事件』が過去のものとして記憶されることを危惧しています。被ばくの問題は、その日、その時、ではなく、放射線が残留し放射性物質が人体に影響しなくなるまで続くということを自覚しなければならないと考えています」
 それはメディアにも問われていることと伊東さんは言う。3・1「ビキニデー」と3・11「フクシマ」。その日を中心にメディアは大きく報道するが……。
 「周年を切り口にするメディアの習性が、メモリアルデイを国民の意識に打ち込んでしまうということ。その後も取り上げるが、ある時点から『前向き』『復興』を強調し始めることで、『記憶』が薄らいでいくのだと考えています」
 今、この瞬間も放射能問題は進行していることを忘れてはならない、と伊東さんは指摘する。 

 ■福島の将来に生かせるはず


 ビキニ事件が闇に消えていく、その厚い壁をどう打ち破っていくか。今後について尋ねた。
 「ビキニ事件は単なる過去の事件ではなく、福島まで続く日本の根本的問題です。この問題と正面から向き合うことで福島の将来にも生かせるはずだと思います。『セメントで固めた用水路が赤い子(赤い沢蟹(さわがに))によって穴があけられ崩れる』と前述の元高校教師・山下さんが僕に言いました。僕も少しでも社会に風穴を開ける赤い子でありたい」

 

片野 勧

1943年、新潟県生まれ。フリージャーナリスト。主な著書に『マスコミ裁判―戦後編』『メディアは日本を救えるか―権力スキャンダルと報道の実態』『捏造報道 言論の犯罪』『戦後マスコミ裁判と名誉棄損』『日本の空襲』(第二巻、編著)。近刊は『明治お雇い外国人とその弟子たち』(新人物往来社)。

 

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