「トランプ関税と戦う方法」ー「石破首相は伊藤博文の国難突破力を学べ⑧』★『日本の運命を変えた金子堅太郎の英語スピーチ②』★『ハーバード大学クラブで講演、満員の大盛況』★『時間延長して講演、拍手喝采を浴びた』★『「日露戦争は正義のための戦いで日本が滅びても構わぬ」』★『「武士道とは何か」ールーズベルトが知りたい』
2025/04/14

1902年(明治37)年四月二十八日、これは私が八年間アメリカにいて、うち最後の二年間修学したハーバード大学の催しで、私に来て日露戦争について演説をしてくれとの招待を受けた。ところが不思議なことには私と同時にハーバード大学を卒業した者が三人、日露戦争に関係している。
小村寿太郎は当時の外務大臣として日本にいて、日露戦役の当初から関係している。又栗野慎一郎はロシアに公使としてかの地を引き揚げて帰って来た。そうして私がアメリカに来て戦争の沿革を説明している。ハーバード出身の者が日露戦争に三人まで関係しているからは、ぜひ私に来てくれよという。
最初はハーバード大学が私を呼ぶつもりであったところが、総長の考えで、厳正中立を布告しているアメリカ合衆国の大学が、ロシアの敵たる日本人の金子を招ぶということは、たとい卒業生といえどもこれは遠慮すべきことであるというので、ハーバード大学の中に設けられたクラブから私を呼ぶことにした。
●◎ハーバード大学クラブで講演、満員の大盛況
しかるに二十八日は非常な大雨で、午後からも土砂降り。
これではとても誰も聴衆は来まいと思うほどの大雨だが少しも止まない。その場所はハーバード大学の中のサンダース・シアターというところで、これは卒業式に用いる会堂である。そこに私が行ってみると、豪雨にもかかわらず立錐の余地もなく何千人という男女が押押しつめ入ってきて、廊下にまで椅子を持ってきて聞こうという有様で、私は非常に愉快に感じた。
それから「極東の現状」という演題で演説して、まず第一に日露戦争の起因から説き始め、十年以前に日本は日清戦争のとき三国干渉のために遼東を還付させられた。以来日本人は十年の長い間、臥薪嘗胆(がしんしょうたん)していずれのときにか、かの遼東を元のとおりに取り戻さなければならぬと国民一般に決心したという沿革から説き始めた。ところが三十三年の北清事変、すなわちボクサス・トラブルのときに、各国から兵を出した。
ヨーロッパ各国もアメリカも日本も兵を出した。ロシアは地続きのハルビンから来て遼東を取ってしまった。そうしてほかの国は皆すぐ撤兵したにもかかわらずロシアだけはいつまでも撤兵しない。アメリカが撤兵せよと言ってもイギリスが苦情を言っても言うことを聞かない。いわんや日本ごとき言ったくらいでは、顧みもしない。
それのみならず遼東から朝鮮に進んでソウルまでをロシアの勢力範囲とする魂胆である。それは日本としては困ると抗議を申し出た。こういうことをすったもんだしているうちに、ロシアはとうとうしまいに釜山までをその勢力範囲にしなければ承知しないというから、わが国はやむをえず二月四日の御前会議に於てとても日露の交渉は外交談判ではいけない。
やむをえず国を賭し矛を取って兵馬の間にこの難問題を解決するよりはかないと廟議決定し、天皇陛下の御裁可を仰ぎここに開戦するに至ったという沿革を事実と外交文書とを引証して詳細に私が演説した。ところがそれが一時間半ばかりも時間がたっていたから私は演説を中止した。
●時間延長して講演、拍手喝采
私がワシントンを去ってハーバードの演説会に来るときに、留学時代に法律を教わった人で、今は合衆国の大審院判事であるホームスという人が言うに、「君は今度ハーバードで日露戦争についての演説をするそうだが、君に一言忠告するが、ハーバード大学の先生達は無論、ケンブリッジの市民、その隣りのボストンの男女は、アメリカ第一等の知識階級の人と自ら信じている。どんな偉い人が行ってハーバード大学で演説するといっても、ハア、アレカと言ってなかなか聴かない。
それで一時間ハーバードの聴衆を君が引きつけて聴かせるということは無理であるから、長くて四十五分、これより長く演説してはいかぬ、きっと失敗する、僕の経験によって君に忠告する。」
と言ったことを思い出した、ところがすでに四十五分はおろか、一時間半ばかりも演説しておった。そこで私はピタッと演説を止めて、
「さてこの豪雨のさい遠路をいとわずおいで下さって、一時間余りも我輩の未熟な英語の演説をお聴き下さったことはまことに有難い。あまり長く演説してもお気の毒だからこれで止めましよう。」
と言って打ち切ろうとすると、聴衆は総立ちになってノーノーと言い、思っているだけ言いなさい。今夜は貴下の演説を聴きに来たのだから、夜が明けても全部を聴かなければ帰らぬと言いだした。そのとき私はさすがは留学した母校であると思って非常に嬉しく感じた。ここにおいて私は日本国民の決心と希望まで申し上げ、演説を続けた。今度はロシアがいかにしてシベリヤや満洲に兵を送ったか、その兵数から本国の常備兵の数を述べ、日本の兵隊の数を比較すると比較にならぬほどわが軍は少数である。
旅順・ウラジオストックに在る敵艦のトン数、堅牢なる構造方法について日本の軍艦を比較するとこれまた比較にならぬ、このとおりだ。どこに日本が勝つ見込みがありますか。ロシアは土地の広いこと、人口の多いことは世界に類がない。これに対して弾丸黒子のごとき日本の小国が敵対するということは最初から勝てる見込は立たない。
日本人中一人として勝つ見込をつけた者がない。内閣大臣も陸海軍の当局者も勝つ見込が立たない。しかしロシアに対して一歩譲れば彼は一歩進んできて、あくことを知らないのがロシアの要求であるから日本は正義のためにやむをえず国を賭して矛をとったのである。
「日露戦争は正義のための戦いで日本が滅びても構わぬ」
もしこの戦争で日本が亡びても、日本は少しも構わぬ、日本は正義のため、国を守るために国民皆、矛をとって戦ったが、いかに滅ぼされたということを世界の歴史の一頁に残せば満足する。後世の人が昔、日本という国がアジアの東南にあったが、暴虐ロシアのために滅ぼされたという歴史を知りさえすれば、我々日本人はそれでもう満足だ。もともと勝つ見込みがあって戦争を始めたのではない。
又ロシアはいわく、ロシアはキリスト教国で、日本は非キリスト教国である。キリスト教国が世界の非キリスト教国を征服、開化せしめることは天職だ。それに反対する日本を撲滅せしめなければならぬといって、今度の戦争を宗教戦争にしようとしている。
このときに当りアメリカの国民はキリスト教信者であるからロシアのいうことに同意なされるかもしれぬ。しかしながら私はキリスト教の教義はそういうものではあるまいと言ってバイブルの文句を朗読し、サマリタンの宗教上の故事を引用してだんだん説明した。
これの事実をアメリカの人びとが聞いて下されば我々は他に何の望みもない。これから先は日露の両国いずれが是か非かは諸君の公平なる判断に委せますと言って演説を終った。終ったときは最初から丁度二時間と十五分かかった。聴衆は非常に緊張し、始めから終りまで静粛に聴聞して拍手喝釆してくれました。
翌日の新聞にそのことが出て、かつボストンの新聞には長文の社説を書きました。その社説は随分名文で書いてあります。それをいちいち申し上げると長くなりますから申し上げませぬ。又その演説は電報で合衆国の諸新聞に通報していずれの紙面にもみな載りました。
そこでハーバードクラブでこれを印刷に附して小冊子にしてハーバードクラブのある各州の都府にも送り、それから各種の協会・商業会議所を始め政治家、その他知名の士にまで送るために六千部刷って配布されました。そのときセントルイスに開会中の博覧会の当局者にスミスという人がありましたが、この人はさらに二千部を自分の金で印刷して、それを博覧会に関係している人びとに配布しましたから、都合八千部刷ってアメリカ人にふりまいた。これではじめてアメリカ人は日露戦争はこういうものかということが分りました。
第一はウードフォードの晩餐会に於ける演説、第二はハーバード大学の演説会で、日本の態度が初めて米国の国民に分った。私はそのことにそぞろに感じた。アメリカ国民は最初はロシアの大使の宣伝と新聞の買収とによってすっかりロシアの方に引きつけられていたが、この二回の演説でロシア側の言うことばかり聞いてはいけない。又日本側の言うことも聞かなければならぬ。両国の意見を聞いてみるとどっちがもっともかといえば、日本の言うこともまたもっともだということがいえるといいだして、それから少し頭を日本の方に傾けて聞くようになった。
★「武士道とは何か」ールーズベルトが知りたい
その後は各地方から招待を受けて、南船北馬、各都市の宴会、演説会が始まった。アメリカという国はうっちゃっておけば宣伝する者が勝つ。嘘を言っても宣伝者が勝つから、他人の宣伝に委しておいてはいけぬ。向うが宣伝でやればこっちからも宣伝をやらなければならぬ。しかし決してうそを宣伝してはいかぬ。アメリカ人は正義を貴ぶ国民であるから正義のある方には必ず組みする。
事実を言わなければ同情は得られない。こういう呼吸を呑み込んで私が演説したから、その後は毎日毎日大学からも商業会議所からもクラブからも協会から個人からも呼びに来た。
それからここに少しお話しておきたいことは、大統領のルーズベルト氏は非常に日本の武士道を研究している。六月七日に私に午餐会に来てくれというから、ニューヨークからワシントンに行って午餐会に臨んだ。その会食中ルーズベルトいわく、
「僕は日本の武士道ということがしきりに新聞紙上に現われるから、いろいろ本を見たがいかんせん武士道ということを書いた本がない。よく武士道とか武士とかいうことを言うが一体どういうことを武士道というのか、何か書いた本はないか」と聞くから
「それは書いた本がある。新渡戸稲造というボルチモアの学校で勉強した日本人が、武士道について英文で書いた小さい本がある。
それを読めば、すっかり分かる」
「そうか、それが欲しい」
「それでは僕がのちほど送ってあげよう」
と言って約束をしました。それから後で私が送ったところがルーズベルトがそれを読んで、初めて日本の武士道ということを知って、ただちにニューヨークに電報をかけて三十部とり寄せて、それを五人の子供に一部ずつやって、
「これを読め、日本の武士道の高尚なる思想は、我々アメリカ人が学ぶべきことである。この『武士道』の中に書いてある『天皇陛下』という事を修正すればそれでよろしい。アメリカは共和国であるから天皇はない。俺は主権者であるけれども、大統領である。よって『天皇陛下』という事を『アメリカの国旗』という字に直せば、この武士道は全部アメリカ人が修業し、実行してもさしつかえないから、お前達五人はこの武士道をもって処世の原則とせよ」と言い聞かせたということを聞いた。
それから残り二十五部は上下両院の有力なる議員とか、親戚とか、あるいは内閣大臣の人達にこれを分配して、この「武士道」を読めと言った。
この書で初めてルーズベルトが武士道を会得して、ますます武士道ということを研究するようになって、ついには柔道まで官邸でけいこするに至った。今の海軍大将の竹下勇という人はその当時は公使館付の中佐であったが、柔道の型を大統領に教えた指南役である。
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