「トランプ関税国難来る!ー石破首相は伊藤博文の国難突破力を学べ②』『日露戦争開戦『御前会議」の夜、伊藤博文は 腹心の金子堅太郎(農商相)を呼び、すぐ渡米させた」★「当時、米国はロシアを第一友好国としており、金子は渡米に反対した』★『ル大統領と親友の金子は和平講和条約の仲介役を同大統領に引き受けさせる広報外交を展開した』
2021/09/01 『オンライン講座/日本興亡史の研究 ⑮ 』
以下は前坂俊之『インテリジェンス外交-戦争をいかに終わらせるか』 祥伝社 2010年4月 より。
<日露戦争の回顧、金子堅太郎講演会(1929年(昭和4)>
ご承知のように 日露戦争のことは、明治37(1907)年二月四日の御前会議においてきまった。二月四日午後三時から明治天皇の御前において、元勲と陸軍、海軍、外務、大蔵の大臣が会議を開いて、日露の交渉はいかなる手段をとっても解決ができない、いわんやこれを円満に解決することはまったくできぬ。われ一歩譲れば彼一歩進む。また一歩譲ればなお一歩進んで際限がない。
このまま推し進めばどこまでおしていってもロシアがわが国の要求に応ずることはないから、やむをえず国を賭して、戦争に訴えてこの日露両国の難問題を解決するほかないという結論に到達して、ついにそのことを陛下に申し上げました。午後六時前にいよいよ日露開戦と御決定したのです。
その晩六時ごろのことです。私の宅に霊南坂の伊藤(博文)枢密院議長から電話がかかって、急に相談がしたいことがあるから即刻きてもらいたいという。日露関係は明治36年冬ごろからだんだん険悪になってきたから、これは何か容易ならぬことが起ったにちがいないと思って、ただちに車を駆って伊藤公の官舎に行った。それは六時半頃でありました。
いつものとおり二階の伊藤公の書斎に入りました。その書斎は真中にテーブルがあって、その向うに伊藤公の安楽椅子がある。テーブルを隔ててこちらに客が座る椅子がある。私が伊藤公の書斎に入ってみると、伊藤公は手をこまねいて下を向いておられる。下唇を深く喰い込んでしきりに小首を傾けて物思わし気に坐っておられる。
私はその前に立って、「ただいま電話でございましたからまかり出ましたが何の御用ですか」とたずねた。しかし一言の返答もない。私も黙ってややしばらくその前に立っておりました。二、三分たってからまた再び「何の御用でございますか。」と言うと、伊藤公は「まァ、椅子にかけたまえ。」こう言われた。私は椅子に腰をかけた。
そうすると伊藤公の言われるには「君は食事はすんだか。」「私は食事はすみました。」「吾輩はまだ食事をせぬから食事をして、それから後に用向をお話ししょう。」と言われた。それから女中を呼んで食事を取り寄せられた。伊藤公の食事は例によってごく質素なものであります。吸物と刺身と何か一つ煮た物がその前に置かれる。
伊藤公が茶碗の蓋を取られたのを私がのぞけば中は白粥(しろかゆ)である。それから膳の上にのっている食塩を少しその中に入れて箸(はし)でかきまぜて、白粥一椀すすられたのみで、吸物も刺身も煮た物にも箸をつけられない。そうして女中に命じて、それを下げさせる。食事も進まぬとみえる。
私は長く伊藤公の知遇を受けて側近していて親しく知っていますが、国家の重大なる問題が起って非常に憂慮されるときには、必ず下唇を喰い込んで考える癖があった。
私はその態度をみてすぐにこれはただならぬ事が起ったのであろうと感じた。食膳を撤した後、傍にあるポートワインをコップについで一杯飲んで、「今日君を呼んだのは外の用ではない、これから急にアメリカに行ってもらいたい。」と、こうだしぬけに私に言われた。
「それはどういう御用でございますか。」
「今日御前会議において日露開戦ときまった。ただいま小村(寿太郎、外務大臣)に命じてロシア駐在の栗野(慎一郎)公使に国交断絶を通知する電報を発したから、明朝は必ずロシアの帝都において国交断絶、開戦の発表になる。ついては君にすぐにアメリカに行ってもらいたい。」
伊藤の懇願を金子は最初は拒否した
私はあまりの突然に驚きました。日露戦役のことは昨今の形勢より察してほぼここに至ろうとは考えておったが、私にアメリカに行けということは思いがけないことであった。
「それは如何なるわけで私がアメリカに行くのですか。」と尋ねると、伊藤公の言われるには、
「この日露の戦争が一年続くか、二年続くか又は三年続くかしらぬが、もし勝敗が決しなければ両国の中に入って調停する国がなければならぬ、それがイギリスはわが同盟国だからくちばしは出せぬ。フランスはロシアの同盟国であるからまた然りで、ドイツは日本に対しては甚だよろしくない態度をとっている。今度の戦争もドイツ皇帝が多少そそのかした形跡がある。よってドイツは調停の地位には立てまい。ただ頼むところはアメリカ合衆国一つだけである。
公平な立場において日露の間に介在して、平和回復を勧告するのは北米合衆国の大統領の外はない。君が大統領のルーズベルト氏とかねて懇意のことは吾輩も知っているから、君直ちに行って大統領に会ってそのことを通じて、又アメリカの国民にも日本に同情を寄せるように一つ尽力してもらえまいか。これが君にアメリカに行ってもらう主なる目的である」
と沈痛な態度で申されました。
あまりにも唐突でございましたから、私はこれに答えて「まことにこの戦争の終局については御高見のとおりでありましょうが、私は長い間アメリカに留学して、又アメリカにはたびたび行きましたから、アメリカをよく知っているがために、私は今日不幸な地位に立たなければならぬ。私がアメリカの事情を知らなければただちにここでお受けをするかもしれませんが、アメリカの事情を知っているがために私はお断りをいたします。」
「それはどういうわけか。」
「それは閣下も御承知のとおり、アメリカが独立して間もない、一八一二年に英と米との戦の折にはヨーロッパ各国はみな英を助けたが、独りロシアだけは合衆国側に立って影になり日向になり援助したために、あの戦いも相引きになって講和条約ができた。以来、アメリカの人は非常にロシアを徳としている。
その次には一八六一年から六五年まで五ヵ年間続いた南北戦争、これは合衆国の南部と北部とが奴隷廃止のことから兄弟争いをして戦うようになって、非常な激戦であった。そのときにはイギリスは全力を挙げて南方を助け、兵器弾薬はもちろん、軍艦までも造って渡した。かくして北方を圧迫しようとかかったことは、閣下も御承知でありましょう。のみならずアラバマという軍艦を南方に送ってやって、非常に北方の軍艦を荒した。イギリスの艦隊がニューヨーク湾に入って、ニューヨークの市民を恐喝しようとした。
★日本以上にアメリカとロシアとは友好関係にある

しかるにロシアはただちに艦隊を派してニューヨークの港の口に整列させて、イギリスの軍艦が大西洋からニューヨーク港に入ることができぬようにして、イギリスの艦隊の示威運動を阻止した。のみならずロシアの旗艦はただちに小蒸気船をおろして司令長官がこれに乗ってニューヨーク市に上陸し、ただちに市庁に行って市長に会い、わがロシアはイギリスに反して北方を助ける。今日イギリスの艦隊を港口において留めておいた。ロシアは北方に賛成するからその旨を今日ご通知申すと通告した。
それから司令長官が幕僚を率いて馬車に乗ってアメリカの旗とロシアの旗とを持って市内を練り回ってアメリカに同情を寄せた。かくのごとく政治上、アメリカ合衆国はロシアから恩を受けることが多大であった。いまなおニューヨークなりその他のところに、六十三年以前の戦争にロシアの軍艦がニューヨーク港に入ってきて、助けてくれたことを目撃した人が生きている。それゆえにロシアとアメリカとの問は非常に国交が親密である。
以上は政治上、外交上の関係である。次に商業上はいかん。
ウラジオストック、旅順等の軍需品、食料品はもちろんシベリア鉄道に用いる鉄道軌道、機関車、貨車は多くはアメリカから供給されている。その他シカゴ・セントポール・ミネアポリス等の貨物はことごとくサンフランシスコ・シャトル・バンクーバーからウラジオストック・旅順に向っている。
商業においてもロシアとアメリカとは密接なる関係がある。なお社交上は如何、米国の富豪は金は沢山持っているが名誉がない。そこでロシアの貴族と結婚している。現に前大統領グラント将軍の長女はロシアの第一公爵の妻になっている。その他シカゴ、ニューヨーク、フィラデルフィアの富豪の娘も、ロシアの貴族と婚姻しているからアメリカ・ロシアの国民は婚姻関係から家族的の親戚になっている。
政治上・外交上・商業上・家族上、この四つの密接なる関係がある。
露国とアメリカとはこのような関係があるにかかわらず、関係の薄い日本から私のような者が行って、不可能である。今日は国家危急の際でありますけれども私がアメリカの事情をあまり知っているがために、この任務は到底見込みはない。金子の微力では米ロのこの四つの密接なる関係を打ち砕いて、日本に同情を寄せさせようということは、金子の勢力ではできない。遺憾ながら私は御辞退するほかはございません。」
こう言うと伊藤公は、
「しかし君が行ってくれなければ、この任務を果す者は外にない。」実際、伊藤公がそう言われた。それで私は、
「それはいけませぬ。」
- ここに鳩山夫人もおられますが -
鳩山和夫君(鳩山由紀夫の曽祖父)もわれわれと同時にアメリカにおった。小村寿太郎君また然り。目賀田種太郎君(国際連盟大使・枢密顧問官、専修学校(現:専修大学)の創始者の一人)もいる。いくらも他に留学した人がありますから、それにお命じになったらよかろう。自分はこの任務を果たすには適任でない。」
とお断りした。
そうすると伊藤公が言われるに
「それは皆それぞれ立派な人にちがいないけれども、ルーズベルト氏との関係は君が一番親密だ。君の外にない。君が行かなければアメリカはとり逃がす。」と言われた。
私は、「それはそうかもしれませぬ。しかしこの大任に当る適任者がたった一人日本に在る。誰かというと、それは閣下である。閣下は明治初年アメリカに行って、貨幣制度の改革から、各省の官制の改革について取調べをされた関係からアメリカ人は閣下を日本の建設者として尊敬している。閣下がこの任にお当りなされるならば、右の四つの米ロの関係を打ち砕
いて、アメリカをして日本に対して同情を寄せさせることは受合いである。」
と、こう私は断言しました。ところが伊藤公が言われるに、
「僕が行かれれば君には頼まない。僕は今日御前会議でいよいよ日露開戦ときまったときに、陛下から伊藤はわが左右を離れては困る。この日露戦争中は伊藤をわが左右に置いて、すべてのことを相談をするから、海外に行くことは相成らぬという御沙汰があったから、僕は行きたくても行けない。」
「さようでございますか、お言葉によれば御渡米のできぬことはごもっともである。しかし私がいかほど粉骨砕身してもこの任務は成功の見込みがない、成功の見込みのないのに私がお受けして行ったところがただ使命を汚すのみです。どうか他人にお命じ下さい。」と固辞した。
つづく

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