前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

★『リーダーシップの日本近現代史』(75)記事再録/ 「ニコポン、幇間」ではない、真の「人間学の 大家」「胆力のあった」桂太郎首相の実像

   

2013/06/24 日本リーダーパワー史(389) 

前坂 俊之(ジャーナリスト)

人物論を書く場合に私が座右において最も重宝いるのは森銑三の「近世、明治、大正人物逸話」である。コピー機がない時代に、森銑三の長年、図書館通いをしながら古典を書き写してきた膨大な人物研究のデータを駆使しての精緻な人物百科エピソード集こそ、研究者のお手本のような仕事であり、人物エピソードの決定版であろう。

40年以上愛読しているが、これも若い時に感心したエピソードと、年寄って読み直して感心するエピソードは当然違ってくる。古希となった筆者にとって、自分の体験と照らし合わせて、困難な時代に遭遇した中でその重責を一身に担い、泣き言も言わず、逃げ出しもせず、必死に生き、責任を果たし、亡くなった人物の生きざまが若い時以上によくわかってくる。同じ年を超えて自分なら果たしてうまくできるかどうか、とてもできないと思う。。

そんな感じで、いまの日本の政治家、リーダー、インテリゲンチャーを斜めにみていて、「明治の人物のすごさ」をひしひしと痛感するこの頃、この齢である。森銑三の年取ってなるほどと思った人物エピードと引きながら「日本リーダーパワー史」の桂太郎のエピソードと胆力、人間通を紹介したい。

歴代、最長の総理大臣である桂太郎についての、戦後歴史学界での評価は「ニコポン」「政界の太鼓持ち」「サーベルをさげた幇間(ほうかん)」と芳しくない、というか最低である。戦後長く続く軍人否定、戦争否定の風潮の中で生まれた評価だが、日本史最大といっていい国家プロジェクトを大成功させた日露戦争の時の首相、陸軍のトップだった最高リーダーという点を比較、考慮すればこの、最低評価は間違っていると思う。

桂の首相在任期間は断トツの第1位(2,886日)」第2位 佐藤 榮作、第3位 2,720日 伊藤 博文、第4位 (2,716日 吉田 茂)、第5位 ( 1,980日 小泉 純一郎)である。

小泉首相以降の半年、1年交代の回転ずしならぬ回転首相による政治の停滞混乱、混迷沈滞、日本沈没を経験したわれわれにとっては、日露戦争という<世紀の大勝負>の監督の手腕が、なぜかくも低評価なのか、学者、研究者の判断基準が理解できないと、年取って実感したので、このような拙文を書いているのである。

森銑三の「明治人物逸話辞典」(1965年、東京堂書店)から、桂のリーダーシップの所以と胆力、リーダーパワーの秘訣を探った。

「桂公は、思想や傾向や個人的の立場などが単純でない五人の元老(伊藤博文、山形有朋、松方正義、井上馨、大山厳)- 随分やかまし屋もあれば、気むつかし屋もある五人の舅姑をまとめて、画期的な大経綸を現実化し、大体有終の美までに漕ぎつけた。その働きというものは、

して、伊藤公(博文) 1山県公(有朋)のような人が、首相となって事を行なう場合とは、難易同日の談ではない。「外交よりも内交がむつかしいのだ」と、

小村寿太郎もいわれ、陸奥宗光も嘆かれたが、桂公はその内交に、周到・錬達の手腕と、人一倍の忍耐や粘りをもって向かわれ、いざという時には捨て身の覚悟をもって当られたのであるから、小村侯もその外交手腕を、十分に発揮せられたのである。

桂内閣の全盛時代には、≪サーベルをさげた幇間(ほうかん)>だなどという悪評をした政治家があったが、これは一片の悪口に過ぎぬ。日露開戦の数ゕ月前に帝国大学の七博士が公を訪間して、開戦論を説き、「軍事上より見ても、今日をおいて開戦の機はない」と論じたら、公は微笑を浮べて、「太郎も軍人です。軍事上より見ての開戦の時機云々にいたっては、諸君の教を受ける必要がありません」と応酬された。これなどはいわゆる幇間的軍人にして出来る芸当ではない。(本多熊太郎「先人を語る」1939年)

「 日露戦争で日本軍の困ったのは、弾薬の欠乏したことだった」山県元帥(有朋)も、その実情を見て、たとえ首は斬られても、講和しなくてはならぬと決心した。

そうした状態だっためだから、講和会読によって償金が取れるなどとは、桂首相も思っていなかった。それを取れるかのように虚勢を張ったのは、一流の計略で、これには新聞記者達も、すっかりだまされた。

東京朝日新聞(池辺三山)などは、その虚言を怒って、強く講和条約に反対したので、桂もこれには困却した。明治四十二年(一九〇九)の頃、桂首相の講によって、池辺氏は記者(土屋大夢)を同伴して桂太郎を訪問したことがあるが、池辺氏は口を開くなり、「先年は・・」といい出した。

ところが機敏な桂は、すぐにそれと察して、「全く僕が悪かった。君をだまして相済まぬ」と、折れて出た。多年、国家を担うて立っていた人だけに、さすがに度量が大きいなと感心したた。(土屋大夢薯『夢中語』)

「桂公は、徹頭徹尾、実際政治の舞台劇における千両役者であった。(私人中島久万吉)等の公に最も感服するところは、頭脳が弾力性に富んでいて、いかなる不如意な、不愉快な場面に臨もうと、我慢して事態の推移に身を任かせて、最後の段階を守るところにある。この辛抱強さは、第一次桂内閣において、最もよく現われた。

それ以前の内閣といえば、いわゆる維新の元勲が首班だったので、公にいたって初めて第二流内閣を組織したわけであり、伊藤(博文)・山県(有朋〉・松方正義)・井上(馨)等、顔役連の環視の中で大芝居を打つのに、これらの顔役連は、ただだまっては見ていてくれず、何のかのと世話を焼く。その世話が、人々によって皆違い、時には内閣の方針とも、政府当局者の立場とも相容れぬのに、その人々を巧みにあやなして、行き違いの起こらぬようにする。そうした人事の錯雑している間にあって、公は実に前後の処置を誤らぬ、人間学の大家であった。(中島久万吉著「政界財界五十年」1936年)

 - 人物研究, 戦争報道, 現代史研究 , , , , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

「Z世代のための日本最強リーダーパワーの勝海舟(75)の国難突破力の研究⑤』★『敗軍の将・勝海舟の国難突破力ー『金も名誉も命もいらぬ。そうでなければ明治維新はできぬ』  <すべての問題解決のカギは歴史にあり、明日どうなるかは昔を知ればわかる>

          &nbsp …

『Z世代のための次期トランプ米大統領講座㉒』★『ウクライナ戦争から3年目―トランプ大統領の停戦和平は実現するのか?』★『これまでの死者数はウクライナ40万、ロシアは約60万人(トランプ氏発言)』

24年12月11日、ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアによる全面侵攻が始ま …

『リモート京都観光動画』/『世界文化遺産・下鴨神社(賀茂御祖神社)を参拝、平安以前の自然林に国宝、重文55棟の社殿が残る超パワースポット』★『世界文化遺産・下鴨神社の社叢「糺の森」原生林を流れる『泉川』のせせらぎ全中継30分』

 世界文化遺産・下鴨神社(賀茂御祖神社)を参拝、平安以前の自然林に国宝 …

『Z世代への昭和史・国難突破力講座⑮』★『松永の先見性が見事に当たり、神武景気、家電ブームへ「高度経済成長」へと驀進』★『92歳でアーノルド・トインビーの「歴史の研究(全24巻)」の日本語版を刊行』★『トインビーは松永翁を「織田信長、秀吉、家康を超えてた、昭和の一休禅師のような存在と激賞した』

2021/10/06  「日本史決定的瞬間講座⑫」記事再録再 …

no image
<わが『釣りバカ』が大好きな超人・奇人たち>「開高健が尊敬したコスモポリタン・釣聖の福田蘭童のビッグフィッシュ!」

<わが大好きな超人・奇人たち> 「開高健が尊敬したコスモポリタン・釣聖の福田蘭童 …

no image
知的巨人たちの百歳学(126)『野上弥生子』(99歳)「私から見るとまだ子供みたいな人が、その能力が発揮できる年なのに老いを楽しむ方に回っていてね」

   知的巨人たちの百歳学(126) 『野上弥生子』(99歳 …

no image
日本メルトダウン脱出法(580)●『香港はもう2度と元に戻らない」(英FT紙)『外交の秋、11月の国際会議でー安倍首相は勝てるのか』

  日本メルトダウン脱出法(580)   ●『香港 …

no image
速報「日本のメルトダウン」(506)「外国人による 「日本が最高にイケてる10のこと」◎「やってはならない対中外交―英FT紙)」

        速報 …

no image
知的巨人の百歳学(138)-『六十,七十/ボーっと生きてんじゃねーよ(炸裂!)」九十、百歳・天才老人の勉強法を見習えよじゃ、大喝!』-儒学者・佐藤一斎(86歳)の『少(しよう)にして学べば、則(すなわ)ち 壮にして為(な)すこと有り。 壮(そう)にして学べば、則ち老いて衰えず。 老(お)いて学べば、則ち死して朽ちず』

  2018/04/11    …

no image
終戦70年目に「アジア・太平洋戦争」のウソと真実をーフリー電子書籍「真相はこうだ」(GHQ編、1946年)で読み解く。

    終戦70年目に「アジア・太平洋戦争」の真実をー フリー電子書籍「真相はこ …