前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

『リーダーシップの日本近現代史]』(30)記事再録/大震災とリーダーシップ・日立創業者・小平浪平の決断力 <大震災、福島原発危機を乗り越える先人のリーダーシップに学ぶ>

   

 日本リーダーパワー史(138)
 

大震災とリーダーシップ・日立創業者・小平浪平の決断力

<大震災、福島原発危機を乗り越える先人のリーダーシップに学ぶ

 
前坂 俊之(ジャーナリスト)
 
今回の大震災で日立製作所が受けた影響は茨城県や福島県での6工場で建物の一部が倒壊、屋根、外壁が落下する被害が出た。グループの社員では、24人が軽傷を負い、2人が骨折。建屋や生産設備が損傷したのは日立製作所電力システム社日立事業所(茨城県日立市)、同都市開発システム社水戸事業所(茨城県ひたちなか市)、同情報制御システム社大みか事業所(茨城県日立市)など(『東洋経済』より)また、中西宏明社長は6日、大震災による業績への影響について、被害総額や損失計上など「金額をはじき終えるのに半年はかかる」とした上で、「利益を相当食いつぶす」との見通しを示した。(ブルームバーグ)>        

 
ところで、今から83年前の関東大震災では日立は震源地の東京から離れていたので、被害はほとんどなく、工場も影響はなかった。今回とは全く逆である。創業者で小平浪平社長(おだいら なみへい、1874―1951)はこの危機に敢然とリーダーシップを発揮した。
 
 
83年前の関東大震災でー『他人の不幸による漁夫の利をしめるな』
 
一九二三年(大正十二)九月一日、関東大震災が起こり、京浜工業地帯は壊滅した。
ライバルの芝浦製作所は全焼、東京電灯(東京電力)は電灯需要の四七%、電力は三七%、供給設備も変電所が三〇%、配電線路が二一%の被害を受けた。東京電灯は復旧を急いだが、東京とその付近のメーカーはほとんど生産不可能となった。『技術王国日立をつくった男・創業者小平浪平伝』(加藤勝美著、PHP研究所1985年刊)
 
地理的に離れていた日立はライバル会社の工場が壊滅するなかで、日立工場はほとんど無傷であった。全国から注文が殺到した。
 
 ところで、震災後に殺到した注文への対応について小平は「京浜地方優先」を厳守「日立製作所は日本の日立だ。この際われわれは京浜地方の復興を第一の任務とすべきである。みだりに他の地方からの注文を受けて工場をふさいではならない。京浜地方のために全工場の能力を発揮して一日も速かにこの復興を図らねばならない」。
 大阪や九州から有利な注文が山のように押し寄せ、池田としては惜しい気持もあったが全て断った。社内ではそれまで「日立は田舎で不便だから東京へ移るべきである」という意見が出ていたが、震災後そうした声は出なくなるとともに、小平は「日立で伸びる」という腹を固めた。『加藤勝美前掲著)
 
 
小平は社員に対して「他人の不幸による漁夫の利を占めるな」と厳しく戒めた。「日立製作所は日本の日立である。日本の頭部というべき京浜工業地帯は惨憺たる状況にある。この際、日立は京浜地方の復興を第一の任務とする。みだりに地方からの注文を受けて工場をふさいではならぬ」と厳命した。
 
九州や京阪神から山のごとく、注文が殺到したが、小平は全部断ってしまった。またとない、莫大な利益がふいになった。だが、小平のその高邁な精神は高く評価され、信用が高まり、後進の日立は一挙に日本を代表する総合電機メーカーにのし上がった。
 
 東電ばかりからではなく、多くの注文が殺到した。東電内部にはウエスチングハウスやシーメンスの製品でという声もあったが、日立を使うようになった。
鉄道省は、日立の工場にあるものをできるだけ融通してほしい、「回転変流機もほしい」と言ってきた。回転変流機をお得意の昼夜兼行で完成した。日立の社員は毎日へトへトになるまで働いた。鉄道省局長が助川まで来訪、省として礼を述べたという稀有のこともあった。
 
 
大正14年に完成した狭軌初の電気機関車を製作し、翌15年には30台の扇風機が米国に初輸出。昭和2年(1927年)には電気冷蔵庫の開発にも成功したて、「技術の日立」を世界に示した。
 
 
小平浪平は1874年(明治7年)、栃木県下都賀郡家中村の生れ。東京帝国大学工科大学電気工学科を卒業。藤田組小坂鉱山の電気主任技術者として入社。31歳で結婚。1906( 明治39年)日立鉱山に工作課長として入社。1910年(明治43年)に国産初の5馬力誘導電動機(モーター)を完成させ、工作課長時代に鉱山の土木建築工事、機械・電気設備の設計・設置を指揮、鉱山用の電力を確保するために、中里発電所などの水力発電所を設置。当時は蒸気機関が中心だったのを日立鉱山は送風、用水、輸送から電灯、精錬まですべて電化した。
この電気を使って数々の電気製品を送り出した。        

 
1911年、久原鉱業の機械工場として日立製作所を設立、小平は専務取締役に就任、1928年、同社の初代取締役社長に。(wiki)
 
 
 
発明は技術者の命である
 
 
 小平は日立を創業して以来、発明の奨励に力を入れ、一九一九年(大正八) には特許係をおき、特許出願の原稿には自ら目を通し、
出願書類の作成も指導した。技術の国産化、自前主義の旗を高く掲げたのである。
 
「私はあえて、欧米一流の製造家と提携することを企画しなかった。他人の力に依存することなく、もっぱら自らの力によって、
最も優秀な機械の生産を図るべきだと考えた」
 
「なるほど、外国一流の製造家と提携する時は、ある程度の進歩を見ることができるだろう。しかし、毎年多大のロイヤルティを、
支払わねばならぬことを考えると、同じ費用を投じて一意専心、研究を重ねて進めば、他人の力に依存せずとも、十分に成績を上げることは、
不可能ではないと信じたから、同業者と遣う道を選んだ」
一九三七(昭和12)年当時、米一キロが約三十銭の時代に、特許登録一件三十円、実用新案一件十五円を出して、
発明・特許に最大限の力を入れたのである。
 
「人の世話は徹底的に行え」
 
 小平は人間関係を実に大切にしていた。
「人の世話は徹底して行え。飼い犬に手をかまれたなどと泣きごとを言うくらいなら、初めから世話せぬがよい」がログセであった。
 社員が結婚すると、必ずポケットマネーから金1封を出してお祝いを述べ、不幸があった場合は多忙であっても必ず弔問して、
家庭の事情など細かく聞いた。
 1944,45年、空襲が激しくなった時、何を真っ先に疎開すべきかを聞くと、「先輩、親友の書いてくれたものが一番大切だ」と答えた。
 一九五二年〈昭和二十六)、日立造船会長の妻が入院した時、小平はたびたび見舞いに行き、産みたてのタマゴに一つひとつ日付を書いて、
見舞品として渡し相手を感激させた。心底から相手のためを思って行動したのである。

 - IT・マスコミ論, 人物研究, 現代史研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

  関連記事

no image
高杉晋吾レポート(25)ダム災害にさいなまれる紀伊半島⑨殿山ダム裁判の巻②=殿山ダムへの道

高杉晋吾レポート(25)     ダム災害にさいなまれる紀伊 …

no image
★『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』③―「1903(明治36)年1月3日 付『英タイムズ』『満州とロシア鉄道』(上)『日本外交の失敗は三国干渉を受諾した際、三国は返還した遼東半島をその後占領しない旨の一札をとっておれば,その後の東アジアの戦争は起きなかったであろう』●『このため、3年もたたないうちに,ロシアは日本を追い出して満州を軍事占領した。』

  『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』③   1903(明治36 …

no image
日本メルトダウン(943)『人口減少、移民受け入れ拒否で、あえて死を待つ日本』●『労働人口減と移民受け入れ』●『「日本経済の問題は人口問題」移民受け入れ以外に成長不可能と海外紙』●『誰が「円」を殺したか? これから日本国民が味わう塗炭の苦しみ』●『移民ビジネスの経済効果は20兆円!? 専門家に聞いた』●『若者の精子減少が深刻化、親世代の半分か…原因はサラダ油などの植物油、生殖機能低下』

日本メルトダウン(943) 労働人口減と移民受け入れ https://vpoin

no image
日本リーダーパワー史(152) 国難リテラシー⑨最後の首相・鈴木貫太郎、木戸幸一、宇垣一成は敗戦をどうしたか

 日本リーダーパワー史(152)   国難リテラシー⑨最後の首相・鈴木 …

no image
知的巨人の百歳学(104)清水寺貫主・大西良慶(107歳)の『生死一如』12訓★『 人生は諸行無常や。いつまでも若いと思うてると大まちがい。年寄りとは意見が合わんというてる間に、自分自身がその年寄りになるのじゃ』

清水寺貫主・大西良慶(107歳)の『生死一如』   人生は諸行無常や。 …

no image
日本リーダーパワー史(528)安倍首相は国難突破(ナローパス)に成功するか、 失敗するか瀬戸際にある。

    日本リーダーパワー史(528) &nbsp …

no image
『池田知隆の原発事故ウオッチ⑳』◎「地熱発電」の開発を急げ―地熱資源立国にむけた規制緩和を―

『池田知隆の原発事故ウオッチ⑳』   『最悪のシナリオから考えるー「地 …

no image
★『 地球の未来/世界の明日はどうなる』< 米国、日本、東アジアメルトダウン(1063)>★「第2次朝鮮核戦争!?」は勃発するのか③ 』★『トランプは「もし何かすれば、見たことないこと起きる」と警告、北朝鮮は「日本列島を焦土化、太平洋に沈没させる」 小野寺防衛相を名指しで非難のエスカレート!』

★『 地球の未来/世界の明日はどうなる』 < 米国、日本、東アジアメルトダ …

no image
「世界が尊敬した日本人「正木ひろし弁護士の超闘伝⑦」八海事件の真相―真犯人の異常に発達した自己防衛本能

    ◎「世界が尊敬した日本人―「司法殺人(権力 …

no image
『人口蒸発「5000万人国家」­日本の衝撃』を大西隆日本学術会議会長­が日本記者クラブで動画会見(7/2)

  「人口民間臨調」が刊行した『人口蒸発「5000万人国家」­日本の衝撃- 人口 …