前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

『西郷どんの追っかけぶらり旅』(3/10)明治10年(1877)西南戦争・田原坂を見に行くー日本最大の内戦で官軍、薩軍1万4千戦死

   

  

  西郷どんの追っかけぶらり旅』(3/10

 

明治10年(1877)、西南戦争・田原坂の戦い跡を見に

行った。日本最大の内戦で官軍6,923名、薩軍7,186名が

戦死した

        

           前坂 俊之(歴史ウオーカー)


310日、熊本の大学時代からの友人の案内で、西郷隆盛の終焉の地をたずねて、田原坂に行った。 熊本県熊本市植木町豊岡862、九州自動車道植木I.C.より車で20分の所にある

植木町田原坂資料館を訪れて、ガイドの方に案内していただいた。郷土の歴史に詳しい親切で、丁寧な案内には恐縮したが、資料館の充実した資料の展示とともに。西南戦争の全体像がよく理解できた。幕末、明治の西郷隆盛を語るにはこの資料館を訪れることは不可欠と思った。

植木町田原坂資料館 
    開館時間 9001700(月曜日休館)
    入場料 210

 熊本県熊本市植木町豊岡862  九州自動車道植木I.C.より車で20

 

●<田原坂の戦いとは>

 

明治10年(1877)、維新政府に対して西郷隆盛らが反乱をおこし、熊本城を包囲した。政府軍は、熊本城に篭城した熊本鎮台を救援するために、小倉から南下しこれを西郷軍(薩軍)が迎撃したのが、田原坂の戦いです。

3月4日~20日まで、約2週間に渡って繰り広げられ、「雨は降る降る 人馬」は濡れる 越すに越されぬ 田原坂」と謡われた西南戦争最大の激戦で10万人の将兵が激突したとされ、17日間の戦いで消費した弾薬は1日30万発。薩摩軍は前線で鍋釜に鉛を溶かして弾薬を作った。日本最大の内戦の舞台である。

 

田原坂の戦いで敗れた西郷軍は熊本から宮崎―鹿児島城山に退避して、924日、官軍10万人が城山を総攻撃。西郷、桐野、村田らは戦死して、西南戦争は終結する。

慰霊碑は戦死された官軍6,923名、薩軍7,186名、殉難者29名の御霊が刻まれてい

 

 

 

 - 人物研究 , , , , , , , , , , , , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(12)記事再録/『世界史の中の『日露戦争』ー<まとめ>日露戦争勝利の立役者―児玉源太郎伝(8回連載)★『児玉は日本のナポレオンか』

2016年3月5日/日本リーダーパワー史(683) 日本国難史にみる『戦略思考の …

no image
日本リーダーパワー史(974)ー記事再録/『2・26事件で襲撃をうけ九死に一生を得た大日本帝国最後の首相・鈴木貫太郎(82歳)の終戦決断力が『日本を救った』

大日本帝国最後の首相・鈴木貫太郎(82歳)の晩年   《2009/02 …

no image
知的巨人の百歳学(119)-『元祖スローライフの達人・超俗の画家/熊谷守一(97歳)』★『文化勲章もきらいだが、ハカマも大きらい。正月もきらいだという。かしこまること、あらたまること、晴れがましいことは一切きらい』

知的巨人の百歳学(119)- 『元祖スローライフの達人・超俗の画家/熊谷守一(9 …

no image
日本リーダーパワー史(762)名門「東芝」の150年歴史は「名門」から「迷門」、「瞑門」へ 『墓銘碑』経営の鬼・土光敏夫の経営行動指針100語を読む② ー『やるべきことが決まったならば執念をもってとことんまで押しっめよ。問題は能力の限界ではなく執念の欠如である』 ★『六〇点主義で速決せよ。決断はタイムリーになせ。決めるべきときに決めぬのは度しがたい失敗だ』

  日本リーダーパワー史(762)   名門「東芝」の150年歴史は「名門」から …

no image
『知的巨人の長寿学』の牧野富太郎(94)に学べ<植物研究と山歩きで、世界的な植物学者になる>

『知的巨人の長寿学』の牧野富太郎(94)に学べ <植物研究と山歩きで、世界的な植 …

『リモートワーク/外国人観光客への『姫路城』全動画中継(2015/04/01)』ーほぼ満開のサクラに包まれた美しい白鷺城を一周、場内も見学した』②

•2015/04/01 春らんまんの『白鷺城』   東京から姫路駅に新 …

no image
日本リーダーパワー史(807)『明治裏面史』 ★『「日清、日露戦争に勝利』した明治人のリーダーパワー、 リスク管理 、 インテリジェンス㉒『日露戦争4ゕ月前、『今、信玄』といわれた陸軍参謀本部次長・田村怡与造が急死』★『国家存亡を賭けた日露戦争直前に2代続けて参謀総長(次長)が殉職する大国難に襲われた。ロシアは手をたたいて喜んだが、日本は祈るような気持ちで後任を見守った。』

 日本リーダーパワー史(807)『明治裏面史』 ★『「日清、日露戦争に勝利』した …

no image
日本リーダーパワー史(833)(人気記事再録)『明治維新150年』★『日露戦争勝利の秘密、ルーズベルト米大統領をいかに説得したかー 金子堅太郎の最強のインテジェンス(intelligence )⑤』★『ルーズベルト大統領は「旅順陥落」に大喜びー 黙っていると”Silence is Consent”(同意した) とみる。どしどし反論せよ』★『  日本は半面はサムライ、半面は文明の国民だから強い』●『黄禍論と戦う、旅順の戦闘、日本海海戦の大勝利』★『旅順陥落―ル大統領は大喜び 』

<日本最強の外交官・金子堅太郎⑤> ―「坂の上の雲の真実」ー 『ルーズベルト大統 …

人気リクエスト記事再録『百歳学入門(199)』★『関精拙、原坦山、仙厓ら<禅の巨人>の往生術から学ぶ』★『よりよく生きるためには、いかに死ぬかを学ぶ必要がありますね。「ピンピン、コロリ」(PPK)が理想といわれていますが、現実はなかなかこうはいきません」

 2010/01/21  再録 百歳学入門①ー知的巨人たちの往生術から学ぶ① 前 …

no image
知的巨人の百歳学(115)-『100歳でロッキー山脈を滑った生涯現役スキーヤー・三浦敬三(102歳)、長男三浦雄一郎氏(86)の『世界スーパーマン親子の100歳実践トレーニングプログラム』★『 86歳・三浦雄一郎さんの次なる挑戦は→→南米最高峰登頂・滑降へ』

『プロスキーヤ・三浦雄一郎(86歳)と父・三浦敬三(102歳)の百歳超人物語』、 …