『リーダーシップの日本近現代史』(173)記事再録/「山本権兵衛(海軍の父、首相)を激賞した福沢諭吉(上)」★『「山本権兵衛は実にエライ男だ、彼は唯の軍人でない、学者だ、全体、薩摩(鹿児島)のヤツには数字の分らぬ男が多いが、彼は徹頭徹尾、実学(現実論)に根拠する話のできる男だ」』
/日本リーダーパワー史(535)記事転載
日本リーダーパワー史(535)
●「山本権兵衛を激賞した福沢諭吉(上)」
「山本権兵衛という人に会ったが、イヤ-実にエライ男だ、彼は唯の軍人でない、学者だ、全体、薩摩(鹿児島)のヤツには数字の分らぬ男が多いが、山本という男は、徹頭徹尾マルチカルに出来上っていて、実学(現実論)に根拠する話のできる男だ」
『箒のあと』高橋義雄著には以下のように紹介されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A9%
8B%E7%BE%A9%E9%9B%84_%28%E8%8C%B6%E4%BA%BA%29
〔昭和8年2月15日、読売新聞〕
山本権兵衛を激賞した福沢諭吉(上)
私は実業界引退後、余暇に乗じて福沢先生の事歴を、先生に縁故ある長老より聴取しておかうと思い大隈重信、後藤新平、足立寛、中村道太、荘田平五郎、森村市左衝門、阿部奉蔵、北里柴三郎、犬養毅、尾崎行雄氏等約三四十人を歴訪の上、各人各色の関係感想を査
問したが、是は右等の人人の在世中、なるべく多くの資料を蒐集せんとする主意であった。
かくて私が伯爵山本権兵衛氏を訪問した次第は、福沢先生が明治三十二年山、本伯と会談された後、或人に向って此頃「山本権兵衛という人に会ったが、イヤ-実に偉い男だ、彼は唯の軍人でない、学者だ、全体、薩摩の奴には数字の分らぬ男が多いが、山本と云う男は、徹頭徹尾マルチカルに出来上って居て、実学に根拠する話の出来る男だ」と激賞せられた事を聞いて居る、
又先生が脳溢血後、記憶力が衰えて人の名前を思い出せなかった時「アの薩摩の奴を連れて来い」と言われたので三田に関係ある薩摩人の名を教へ上げたそ中に山本権兵衛という名が出るや、両手を拍って、夫だ夫だと言はれたと云う事も聞いて居たので、私は伯への紹介を園田孝吉男に依頼したところが、男は早速快諾して山本伯は厳格な人だから自身で訪問して申入れようとて、態態其労を執られたから私は大正三年十一月二日午前八時牛より山本伯の高輪台町邸を訪問する事となった。
かくて先づ日本客間に通れば、床に大正天皇陛下が伯の日本海軍建設に関する功労を嘉賞せられた勅作七律の辰翰が掛けてあったから、謹んで之を拝観し居る折柄、伯は悠然座に着いて初対両の挨拶を述べられ、私が今日訪問した趣旨を聴き終るや、伯は徐ろにロを開い
て先づ福沢先生の事歴に関する思出談を語り、段段談話の進行するに随い日露戦後ドイツを訪問して、カイゼルに謁見した顛末より大正政変の委曲までに及ばれたが、今その福沢先生に関する部分だけを摘載する事としよう。
自分が福沢先生と会見したのは、明治三十二年であった、会見の手渡は今なお海軍に勤めて居らるる木村摂津守の子息が、先生の使者として来宅し、福沢先生が閣下に会見したいと云うことでありますが先生が自分より会見を申込むと云うのは甚だ稀な事でありますから枉げて御承諾を顧いたいと云う事であった、
因て直に之を承諾すると木村はさらに語を経ぎ、福沢先生は年輩でもあるから会見の場所等については、先生の方にお任せ下されたいと言うので、夫も宜しいと承諾すれば既に時日の相談をして来たものと見え、何日何時より福沢宅にて会見したいとの事であったから、当日朝九時頃先生の宅を訪問したが、当日の会談は午前九時に始まって、正午になってもなお尽ききないので、先生は自分に昼食の御馳走を為し、奥さんや令息達に自分も紹介せられて午餐後午後四時頃まで語り漬け先生も非常に満足せられたようであった、
されば皆目の談話は非常に広汎なる範囲に亙った。今その大要を云えば自分が十四歳の時、始めて「西洋事情」を読んで大に時勢に感覆した事から姶まり、大西郷の添書を持って江戸へ出で勝安房に面合して色色教訓を受けた事、西郷従道が台湾征討に出かけたのを憤慨して大にその不当を責めたが、その後西郷より事情を聞いて自分の誤解を悟った事、
又自分は一身を海軍に委ぬる決心で勝安房を訪問した所が、彼は自身の経歴を説いて、海軍振興を以て己れが任とするには決死の覚悟がなくてはならぬと激励せられたから自分は万難を排して海軍の学術を修めて見ようと彼に誓約して、終にドイツに留学した事、
又明治二十一年自分に対して四面攻撃が起った時、自分は六ヵ月許りかかって我海軍大改革案をし、これを西郷海軍大臣に示した所が、西郷は一寸これを読んだ計りで直に賛成の意を表したので、自分が六ヵ月掛って調べた事を、一寸読んだ許りで了解する筈はない。
自分は左様な大臣の下に就職する事は出きぬと言い出したら、西郷は例の調子で、実は一切わかって居らぬが、今日君を措いて海軍改革は不可能だから万事万端、一切君に任せる積りである、而して此改革案は必ず内閣の同意を得て見せるから、君も是非留まって、これを実行して呉れよと、切望せられた事等であった云云。
以上山本伯の談話は、まだ佳境に人らぬから、更に次項に続載する事としよう
関連記事
-
-
『 地球の未来/世界の明日はどうなる』-『2018年、米朝戦争はあるのか』⑤『“認知症疑惑”が晴れてもなお残る、トランプ大統領の精神状態に対する懸念』★『トランプに「職務遂行能力なし」、歴代米大統領で初の発動へ?』★『レーガン元大統領、在任時に認知症の兆候 息子が主張』★『ブッシュ政権酔態、飲酒再開?プレッシャーに負けた 20代から深酒、乱闘で逮捕歴も 』
『2018年、米朝戦争はあるのか』⑤ 大統領1年で「うそ」2140回、1日平均6 …
-
-
百歳学入門(73)沢庵禅師(73)の『剣禅一致』ー心海持平なる時、前に敵なく、後ろに物なし。無の境地じゃ>
百歳学入門(73) 吉川英治創作の宮本武蔵の師・沢庵禅師(73)の『 …
-
-
現代史の復習問題/記事再録/百歳学入門(84)大宰相・吉田茂(89歳)の政治健康法②「こんな面白くない<商売>をしていて、酒やタバコをとめられるか」★『総理大臣当時、いやな問題が起こると、血圧が20や30すぐにとび上がった。あるとき、気分が悪いので測ったら、最高230で最低が120もあった』
2013/11/05 百歳学入門( …
-
-
百歳学入門(104)「シュバイツァー博士(90歳)の長寿の秘訣」「世界的チェロ奏者のパブロ・カザルス(96歳)」の「仕事が長寿薬」
百歳学入門(104) スーパー老人、天才老人になる方法— 『会社』には定年があっ …
-
-
『Youtube鎌倉絶景チャンネル・10周年記念トップ30位まで②』>『鎌倉・奇跡の森『獅子舞』『紅葉谷』の紅葉のすべてー(2012年11月下旬→12月上旬)』★『まだまだ見ごろだよ』(2022年12月10日)
2012/12/09 鎌倉の紅葉の黄金のスポット「獅子舞 …
-
-
「Z世代のための日本リーダーパワー史研究』★『幕末、明治維新から約170年、日本を近代国家に発展させる基礎を築いたのは誰か?』★『勝海舟(76歳)であり、その大国難(徳川滅亡→明治維新を平和裏に遂行)突破力を学ぶ』『政治家の秘訣は正心誠意、何事でもすべて知行合一』★『すべて金が土台じゃ、借金をするな、こしらえるな』★『1千兆円(2012の時点)を越える債務をふくらませた政治を一喝、直ぐ取り組めと厳命)
2012/12/04 /日本リーダーパワー史(350)記事再録 「国家興亡史の第 …
-
-
『超高齢社会日本』のシンボル・『クリエイティブ長寿思想家』の徳富蘇峰(94)に学べ②
『クリエイティブ長寿思想家』の徳富蘇峰(94)に学べ②<生涯500冊以上、日本一 …
-
-
『Z世代への遺言』★『終戦80年・日本敗戦史の研究』★『「生きて虜囚になることなかれ」の戦陣訓こそ日本軍の本質』★『死ぬまで戦い、玉砕、最後は自決して、捕虜には絶対にならない、他国の捕虜も同じく「虐殺」「飢死」させた』
2015/07/16終戦70年・日本敗戦史(90)記事再録・再編集 …
-
-
『ベートーベン生誕250周年』★『ウイーンぶらぶら散歩でべートーベン記念博物館「ハイリゲンシュタットの遺書の家」で、デスマスクや遺書の真筆、葬儀の模様、最後の部屋のデッサンなどを見ることが出来る。
2016年5月16日の記事再録 『F国際ビジネスマンの …

